それでは本編をお楽しみください。
「すげぇ……」
浜面は引きつった笑みを浮かべながら頭上で繰り広げられる戦いを見守っていた。
戦況は圧倒的だった。プライベーティアの操るロシアのヘリが楯無の操るミステリアス・レイディの放つ水の弾丸によってあっさり沈められる。
「ボケッとしてんじゃねぇ!相手はたった一機だ!」
プライベーティア達も黙ってやられていたわけではない。対空ミサイルや戦車砲を使い楯無に砲撃を放っていく。最新鋭機といえど一撃でISを落とすことは不可能。だが絶え間ない飽和砲撃を加え続ければ理論上シールドを破ることは可能なはずだ。
「立ち直りが早いわね。だけど無意味よ」
だがそれらの攻撃は楯無に届く前に、ミステリアス・レイディによって振るわれる蒼流旋によって霧散、爆散されて迎撃されていった。逆にミステリアス・レイディの水の弾丸は正確無比にプライベーティアを撃ち落としていく。
水を纏い美しく戦うその姿は見る者には戦乙女を思わせる。だが戦っているプライベーティアにしてみれば楯無は女神どころか首元に鎌の刃を突き立てる死神だ。
ロシアの開発した最新鋭機を操るプライベーティア。それが戦いが始まってから十分と掛からずに一機のISによって既に壊滅寸前に追いやられていた。
これこそがISの力。凡百の兵器では決して到達できない。究極の兵器。
周りの仲間が全てやられたのを見て戦意を喪失したのか、たった一人生き延びた男が高射砲戦車から降り立ち、両手を上げて降伏した。
こうして楯無とプライベーティアの戦いは拍子抜けするほどあっさりと終わりを告げた。
プライベーティアの男は不満そうな表情をしているが、その顔に悲壮感はなかった。降参すれば命は助かると思っているのか、プライベーティアからすれば気軽な殺人ツアーに参加しているだけで命を奪われる覚悟などしていないのだろう。
楯無は一瞬、この男を始末するか、捕えて情報を引き出すか思案していた。
結果として、楯無の考えは無駄に終わった。
空から降ってきた何かがプライベーティアの男を悲鳴を上げる間もなく押しつぶした。
「!?」
突然男を押しつぶしたものの正体はISを身に纏った一人の女性だった。
「なっ!プライベーティアは正規部隊でもないのにISを持ってんのかよ!?」
浜面が驚きの声を上げるが、それは違う。
楯無の視線の先、女性の腕に付いている腕章がロシアの正規兵であることを示していた。
(まずい!プライベーティア相手ならいくらでもやりようはあった。でもロシアの正規兵を相手にするのは色んな意味で危険がある!)
ならずもの部隊のプライベーティアはともかく、ロシア兵に矛を向ければロシアも楯無を黙って見逃しはしないだろう。場合によっては反逆者とされてしまう可能性もある。
「私はロシアIS第0部隊所属のレイシアです。ロシア代表操縦者更識楯無殿に現状の報告を求めます」
長い金髪を腰まで伸ばした白人女性。レイシアと名乗る女性は感情の感じられない無表情で楯無に問いかけた。
(どうやら話は通じるみたいね。まあ当たり前か。代表操縦者である私に問答無用で攻撃するなんて普通はないし。それにこっちは負傷したロシア兵もいる。自分たちの身を守るために反撃したと言えばいくらでも言い分はある。でもIS第0部隊?そんな部隊聞いたことがないけど、戦争に合わせて作られた新設の部隊かしら)
「報告は構いませんがその前に聞いておきます。私が言うのもなんですけど、その人を殺す必要はあったのですか?」
レイシアの足元にはプライベーティアの男が潰れている。もう命はないだろう。
「使い捨て駒とはいえ、国の品位を疑われるような行動ばかりを行なう彼らは仲間などではありません。薄汚いゴミの血で私の『フェンリス・ヴォルフ』が汚れてしまいましたね」
淡々とした感情の読み取れない言葉。道端の石を蹴り飛ばしたかのような気安さに寒気が走る。
それにこんな場所にISが来る理由が分からない。ISは重要な戦力だ。その貴重な戦力をこんな所に送り込まれるとは思えない。
疑問は残るものの今は後回しと考え、レイシアと名乗るロシア軍の女性に現状を説明する。本国に帰還する途中で学園都市の人間と思われる人物を発見し捕虜にしたこと。学園都市の少女は高熱で弱っていたため一旦近くの診療所に連れて行き尋問したこと。プライベーティアの無差別攻撃から身を守るために迎撃していたこと。
嘘ではない。だが本当のこととも言えないような情報だが、疑問を持たれない澄み渡った声で楯無は話していく。
結果として浜面と滝壺を見捨てることになるが、仕方がない。せめて捕虜になった後でも丁重な扱いをするよう根回しするくらいはしておこうと思う。
そんな楯無の思考はレイシアによって打ち消された。
「それならば早急にその学園都市の二人を始末しましょう」
「なっ!?」
その言葉は完全に想定外で楯無は驚きの声を上げる。
「貴重な学園都市の人間をみすみす殺すと?彼等には有益な価値があるはずよ」
学園都市の人間なら重要な情報を持っている可能性が高い。生かさず殺さず捕えて話を聞き出すべきだろう。場合によっては滝壺を人質にとればロシアの為に働くスパイとして仕立てあげる事だって出来るかもしれない。裏切れば大切な彼女の命がなくなるのだ。必死になってロシアに協力することだろう。
「確かに本来なら学園都市の情報を持つ人間を殺すなど愚策でしょう。ですが今の報告によると学園都市の少女は病気にかかっていると聞きました。それが学園都市で生まれた恐ろしい感染病の類である可能性を考えるとこの場にいる者を全員始末しておいた方が安全だと判断します」
学園都市が少女を媒介に細菌兵器としてロシアに送り込んだ可能性。その危険性をレイシアは示唆していた。
「……単にロシアの極寒にやられた高熱よ」
「それを証明する手段が現在ありますか?そもそも学園都市の人間が国内にいる時点で殺してしまっても問題はないでしょう」
「……」
言いがかりにも聞こえるが楯無には否定する要素がない。
楯無とて外道ではない。目の前に困っている人がいれば手を差し伸べることも、助けるために戦うこともあるだろう。
だが楯無は知っている。自分は全てを守れるヒーローになんてなれない。その手で救える人数には限りがある。無理に全員助けようとすればその手から零れ落ちてしまう。
故に、自分にできる範囲のことだけを考え、自分の目的を最優先させる。
そのために見知らぬ他人が何人死のうと、仕方がないと諦めるしかない。
自分にとって大切な存在と、見知らぬ百人の命。どっちが大切かなど楯無にとって考えるまでもない。
人でなしと思うかもしれない。だがそれでもいい。
楯無はヒーローにはなれない。だが、それでも……
(それでも私は……)
たった一人。簪だけは守れるヒーローになりたい。
そんなことを考えていた時だった。
「っっ!!」
集落のほうから煙が上がっている。
(プライベーティア!別働隊がいたの!?)
「滝壺!!」
浜面が焦った声を上げて集落に向けて走り出す。
だがレイシアはそちらには目も向けずに真っ直ぐに楯無を見ている。
「時間稼ぎはこの辺でいいでしょう」
レイシアのIS『フェンリス・ヴォルフ』が剣を構える。
「……私は足止めされてたって訳」
「貴方にも未知のウィルスが感染している可能性がありますね。よって貴方もこの場で死んでいただきます」
「正気?そんな言いがかりで代表操縦者である私に攻撃するつもりなのかしら」
「そして貴方は学園都市の人間と共謀し、ロシアに反逆を行おうとした疑いがあります」
「酷い妄想ね。何を証拠にそんなことを言っているのかしら?」
「証拠など必要ありません。後でいくらでも造れますから。真実が事実である必要などないでしょう」
「……ようするに貴方は私を殺したいだけなのかしら」
「はい。そのとおりです」
楯無のため息交じりの皮肉にレイシアは躊躇することなく言い切った。もはや誤魔化す気もないのか正直なことだ。
「理由を聞いても?」
「上の命令ですので」
「上?軍の上層部やロシア政府にとって私が邪魔になったのかしら?」
「いいえ。そのどちらでもありません」
「……どういうこと?」
レイシアと名乗る女性はロシアの軍人で間違いないはずだ。その彼女がロシア政府や軍以外の命令系統に従っているかのような発言をしている。
政府や軍にも派閥というものは存在する。その思惑は必ずしも一致するわけではない。中には日本人である楯無を危険視する者や、楯無を出し抜こうと躍起になった者が存在したのかもしれないと考えたが、軍でも政府でもない『上』が何を指すのか楯無には理解できない。
「代表操縦者である私が死ねばロシアの戦力は落ちるわよ」
「問題ありません。元々今のISの力だけでは学園都市に勝つことは不可能でしょう」
「……完全に問題発言よそれ。貴方の方こそ国家反逆罪に問われるわよ?」
「問題ありません。元々ISの力に頼ること自体、上の方々は不本意に思っているようですから」
「さっきから上って。一体なんのことを言ってるのよ」
「今から死ぬ貴方にいちいち教えるつもりはありません」
「そう。色々と聞きたいことはあるけど。私に勝てると本気で思っているのかしら?」
楯無の言葉にレイシアは行動で答える。レイシアのとった行動は単純。一振りの剣を握りしめ、真正面から楯無に向かって突進してきた。
そんなレイシアに楯無は訝しんだ表情で眉を寄せる。楯無はロシア代表操縦者だ。つまりIS戦闘においてロシアで一番強いことを意味している。そんな楯無を相手に単なる一兵が挑んできた所で返り討ちにあうだけだ。
もちろん楯無としても現役の軍人を簡単に倒せるとは思っていないが、それでも実力は自分の方が上。まともに戦えばまず負けることはない。
……そのはずだった。
「っっ!?」
楯無の視界からレイシアが消えた。
凄まじい速度で視界の外側に移動されたと気づいた次の瞬間。いつのまにかレイシアが楯無の後ろへと迫っていた。
楯無は驚愕するもとっさに後ろへ反転し蒼流旋を振るう。
凄まじい轟音が響き渡り、フェンリス・ヴォルフの剣とミステリアス・レイディの超高周波振動する水の槍がぶつかり合う。
その結果。楯無は吹き飛ばされ雪原の中に叩きつけられる。
「がっ……あぁ……っ!?」
楯無は驚きに目を見開き困惑する。
(……速すぎ、る。第四世代の赤椿と同等以上に速かった。いや、そんなことよりも問題なのは)
絶対防御が貫かれた。それもたったの一撃で。蒼流旋は弾かれ、シールドバリアも絶対防御も全てまとめて貫かれた。
身に纏う水のヴェールによって自らの体を逸らしなんとか直撃は避けたが、今の攻撃が直撃していたら楯無は死んでいた。楯無の背筋に嫌な汗が伝う。
「絶対防御が貫かれたことがそんなに不思議ですか?」
いつのまに接近していたのかフェンリス・ヴォルフが楯無の目の前に現れる。
突き出されたフェンリス・ヴォルフの剣が、楯無を貫いた。
次の瞬間、爆発がレイシアを襲う。
「っっ!!?」
フェンリス・ヴォルフの剣が貫いたのは舞い上がる雪に紛れてミステリアス・レイディが作りだした水の分身。そしてその分身を超高エネルギーを纏った剣で突き刺された熱で起こった水蒸気爆発。
だがレイシアは爆発が起きる直前に即座に離脱し爆発を回避した。
あくまで相手を利用した爆発だったため普段の清き熱情(クリア・パッション)ほどの攻撃範囲は得られなかったが、至近距離からの爆発を回避した危機感値能力とスピードは凄まじいと言えるだろう。
「……なるほど。そういうこと」
「さすがに気付きましたか」
完全には避けきれなかったのか、ISを装備しているにも関わらずレイシアの左腕が僅かに火傷している。
「正気を疑うわね。貴方死にたいの?」
「これは戦争ですよ。負ければ死ぬのと同じです」
楯無の絶対防御を打ち破った正体。それは何の能力でもなんでもない。単なる高出力のエネルギーだ。
『フェンリス・ヴォルフ』は元々最強と言われた織斑千冬のIS『暮桜』。その機体を真似てさらに越えようと考えられたIS『フェンリル』だった。
フェンリルとは北欧神話において主神オーディンに牙をむき飲み込んだ狼の名だ。
織斑千冬を主神に見立てて崇拝視し、彼女を越えたいと願ったロシアの酔狂な技術者が造り上げたISが始まりだった。
暮桜と同じ近接特化として生まれ、性質としては近いがその実全く異なるモノとなった。
暮桜の零落白夜がシールドエネルギーを消費し全てのエネルギーを消滅させるのに対して、フェンリルは最初からシールドエネルギーを攻撃にまわし、相手のエネルギーを全て吹き飛ばすエネルギーをぶつけることで絶対防御を貫く。
理屈としては絶対防御の許容を上回り、零落白夜でも消滅できないほどのエネルギーをぶつければ確かに暮桜を倒すことができるだろう。
だが最強を越えたISフェンリルは様々な問題に突き当たり、完成しても誰も乗れない機体となってしまった。
フェンリルはその高出力の代償としてシールドと絶対防御に使うエネルギーの全てを速度と攻撃力につぎこんでいる。
シールドや絶対防御なんて攻撃が当たらなければ必要ない。ならどんな攻撃も避けられるスピードがあれば問題ないという脳筋な発想である。
だが全ての防御を外してしまえば超高速で飛ぶISに生身の人間が耐えられるはずがない。だが少しでも防御にエネルギーを回すだけで途端にスペックが並みのIS程度にまで落ちてしまう極端すぎるIS。仮に高速挙動に耐えられたとしても一撃くらうだけで致命傷を負ってしまうISなど誰も乗らない。
そんな代償を経て造りだした高出力のエネルギーも、IS自体がエネルギーに耐えられず壊れてしまう。
「装着者を100%死に至らしめる危険性から即座に廃棄されたって聞いてたけど、まさか実物を拝めるなんてね」
というより存在自体が都市伝説のようなものだと思っていた楯無は驚きを通り越して愕然とする。
まさかそんな馬鹿なISを造り上げるなど、ISコアの無駄使いとしか思えなかった。
だがその欠陥兵器が今楯無を苦しめている。
「……貴方、何で生きてるのかしら?」
もしあれが本当に噂通りのISなのだとしたら、装着者が生きているはずがないのだ。
「単純な話、肉体とISを強化しているそうですよ」
最強を超える為に生まれた『フェンリル』と呼ばれていたISは‘科学の頂点に反逆する牙’の意味を込め『フェンリス・ヴォルフ』と名を変えた。
「ISを動かすのに人体というパーツが必要。ならそのパーツを強化すればいい」
「人を強化?」
理屈としては分かるが、何をどうしているのか楯無には全く分からない。
「……無駄話はここまでです。もう終わりにしましょう」
剣を握りしめたレイシアが上空から雪原に立つ楯無に向けて剣を構える。
(舐めすぎよ!)
既に楯無の周りに視認することも難しい透明度の高い水のヴェールがカーテンのように楯無を包み込んでいる。
このまま水のヴェールに気付かずに飛び込んで来れば、それだけでレイシアはダメージを負う。水に叩きつけられるというのはそれだけで人の命を奪うのには十分だ。水とはそれだけの凶器となり、高速で飛ばせばダイヤモンドすら削る刃となる。
これで楯無が反応できないほどの速度で攻撃してこようと、自動的に反撃できるというわけだ。
(本来ならこの程度の水でIS相手にダメージを負わせることは難しいけど、エネルギーシールドが機能していないなら十分よ。そして下手に剣で突き刺せばまた水蒸気爆発で吹き飛ばしてあげる!)
そして期待通りにレイシアは真っ直ぐ楯無に向けて突進し、透明な水のカーテンに突っ込んだ。
剣を装備していない左手で。
「なっ!!?」
「気づいていないと思いましたか?」
レイシアは楯無の誘いに気付いていた。
その上で誘いに乗り、正面から打ち破って見せた。
レイシアの左腕が引きちぎるように水のヴェールを吹き飛ばす。だが・・・。
「っっ!?」
水のヴェールを打ち破った先には楯無の姿はどこにもなかった。
「気づいてなかったみたいね」
声はレイシアの後ろから聞こえていた。
「いつのまに!?」
水のヴェールは反撃のためだけではなく、光の反射を捻じ曲げることで楯無の位置情報を誤認させていたのだ。
レイシアは即座に振り返り剣を振りかぶる。
「真下ががら空きよ」
突如巨大な水流がレイシアを飲み込んだ。
「引っかかってくれたわね」
楯無の仕掛けていた最後のトラップ。レイシアに気付かれない様に雪の中にナノデバイスで構成された水を張り巡らせていたのだ。
水のヴェールのトラップが破られても、この位置にまでレイシアを引きこめた時点で楯無の勝利は確定していたのだ。
「さて、シールドも絶対防御もない状態で捕われた水流の檻。もうこれで貴方に勝ち目はないわ。まあ、もう既に意識もないでしょう。け、ど?」
言葉を紡ぐ楯無は怪訝な表情で水流の中を見やる。
エネルギーシールドも絶対防御もない状態で受けた高圧水流。
仮にもISによる攻撃だ。死んでいないとしても意識があるはずがない。下手すれば水圧で内臓にもダメージがあってもおかしくはないのだ。
……だが。
「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
水流の中からレイシアの咆哮が響き渡る。生身の人間が無事でいられるはずのない水圧の中で、彼女は確かに存在していた。
先程までの感情のない冷淡な声とは打って変わった気迫。その気迫に僅かに楯無は後ずさる。
「まさか、力技で水流を相殺した!?」
レイシアは全身にエネルギーを身に纏っていた。
シールドエネルギーを防御に使うのではなく、エネルギーを放出して水流を相殺している。
どこまでも攻撃一辺倒。攻撃は最大の防御という言葉をそのまま表しているようだ。
「あああぁぁぁぁぁ!」
レイシアが剣を振りぬくと、巨大な水流が割れ、霧散していった。
レイシアは天に掲げるように剣をかざすと、今まで放出していたエネルギーを剣一本に収束させていく。
(まずい!あの速度からは逃げられない!なら弾幕を張って。いや駄目!また相殺されて突破されたら勝ち目はない!)
楯無の脳内に様々な戦闘パターンが浮かんでいく。
そして、楯無は覚悟を決めた。
相手の攻撃からは逃げられず、防ぐこともできない。それなら。
「こっちも全力全開でいかせてもらうわ!」
ミステリアス・レイディが高出力モードに切り替わる。それに合わせて身に纏うアクア・ヴェールの色が青から赤に変わる。
「行くわよ!」
右手に持つ蒼流旋にミステリアス・レイディの全ての水が集まっていく。
楯無の持つ最大級の攻撃技。防御用に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点に集中させる大技だ。しかし全てのアクア・ナノマシンを攻撃に使用する為、その時楯無は防御を失い無防備となる。
「これで条件は同じ!」
『ミストルティンの槍』
構成する全てのアクア・ナノマシンが超振動破砕を行う破壊兵器の塊であり、どんな相手だろうと紙屑のように突き破ることができる。
しかも相手の内部でアクア・ナノマシンはエネルギーを転換させ、大爆発を起こす。
文字通り一撃必殺の大技。
《ミストルティンの槍》発動!
《ダーインスレイヴ》発動!
轟音を響かせながら激突する二つの力。
辺りに衝撃波がまき散らされ、雪原の雪を吹き飛ばしていく。
負けたほうが命を失う瀬戸際の拮抗状態。だが少しずつ、確実に楯無は押され始めていた。
(こんなエネルギーがまだ残っているの!?)
シールドバリアも絶対防御も使っていないとはいえ、これだけのエネルギーを放出し続けていたらなら、エネルギーが空になっていない方がおかしいのだ。
よく見るとレイシアのISフェンリス・ヴォルフは悲鳴を上げるかのように軋み始めている。
見るとレイシアの様子もおかしい。白い身体の所々から血が噴き出し、顔は青白く染まっている。まるで精気・生命力が根こそぎ剣に吸われているかのようだ。
楯無は知らないことだが、『ダーインスレイヴ』とは北欧神話において、一度鞘から抜いてしまうと生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まることはないといわれた魔剣の代表格だ。
明らかに何か異常だが、今は気にしている暇はない。
「まだよ。まだ負けられない。こんな所で終われないのよ!」
大切な家族。たとえ疎遠になっていても大好きな妹。
「はあああああああああ!!」
簪を取り戻すまでは負けるわけにはいかないという思いが楯無を奮い立たせる。
自らを代償にしてでも敗北は許されないという鋼の意思を見せている。
だが、それでも届かない。覆らない。
ダーインスレイヴがミストルテインの槍を押し戻していく。
(そんな……)
たった一人の妹を見つけ出すことすら出来ずに終わってしまう無力な自分に涙が出そうだった。
楯無が自らの敗北を悟ったその時だった。
「えっ!?」
予想もしない方向から拮抗が破られた。
突然一発の砲弾が横からレイシアの剣に襲い掛かり、粉々に打ち砕いた。
元々限界を超えて使用されていた剣は、横から衝撃を与えた砲弾には耐えきれなかったようだ。レイシアも何が起こったのか分からず目を見開いている。
(あれは、プライベーティアの高射砲戦車?)
ロシアの最新鋭機の一台で一部にISの技術を応用したおかげで精密な超遠距離射撃を可能とした優秀な戦車だがISの前には力不足に終わったはずの兵器。
何にせよ、何故プライベーティアが楯無を助けるような真似をしたのか。
(……あの時)
レイシアとの遭遇時、降伏して潰されたプライベーティアの高射砲戦車があったはずだ。
そこまで思い出した時、ミストルテインの槍が発動した。
楯無もレイシアも二人まとめて爆発に飲み込まれた。
「おい!楯無!大丈夫か!」
自分を呼ぶ声に楯無は意識を覚醒させる。
「浜面くん?」
「よかった!生きてた!」
目を開けた楯無の目の前で安堵した表情の浜面が息をつく。
「貴方が助けてくれたの?」
「えっ?ああ。滝壺を助けに行った後戻ってきたら楯無が危なかったみたいだからな。皆に協力してもらって高射砲を動かしたんだ」
「そう。ありがとう。おかげで助かったわ。あいつは?さすがに死んだわよね?」
「わからない。確認している暇がなかったからな。疲れてるとこ悪いけどまだ戦えそうか?プライベーティアがすぐそこまで迫ってるんだ!」
「……こんなボロボロの女の子にまだ戦わせるつもりなんだ」
「すまん」
浜面は悲痛そうな顔をしている。
「冗談よ!冗談!そんな顔しないでお姉さんに任せといて!」
耳障りなプロペラ音が聞こえる。
すぐそこまでプライベーティアのヘリが迫っていた。
目的は自分達か、それともコアの回収か、どちらにしても逃げ場はない。
ミステリアス・レイディのエネルギーはほぼ底を尽きている。率直に言ってこれ以上戦うのは厳しいだろう。
(しょうがない。もうひと頑張りしますか。女は頑張る男の子に弱いのよね)
悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、楯無はゆっくりと立ち上がりISを展開しようとした。
そのとき、巨大な大剣がヘリを真横から串刺しにした。
「えっ?」
突然のことに楯無は驚きの声を漏らす。
何が起きたのか分からなかった。次の瞬間には文字通り目にもとまらぬ速度で攻撃が加えられ、次の瞬間には爆音と共にヘリが落とされていた。
「暴虐から人々を守り、流れる必要のない涙を止めるために全力で戦う姿勢は見事である」
そこにいたのは一人の大男だった。
屈強な肉体に青系の装束。そして右手には身の丈を超える巨大な剣が握られている。
そして男の周囲には水の塊が漂っている。それは楯無のミステリアス・レイディが生み出したものではなく。楯無や浜面の常識外に存在する何かだ。
「詳しい事情は分からぬが、この『後方のアックア』。僭越ながら助力させてもらおうか」
後方のアックア。神の右席の一人にして聖人。
常識を超えた怪物が戦場に降り立った。
ようやくアックアの登場です!
アックアは魔術側では一番好きなキャラなので出せて嬉しい。
ちなみに科学側で好きなのはやっぱり一方通行。能力も一番好きです。
だけど一番好きな魔術と言われると実は左方のテッラの『光の処刑』優先順位の変更です。原作ではもう出番なさそうだし本作でも出せそうにないけどお気に入りです!