次話も今書いてます。来週には投稿できるといいな……
「ここは……」
一夏が目を覚ますと、知らない天井が見えた。
白いベットから起きあがり辺りを見渡してみると、どうやら病院の一室の様だ。目が覚めたばかりのせいか、頭がはっきり働かない。
「ぐっっ!?」
とにかく起き上って部屋を出ようとしたその瞬間、腹に軽く痛みが走った。
ふと自分の体を見ると、帯が巻かれ、何かの薬品めいた鼻につく臭いがする。その治療が施された自分の体を見て、こうなる前の記憶を思い出し、顔を青ざめさせる。
「……そうだ!皆は!!」
部屋の中には他に人の気配はない。
ここが学園都市の外の病院ならいいが、学園都市の中なら今も敵地の中だということだ。
もしかしたら一夏が気絶している間に学園都市の連中に捕まってしまったのだろうか。
一夏が捕まってしまったのなら、仲間たちも捕まってしまったかもしれない。
皆もどこかで治療を受けているのならばいいが、もしかしたらどこかの牢獄の中に閉じ込められている可能性もある。
とにかく今は情報が欲しい。そう思って病室を出ようとしたその瞬間。
「おや、目を覚ましたようだね」
部屋のドアが開けられ、白衣を着たカエル顔の医者が入ってきた。
「体の調子はどうだね?」
「あっ、はい。大丈夫です……」
「それはよかった。丸一日目を覚まさないからお友達も心配していたよ。治療は問題なく終わったけれどだいぶ体力を消耗していたみたいだね」
「丸一日!?いや、それより皆は無事なんですか!?」
立ち上がろうとする一夏を医者は押しとどめる。
「ああ無事だよ。後で会えるから無理をしないでゆっくり休んだほうがいい」
「……そうですか」
そんな休んでいる余裕なんてないと大声で反論しそうになるが、医者の自分を真っ直ぐ見てくる目に言葉を鎮める。
「あの、あなたが俺たちを助けてくれたんですか?」
「まあそうなるね」
「助けていただいて、ありがとうございます。でも……」
こうして助かったのはいいが、結局ここはどこなのか。一夏がいる場所が病院の中だということは分かるが、どこの病院かまでは把握できていない。
「あの、ここはどこなんでしょうか?」
「ここかい?ここは第七学区の病院だよ」
「っっ!!」
一夏の体に緊張が走る。
この医者が学園都市の人間なら一夏にとって敵である可能性が高い。
「あなたが学園都市の人間なら、なんで俺を助けてくれたんですか?」
一夏の言葉が無意識に少し荒くなる。
「決まっている。君は僕の患者だからだよ。僕は何があっても患者は見捨てない」
「……」
医者の真剣な言葉に偽りは感じなかった。根拠はないが、この人は信用できるような気がした。
「とにかく今は寝ていたほうがいい」
「そんな時間はないんだ。早くいかないと……」
「ふむ。何か事情があるようだね。よければ聞かせてくれないかい?もしかしたら力になれるかもしれない」
一夏は迷ったが、簪が学園都市に攫われ、学園都市に入り込んだ経緯を話し出した。
「それで学園都市に侵入してきたのかい?随分と無茶をしたものだね」
医者はどこか呆れた様子だったが、真剣に一夏の話を聞いていた。
「それで、君はこれからどうするつもりだい?」
「簪を助けに行く」
「どうやって?そもそも彼女がどこにいるのか知っているのかい?」
「……それは、そうだ!あの人に、あの人に聞けば分かるはず!」
「あの人?」
「そういえば、あの人は無事なんですか!?」
「……いや、そう言われても誰のことを言っているのか分からないのだが」
医者は運び込まれた一夏の仲間たちについて思い浮かべる。
削板が抱えて走ってきた一夏、箒、ラウラに黒子がテレポートで運んできたセシリア、シャルロットに意識不明の鈴で合わせて6人だけだったはずだ。
運んできた削板も怪我人の様だったので治療しようとしたが『根性で治したから大丈夫だ!』と言って、本当に体に何の異常もなさそうだったのはカエル顔の医者も少し驚いていた。
「どこにいったんだろうあの人………あれ?」
そういえば、あの人はいつからいなかったっけ。
そもそも、あの人の名前はなんだったっけ。
IS学園で出会い、簪を助け出すために自分達に協力し学園都市への潜入を手助けしてくれたあの人。
「えっと……」
そうだ、あの時確かに一緒にいたはずだ。
あの地下研究所に行くまでは確かに一緒にいた人。
「あれ?」
何故かその人の顔が思い浮かばない。
思い出そうとしても靄のように薄れ散っていく。
一夏はもう一度記憶を探っていく。
簪を助け出すために学園都市に行くことを決意し、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、いつもの仲間たちと学園都市に潜入したのだった。
「……あれ?」
何か抜けたような気がしたが、気のせいだったようだ。
簪を助け出すため、いつものメンバーと一緒に学園都市にやってきた。それだけのことに何をこんなに悩んでいたのだろう?
「……どうかしたのかい」
「いえ、なんでもありません」
一夏の中から木原に関する記憶が頭の片隅へと消えていった。
「それで、君は何故その簪さんを助けようとするんだい?恋人というわけでもないんだろう?」
「何を言ってるんですか?友達が攫われたんだぞ!助けに行くのは当たり前でしょう!」
「ふむ」
好きだからとかそういうことではなく、ただ純粋に友達を助けたいと思う気持ち。
一夏は間違ったことを言っているつもりはないし、医者も一夏が間違っているとは言えない。だが。
「一歩間違えれば君はお友達をさらに失うことになっていたかもしれないんだよ?」
「っっ!!」
その言葉に、一夏は反論できない。自分の甘さは身を持って痛感させられたばかりだ。
「それに、その簪さんの居場所が分かったとして、ISを失った君が一体どうするつもりだね」
「えっ?」
一夏には医者が何を言っているのか理解できなかった。
「だからISを失った君はこれからどうするつもりだい?」
「ISを……失った……?」
「覚えていないのかい?」
一夏が覚えているのは削板の拳をくらった所まで、そこから先の記憶は気絶していたためにない。
その時だった。
「一夏!」
病室に箒が声を上げて入ってきた。
箒に続き、セシリア、シャルロット、ラウラも入ってくる。
「一夏さん目を覚ましたんですのね!」
「いちかー!心配したよ!」
「全く、心配ばかりかけさせるヨメだ」
「皆……」
無事な仲間たちの姿を見て安堵するが、すぐに一人足りないことに気付いた。
「あれ、鈴は?」
「……鈴はまだ目を覚ましていない。だが大事はないようだ。いずれ目を覚ますだろう」
「地下に落ちた後、鈴に何かあったのか?」
「分からない。詳しい事は鈴が目を覚ましてから聞くしかないな」
「そうか……」
鈴のことは心配だが、とりあえず皆の無事を喜ぶべきだろう。
「そう言えばさっき言い掛けてた話。俺がISを失ったって、一体どういうことだ?」
一夏が医者に問いかけると、箒たちは悲しげな顔を浮かべていた。
「どうしたんだ皆?」
「私たちのISは全て白井さんという方に持って行かれてしまいましたわ」
「そんな!それじゃあ俺の白式も白井って奴が持っいかれたのか?」
「えっと、それは……」
一夏の言葉にセシリアの声は言いよどむように霞んでいく。
「一夏の白式はあの時、削板の攻撃を受けて破壊されてしまったんだ」
「……えっ?」
箒の言葉に、一夏の思考は一瞬止まった気がした。
「まさか、そんな……嘘だろ……?」
今まで一夏と共に戦い支えてきた大切なパートナーとさえ言える白式。
共に戦い、共に困難を乗り越え、立ちふさがる敵を一緒に倒してきた大切な相棒。
それを失うということは一夏にはあまりに受け入れがたい事だった。
「ふむ。一応破壊されたISは回収されているよ。その目で見る覚悟があるなら見せられるけど、大丈夫かい?」
医者の言葉に一夏は頷き、震える足を抑えて立ち上がった。
「嘘だろ……」
一夏達が向かった倉庫のような部屋の一室。そこに一夏の白式があった
いや、白式だったものと言うべきか。かろうじて原型は残っているものの、誰が見ても壊れていることが分かる。
一夏ほどではないにしても、最初に破壊された白式を見た時、箒たちは大きなショックを受けていた。
彼女たちにとっても他人事ではない。一歩間違えたら自分たちのISもこうなっていたかもしれないのだ。
舐めていた。自分たちがあまりにも学園都市を過小評価し過ぎていたことに、今更ながら思い知らされた。
確かに学園都市はISへの対抗手段を持っていることはニュースを見て知っていた。
だがそれでもまだ、皆の中にはどこか楽観が残っていた。
いや、これは一夏達だけの話ではない。
これほどの苦戦を強いられてなお。依然として男を下に見る風潮は存在し、有力な国の上層部ほど、学園都市の脅威にどこか楽観的だった。
根拠の無い、ただISを絶対視しすぎたための楽観。
だが実際に学園都市の能力者と対峙したことで、そのおごりは破壊され、一夏はISを失うことになってしまった。
『君はお友達をさらに失うことになっていたかもしれないんだよ?』
先程言われた医者の言葉が一夏の脳裏に蘇った。
もしかしたら自分の命、仲間すらも失っていたかもしれないのだ。
「あ……あああ……」
一夏はISを元に戻そうと、必死になって抱き寄せる。
バラバラになったパーツを何度も何度もくっつけようと手を動かす。
一つ一つのパーツが相当の重さがあり、一夏の力では簡単には動かせないものもあるが、それでも必死になって集めようとする。
しかし、どうした所で白式は元には戻らないことは明白だ。
いつしかぽろぽろと涙が溢れ、視界がぼやけていった。
「ああ……ああああああ……!!」
自分の相棒が破壊された悲しみに一夏は泣き叫んだ。
「一夏……」
「一夏さん……」
「いちか……」
「……」
箒、セシリア、シャル、ラウラの四人は悲しみに暮れる一夏になんて声をかければいいか分からず、その背中を見守っていた。
『あー。お取込みの所失礼します』
悲しみに包まれた空気の中、突然少女の声が響いた。
「うん?どうかしたのかね」
その声は医者の胸ポケットの中の通信機から聞こえてきた。
『報告があります。とミサカ10032号は伝えます』
『先程より白式がミサカネットワークに対して通信を行っています』
「白式が!?」
一夏が驚きの声を上げた。
『どうもISのコアネットワークは私達のミサカネットワークと通ずるものがあるようです』
バラバラになった白式だが、コアが無事だったおかげで完全に死ぬことはなかったようだ。
「なるほど。では白式の言葉を一夏君に伝えてくれ」
『いえ、どうやら白式は貴方に用があるそうですよ』
「僕に?」
『はい。ネットワークが別物のためかまだ断片的な言葉しか解読できませんでしたが、結論から言いますと、どうやら冥土返しに白式の治療をお願いしたいそうです』
「……無茶を言うね。僕は医者であって機械技師ではないよ」
『はい。ですが貴方は患者を絶対治すと聞きました。ということで貴方の腕を見込んで患者としてお願いしたい、とあまりに図々しい願いに呆れながらもミサカ10032号は伝えます』
「それを言われると弱いね……」
だから修理ではなく治療といいたのか。
「分かった。やってみるとするよ」
その医者。『冥土返し』の言葉に空気が変わった。
「直る……貴方なら白式を直せるんですか?」
一夏の瞳には期待と困惑が浮かんでいた。
「まあ、不可能ではないね」
医者のその言葉に一夏が喜びの声を上げるより先にセシリアが反応した。
「まさか!気休めならおやめなさい!ここまで破壊されたISを直すなんて。ましてやただの医者になんて絶対に不可能ですわ!」
セシリアの言う事は間違っていない。これほど破壊されたISを直すことなど不可能。唯一ISを開発した張本人である篠ノ之束であれば可能かもしれないが、ISを保有せずその技術を持たない学園都市。ましてや一介の医者に直せるものではない。
「まあ完全に元の状態に戻すことは不可能だろうね。だけど近い状態へと作り直すことならできる」
確かに『冥土返し』は医者だが、この男は学園都市統括理事長の生命維持装置や一方通行の能力補助チョーカーを一人で作り上げるほどの技術力を持っている。
「一応言っておくけど学園都市の技術力でパワーアップとか期待しているのならやめた方がいい。仮に僕が白式を直したとしても、ISとしての戦闘力はほぼ失うといっていいだろう」
「えっ?」
「白式の武装も破壊されてしまったからね。白式を動かせる状態には出来るかもしれないけど、精々それだけだ。これなら新しいISを手に入れたほうがいいんじゃないかい?」
元々白式は外部パーツとは相性が悪く、新たに武装を追加することもできなかった。ただ動く事しかできない力なきIS。
なんの力もない人間相手ならともかく。同じISや学園都市の兵器や能力者が相手ではどう考えても分が悪すぎる。
だがそれでも……
「お願いします。白式を、俺の大切な相棒を直してください!」
何の迷いもなく一夏は頭を下げ、白式を直してほしいと願った。
冥土返しはさっそく白式を作り直す作業に入ろうとする。
まずは白式のパーツを一つ一つ検分していく。
パズルのように繋ぎ合わせて完成というわけにはいかない。
そもそも医者にはISの構造に関する知識など全くない。だが、足りない部分は自分の技術や材料で埋めていくしかない。
『本当にこれでよかったのですか?と、ミサカ10032号は問いかけます』
「うん?やはり自分を傷つけたISを直されるのは嫌なのかい?」
『いえ、そういうことではなく……』
一夏は気づいていなかったが、声の正体は以前一夏がIS学園で斬りつけて殺しかけてしまった少女だった。
『織斑一夏がISを取り戻せば、どう行動するか分かりません』
ミサカ10032号。通称御坂妹は懸念事項を口にする。
『たった今情報が入ってきました。更識簪がロシアに向かったそうです』
織斑一夏が更識簪にたどり着くことは不可能と判断され、当初の予定どおり簪を戦争真っ最中のロシアへと送り込んだようだ。
『これを知れば、織斑一夏もロシアへ向かう可能性が高いと思われます』
「うん、そうだね。おそらく一夏君はロシアに向かうだろうね」
『……それを分かっていてISを直すのですか?』
例えば上条当麻もインデックスを助け出すために様々な敵と戦ってきたし、学園都市を抜け出すことも何度もあった。
だが織斑一夏の場合は立場がまずい。下手に後ろ盾がある分一介の高校生より動きにくいのだ。
IS学園の生徒であり織斑千冬の弟である一夏が戦争に介入すれば、問題は学園都市とIS学園だけでは収まらなくなる。国際問題になるのは確実だろう。
「まあ、患者に必要なものを用意するのも僕の仕事だし。今は白式も僕の患者だ」
この医者は患者を見捨てないことを絶対の信念としている。それを曲げる事だけは絶対にしたくはないのだ。
「それに、人を助けることによる被害を恐れていたら、そもそも一方通行を治したりはしないだろう」
確かに一夏のせいで多くの被害が出てしまうかもしれない。だが同時に彼のおかげで多くの人が救われる可能性だってあるはずだ。
一方通行という例があるように
「まあ、あくまで可能性の話だけどね。それに僕はこれ以上一人の子供にヒーローになれだなんて押し付けるような真似はしたくはないよ」
矛盾しているかもしれない。多くの人を助けたいと願いながら、多くの人を犠牲にするかもしれない人を助ける
「それに正直、本当にこれで良かったのか悪かったのかなんて、今でも悩んでいるしこれからも悩み続けるんだろうね」
無責任と言われればその通りなのだろう。
人々を守る。なんて英雄的な事はとても言えない。
彼はこれまでも多くの悪人と呼ばれる者たちを助けてきた。それでも。
「もはや理屈じゃないんだよ。ただ助けたい。それだけの理由でその手を伸ばして、人は動くこともある。それが愚かな事だと分かっていてもね」
それでも自分の気持ちに嘘はないと、変わることなく信じられればいいと思える。
それが今も昔も変わらない彼の中の絶対の真実だった。