ようやくロシア編に突入しました!
第25話 情報交換は大切です!
浜面仕上は今まさに命の危機に立たされていた。
涙を流して体を震わせ、焦点の合わない瞳が虚空をさ迷う。
「どうしてこうなった……」
学園都市からの追っ手から逃れるため、滝壺理后と共に超音速旅客機の無人操縦機能を使って、はるばるロシアまでやってきた。
全ては滝壺を学園都市の闇から救い出すためだ。彼女は『体晶』と呼ばれる薬品によって体がボロボロになるまで疲弊し、現在も病気のように高熱を出している
彼女を救うにはどうしても学園都市の力が必要だ。学園都市の治療技術以外に滝壺を救う術はない。
だが今のまま学園都市に戻った所で二人に自由はない。道具として使い捨てられるか、殺されるかのどちらかだろう。そのために身を守る術が、学園都市と交渉するための『なにか』が欲しい。
たとえ無謀だとわかっていても、それ以外に道はなかった。
そのために浜面はロシアまでやってきたのだ。
防寒の装備を準備する余裕などなかったため、溶けた雪が冷たい水となって靴の中へと染み渡り、指先が寒さで震えている。
現在進行形で凍死の危機に襲われている浜面だがそんなことは問題ではない。
浜面のすぐ近くには小さな商店がある。それを襲えば防寒具や食糧などを手に入れることができるだろう。
だがここは日本ではない。浜面は小さな拳銃を持っているが、向こうだって自衛のために拳銃やライフルを持っている可能性だってある。
加えて今は戦争中。ロシアから見れば学園都市の人間である浜面はまさに敵だ。失敗したら容赦なく殺されてしまう可能性だって低くはない。
その迷いが浜面にとって致命的なミスとなった。
「ちょっとお話いいかしら」
「なっ!!」
浜面は何者かに後ろから襲われた。抱きしめるように身体を拘束され、首元には金属の冷たい感触が当たっている。
浜面を取り押さえているのはISを装着した女性。更識楯無だった。
「勘違いだったらごめんなさいね。見るからに怪しい人がいたから拘束させてもらったけど、貴方もしかして学園都市の人かしら」
楯無は日本語で浜面の耳元に囁く。
楯無が浜面を見つけたのは偶然だった。ただこの戦争中に日本人男性が店の前で挙動不審に銃の安全装置を何度も確認している様子を見れば誰だって怪しむだろう。
浜面は今ISを装着した少女に拘束され、いつ殺されてもおかしくない状態に陥っているわけだが、今の問題はそこではない。
「はまづら……」
現実逃避気味に今までの出来事を回想していた浜面を、愛しの滝壺の声が呼び戻した。
目の前にいる高熱でうなされていたはずの少女滝壺は、目からハイライトが消えていた。
「残念だよはまづら。エッチで変態なはまづらだけど、それでもはまづらのこと、信じてたのに……」
「待って!お願いだから話を聞いて!」
怒りも悲しみも通り越した無表情。それが浜面にはなにより恐ろしく感じた。
滝壺の元に駆け寄りたいが、今の浜面は拘束されたまま身動きが取れない。
楯無の、ISを装備している状態にもかかわらず「それ本当に防御力あんの?」と言ってしまいたくなるISスーツによって協調された豊満な胸の感触が浜面の背中に押し当てられている。
耳元に当てられる吐息も相まって、浜面は不覚にも反応してしまっていた。
つまり、病気の滝壺をほったらかしにして女と戯れている屑男の図が出来上がっていた。
意識がもうろうとしている滝壺には浜面が女とイチャついているようにしか見えなかった。
「待って!頼む!お願いだから話を聞いて!今はなけなしの体力を振り絞るときじゃないから!」
「ユ・ル・サ・ナ・イ」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
滝壺に頭を鷲掴みされた浜面は、頭蓋にヒビが入ったような音が聞こえた気がした。辺りに断末魔の叫びが響き渡る。
「ええっと……」
楯無は自分が原因なのを棚に上げ、目の前の少年に少し同情した。
騒ぎを聞きつけたのか、店の中から覆面を被ったプロレスラーのような男が現れたが、楯無の手によりあっさりと撃退された。どうやら浜面より先に強盗さんが来ていたらしい。
そのおかげで浜面は強盗に襲われている商店を助けるため、拳銃を手に持ち震えていた。ということにしておいた。少々苦しい言い訳な気もしたが、特に問題なく楯無に納得してもらえたようだ。
店員さんに感謝され、食糧品や防寒具、車の燃料等を入手した浜面たちは楯無と話をすることになった。
「それじゃあ自己紹介といきましょうか。私は更識楯無。IS学園で生徒会長をやっているわ」
バサッと口元に扇子を広げる楯無。扇子には『よろしく』と書かれている。
浜面は突っ込まない。奇人変人は武装無能力集団(スキルアウト)にいた頃や、学園都市暗部組織『アイテム』にいた関係でそこそこ慣れている。
そんな浜面からすれば楯無の明るい雰囲気は、滝壺とは違う方向で新鮮に感じられた。
「俺は浜面仕上です。こいつは滝壺理后」
「浜面くんに滝壺ちゃんね。それから敬語は必要ないわよ。年もそう変わらないくらいだし」
「ああ、わかった。よろしくな更識」
浜面達はお互いに自己紹介を済ませる。
だが楯無はロシアの代表操縦者であることは話さなかった。相手が何者かわからない中、自分がロシアの代表操縦者であることを知られるのは都合が悪い。
(二人とも僅かに暗部の臭いがするけれど、学園都市のスパイという可能性は低そうね……)
雪国を舐めているとしか思えない服装に、病気の女性を背負った人間が学園都市のスパイとも思えない。
(捕まえて尋問するより、話を聞いて情報を引き出した方がよさそう)
浜面たちと楯無はお互いの事情と情報を交換していった。
浜面達の事情を聴き終えた楯無は、今度は自分の妹が学園都市の人間に連れ去られ、ロシアに向かっているらしいことを話しているところだ。
「…その簪って人が誘拐されたことには何か理由があるはず」
楯無から一通り話を聞くと、今まで黙って聞いていた滝壺が話し出す。
滝壺の言葉に浜面は考える。
「理由ねえ。学園都市が身代金を欲しがるとも思えないし。IS学園の生徒を狙ったってことは、ISが欲しかったとか?」
「それならわざわざ簪って人をロシアまで連れてくる必要はないはず。学園都市に監禁していればいいだけ」
「そりゃそうか……」
「それに、そこまでして学園都市がISを欲しがるとは思えない。仮に手に入れるとしても、こんな派手に動くようなことはしない」
「う~ん。でもあれだよな。ISみたいなメカを装着して空を飛びまわるのって男の夢だよな!」
浜面は一時期ロボットもののアニメに嵌っていた程度にはロボットが好きだ。浜面の特技のピッキング等、単純に機械いじりが好な所もある。
「空を飛びたいなら飛行機にでも乗れば?」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「?」
滝壺には男のロマンが伝わらなかったようだ。
「どっちにしろISは女にしか動かせないわよ」
楯無の追討ちで浜面の夢も儚く消え去った。
まあ学園都市なら男性でもISを動かせるようにできるかもしれないし、空を飛ぶ駆動鎧(パワードスーツ)がいずれ造られるかもしれないが。
「悪い、話がそれちまったな。っても、俺IS学園ってISの学校ってことくらいしか知らないんだよな」
「IS学園はIS操縦者育成を目的として設立された特殊な国立高等学校よ。学園のセキュリティは世界中でもトップクラス。その学園に侵入しようだなんて正気の沙汰じゃないわ。普通なら自殺とそう変わらないわよ」
「そうなのか?」
「IS学園には世界中からIS操縦者が集まっているからその分様々な技術と情報が集まっているわ。たとえその一部であろうと欲しがる人は大勢いるのよ」
その割に何度も侵入者の襲撃を受けている気がするが、本来ならIS学園は迂闊に侵入できるようなセキュリティではないのだ。ちなみに楯無や浜面は知らないことだが、学園都市も万全の警備を謳っている割に何度も魔術師に侵入されていたりする。
ともかく学園都市より数十年遅れているものでも、それでも各国の技術情報は貴重だ。もしそれが学園都市に渡ってしまったらどう利用されてしまうかわかったものではない。
「侵入者についてはなにかわからないのか?」
「侵入者は全く同じ姿をした電撃使いの少女が八人と私の妹に化けていた奴が一人。恥ずかしながら侵入ルートは不明。監視カメラにも何の痕跡も残っていなかったわ。それと、同じ姿をした八人の少女は突然目の前から姿を消したわ」
「う~ん。電撃系能力者は学園都市にもたくさんいるからな。同じ姿ってのが気になるけど、監視カメラの映像をそれで誤魔化せるのは頷けるか。だけど姿を消した?光学操作系か空間移動系の能力者か?八人同時となるとかなりの高位能力者だぞ」
「姿を変えたってことは肉体変化(メタモルフォーゼ)の能力者もいるのかも……」
浜面と滝壺の言葉に楯無は絶句してしまう。学園都市に自分の常識が通じないことはわかっていたはずだった。だが改めて学園都市の人間に能力者の内容を話されると、あまりの非常識に頭が痛くなる。
「……なによそれ。そんな奴らがいたら簡単に完全犯罪が出来ちゃうじゃない」
楯無の知る現実の外に存在する能力者。ごく自然に話してくれたが、そんな奴らがいたら警備も何もあったものではない。
「学園都市の外ではそうなのかもな。でも能力者はほとんど対抗策も研究されているから、前もって準備されていればよっぽどの高位能力者でもない限り完全犯罪なんて不可能だよ」
それでも実際に対策が施されているのはごく一部で、今でも学園都市では能力犯罪が後を絶たないのだが、今は別の話。
「一体何の目的で奴らは簪ちゃんを攫ったと思う?」
「相手の狙いが簪さんだったのか、それともIS学園の生徒なら誰でもよかったのか。それすらわからない状態だしな」
「かんざしって人個人に重要な価値がなく、わざわざロシアまで連れてきたってことは、たてなしさんをここに誘き出すことが目的かもしれないけど……」
浜面も滝壺も明確な答えを出すことができなかった。
「う~ん。私を誘い出して学園都市は何がしたいのかしら?」
「情報が少なすぎて判断は難しい」
滝壺の返答も最もだった。
「そうね。ありがとう。有意義な話を聞かせてもらったわ。おかげで一歩前進した気がする」
もちろんこれだけの情報で簪を探すのは難しいが、それでも学園都市の人間の情報を得られたことは大きい。
ロシアは広い。ユーラシア大陸の西から東までほぼ一直線に繋がっており、一つの国の中で時差が九時間以上ある国なんてそうそうない。そんな広大な国の中で一人の人間を探すことは、あまりに途方もないことだ。
(それでも、一刻も早く簪ちゃんを助けてあげなくちゃ!)
今この時も大切な妹は恐がっているかもしれない寂しがっているかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなかった。
楯無は無言で頷くと話しを変える。
「学園都市の人間である貴方たちから見て、この戦争についてどう思う?」
「えっ?どう思うって言われても……」
今の浜面にはどう言えばいいのかわからない。
戦争。言われた所であまりに実感の薄い言葉だ。遠い国、あるいはニュースでしか聞かないような言葉が自分たちのすぐ近くで起こっている。
「はまづら。この戦争で学園都市がなにを狙っているか考えるの」
滝壺が楯無の言葉を捕捉する。
「学園都市の目的?」
「それを掴んだうえで、その中心に向かっていくの。それさえ掴めば学園都市にどんな要求だって突き付ける事ができるかもしれない」
建前とはいえ、表向きは学園都市の住民を守る正義の使者を謳っていたはずだ。その学園都市が、なんの話し合いもせずあっさりと戦争に応じて見せた。
非難合戦、交渉、水面下での折衝、事務方による協議、妥協点の提案などはほとんどなく、前もって準備してきたかのような驚くほどの迅速さで戦争は始まってしまった。
この戦争はあまりにも不可解だ。当初日本政府は学園都市に圧力をかけ、ロシアの要求を即座に呑まして戦争を回避させようとしていたが、逆に学園都市から脅し返され政府を黙らせてしまったほどだ。
「無理に争う必要はないけど争いを止めるための力があるのにそれを行使しないことは本当に正しいのか、か。純粋な兵器の力比べならよっぽど自信があるのかしらね」
全世界に発表された宣戦布告の内容は当然楯無も知っている。
「学園都市が勝てば学園都市の時代がやってくるし、ロシアが勝てばこのままISの時代が続いていく、か……」
楯無としてはロシアに勝ってもらった方が都合がいいのだが、心情としては複雑だ。自由国籍の楯無だが日本に愛着がないわけではない。
「いづれにしても情報が必要ね」
そのためには学園都市のロシアが激しく戦闘している所へ突っ込んでいくしかない。
「エリザリーナ独立同盟国だっけ?あの辺でも派手にやってたな。あの辺から探ってみるか」
「私もご一緒していいかしら?」
「それは心強いけど、いいのか?戦闘に巻き込まれちまうかもしれないんだぞ?」
「どっちみち情報が欲しいのは同じでしょ。お互い助け合っていきましょう。それにいざとなったら私はISがあるから大丈夫よ」
学園都市の連中を相手にどこまで通じるかは楯無にもわからないが、それでもISは楯無を守る力になってくれる。簡単にやられるつもりはない。
「あなたも学園都市の人間なら、実は私より強かったりするのかしら?」
「いやいやいや!俺はLEVEL0(無能力者)だから!戦闘力を期待されても困るぞ!」
「まあ、お互い無理に戦う必要はないわ。私たちの目的は戦争の勝敗じゃないわけだし」
楯無にとって学園都市の人間である浜面と滝壺の知識と見解は得難いものだ。簪を見つけ出すのに役立つかもしれない。
それに当初の予定通りロシアの正規軍と合流してしまえば、楯無は自由に身動きが出来なくなってしまう。
簪の救出を最優先事項とする楯無としては、浜面と共に行動する方が都合がよかった。
浜面としてもロシア語を喋れるうえにIS保有者の楯無が味方についてくれることは心強いことだ。
それぞれの大切な人を救うため、楯無は浜面たちと共に行動を開始した。
次回もIS学園最強の楯無と後の世紀末帝王HAMADURAのターンです!