THEIDOLM@STER 同級生のアイドル   作:くろねこ7

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5話

1

 

 

朝から降りつづく雨が教室の窓を叩きながら流れていく。外は生憎の空模様で、今日一日は雨が降り続くとのことだった。

 

雨の日は、余計なことを考えるもんだな、と一人頭の中で愚痴る。

別に雨が嫌いというわけではない。むしろ雨音を聞いていると心が休まるのを感じるくらい好きである。しかし、降り続く雨を見てると、どうも不思議な感覚に襲われてしまうのは、何故なのだろうか。

 

聞き慣れたチャイムの音が古びた校内に響き渡り、授業の終わりを告げる。教卓に立っていた先生は次の時間に予習するべき分野を予告し、荷物をまとめ教室を後にする。それから間もなく、静かだった教室は途端に騒がしくなった。

部活の準備をするもの、教室に残り友達と駄弁るもの、そそくさと急かされるかのようにして荷物をまとめ帰路へつくもの。それぞれがそれぞれの目的を持って動き出す姿を宗介はぼーっとした視界の端に捉えていた。

 

「こーら、いい加減起きろ、このバカ惣介」

 

パシッと小気味良い音を立てながら頭を叩かれる。何事かと思い横を向くと、そこには教科書を丸め、腕を組んで呆れた目をしながら見てくる凛の姿。

 

「いてーな。いきなり叩くこたぁねーだろ」

 

実際は全然いたくないのだがそこは少しでも誇張して凛に反省をさせようと試みる。 が、それも無意味だったようで凛は大きくため息をついた。

 

「まったく。今はまだ1年だから良いけど、そんな調子でいたらすぐに授業ついていけなくなるわよ?」

 

言葉は少し棘があるが、それでも俺を心配してくれているのがはっきりと読み取れる。幼い頃から続いている俺たちの関係は、どうやら高校に入っても変わらないらしい。

 

「はいはい。で、お前は今日もレッスンあるのか?」

 

このままグダグダ喋っていても時間の無駄なので話題を切り替えることにする。俺の言葉に凛は荷物をまとめながら、うんと頷くと手提げのバッグを肩にかけ帰る準備を済ませた。

 

「私はこのままレッスンに向かうよ。宗介は? 部活あるの?」

 

凛のその言葉に俺は窓の外を一瞥して肩を竦める。先ほどもいったように外は生憎の空模様で、この先も止むような気配はまったくなかった。

 

「いや、今日はオフだ。なんでも雨のせいでグラウンドが使えないらしくてな。体育館も取れなかったんだと」

 

そう言うと、凛は笑いながら

 

「じゃあ、今日は久しぶりに一緒に帰ろうか」

 

と言った。

 

2

穏やかな雨の中を二つの傘が隣り合って通り抜けて行く。一つは青で、残るは黒。似て非なる二つの傘は互いの歩幅を合わせ、同じようなリズムで歩数を刻んで行く。

 

ふと、俺の隣で歩いている凛に目を向ける。凛は特にどこかに目線を集中させることもないまま雨がやってくる空を見上げている。傘でも覆うことができないロングヘアーの毛先が、雨に当たって跳ねながらも艶めかしく光っていた。

特に会話もないまま駅へと向かう。年頃の男女が肩を合わせながらも会話をしないというのは、なかなかに珍しいことかもしれないが、俺たちの中では特に珍しいことでもなかった。凛はどうか知らないが、俺はこの沈黙の空間が嫌いではないのだ。気の置けないやつだからこそ、こういった沈黙も心地いいものだという俺の勝手な見解がそうさせているのかもしれないが。

 

「そういえば」

 

ふと疑問に思ったことを口にする。凛は見上げていた曇天から目をそらし、俺のほうを目線を向けた。

 

「アイドル活動。それらしいことしてるのか? あの二人に会ってから、そんなに話題にも上らなかったが」

 

そう。俺の思考に少なからず変化を与えたはずの凛のアイドル活動も、あれからというものあまり聞いたことがなかったのだ。いい機会だからこの際聞けるものは聞いてしまおう。

 

「んー、どうなんだろう。アイドルとしてのレッスンとかはしてるけど、まだデビューは出来ないかなぁ。私のところの事務所はなんか新設したばっからしくて。まぁ、デビューした人もまだ少ないからどれだけの期間でデビュー出来るのかもわからないけどね。その割に候補生は結構いるんだけど」

 

凛の言葉に、へぇと頷く。正直詳しいことはよくわからないが、とりあえず苦労してることはわかった。

「じゃあ当分はレッスンとかってことか?」

 

そう言うと凛は少し顔をしかめ肩をすくめた。どうやら状況は本当に思い通りにはいっていないらしい。

 

「私が思ってた以上に厳しい世界だよ。みんな真剣だし、トップを取ってやろうって息巻いてる。正直まだ不安なんだ。可愛い子もいっぱいいるし、自分だけの特技をもってるから」

 

あれだけ毅然としていた凛が弱音をこぼすということだけで、芸能界というところがどれだけ厳しいところなのか理解できる。注目されなければ、どんなに努力をしたところでそれが実を結ぶことはないのだ。

最大限の努力は当たり前。そこに少しばかりの才能と運が加わってようやくスタートラインに立てる世界。そんな中に、凛は身を投じている。

そう思うと、今まで身近にいて、ずっと一緒に歩いてきたこの少女が、少しだけ、ほんの少しだけ遠くに感じられた。

 

「まぁ、でも今は楽しんでるよ! 後悔はしてない。未央とか卯月もいるし、事務所にもたくさん面白い子はいるからね! 今度、惣介にも紹介してあげる」

 

落ち込む気持ちを振り払うかのように、凛は明るくいった。それに対して、俺はただ黙って頷くことしかできなかった。

 

 

3

 

凛と駅で別れたあと、俺は学校に忘れ物をとりに戻っていた。

学校へと向かう間、凛との会話風景が何度も頭をよぎる。凛と自分との間にできてしまった世界の違い。きっと、凛はこれから変わっていく。新しい世界に身を投じたことで、その才能を開花させていくのだろう。新しい環境は人を否応無く変化させると、どこかに書いてあったことを思い出す。

それじゃあ俺は…? 中学から高校に進学して、多少なりとも環境は変わっただろう。だけど、それは凛に比べたら些細なものだ。交友関係はほとんど同じだし、俺は決められた物事をこなしているだけのように感じられた。

 

そうこうしているうちに学校に着く。俺は自分に答えを出せないまま学校の玄関をくぐり自分の教室へと向かった。

 

教室のドアを開けると、本来なら人気のないはずの教室のベランダには、俺たちの担任である両儀先生がベランダに出て煙草をふかしているのが目に入った。

 

(ここ禁煙だろ…)

 

たとえ禁煙じゃなくとも、普通生徒が日常的に使用する教室のベランダなんかで煙草を吸う教師がどこにいるというのだ。いや、実際には目の前にいるのだが。

俺は少し頭を抱えながら教室に入ると出入り口の横にあるスイッチを入れ教室の電気を付ける。もうあたりは既に陽が落ちようとしていて、東の空には一面あかね色の空が広がっていた。

電気がついたあたりで気づいたのか、先生はこちらに振り向くと俺を捉えベランダに来いと合図を送ってきた。とくに呼び出されるようなことをした覚えはないのだが、無視するのもまずいので素直にベランダへと足を向ける。

「どうしたこんな時間に。忘れ物でもしたか?」

 

煙草の火をもみ消し、ポケットから携帯灰皿を取り出してそこに煙草を放り込む。その様は中々に堂に入っていて、この人は本当に女性なのだろうかと疑うほどだ。

 

「はい、明日使う教科書を忘れてしまって。先生こそ、こんなとこで煙草を吸うなんてなに考えてるんですか…」

 

俺が呆れたようにそう言うと、先生は笑って誤魔化した。俺はその姿に思わず見入ってしまう。

はっきりいって両儀先生は美人の部類に入る。それもかなりのレベルの。かわいさも兼ね備えているが、それ以上に自然体なのに背筋がすらっと伸びていて、凛としたという表現がぴったりと当てはまる感じがする。そんな先生の夕陽に照らされた笑顔はとても絵になるものだった。

 

「どうしたぼうっとして。私にでも惚れたか?」

 

「ははっ、そうかもしれませんね、先生、綺麗ですから」

 

俺が笑いながらそう返すと、先生はなっ…と言って黙り込む。

この先生はそういうことを自分から言うくせにカウンターには滅法弱い。

 

「まぁ、外見は、ですが」

 

「あ?」

 

「ごめんなさい、嘘です」

 

光の速さで謝罪する。といっても先生も本気で怒っている様子ではない。もはやこんな感じのやり取りは恒例となっている節があるからだ。

ちなみに冷静を装ってはいるが俺も内心は心臓バクバクである。女性に綺麗だとか可愛いだとか普段から言い慣れてないことを言ったせいで冷や汗のようなものがでてきていた。

 

「まったく、最近のやつらは…。まぁそんなことはいい。それより惣介、お前、なんか悩み事でもあるのか」

 

先生のその一言で、ようやく平常に戻りかけていた心臓がまた大きく鼓動し始めた。

どうして、と動揺を隠しきれないのを自覚して先生をみると、図星か、と言って先生は笑った。

 

「教室に入ってきた時にくらい表情をしてたんでな。それにいつものからかいにもキレがない。それだけのことだ」

 

本当にそれだけのことで…。ってかなんだよキレって。そんなのわかるのか。

 

先生の本気なのか冗談なのか判断しづらいその言葉を聞いて、なんだか一人で悩んでるのもバカらしくなってくる。いっそ相談相手をつくったほうが、一人で考えるより良いのかもしれない。

 

そう思った俺は、先生に凛がアイドルを始めたこと、そして、それによって俺が感じたこと、思ったことを話し始めた。

 

3

 

話を聞き終わった先生はしばらく黙って、暗くなっていく空を眺めていた。

俺も口を開かないでその場に立ち尽くす。勝手にアイドルをやっていると言ってしまった凛への罪悪感と、先生がどんなことを言うのかという緊張がごちゃ混ぜになって、何をいえばいいかわからなかった。

 

「まぁ」

 

先生が空を見上げたまま口を開く。空には分厚い雲がかかっていて、いつもなら少しは星が見えるのに、今日は鈍色の空が広がっているだけだった。

 

「たとえば、凛がこのままアイドルとして成功したとして。お前はそれに対してどう思う?」

 

「俺は、もしそうなったら祝福したいと思います。それがあいつの目標だから」

 

即答する。これは、間違いなく俺の本心だから。

 

「だろうな。お前はきっとそうするだろう。だが、凛や、その周囲の変化につられて、お前も変わろうとするのは間違いだぞ」

 

間違い…?

「確かに変わろうという意思は大切なものだ。向上心のない人間はただの馬鹿だからな。しかし、変わる覚悟と同時に、変わらない覚悟というものもまた大事なものだと、私は思うよ」

 

先生は俺に諭すように、だけどすこし苦々しい表情をしながら、俺にそういった。

先生の言葉が分かるようでわからない。変わらない覚悟というのは、お前はそのままでいろということなのだろうか。

 

「だけど、このままでいいのでしょうか」

 

「それは私に言えることじゃないよ。ただ、人にはそれぞれペースというものがある。遅かれ早かれ変わらざるを得ないときってのはくるんだ。今回はたまたま凛がそうだっただけで、お前まで焦る必要はないんじゃないのか」

 

そんなことは分かっているつもりだった。だけど、頭では理解していても、それでも自分だけ取り残されるんじゃないかという不安が心をよぎってしまうのだ。

 

「いま凛の周りは急速に変わっていることだろう。芸能界に入れば、毎日が新しいことばかりだからな。それはいいことばかりじゃない。むしろ悪いことのほうが多い。そういう中で、お前まで変わってしまえば、あいつの元いた場所がなくなってしまうんだ。世界が一気にかわると、それと同時に不安も出てくる。そこに変わらない存在が一人でもいてくれるだけで、だいぶ救われるものなんだよ」

 

「…!」

 

意識が一気にクリアになった気がした。俺はいままで自分のことばかりで凛のことを考えていなかったのだろうか。確かに、先生のいう通りだ。いま思うと、俺は勝手に一人で焦っていた気がする。凛がアイドルを始めて、目標を見つけ出してから、俺だけがなにも目標を持っていないと考えていた。事実いまの俺は自分で選んだことなんてあまりないと思う。だけど、それでも凛のことを考えるなら俺は無理して変わる必要もないのかもしれない。凛が一人にならないように、俺はそのままでいてもいいのだろうか。

 

「まぁ要するに、すぐに答えを出す必要なんかないってことだよ。お前はまだ16歳だ。高校生活は3年もあるんだから、焦らなくていい。焦って答えを出しても、あまりいい結果になんてならないさ」

 

先生はそういって寂しげに笑う。まるで、自分がそうだったかのように。

少しだけ気分が晴れた気がした。俺はいままでなにをあんなに焦っていたのだろう。凛は凛、俺は俺。こんな簡単なことなのに、そんなこともわからないなんて。

 

先生には感謝しなければいけないな。ここで先生に会って、こうして話さなければ、俺はきっとずっとこのことを引きずっていたことだろうから。


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