IS学園VS学園都市   作:零番隊

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ごめんなさい。
根性さんの活躍は次回に見送りさせていただきます。



第19話 科学者

IS学園から発車した一台の車が学園都市に向けて走っていた。

 

運転しているのは織斑千冬。そしてその隣の助手席に座っているのが山田真耶。

 

ISを使えば早く着くかもしれないが、学園都市は現在戦争中なうえにIS学園の生徒が学園都市に侵入したことにより立場が悪い。

 

事前に連絡をいれておいたとはいえ、ISが学園都市に近づいただけで迎撃される可能性も絶対無いとは言い切れない。

 

それに学園都市は交渉の条件としてISの持ち込みを禁じた。

 

もし持ちこんだ場合。学園都市に対するIS学園のテロ行為だと判断されてしまう。

 

既にIS学園の生徒が学園都市に不法侵入している以上反論することが出来ない。

 

ISを持っているだけで敵意があると判断されてしまっては堪ったものではない。

こちらとしては穏便に話し合いに来たのだ。まあ穏便にというのはもう無理かもしれないが、敵対する理由を作らせないためにもISは持ち込まないことになった。

 

少なくとも表面上は話し合いに応じると言ってくれた。ならばそこにかけるしかない。

 

真耶は不安そうで今にも泣きだしてしまいそうな顔をしている。

 

なんの武装もない丸腰のまま敵の本陣に行くようなものなのだから当然だ。

 

千冬も表面上はいつも通りだが不安がないわけじゃない。

 

「あの、やっぱりISは持ってくるべきだったんじゃないですか?いざというときのためにもISがあった方がいいと思うんですけど」

 

「無駄だ。ISを持ってきたとしても私たち二人だけでどうにかなると思っているのか?」

 

学園都市の力は未知数。どれだけの戦力を保有しているのか分からないが、二人だけで戦ってどうにかなるような甘い相手ではないだろう。

 

確かにISがあればいざというときにも行動の幅が広がるだろうが、向こうがISを持ちこまないことを条件に話に応じてくれた以上は従うしかない。

 

「織斑先生なら学園都市相手でも勝てるんじゃないですか?」

 

「・・・・・・無茶を言うな」

 

そんなすがるような目で見られても困る。

 

不安な気持ちは分かるが、真耶もISの力を過信しすぎているように思える。

 

いくら世界最強の『ブリュンヒルデ』でも個人で学園都市相手に戦うのは無謀すぎる。

 

たしかに千冬はISを使えば個人で軍隊相手に勝てるだろう。

だがそれはあくまで普通の軍隊の話だ。

ISの軍隊相手とだって戦えるかもしれないが、学園都市のような非常識な相手では不安要素が大きすぎる。

 

千冬も大概非常識である。

 

「・・・・・一夏君たちは大丈夫でしょうか」

 

「あいつらはまがりなりにも代表候補性たちだ。無茶なまねはしないだろうし、そう簡単にやられる奴らでもない」

 

それは千冬の本心からの言葉ではなかった。

 

学園都市に乗り込んだ時点で無茶のレベルを超えているし、学園都市が自分たちの常識を超えた相手だという事は既に何度も痛感させられている。

 

真耶を安心させるためでもあるが、そうでも言っていないと自分も平静を保てそうになかった。

 

学園都市とはそれだけ危険な場所なのだ。

とは言っても何がどう危険なのか千冬にだってはっきり分かっている訳ではない。

 

学園都市の力も目的も未知の部分が多すぎる。

何故戦争中の学園都市がIS学園に戦闘行為を行ったのか。

 

外より数十年進んだ技術を持っており、ISが登場するまでは世界各国がそろって学園都市の恩恵を得ようと躍起になっていたらしい。

 

ならこれは学園都市の権力を邪魔したISを敵意してのことなのか?

 

推測を立ててみるも、考えても答えは出ないと判断し、千冬は思考を切り替える。

 

今持っている情報だけでは行動の幅は狭く、選択肢を広げることができない。

 

「・・・・・やはりあいつの力を借りる必要があるな」

 

今回の事はさすがに自分一人の手に余るかもしれない。

 

こういうとき色んな意味で頼りになる人物を千冬は知っている。

 

千冬は運転しながらケータイを取り出すと、いつもへらへら笑っている親友に電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇に包まれた室内の中、空中投影されたディスプレイの明かりだけが照らしている異様な空間。

 

部屋の主は信じられないようなスピードでキーボードに指を走らせている。

 

篠ノ之束。彼女はずっと無言でディスプレイを睨み付けていた。

 

普段の彼女は鼻歌交じりでにこやかに笑っているはずなのだが、今の彼女はそんな気分ではなかった。

 

彼女は数時間前からずっとキーボードを叩き続けている。

 

彼女は何度も学園都市に対してハッキングを行っているのだが、状況は芳しくない。

 

白騎士事件の時も学園都市のセキュリティだけはどうしても突破できなかった。

 

束はそれが許せなかった。学園都市に対する不快感が一層強まる。

 

学園都市のセキュリティ。ベテランのハッカーでもさじを投げるような厄介さだが、天才で完璧である束に出来ないはずがない、以前は学園都市に固執してハッキングする必要がなかったから深く踏み込まなかったが、天才たる自分なら今度は成功すると自負している。

 

(・・・・気に入らない)

 

しかも今回はセキュリティだけじゃない。明らかにシステムとは別に束の邪魔をする者がいる。

 

自他ともに認める天才である束をもってしても容易に跳ね除けられない存在。

 

不快。

 

有象無象の分際で自分の邪魔をするな。

 

「・・・・・守護神(ゴールキーパー)

 

今束の邪魔をしている面倒臭い誰かの通り名らしい。

 

束の行動を妨害するどころか逆探知まで仕掛けてきている。

 

それらを躱しながら突破していくが、向こうも執拗に追いかけてくる。

 

(本当に学園都市はどこまでも不愉快だよ)

 

篠ノ之束が生み出した最強兵器インフィニット・ストラトス。

 

そもそも最初は宇宙空間の活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツとして公表されていたはずだった。

 

それがいつのまにか軍事転用に切り替わり、世界を変えるほどの影響力を持ち始めていた。

 

ISを公表された当初、それほど注目されていなかった。

 

当時から明らかに今までの兵器を凌駕するオーバースペックを持ちながら、誰もISに見向きもしなかった。

 

その理由は単純だ。

 

『学園都市製じゃないから』

 

束がどれだけ優秀だろうと、どれほどハイスペックな機体を造りだそうと、学園都市製ではないただそれだけの理由で胡散臭いと眉唾扱いされ、ISの注目度は低くなっていた。

 

学園都市というブランドに目が眩んだ見る目がないバカばかりだ。

 

束は学園都市に支配された世の中が気に入らなかった。

 

だからこそ分かりやすい力。

 

千冬の賛同を得られなかったから遠慮していただけで、束は元々兵器としてのISを開発していた。

 

どんな見る目がない馬鹿共でも納得させるような圧倒的な力を見せつける必要がある。

 

束の引き起こした白騎士事件によって、ISの力は世界中に知れ渡った。

 

攻撃力、防御力、機動力、どれをとっても比類なき究極の兵器。ISは誰もが認めるものとなり、世界に広まっていった。

 

学園都市の技術に固執していた連中もISの重要性に気付き、束に頭を下げてすがってきた。

 

学園都市の力は強大だが、その技術はほとんど外に流出することがない。

外に貸し出されるのは一般向けにわざと下げられた技術ばかり。

 

それが悔しくとも、学園都市の恩恵を受けなければ他国と並び立つことさえ出来ない。

 

だが学園都市を頼らなくても手に入る強大な力が手に入った。

 

学園都市のおこぼれにすがることなく、学園都市を超える力が手に入ると、世界各国が血眼になってISを手に入れようとしていた。

 

しかし、その力は女性にしか操ることができない物だった。

 

これによって、世界は女尊男卑の世へと大きく変わっていくことになった。

 

学園都市に支配された暗黒時代を打ち破った。

 

未だに学園都市に付き従う連中も少なくはなかったが、それでも世界はISの時代へと移り変わっていたはずだった。

 

だがこれは束が望んだ世界の下準備に過ぎない。これから束が思い描く素晴らしい世界へと作り変えていくはずだった。

 

そのはずだった。

 

「本当にどこまでも邪魔ばかりしてくる奴らだよね」

 

何やら束の知らない所で勝手に始まった第三次世界大戦。

 

別にどこの誰が殺し合おうが束の知った事じゃないが、この戦争によって学園都市の力が世界に広まってしまっては堪ったものじゃない。

 

さらに学園都市は自分の妹にまでちょっかいを出し始めた。

 

束の怒りは頂点に達しそうになっているも、思考は淀みなくキーボードを叩き続けている。

 

そんな時、束のケータイに電話がかかってきた。

 

こんな忙しいときに誰だと一瞬苛立つが、その着信音を確認すると表情を一変させる。

ハッキングを強制切断し、キーボードを叩く手を止めてケータイを掴み取る。

 

「もすもすひねもす~♪は~い♡皆のアイドル篠ノ之束だよ~ん!」

 

『・・・・・切るぞ』

 

「わ~っ!ストップストップ!切らないでよちーちゃん!」

 

せっかくの愛しい親友からの電話を切られたらたまらない。

 

「要件は大体分かるよ~。いっくんや箒ちゃんが学園都市に入り込んじゃったみたいだね~」

 

一夏と箒以外の者はどうでもいいようだ。

 

『ああ。どうにか無事に連れ戻したい。お前の方でどうにかすることは可能か?』

 

束としては千冬が頼ってくれることは凄くうれしい事だ。

 

「もちろん天才束さんにおまかせ~。と言いたい所だけど、忌々しい事に学園都市はガードが固くて中々探ることができないんだよね~」

 

今まで千冬が束に協力してもらうことは何度かあったが、基本的に自分達の力で解決しようとし、束に頼りきるようなことは言わなかった。それほど切羽詰まっているのかもしれない。

 

千冬の期待に応えられない悔しさもあって束の学園都市への憎悪はさらに増していく。

 

「そうか、突然無理を言って悪かったな」

 

「何言ってるの~。箒ちゃんが関わってる以上さすがの束さんも無関係とは言えないし、ちーちゃんのお願いならいつでも大歓迎だよ。ぶいぶい!」

 

束は嬉しそうに機械の兎耳をピクピク動かしている。

 

「ちーちゃん。私はやっぱり今の世界が嫌いだよ。だからちーちゃんと一緒にまた遊べる世界に変えたいんだよ」

 

だから邪魔なもの、いらないものは消さないと。

 

煩わしい有象無象が自分の周りを這い回るな。

 

自分の大切なもの以外はどうでもいいが目障りだ。

 

『そうか。お前と一緒にいられるなら、それもいいかもしれんな』

 

「ええっ!?」

 

その言葉に思わず束は驚きの声を上げてしまった。

 

千冬は今まで自分のやることに対してどこか否定的だったはずだ。

 

『別に私はお前のことを全面的に否定してるわけではないぞ?お前のやろうとしている事は分からんが、昔のようにお前と一緒にいられるなら、それは嬉しいと思うだけだ』

 

そんな言葉だけでも、今までの事がむくわれるようだ。

自分のやって来たことが間違いではなかったと感じられた。

 

そんな時だった。

 

部屋中に警告音が鳴り響き、ディスプレイが緊急事態を知らせていた。

 

「ごめん。後でかけなおすよ」

 

束はそれだけ告げると電話を切る。

 

せっかくの愛する親友との語らいを邪魔する不躾な存在を排除するために。

 

「束さま!」

 

腰まで届く長い銀髪の少女が慌てながら部屋に入ってきた。

 

「侵入者です!」

 

「みたいだね」

 

束は落ち着いた声で返す。

 

モニターにはこちらに向かってくる一人の男が映っている。

 

(迎撃システムが作動していない?)

 

疑問の答えを考える前にドアが吹き飛び、その男は入ってきた。

 

「やっほー!学園都市からやって来た木原乱数ちゃんだぜ」

 

部屋に侵入してきた不躾な男を束は冷たい目で見据えた。

 

「『木原』ねえ。何の様か知らないけどさあ、目障りだから消えてよ」

 

「まあそう言うなって。俺としてもこんな面倒くさい事はお断りなんだけどよ。仕事なんだから仕方ねえんだよ」

 

乱数は気軽な調子で答える。

 

「そういえば、どうやってセキュリティを突破したの」

 

「ああ?セキュリティ?あんなもの障害物競走と変わらねえだろ」

 

何も自慢することでもないつまらない事だと乱数はつまらなさそうに吐き捨てる。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいだろ?上からの命令ってやつでよ。ここで死んでくれ」

 

乱数はハンドガンを取り出すと、いきなり束に向けて発砲した。

 

詳しい理由も語らず一方的に銃を撃った乱数。

 

それに対して、束は何もしない。ただ無抵抗に銃弾に打ち抜かれた。

 

だが銃弾で胸を貫かれたはずの束の顔には苦痛や恐怖といった感情は浮かんでなかった。

 

さっきまでと変わらない無表情で告げる。

 

「ばーか」

 

次の瞬間。何もない空間からピンク色のレーザーが乱数に向けて発射された。

 

「があっっ!?」

 

乱数はなす術なくレーザーに胸を貫かれ、血を流しながら倒れ伏す。

 

その表情は何が起こったのか理解していないようだ。

 

あまりにも呆気ない幕切れ。

 

「こんなもの?」

 

次の瞬間。何もなかったはずの空間から兎耳の少女が姿を現す。

 

「この程度なの学園都市?それでも科学の頂点を自称する奴らなの?」

 

束が行ったトリックは二つ。

立体映像と光学迷彩だ。

 

だがその両方とも束が作り上げた特別性。

肉眼で見破ることは不可能な域まで完成させていた。

 

束は他にもいくつもの手札を用意していた。

 

それが最初の仕掛けであっさり死んでしまうなど拍子抜けもいいとこだ。

 

「つまんな~い」

 

束は足で乱数の頭をつんつんと蹴る。

 

「こんなものかよ学園都市。期待外れもいいとこだよ。これなら予定より早く計画を進められるかもね~」

 

(楽しみだなもうすぐだよまっててねちーちゃん♪)

 

束は愛する親友や家族のことを思い浮かべている。

 

ふと思い出したよう倒れている乱数を見る。

 

まだ完全に死んではいないかもしれないが、この怪我では何もできないだろう。

 

「まっ、どうでもいっか。くーちゃん悪いけどそこのゴミかたづけといてくれる?」

 

束にとって乱数の存在はもう邪魔なだけのゴミだ。

束はまるでおつかいでも頼むかのように気軽に銀髪の少女に頼む。

 

だがその言葉に銀髪の少女。クロエ・クロニクルは答えない。

無表情のままその場に立ち尽くしている。

 

「くーちゃん?」

 

クロエが自分の言葉を無視するなど初めてのことだ。

反応のないクロエを、束は訝しげに見る。

 

「・・・・・・ヒャハッ♪」

 

クロエの口が吊り上り、歪んだ笑みを見せた。

 

突如束の視界にノイズが走り、景色が歪む。

 

「っっ!!?」

 

気が付けば束は床に倒れ伏していた。

 

「くーちゃん?誰それ?そこに転がってる肉塊のこと?」

 

束は視線の先を見る。

 

そこには一人の女性が倒れ伏していた。

 

銀色の髪の少女。胸の辺りを貫かれ、大量の血が流れ出している。

 

その少女の名はクロエ・クロニクル。

 

それは束が自分の娘だと、家族だと可愛がり、大切に思っていた少女だった。

 

「・・・・なん・・・・・で?」

 

「何で?その女はお前がその手で殺したんだろうがよ!」

 

その言葉に束は衝撃を受ける。

 

束を見下ろしながら答えてくる声。

 

さっきまでクロエがいたはずの場所。そこには束が殺したはずの男。木原乱数の姿があった。

 

「そんな訳でぇ~!篠ノ之 束さんはご自身の手で娘さんを打ち殺したのでしたぁ~!自分の娘として可愛がっていたお子さんをその手でお殺しになったご感想はどうですか~!?」

 

その言葉に束は一瞬激昂するも、混乱していた思考を無理やり立ち直らせる。

 

乱数はクロエの事を娘と呼んだ。一体どこまでこの男は知っている?

 

束は落ち着いて状況と打開策を思案し始める。

 

この切り替えの早さも天才たる所以だろう。

 

「甘えんだよ。立体映像やら光学迷彩なんてちゃちなもんで『木原』を出し抜けるとかまじで考えちゃってたわけ?俺たちのこと舐めてます?」

 

木原であれば専門分野以外であっても科学の臭いを敏感に察知する。

 

もちろん個人差はあるし、乱数は『木原』の中でも中の下といった所だ。

それでも立体映像や光学迷彩なんて当たり前すぎる科学を乱数が気づかないわけもない。

 

「・・・・・何をしたの」

 

どういうわけか束はまともに起き上ることが出来ない。

いや、起き上ろうとする意志を妨害されているかのようだ。

単なる麻痺毒の類じゃなさそうだ。

いや、それ以前にどうしてクロエと乱数が入れ替わったような状態に陥っているのか。

 

「ああ、俺がやってるのは人間の脳内分泌物と同じ効果を持つ微粒子をカビに乗せて空気中にばらまいてるわけだ。第五位のファイブオーバーの研究渦中で生まれた技術なんだけどよ。空気中に散布する攻撃方法としては『オジギソウ』とかみたいに指向性を持たせにくいのが難点だな」

 

一部分からないことを言っているが、それでも天才たる束の頭脳は瞬時にその言葉の意味を理解した。

 

『幻覚』

 

言葉にすれば簡単だが、それが意味することは重い。

 

ISの力でも相手の視界をごまかしたり分身を見せたりなど、幻覚に近いことが出来るかもしれないが、相手に自分の思い通りのものを見せ、五感で感じさせるとなるとどれほどの技術が必要なのか。

 

「いくら密閉された部屋とはいっても『窓のないビル』じゃあるまいし、人が出入りする以上は空気の流れが完全に遮断されてるって訳でもねえだろ?それにお前が都合よくハッキングに集中してたおかげで幻覚に気付くのも遅れさせられたからな」

 

束は乱数の掌の上で踊っていたというわけだ。

 

(・・・・・どこからが幻覚だった?)

 

言葉から察するに守護神と繋がりがあるわけではなさそうだが、乱数は束がハッキングを行っていたことを知っている。

 

(・・・・・まさか!)

 

束はさっきまでの会話を思い浮かべる。

 

乱数は悪戯に成功したかのように笑う。

 

「大好きなちーちゃんに認めてもらえてよかったでちゅね~」

 

乱数は馬鹿にしたように束を見下ろす。

 

つまりあの電話も幻覚だったわけだ。

 

大切な娘を殺させ、愛する親友との会話までも歪めさせられた束は激怒する。

 

「よくも・・・・!!」

 

許せない。

 

いつもニコニコ笑っていたその瞳には憎悪の炎が燃えている。

 

束の生涯でこれほどまでに怒ったことなどなかっただろう。

 

束は怒りなんて思考を乱すだけの無駄なエネルギー消費だと割り切っている所がある。

 

まともに動くことが出来ない中、目の前の男を潰すことを決める。

 

だが束が行動を起こす前にそれは起こった。

 

『空気中に幻覚作用を持たせる微粒子を散布したというなら、対処法は単純だ』

 

どこからか聞こえてきた声。

 

それは束の持っていたケータイから聞こえてくる。

 

そのとき、部屋の天井が爆発し、大きな風穴が空く。

 

乱数と束が上を見上げると、その穴から何かが落ちてきた。

 

それがスタングレネードだと気づいた時にはもう遅かった。

 

閃光と共に爆音が響き渡り、束と乱数の感覚を麻痺させた。

 

乱数の視界が正常に機能した時には、篠ノ之 束とクロエ・クロニクルの姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大空を超高速で駆け抜ける物体。

 

それは誰がどう見てもニンジンだった。いや、ニンジンの形をした何かなのだろう。

それがISにも劣らないほどの速度で飛行している。

 

そしてその中には束とクロエ、そして二人を助け出した男も乗っていた。

 

「『オジギソウ』の様に指向性を自在に操れるわけじゃないのなら爆風で吹き飛ばすだけでも幻覚を封じられる。空気を換気させたり屋外に出ればさらに対処は簡単だな」

 

以前スキルアウトのリーダーであった駒場利徳が一方通行の能力を封じるために空気中に『チャフシード』という電波攪乱兵器をばらまいたことがあった。

 

一方通行はそれに対して空気を換気させてチャフシードを排除して対応した。

それと同じことが有効だということだ。

 

「・・・・」

 

束は男の言葉に対して反応せずクロエの容態を見ている。

 

誰がどう見ても致命傷。助かる見込みはないはずだ。

 

「大丈夫だよ」

 

束は優しくクロエの手を握りしめる。

 

「絶対に死なせなんてしないからね」

 

この光景を一夏が見れば驚いたかもしれないが、束は自分が認めた相手には基本的に優しいのだ。

 

その優しさの方向性は別としてだが・・・・。

 

「木原加群」

 

束は男の名前を呼ぶ。

 

「くーちゃんの死をせき止めて」

 

確かに臨死体験を専門とする木原加群であれば完全に死ぬまでの時間を長引かせることが出来るかもしれない。

 

だが加群では死ぬまでの時間を長引かせることは出来てもクロエの怪我を直すことは出来ない。

 

それを言葉にする前に束には言いたいことが分かったようだ。

 

「それはこっちで何とかする。手はあるから大丈夫だよ」

 

束は木原加群を信用してはいない。

 

今までは離反しているとはいえ学園都市の『木原』の力を借りるのは学園都市の力に屈した様で忌避感があった。

 

だが今の束にはそれがない。

 

木原加群を有効利用してやれば木原乱数相手にここまで無様な失態はしなかったはずだ。

 

実際、束は加群が助けに来なくても、あそこから切り抜け反撃する手札をまだ有していた。

 

だがクロエの容態を考えると加群が来てくれたのは正直助かった。

 

利用できるものは利用するべきだ。散々使った後はボロ雑巾のように捨ててやればいい。

 

どっちにしろ、この自滅願望者は自分が利用されるのを分かっていて束に協力している所がある。

 

なら束は加群を使ってやればいいのだ。加群がその後どこでのたれ死のうと自分の知ったことではない。

 

「どうやら織斑千冬の方にも誰かが向かったようだ」

 

「んっ。ちーちゃんは私が心配しなくても大丈夫だよ」

 

学園都市を甘く見すぎじゃないか?と加群は思ったが、これは千冬に対する信用が大きいのだろう。

 

だが加群は加群で織斑千冬がどれほどの力を持っているのかを知らない。

 

「木原乱数は『木原』の中でも中の下といった所だぞ」

 

あれだけの力を見せた乱数でも木原グループの中ではそんなもの。

 

「確かにあの幻覚は脅威だが、木原としての力はそんなものだ。自分のやった事を自慢げにベラベラ語って悦に浸り勝機を逃すのは小悪党のすることだ」

 

ヒーローの変身中は攻撃しない律儀な悪役が相手してくれるわけでもあるまいし。

 

チャンスを逃せばダメージは自分に跳ね返ってくる。

 

学園都市の中にもそんな小悪党は多い。

 

ちなみにその筆頭が学園都市第四位の麦野沈利だ。

 

彼女は強力な力を有し、真正面からのぶつかり合いなら軍相手に圧倒できるだけの力を持っているはずなのに、油断したりベラベラ喋って止めを刺し損ねているせいで格下の相手に何度も逃げられたりやられたりしている。

 

「それに学園都市に侵入したお前の妹やその仲間達も危ないと思うが?」

 

「う~ん。そうだね~。箒ちゃんには紅椿を渡しておいたから、そう簡単には死なないとは思うけど・・・・」

 

それを聞いて加群は考える。

 

確かにISの力をもってすれば警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッチメント)相手なら大して問題はないだろうし、相手にもよるがLEVEL4までなら勝てるだろう。

 

だが警備員や風紀委員はあくまで表向き用の戦力でしかない。

 

さすがに学園都市の中でHsB-02のような爆撃機の類を使われることはないだろうが、それでも暗部や学園都市の最新鋭兵器群を投入される可能性もあるし、LEVEL5が出てきた場合は勝負にすらならなくなってしまうかもしれない。

 

まあ、今の学園都市には好戦的なLEVEL5はいないはずだからだから大丈夫かもしれないが。

 

「まあ向こうはちーちゃんに任せとくよ。どっちにしろ私のやることは変わらないし」

 

薄情というよりはそれだけ千冬に対する信用は大きいのかもしれない。

 

束は無人ISの軍勢を学園都市に送り込むことも考えた。

それも一つの手段としてはありかも知れないが、今は他にやるべきことがある。

 

クロエの命を救い、ISを学園都市と戦えるように強化するためには・・・・

 

「材料が必要か。やっぱりあれを手に入れる必要がるね」

 

木原が保有する情報から見つけた材料。

 

今ある技術を越え、学園都市の力に対抗するために必要なもの。

 

「この程度じゃ終わらない。終わらせないよ」

 

木原なんてものは所詮学園都市を倒すための前哨戦。

 

そんな小さな勝敗などくれてやる。

 

それでも最後に勝つのは自分だと束は笑う。

 

学園都市を潰して今度こそ自分の思い描く世界を築くため、篠ノ之 束は裏で行動を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束にかけた電話は反応することがなかった。

 

「・・・・・・繋がらないか」

 

千冬はケータイをしまう。

 

電話に出る気がないのか、それとも何か電話に出ることが出来ない状況下にあるのか千冬には判断できない。

 

(あいつを頼れないなら、やはり自分たちの手で何とかするしかないな。元々これはIS学園の問題。あいつを頼ろうとすること自体が筋違いなのかもしれんが・・・・・)

 

それでも千冬は落胆を抑えられなかった。

 

こういうとき頼れる親友がいた自分は恵まれていたのかもしれないと思う。

 

だが、連絡できない以上は仕方がないと思考を切り替える。

 

今千冬に出来ることは学園都市に行って一夏達を無事に返してもらえるよう交渉することだけだ。

 

仮に帰してもらえるとして、どれだけの対価を求められるのか千冬には想像も出来ない。

 

学園都市で作られた物を弁償することが出来るかどうかも怪しい。

 

千冬はせめて一夏達が何も壊してないことを祈った。

 

一夏達からすれば簪が攫われたという大義名分があるかもしれないが、学園都市が簪を攫ったという証拠がどこにもない以上は学園都市を糾弾することもできない。

 

たとえ軍用クローンがIS学園に侵入してきたと言い張った所で証拠がなければ『いつもの都市伝説』として終わるだけだ。

 

とにかく今は学園都市に向かうしかない。

 

そう千冬が考えていた時だった。

 

「伏せろっ・・・・・・!!」

 

千冬は叫ぶと共に思いっきりハンドルを切る。

 

「きゃあっ!?」

 

真耶は突然の事に驚き悲鳴を上げる。

 

次の瞬間に千冬と真耶の耳に爆音が響き渡った。

 

ついさっきまで車があった場所にバズーカー砲が撃ち込まれたのだ。

 

どうにか直撃はしなかったが、爆風が車を襲い、車後方部の窓ガラスが割れていく。

 

「なっ、何!?一体何が!!?」

 

何が起こってたのか分からず、真耶は恐怖と困惑に襲われる。

 

千冬は真耶を掴むと素早く車外へ飛び出す。

 

一度完全に止まってしまった上に、爆風を受けた車が即座に素早く動けるか分からない。

もたついてあのまま車に乗って入れば狙い撃ちにされるだろう。

 

(あのバズーカーは足を止めるための囮か?)

 

千冬は自分たちを襲撃してきたであろう人物を見やる。

 

「ええと。やっぱり気が引けるなあ。戦わずに済むならそれが一番なんだけど」

 

そこにいたのは一人の少女。

 

中学生くらいの少女は、おどおどした雰囲気でとても人に向かってバズーカ―砲を撃ちこむような人物には見えない。

 

ただ特徴的なのは首から下げている携帯端末などの機械類をいくつもジャラジャラとつけている。

 

「うん。でもそれが『木原』なんだもんね」

 

「・・・・・・」

 

少女の首から下げている機器に何かが表示される。

 

「分かったよ数多おじちゃん。辛いけど、本当に辛いけど、木原なんだから仕方がないんだよね」

 

少女が独り言を呟いている。

 

(何だ?あの首から下げた機械で誰かに指示を受けているのか?)

 

千冬は少女の持っている機械で誰かと通信しているのかと推測する。

 

「お前は学園都市の人間だな」

 

千冬は真耶を庇うように背に隠し、少女に聞く。

 

「うんそうだよ。私は学園都市からやって来た木原円周って言うんだよ」

 

隠す気もないのか、あっさり少女は答える。

 

円周の言葉を聞いて真耶が反応する。

 

「どういうことですか!?学園都市は話し合いに応じてくれるって話だったじゃないですか!?」

 

「う~ん。そう言われても私は『木原』としてのお仕事をしに来ただけだし」

 

「最初から話し合う気なんてなかったのか。それともこの程度突破出来ない様では話す必要がないとでも言いたいのか。学園都市の中でも派閥などで対応が割れているのかもしれんな」

 

千冬はいつのまにか持ち出していたのか、一振りの日本刀を取出し鞘を抜く。

 

目の前の相手が話し合いのできる手合いではないことを千冬は本能的に感じ取っていた。

 

一見普通の少女に見えるが、円周と名乗った少女はどこかおかしい気がしてならない。

 

刀など、学園都市から見れば原始人が棍棒を持っているように見えるだけかもしれない。

 

それでも織斑千冬が持つことでただの日本刀でもそこらの拳銃以上の力を発揮することもある。

 

「一応確認させて欲しいのだが、更識簪を攫ったのはお前たちだな?」

 

千冬が円周に向けて問いかける。

 

「更識簪・・・・?ああ!たしか病理おばさんの『教育』を受けている子がそんな名前だったね」

 

「教育?」

 

病理おばさんとやらが誰かは知らないが、何故か教育という言葉には不吉な印象しか感じ取れなかった。

 

「うん。だからその子はもういろんなことを『諦めている』と思うよ?」

 

「・・・・・そうか」

 

何にせよ学園都市が簪を攫ったことは間違いないようだ。

今更な事だが、本人がそういった以上円周にはまだまだ聞きたいことがある。

 

「うん。そうだね病理おばさん。こういうとき、木原ならこう言うんだよね」

 

円周の首に下げられた液晶画面に写された画面が変化する。

 

「そんな訳で、あなたは誰も救うことが出来ないので、さっさと諦めてくださーい!!」

 

「何を訳の分からないことを!」

 

千冬は円周に向けて突進する。

 

ISを装備していないとはいえ、人間にしてはであるが、その速さは凄まじい速度で円周に向けて走り出す。

 

相手の手の内も分からないが、それでも様子見をしていられる相手でもない。

 

殺す気はない。峰打ちによって一瞬で終わらせる。

 

実際、並みの相手であれば異能の力を持っていようと、何かをする前に一瞬で意識を刈り取られていただろう。

 

「うん。分かってるよ一夏お兄ちゃん」

 

その一瞬。

 

僅か一瞬だが、千冬の思考が硬直する。

 

「こういう時、織斑一夏ならこうするんだよね!」

 

千冬が誰よりも知っている、その一方である意味千冬にとって一番の弱点。

 

残酷な形で歪められた運用方法で千冬に襲い掛かった。

 

 

 




スキルアウトにかこまれた!助けて~
結果発表!!

1位根性さん(削板軍覇)
2位カブトムシさん(垣根帝督)
3位上条さん

番外で風紀委員やミコッちゃんも投票してくれました!
皆さんありがとうございました!
ちなみに浜面がゼロ票でした

世紀末帝王「・・・・・・・」

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