THEIDOLM@STER 同級生のアイドル 作:くろねこ7
目覚ましの電子音で目を覚ます。時刻は9時。今日は日曜で学校もなく、部活のサッカーも土曜に試合があったためオフの日だ。いつもなら6時くらいに起きるのだが、今回は誘惑に負けて目覚ましをセットし直し、二度寝したのを思い出す。
カーテンを開けると綺麗な青空が視界一杯にとびこんできた。梅雨明けが1週間前に発表されてからはずっと快晴が続いている。それに伴い気温も例年通り上昇してきており夏の到来を感じさせている。 新鮮な空気を室内にいれるために窓を開け網戸がされているのを確認してから1階へと降りる。リビングにはいると新聞を読んでる父さんとキッチンで料理をしている母さんがいた。
「おはよー。今日は仕事休みなのか」
俺の挨拶に二人揃って返すと、父さんは新聞をたたんで俺のほうをみた。なにやら不穏な気配を感じ取っていると母さんが料理を運び終えて席へとつき、食事が始まった。暖かい朝食を食べながら父さんが口を開く。
「父さんと母さん、フランス行ってくるから! 留守番は任せたぞ!」
「またか。今度はいつ帰ってくんの?」
明るい口調でそう告げてくるので、手っ取り早く予定を聞く。すると出発するのは明日の午後。帰ってくる日にちは未だ分かってないそうで追って連絡するとのことだ。
普通の人間が聞いたら驚くようなことだが我が家ではこの風景は然程珍しくない。なにぶん、父はある楽団の指揮者をしていて、母に至っては世界的なピアニストである。そのため世界各地を頻繁に飛び回っては公演を行い、最近はアフリカなどの後進国のほうまでボランティアで音楽を届けているようなこともしている。ちなみに興味本位で二人の馴れ初めを聞いたところ、母のほうから猛烈なアプローチをしたとか。最近の女性はアグレッシブである。
「俺たちがいない間に女の子つれこんで変なことすんなよ?」
「バカなこと言ってないで早く飯食え」
にやにやとアホらしいことを言ってくる親父を一蹴する。尊敬はできる父なのだがこういった側面もあるため油断出来ない。ってか飯の、それも朝食の場でなんてことをぶっこんでくれてんだ。
「もう大丈夫だとは思うけど火の元とかはしっかりね。あと鍵の開け閉めとかも」
母さんが俺に釘を刺すようにいってくる。それを頷いて返すとその話題はそれっきりでとりとめのない日常会話へと移行していった。
ふと、つけっぱなしにされているテレビをみると元気な様子の双子の姉妹が視界に入ってくる。確か今人気が出始めているとかなんとか淳平が言っていた気がする。名前は…双海亜美と、双海真美、だったか。
「この子達もよくやるわねぇ。まだこんなに小さいのに」
テレビのほうを向きながら母さんがそうこぼした。父さんもその言葉に頷いている。二人とも幼いころから音楽に親しんできた人間だからなにか思うところがあるのだろうか。それとも単なる親心からの発言なのかは俺には分からない。
「まぁでも本人たちは楽しそうだしいいんじゃないか」
そんなことを言って母さんの言葉に返事をする。ネットでは芸能界はきついだの、恐ろしいところだの色々な噂が流れてるがそんなものは所詮噂である。一般人である俺がいくらそんなことを考えてもテレビで見れる彼女たちのことしかわかることはない。だから、そういう余計な噂は信じないようにしている。
「ごちそうさま」
「ん、お粗末様」
席を立ち上がると自分の分の食器を台所へと片付ける。テレビから流れてくるまだ幼さが残る元気な声を聞きながらリビングを後にした。
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外へ出ると一気に蒸し暑さが身体中にまとわりついてくる。電車から降りて駅のホームへ出るまでの間にうっすらと額に汗が滲んでいるのがわかる。
いま俺がどこにいるのかというと、自分の家から電車に乗って30分ほどで行ける新宿である。せっかくのオフ、家でゴロゴロとゲームやネットに勤しむのもありだったのだが、外の快晴っぷりに思わず街へと出てきてしまった。無論一人である。まだ高1の7月なので、クラスメイトをいきなり遊びに誘うのはちょっと引け目を感じた。
「しかし暑いな…。これはちょっと失敗だったかもしれない…」
駅の東口へ出ると暑さはより一層際立った。照りつける太陽、流れるように歩く人の集団。アスファルトからの照り返し。全てが重なった結果の猛暑だった。
そんな暑さの中に涼しさを運ぶようにして、悲しげなメロディが耳に入ってくる。
透き通る歌声の中にわずかな哀しさを感じさせるようなそんな響き。一度聞いてしまえば長らく耳から離れないであろう、そんな声が、このむせかえるような暑さをすり抜けて、自分の耳へと流れてくる。
ふと、どこから流れて来ているのかと思い辺りを見回すと、ビル壁に備え付けられている大型スクリーンが目に入った。そのスクリーンの中では、圧倒的な歌唱力で人々を魅了し、孤高の歌姫と称される如月千早の姿があった。道いく人々の何人かが思わず足を止めてしまうほどの迫力。街の喧騒にもまけないほどのその歌唱力はアイドルらしからぬものである…と淳平が言っていたのを思い出す。あいつのおかげで俺も大分詳しくなってしまったのは幸か不幸か…。
如月千早のPVも終わり再び人々の群れが流れ出すと俺もそれに続くように歩き出す。今回、特に用事があってここに来たわけではないのでなにかいい掘り出し物がないか、といった軽い気持ちで街の中を回ることにした。
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一通りの買い物を済ませると、時刻はすでに夕方になっていた。ビルの隙間から覗く夕日が街を赤色に染めている。足を止めてみてみればそれは十分に魅力的な光景なのだが、大半の人たちはそんなことには目もくれず、忙しなく目的地へと足を運んでいた。
洋服店でかった夏服が入った袋を持ち直すと、駅へ向かって歩き出す。駅前広場へ差し掛かると、何人かが不自然なところで立ち止まっているのが目に入った。それは本当に少数で、人だかりとまではいかず、多くの人はそれを横目にちらりとみると、またすぐに視線を戻して立ち去っている。
何かあるのかと思ってその場所へと歩を進める。近づくにつれて何やら歌のようなメロディが耳に入ってくるようになった。どうやら複数人で歌っているらしい。その歌声の中には、なにやら聞き覚えのある声が混じっているのを聞き取り、進む歩を早める。
その現場に到着すると同時に歌声が止まった。どうやら歌い終わったらしい。立ち止まって聞いている人の背中から、歌っている本人たちを見ようと背伸びをすると、そこには驚くべき光景があった。
「……なにしてんだ、お前」
思わず言ってしまった俺は悪くない。なぜなら、今までただの幼馴染として一緒に生活してきた奴が、その隣にいる二人と同じように、歌い終わった後の感傷に浸っているように見えたからだ。いや、実際、その場の状況から察するに、先ほどまで歌っていたのは間違いなく、俺の幼馴染を含めた三人の女の子たち。
「え…えっ? 惣介? うそ、やだ…」
俺に気付いた当人、渋谷凛が俺と同じように驚愕の顔を露わにする。
ビルの隙間からのぞく夕陽が一層輝いたかのような錯覚。
その時の凛の顔が赤かったのは、きっと夕日のせいだけじゃなかったように思えた。