織斑一夏は空を見上げ、ため息をついている。
シャルが何か話しかけているが、まったく反応がない。
ここ数日、一夏はいつもこんな感じだ。
原因は分かっている。例の侵入者のことだ。
表向きには、一夏は学園内に侵入してきたテロリストを見事撃退して見せた英雄として扱われている。
しかし、一夏からしてみれば甚だ不本意だ。
たしかに侵入者を撃退したのは一夏だ。
だが、一夏はISを使い、命を奪い掛けてしまった。いや、もしかしたら死んでしまったかもしれない。
一夏もしかるべき場所で裁かれるのを半ば覚悟していた。
それなのに一夏は裁かれるどころか、侵入者を撃退した英雄扱い。
これに一夏は安堵よりも戸惑いが先だった。
それに、ここ数日中に何人もの女生徒が一夏の元に押し寄せてくる。
転入したばかりの頃は、一夏によってくる女子が何人もいたが、最近は落ち着いていたはずだった。それなのに事件以来は前以上の人数が押し寄せてくる。
事件を解決した一夏への興味本位や、国から事件の詳細を調査するよう言われている者たちも混ざっている。
一夏はもうウンザリ。
ただでさえ精神的にまいっている一夏の心は塞ぎ込んでしまう。
あんまりウジウジしていると千冬にぶっ飛ばされて正気に戻る。
しかし千冬でも一夏を完全に立ち直らせるには至らなかった。
「一夏、やっぱり元気ないね」
「立ち直るのは早いけど、意外と尾を引く人なんだよ。たまに思い出しては深い溜息を吐いている」
シャルと箒が一夏を心配そうに見守っている。
「まったく情けないわね。いつまでウジウジしてるのよ!」
鈴の足が一夏の腹をど突く。
「ぐふっ!!」
一夏は受け身も取れずに吹っ飛んでいく。
倒れた一夏を鈴が仁王立ちで見下ろす。
「あんたがそんな暗い雰囲気してたらこっちまで暗くなるでしょ!もっとシャキッとしてなさい!」
倒れた一夏はゆっくりと立ち上がる。
「・・・鈴」
「なっ、何よ!何か文句あるわけ?」
一夏は真剣な目で鈴を見ると。
「鈴って、千冬姉みたいっていうか、母親みたいなこといぶっ・・・・!!」
また鈴にぶっ飛ばされた。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと簪って人の所に行くわよ」
今日はいつものメンバーで簪の所に行くことになった。
一夏は時々簪の様子を見に行っている。
目の前でようやく組み立てたISを破壊されてトラウマになっていないか心配だった。
皆はまだ簪のことをよく知らないので、この機会に友達になれればいいなと、一夏は思っていた。
簪は校内放送で生徒会室に呼び出されていたので、生徒会室に向かっている。
校内放送で呼び出すほど重要な話の最中なら行かない方がいいかとも思ったが、あの生徒会長なら私用で校内放送くらい使うだろうから気にしない。
それに楯無と簪が、ちゃんと仲良くやれているかどうかも気になっていた。
最近の様子を見るに、問題なさそうだ。まだぎこちなさが残っているが、時間が解決するだろうと思っている。
そして生徒会室まであと少しといったところで
轟音と共に生徒会室のドアが吹き飛んだ。
少し時間は遡り。
生徒会室では簪の皮を被った海原が、簪の姉である楯無に呼び出されていた。
生徒会室には本音と虚もいて、海原と楯無は椅子に座っている。
虚が人数分の紅茶を注いで、本音が冷蔵庫から取り出したケーキをテーブルに並べだす。
「かんちゃん。ここのケーキはねー、ちょおちょおちょお~おいしいんだよー」
目の前には、スタンダードなショートケーキにチョコレートケーキやモンブランから色とりどりのフルーツタルトなど、その他様々なケーキが並んでいる。明らかに三人分ではない。
「余った分は私が全部食べるから大丈夫だよー」
「・・・・太るよ」
「だーいじょうぶー。うまうま♡」
本音はフルーツがたくさんのったケーキを手に取ると、ケーキの周りのフィルムを剥がし、フィルムについたクリームを幸せそうに舐めまわしている。
虚が無言で本音の頭に拳骨を落とした。
「うぅっ、痛いよ~」
本音は涙目で頭を抱えた。
「はしたないまねしないの。品が疑われるわよ。まだ分からないの?そう、仕方ないわね」
「まだ何も言ってないよ~。拳振り上げないで~」
本音は抗議しているが、傍から見ればじゃれあっているように見える。仲のいいことだ。
「それで、呼び出した理由は何?」
海原はチョコレートケーキ食べながら尋ねる。
「いや~本音がおいしいケーキを買ってきたから、簪ちゃんも誘おうと思って」
楯無はタルトを食べながら質問に答える。
校内放送まで使って呼び出した理由がそれか。
こんな姉を持ったら大変だと、内心で簪に同情する。
こんなんで生徒会は大丈夫なんだろうか、と考えてしまうが、もちろん大丈夫なのだろう。
彼女たちは立場や主従だけでは収まらない信頼関係がある。
彼女達にはそれぞれ役割があり、だらけていたり、ふざけているように見えても、裏で相応の働きをしている。
簪は姉に対してコンプレックスを抱いているらしいが、海原は少しだけ簪の気持ちが理解できた。楯無は何でも完璧にこなしているうえ、ある種のカリスマがある。
もちろん完璧さの裏にはそれ相応の努力をしているのかもしれない。だがあのカリスマは天性のモノだろう。他にも簪にはないもの、努力では埋められない物を楯無はいくつも持っている。散々振り回されただけあって、楯無のそういう所を何度も見せつけられた。
そして身内という区分だけでは収まらない信頼の中に自分という異分子が紛れ込んでいる。
いくらしばらく疎遠になっているとはいえ、長く接すればばれるのは時間の問題だろう。
下手な言動を控えないと、正直いつボロが出るか分からない。
「ほら、紅茶もおいしいわよ。虚ちゃんの紅茶は世界一なんだから」
海原は勧められるままにティーカップを手に取り飲んでみる。
「うん、おいしい」
たしかにおいしい。少し苦みが効いていて、それがほのかな甘みを引き立てている。
「ところで簪ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「なに?姉さん」
そして楯無は何でもないことのように聞いてきた。
「あなた、誰なの?」
ゾクッと、その瞬間、海原は部屋の温度が下がったように錯覚した。
もちろん実際に温度が下がったわけではない。突然の質問に海原は動揺してしまっただけで、楯無はさっきと同じように和やかな雰囲気なままだ。
そう、和やかな雰囲気のまま、自分のファッションについて聞くように気軽に聞いてきた。
変わらないはずの雰囲気なのに、海原は違和感を感じ、嫌な予感がする。
内心に動揺が走る。無論表情には一切出してはいないが。
「何を言ってるの姉さん。私は私だよ?」
突然意味の分からない質問をされ、戸惑ったように答える。
おそらくカマをかけただけで、正体がばれたわけではないのだろうと、海原は考えた。
「ここ最近、簪ちゃんはISを使ってないんですってね。どうして?」
楯無が海原をみつめている。変わらず表情は穏やかだが、嘘は許さない、という迫力が感じられた。
「だって、だってあのときの、ISを見るとあのときの恐怖が蘇ってくるんだよ。一生懸命皆で組み上げた私の大切なISだったのに。訳が分からないままバラバラにされちゃったんだよ・・・」
だからISの操縦訓練も出ることができず、打鉄弐式をもう一度組み上げようと言ってくれた織斑くんたちの誘いを断ったのだと。
「簪ちゃん。どうして嘘をつくの?」
「私、嘘なんて・・・」
「嘘だよね」
反論を許さず楯無は断言する。
「今のあなたからはISに対する思いも執着も感じない。それどころかISの興味も、皆で組み上げた打鉄弐式への執着や愛情すらも感じられないの」
普通ならISへの興味がないなどありえないことだろう。
ISは今の時代、皆の憧れの力なのだ。
もし突然自分の持つISや、ISを操縦する力が消えてしまったら、IS学園にいるほぼ全生徒が絶望する事だろう。
楯無がISを操る姿を見ても、簪がISを見る目には何も映っていなかった。
恐怖も嫉妬も興味もなく無関心。
もちろん簪の場合はISを破壊されたトラウマもあるだろうが、だからといって皆で組み上げたISへの思いや執着までなくなるとは考えられない。
「それにね、簪ちゃんはいつもケーキを食べるときはショートケーキを選ぶの。それなのにあなたはチョコレートケーキを選んだよね。まあ、食べたいものなんてその日によって変わるし、今日は偶然チョコレートケーキを選んだだけかもしれないけどね。でも、あのケーキには苦みの強いビターチョコが使われているの。それなのに苦いものがすごく苦手な簪ちゃんが普通に食べてたわよね?」
海原の嫌な予感はますます膨れ上がってくる。どうにか反論しようと思うが、焦れば勝機をなくしてしまう。
「それに紅茶だって苦みの強いものを出したのに、簪ちゃんは嫌な顔一つせず普通に飲んでたわね」
今日は食べたい気分だったとか言い通せるかもしれないが、味の好みだってもしかしたらカマかけのための出鱈目かも知れない。
反論はできるだろうが、すぐに言い負けてしまうだろう。
海原は即座に思考を反論から逃走に切り替えようとしたとき。
「あっそれと、逃がすつもりはないからね」
瞬く間に右腕に楯無のISミステリアス・レイディを部分展開し、量子変換されて握られたランス『蒼流旋』を海原に突き付ける。
「さて、それじゃあ聞かせてもらいましょうか。あなたは誰?」
楯無は最初に部屋にいたときと変わらない穏やかな雰囲気のまま、変わらない笑顔で詰め寄った。