「や、やっと終わった・・・・・・」
そのころようやく走り終えた少女、サシャがフラフラとしながら兵舎の前までたどり着くがついに力尽きて糸が切れた操り人形のように倒れ込んだ。
「(故郷の森を出れば・・・、旨いものが食べれると思ったのに・・・・・。たぶん朝には飢えて死んでる・・・。もっと、いろんなものを、食べ、たかった、な・・・・・・・)」
「やっぱり動けなくなったか」
日が落ちて冷たくなった地面に倒れて動けなくなったサシャのすぐそばに少年がやってきて、どさりと顔の前に革製の袋を置いた。
それから香る小麦の香ばしい香りに目を見開きバッと飛び起きるとその袋の紐を解き、中に入っていたパンをまるで珍しい鉱石を発掘したかのように両手で大事に持った。
「っ!!こ、これはパァンッ!?」
「まず水をゆっくりと飲んでからにしろよ?いきなりガッツクと胃がおかしくなるからな」
その飢えた獣のような反応のサシャに少年は苦笑しながらも後ろで憮然としているミカサを無視して手に持った皮の水筒を差し出す。
「あれっ?」
そこに鈴を思わせるような声が聞こえてきたのでエレンたちが振り向くとそこには小柄な少女が手に水筒とパンを持って歩いてきていた。
少女はそのまま近寄ってくるとパンをサシャに手渡した。
「神様ですかあなた達!?」
すでにエレンの渡したパンを食べ終えていたサシャはそれも受け取るとエレンと少女をまるで拝むように頭を勢いよく下げながら手に持ったパンを貪る。
「おいっ。何やってんだ?」
突然低い声が割り込んできてエレンと少女が振り向くと臨戦態勢のミカサの視線の先に同期の中でも長身の少女が立っていた。
「何の用?」
「アンタじゃない。お前ら二人だ」
「エレンが含まれてる。よって私も関係してる」
「・・・・・・まぁいい。お前ら、『いいこと』しようとしてるだろ?」
その少女の言葉にエレンの横に居た少女がピクリと反応する。
「お前が飯ん時にこっそりとパンを隠していたのは知ってた。まるで親にばれないように犬や猫に餌をやろうとするような感じでな。で、どうだった?お前の得た達成感や高揚感はその労力に見合ったか?」
「わ、わたしが『いいこと』しようとするのは、役に立つ人間だって思われたかった・・・・のかな?」
「はぁっ?」
予想外の答えを返された長身の少女は空いた口がふさがらずにいるとエレンがその顔に噴き出してしまう。
「っ、テメェッ、笑うんじゃねぇ!!」
「悪い。じゃミカサ、こいつを運んでやってくれるか?俺は女子寮には入れないしな」
「そこの女がやればいい」
「ヒ、クリスタじゃ体格が違い過ぎて無理だろ?人一人を担いでいくなんてお前以外じゃできねぇんだよ。頼むミカサ」
「・・・・・エレンが言うならそうしよう。・・・。また明日・・・・」
じゃっかんムスッとしたままミカサは軽々とサシャを担ぐとグラつきもせず女子寮に向かって真っすぐ歩いていく。
その背中に長身の女が呆れながら付いて行き、残ったサシャにパンと水をやっていた少女は周りに人がいないのを確認すると突然エレンに飛びついた。
「久しぶりエレン!!」
「おう、久しぶりだな。またヒストリアも重くなったんじゃねぇか?」
「そ、それは女の子に言う言葉じゃないよエレン・・・・・」
少女を抱きかかえているエレンが悪意を持って言ったのでは無いとわかっているが、それでも少女は苦笑いを隠せない。
「エレンはどうして訓練兵団に入ったの?もう実戦にでてるんでしょ?」
「俺はまだ兵士じゃないからな。さすがにリヴァイさんみたいな特例が通じる人材じゃないしエルヴィン団長が訓練兵としてもう一度丁寧に基礎から学んで来いって言われてさ」
「へぇ・・・・。でもエレンはさみしくないの?」
「・・・・・・リヴァイさんが暴走しないかどうかが心配でそれどころじゃなかった」
「あ、あははははははは・・・・・・・・」
一回、エレンと少女が巨大樹の森で迷った時に鬼の形相で立体起動装置を操りながら二人を探していたエレンの親代わりを思い出して少女は今にでも飛んできそうな兵長を幻視してしまう。
「ヒストリアは・・・・・そうか・・・・」
「ううん。むしろあそこの家を出れて私はうれしいの。それにエレンにも会えたしね」
「ま、これから一緒に頑張っていこうぜ」
「じゃ、おやすみ」
「おう」
少女と別れたエレンはそのまま自分の部屋まで行き、就寝準備と荷物の片づけを終えるとアルミンの横に用意されたベットに座る。
「ただいまアルミン」
「うん。おかえりエレン」
「悪かったな。さっきは言いそびれて」
「大丈夫だよ。それよりもエレンがこうやって帰ってきてくれたことの方がうれしいよ」
「母さんは?」
「エレンのお母さんは大丈夫。あの時、幸か不幸か足を怪我してて四年前の奪還作戦には参加しなかったから」
「・・・・・・・・・」
アルミンの言い方と、アルミンの表情からおそらくアルミンの両親とあのおじいさんは奪還作戦の末、かえって来なかったのだろうことを察したエレンは言葉を紡げないでいるとアルミンは「気にしないで」と言って笑う。
しかしそれが無理やり作ったものだと分かったエレンが表情を暗くしていると味方するようにちょうど消灯の合図が鳴り響いた。
「・・・・・じゃあ、もう寝ようか?」
「あ、ああ。お休みアルミン」
「お休み」
エレンは自分のベットに横になると意識をできるだけ早く放り捨てる為に目を閉じた。