学園都市における警察組織には二つの系統が存在している。
教師で構成された
治安を守る部隊が二系統あるのは、部隊の内部腐敗を互いに監視するためである。
どんな立派な組織であっても、己の立場を悪用する悪徳警官のような人が出てきたりするものだ。
二つの内の一である警備員は、学園都市製の防衛兵器で武装することが許された組織で、暴走した超能力者を取り押さえるために強力な武器を持ちだすこともある。
とはいえ強力な武装を持っていると言っても、警備員はあくまで学園都市の子供たちの安全を守るために存在する組織だ。
その性質上、基本的に殺傷力がありすぎる兵器を使うことは少なく、防護主体の装備が大半だ。
銃器類も基本的に空気銃やゴム弾で、実弾の使用には許可や書類など面倒な手続きを踏まなくてはならない。
それではいくら強力でも、世界最強の兵器と言われているIS相手では効果は薄い。
そのため今回の侵入者に関して警備員は直接手を出さず、住民の避難誘導や安全確保に努めるように指示されていた。
されていたのだが・・・・
早くも命令を無視して動き始める者たちがいた。
彼女は能力者だろうがIS操縦者だろうが子供に銃を向けないことを誇りにしている。
そのかわり暴走する能力者をヘルメットや防具でど突きまわして捕縛していたりするのだが、本人は「あくまで防具じゃん♪」などと言っている滅茶苦茶な奴だったりする。
そんな彼女は、今回もまた仲間や同僚と一緒に独断で動いている。
「あっ、あの黄泉川先生まずいですよ。待機命令が出されているのに勝手に動いちゃ。ただでさえ黄泉川先生は独断行動が多くて目を付けられてるんですから。これ以上勝手なことしたのがばれちゃったら本当にまずいですよ」
「そんなの気にしてたら負けじゃんよ鉄装。どうもきな臭いことになってるじゃんよ」
黄泉川の後ろを歩く眼鏡をかけた女性は同じ警備員である
独断で動いたといっても鉄装はいつものように黄泉川に追従しているだけだ。
鉄装は真面目だが気弱な性格で、黄泉川に迷惑をかけないように一生懸命だが結果は残念なことになることが多い。
「
黄泉川は警備員に配布されている無線機を使って同僚たちに話しかけていた。
『ええ一応は。どうも不自然なことになっていますね』
『どうします?これって関わるとやばい気配がぷんぷんするんですけどー?こんなことができる奴って結構限られちゃうじゃないですかー』
『胡桃、お前が一番やばいこと言ってるって。この会話もたぶん聞かれてると思うけど』
学園都市のトップ連中は一般の通信回線を気軽に盗み聞きできるらしいという噂がある。真偽のほどはよく分かっていない。単なる都市伝説かも知れないが、あながち間違っていない気もしていた。
警備員は住民の安全確保に努めるよう言われただけ。
それぞれの担当場所を見回っているだけで、実際だれも住民は避難などしていないし、侵入者に関する情報もいまいち不鮮明で、そもそも住民は侵入者が来たことすら知らず普段通りに過ごしている。
「突然の戦争で不安がっている住民をこれ以上刺激しないための措置かとも思ったけど、これは明らかに違うじゃん」
そもそも学園都市の住民も不安がっているのは少数派だったりする。
平和に暮らしていた中で、突然起こってしまった戦争に頭がついて行かなかった。
戦争が起こったと言われても、どうしてもテレビの中だけの出来事のように感じてしまう。
それに学園都市の力ならなんだかんだで大丈夫だろうと楽観的に考えてしまう者も少なくはなかった。
能力者の街と言っても、住民全員が戦闘の精鋭という訳ではない。むしろ大半は平和に暮らしている日本人でしかない。
住民が平和ボケしていても、学園都市は恥じていない。むしろ誇りにすら思っている所がある。
それだけの力と技術力を持っていると自負しているからだ。
まあ暗部や実行部隊が色んな意味で優秀なのも理由の一つだが。
「それにしても警備員のほうにも情報がほとんど入ってこないじゃんよ。侵入者が来たって報告があっただけで、どこで何があったのか、具体的な人数すらも上がらないのはおかしすぎるじゃん」
学園都市内の情報操作、こんなことが出来るのは・・・・
『まあ明らかに内部の人間でしょうね。ここまで明らかにやっているならもはや隠す気もないんでしょうね。この分だと上層部公認みたいですし』
『でも侵入者はIS学園の生徒だって話があったよね?本当だったら篠ノ之束とか言う人の仕業って可能性もあるんじゃないの?』
『ああ、ISの開発者か。たしかに天才と言われる人物らしいが、外から学園都市の情報操作ができるとは思えないけど?』
実際、世界中が何者かによってハッキングされた後に白騎士事件と呼ばれる騒動があったが、その際にも学園都市のセキュリティによってハッキングを防いでいた。
事件の詳細は不明で様々な憶測を呼んでいるが、その中で篠ノ之束がISの宣伝目的で起こした自作自演だったなんて説があったくらいだ。
学園都市はISの戦力を重要視していないが、篠ノ之束に関してはISが公式発表される以前から学園都市が勧誘していた。
それからも何度かアプローチしたらしいが、いずれも話は蹴られていたらしい。
白騎士事件が起こり、篠ノ之束が姿をくらましてからは世界中が血眼になって探しているらしいが、学園都市はその後はあまり表だって動いている様子はなさそうだった。
「まあそれは今考えてても仕方ないじゃんよ。それで侵入者の特徴と人数は分かったじゃん?」
『そっちはたった今確認できましたよ。未成年の女性が五人と男性が一人ですね。全員IS学園の生徒だと確認が取れました』
探り当てることができたということは、そこまで本気で隠蔽するつもりがなかったのか、それとも囮か。
「侵入者の現在位置は分かるじゃんよ?」
『衛星も監視ロボットの映像も隠蔽されてるみたいだねー。それでも探そうと思えば探せそうだけど。おおっぴらに動いてる割に隠蔽が適当な感じがするよ。バレても別に構わないって感じかなー?』
「侵入者の顔くらい分かってないと探すのも面倒そうじゃんよ。写真は入手できたじゃん?」
『了解。監視カメラの画像手に入れたんで今送りまーす。ていうかこの写真、一部の風紀委員の方では普通に配られていたみたいですよ?侵入者の方も隠蔽してる方も何がしたいんだか分かんないよね』
たしかにおおっぴらに動いている割に情報隠蔽がずさんで適当な感じがする。いまいち目的が分からない。一体何がしたいのやら。
携帯に画像付のメールが届く。画像には確かに六人の男女が映っている。さすがに制服のまま来たという事はないようで、それぞれ私服を着ている。
「それじゃあ織斑先生との待ち合わせ時間までに見つけ出して捕縛して無事にお帰りいただくじゃん。李、白桃、今すぐ『ドラゴンライダー』の準備をよろしくじゃん」
『いいですけど絶対許可なんておりないですよ。さすがに無理やり動かすのは難しいですし』
『それにISが相手だとさすがにちょっと厳しいと思いますよ?』
同僚たちは黄泉川を配をしているようだ。
「そう心配しなくても大丈夫じゃん。ISなんて一方通行が暴れてんのに比べれば可愛いもんじゃん♪」
黄泉川はそんな不安を消すように気軽に喋る。
『・・・・・いや、LEVEL5と比べること自体がおかしいですからね?』
『最近の黄泉川さんってどんどんやばい方向に進んでるよねー』
元々危険を問わず子供たちのために駆けつける人だったが、一方通行の影響で危険意識が少しおかしくなっている黄泉川だった。
「それじゃあ鉄装。しらみつぶしに探していくじゃん」
「はっ、はい!」
これまで空気の様に静かに黄泉川の通話を見守っていた鉄装は黄泉川と一緒に歩き出す。
「・・・・山田先生?」
一夏達は警備員から少し離れた所にいた。
一夏には一瞬、警備員の女性、鉄装綴里が自分のクラスの副担任である山田真耶に見えた。
気弱そうな人だからか、眼鏡をかけていたからか、巨乳だからだろうか、何故かよく似ていると思った。
雰囲気も千冬と真耶のやりとりに、どことなく似ている気がする。
「警備員に見つかる前に早くここを離れましょう」
唯一の言葉に従って一夏たちは移動する。
一夏たちは唯一のおかげで無事に学園都市に入り込むことが出来た。
しかし、それでも侵入してきたことはばれている可能性が高いらしい。捕まって人体実験でもされるのはごめんだ。
学園都市は一夏が想像していたよりはずっと普通で平和だった。
たしかに一般の街と比べれば普通とは言えないかもしれないが、それでも想像していたような人体実験が行われるようなカプセルに入っていたりはしなかった。
気になったので唯一にそのことを尋ねたら、唯一は苦笑して「街中にそんなものはないわよ」と言っていた。
唯一は一夏の想像していた物をあえて否定しなかった。
これから向かう先には似たような物があるのだから。
学園都市第二十三学区。
唯一の誘導に従い、一夏達が向かっているのはとある研究施設だ。
「・・・・ここは?」
箒が唯一に尋ねる。
「ここは以前高位能力者を生み出すための実験がされていた人体実験場よ」
実際にはAIM関連の研究だが、説明が面倒なので言わなかった。
一夏達は唯一について行って研究所に入っていく。ここまでほとんど会話がなかった。
一夏は別としても箒たちは唯一のことを完全に信用しているわけではない。
唯一がどういう人なのかまだ分からないからだ。
「あの、木原さんは何故こんなことをしてくれるんですか?」
「何故って?」
唯一は質問の意味を飲み込めなかったのか聞き返した。
「貴方は学園都市の人間なんでしょう?それなのに何故私たちに手をかしてくれるんです?」
箒も、一夏と同じように学園都市は悪の人間だという印象が強かった。
もちろん全員がそういうわけではないのだろうが、あまりいい印象はなかったはずだ。
それなのに、いつのまにか一緒に行動するようになっている。
最初は怪しんでいたはずなのに、いつのまにか警戒心が薄れて行っていた。原因が分からない奇妙な心境の変化に戸惑っていた。
唯一の精神誘導に僅かでも違和感を感じられたあたり、鈍いわけではないのかもしれない。
「この研究施設はね。私の親戚が責任者を務めていたの」
関係がない話に箒は戸惑った。
「責任者は木原研究所の所長、木原幻生。ここであの人が多くの子供たちを実験材料にしてきたの。幻生の孫娘で私の親友だったテレスティーナ=木原=ライフラインもここで人体実験を受けていたの」
自分の孫娘を実験に利用する。
あまりに人として悪辣な行為に皆が息をのむ。
遺伝子強化試験体として生み出されたラウラだけは反応しなかった。
戦うための道具として生み出された彼女は、まだ家族の愛情というものを深く理解していない。
以前に比べれば感情豊かになったが、彼女にとっては驚くような事でもないのかもしれない。
「それだけじゃないわ。学園都市には
「そんなっ!!」
一夏はあまりのことに声を上げる。
箒は事の酷さに手を握りしめている。
セシリアと鈴も驚いて目を見開いていたし、シャルも震えているようだ。
一夏達は全員家庭環境に複雑な事情を抱えている。
一夏は両親に捨てられ、姉の千冬が一人で一夏を守っていた。
箒は姉がISを公表してから一家離散となってしまい、政府の重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とさせられていた。
セシリアは両親を事故で亡くし、周囲の大人たちから両親の遺産を守るために努力してきた。
鈴はよく分からないうちに両親が離婚してしまい、友人とも離れてしまった。
シャルは愛人との間に生まれ、自分の意思を無視した生活を強制され、IS開発のための道具として扱われてきた。
そしてラウラは試験管ベイビー・・・・
それぞれ事情は違うが過酷な家庭環境だった。
そんな自分達からしても、得体の知れない実験体にされるのは御免だ。
そもそも合法非合法問わず学園都市では人を使った実験というのは日常的に行われているらしい。
それを住民たちは知ったうえで生活している。
一夏は得体の知れないものを感じた。
一夏が最初に学園都市を見た時、考えていたような悲観な光景ではなく平和な街並みに見えた。行きかう人たちも学生たちの楽しそうなお喋りが耳に入ったりしていた。
だからこの街は思っていたよりずっとマシだと思った。
だがそれは違った。
何故日常的に人体実験が行われているのを知っているのに普通に生活し、笑い合っていられるのか、一夏には理解できない。
恐ろしい恐怖と嫌悪感が一夏を襲った。
実際、人体実験が公然に行っているのは間違いではない。
LEVEL0の学生を含め、学園都市の生徒は月に一度、給料日の様に人体実験の契約料が振り込まれている。
学園都市の住民なら誰でも知っている事だ。公式で行われるものはいうほど物騒なものではなく比較的安全なものだ。
それでも非公式で行われる非道な実験は話が別だが。
「私はこれ以上あの子たちのような犠牲者を出したくないのよ。だから学園都市と戦える力を持ちえる人達に協力を呼びかけたりしているのだけど、あまりうまくはいっていないわね」
その言葉に箒は納得したのか、話を終える。
「この施設は随分前に破棄されていたけど、最下層は未だに実験に使われているのよ」
一夏達は研究所の地下へと降りて行った。
簡単だった。あまりにも簡単に木原唯一の仕事は進んでいった。
IS学園から一夏グループのメンバー六人を学園都市に潜入させるのに成功した。
当初の予定では一夏とその仲間が一人か二人ほど取り込めればそれでよかったのだ。
一夏グループのプロフィール、履歴を拝見して、一人ずつ観察して絞り込むつもりだったのだが、案外簡単に取り込めてしまいそうだったので、六人全員にそれとなくアプローチはしていた。
少しずつ罠をはって誘導していたのだが、仮にも各国の代表候補がチョロすぎないだろうか。
特に軍人であるラウラ・ボーデヴィッヒは、当初は軽くアプローチするだけで放置するはずだったのだ。
たしかに軍人だけあって、危機察知能力や戦闘力は一夏グループ随一ではあるようだが、本当に織斑一夏に対する依存性は一番強いようだ。
ラウラの力でも言葉でも今の一夏には届かないと悟ったのか、
一夏を止めるより、一緒について行き、守るために戦うことを決めたようだ。
それがたとえ、地獄に行きつくことになったとしても。
唯一は思う。
織斑一夏。あれはいずれ自分の正義でわが身を滅ぼすだろう。
それはきっと、一夏グループの何人かは気づいている。
だからこそついてきたのかもしれない。
一夏を止めても無駄だ。
それでも、今の一夏を一人にしてはいけないから。
(まっ、私にはどうでもいいことなんだけどさ)
一夏達は階段を歩き続けていた。
どうやら研究施設には今誰もいないようだ。
地下の施設はかなり深い所にあるようだ。
歩き続けて辿り着いた地下最下層ブロック
そこで見たものは人がすっぽり入るような大きなカプセルがいくつもあった。
「ここで何人もの子供たちが実験に使われていたのよ」
その言葉を聞いて一夏達の表情が歪む。
やはり人体実験という言葉には忌避感があった。
「酷いことをする・・・・」
正義感の強い箒も、怒りがこみあがっていた。
ここで何人もの子供たちが非道な実験に使われたと思うと怒りが込み上げてくる。
「木原さん、簪は?ここにいるんじゃないのか?」
一夏が唯一に尋ねる。
「う~ん、研究所にいたのは確かなはずなのよね。私たちに気付いて場所を移されたかもしれないわね」
「そんな・・・・」
一夏の顔色に不安が浮かぶ。
「そんな顔しないで、どこかの研究所にいるのは確かなはずだから、可能性のある研究所を絞って探せばすぐに見つかるわ」
更識簪の居場所。楯無にはロシアにいると言い、一夏には学園都市の研究所にいるという。
どっちが本当なのか、今はまだ教えるつもりはない。
「それなら早く手分けして見つけないと!!」
一夏がそういった時だった。
突然の爆発音と共に地面が揺れた。
「なっっっ!!!」
何が起こったのか理解できなかった。
一夏達が立っていた場所に唐突に崩れ、大きな穴が開いた。
一夏達は咄嗟にその場所から跳んだ。
「きゃあああああっっ!!」
「鈴!!」
跳躍が遅れたのか、距離が長かったからか、鈴は穴に落ちていく。
一夏が手を伸ばすが、間に合わず、鈴は落ちて行ってしまった。
「くそっ!」
一夏が咄嗟にISを起動して鈴を助け出しに行こうとした。
その時だった。
カツンという靴音と共にそれはやって来た。
まるで虚空から突然現れたかのようだった。
この場所に人が近づいていることを軍人であるラウラでさえも気づけなかったのだから。
そこにいたのは茶色い髪をツインテールにした少女だった。
平均的な女子中学生より少し低い背で、どこかの学校の制服を着ていた。
そして右腕には『
「風紀委員ですの!貴方たちを学園都市不法侵入の容疑で拘束させていただきます!」
高らかにあげられた声と共に白井黒子が物語の舞台へ上がった。
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とある科学の超電磁砲で地味に活躍してる警備員の鉄装さん。山田先生とキャラかぶってるよね。
次回も更新がんばります。