曲がり角を曲がったエレンの目に入ってきたのは巨大な岩で潰れた家だった。
エレンとミカサは二人で懸命に瓦や砕けた柱などをどかしてカルラを探す。
しばらくすると人の手が見えたので最悪な想像の恐怖に抗いながらどかし続けようやくカルラを見つけ出した。
「母さんっ!!」
岩に押しつぶされることは免れたが倒れた太い柱にカルラが挟まれていたのだ。
「・・・え、エレンかい・・・・?」
「ミカサ、そっちを持て。急いで柱をどけるぞっ!!」
エレンとミカサが力を合わせて持ち上げようとするが、それだけでは太い柱を持ち上げることはできずびくともしない。
先ほどから続く巨人の足音と咆哮を聞いたカルラは一瞬目を閉じて覚悟を決めた。
「巨人が・・・・・入って来たんだろ・・・・・?」
「ああ。だから早く逃げようっ!!」
「エレン。ミカサを連れて逃げなさい。私の足は怪我して出れたとしても走れない。だから・・・・・」
「俺が担いで走るよっ!!」
「っ・・・・・・。なんで最後ぐらいいう事を聞いてくれないのっ!!ミカサッ!!」
カルラがミカサを見るがミカサも逃げようとせずに歯を食いしばって動かない柱を持ち上げようとしていた。
「っ・・・・・・・」
そして一生懸命カルラを助け出そうとしていた二人をあざ笑うかのようにそれは近づいてきた。
ズシン、ズシンと腹の底に響くような足音がドンドン近くに寄ってきて、三人がそっちを振り返ったと同時にヌッと巨人が角を曲がって現れた。
巨人はどっちへ行こうかと迷うようなそぶりをして、ふとエレンたちの方を見る。
そしてにやっと巨人はわらい、エレンたちの方にゆっくりと歩んでくる。
「しまった・・・・・・・」
巨人が三人を見つけたときそこへアルミンに頼まれて来たハンネスが汗を額に浮かばせながら走ってきた。
「お前ら大丈夫か!?」
「母さんがっ!!」
「ちっ・・・・・。
「待ってハンネスさんっ、戦ってはダメッ!!エレンとミカサを連れて逃げてっ!!」
「見くびってもらっちゃ困るぜカルラ。こいつをぶっ殺して三人を助けるっ!!恩人の家族を救ってようやく恩返しを・・・・・・・」
「お願いっ!!」
カルラの必死の願いは一瞬ハンネスを冷静にさせた。
それは幸か不幸かハンネスの勢いを削ぎ、ハンネスに自分の未来を客観的に見つめさせるのに十分だった。
「ッ・・・・・・・・」
そして見えたのは確実な死。
頭から齧られる、その驚異的な握力で握りつぶされるなどの明確な死のイメージはハンネスの手を震えさせ、脚がまるで重りが引っ付いたかのように動かず、全身から冷たく不快な汗が噴き出した。
そしてハンネスは逃げるように踵を返すと抜いていた刃をケースに差し込んでミカサとエレンを抱えて逃げ出す。
「お、おいハンネスさんッ!!母さんがっ!!」
「無理だ・・・・・。俺一人じゃあいつを殺せない・・・・・。
一歩二歩と遠のいていくカルラに必死に手を伸ばそうとしながらエレンが下せとわめくがハンネスはエレンをしっかりと掴んでどんどん歩いていく。
「エレン、ミカサ・・・・・・。生きて・・・・・・」
カルラはすでに数メートル先に離れている二人に聞こえるはずもないほどの大きさで呟く。
それはわが子の先を祈るものだった。
それに反応したように巨人はエレンたちには目を向けず、カルラの上にある瓦礫をどかしてカルラを掴もうとする。
「あ・・・・・・・」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
エレンが強引にハンネスが掴んでいた服を破って抜け出すとカルラに向かって走りだした。
「「「エレンッ!?」」」
「ぶっ殺してやるっ!!一匹残らずっ!!」
エレンは走りながら無意識の中、手を口に持っていき思いっきり噛み千切る。
いきなり暴風と呼べる強さの蒸気が吹き溢れ、カルラを掴もうとしていた巨人さえも吹き飛んで地面を転がった。
「・・・・・・・どうなってんだ、こりゃ・・・・・・・」
ハンネスは目を見開き、呆然と目の前の光景を見て呟く。
それはほかの二人も同じことだった。
一瞬真っ白に染め上げた湯気のカーテンから現れたのは筋肉質の15メートル巨人。
さっきまでそこにはエレンがいたはずだ。
そして突然現れた巨人はミカサやハンネス、すぐそばに居たカルラさえも無視してゆっくりと立ち上がった巨人に向かって歩いていく。
思い切り腕を引き、巨人はゴォッと音を立てて振りぬいた拳は口を大きく開けて走ってきた巨人の喉と一緒にうなじ部分を貫いた。
「エ、レン・・・・・?」
巨人を殺した謎の巨人は丁寧に瓦礫を退けてカルラを抓んでハンネスの横にゆっくりと下すとハンネス達に背を向けてどこかへ歩いて行った。
「何がどうなってんだ・・・・・・・」
「ハンネスさんエレンが・・・・・・」
「とりあえず助かってからだ。急ぐぞっ!!」
ハンネスはカルラを背負いながら門に急ぐ。
その道には今朝まで一緒に酒を飲んでいた仲間の上半身だけの死体が転がっていた。
それに悔しげに歯を食いしばり、生きるために先を急ぐ。
「っく・・・・・」
ようやくウォール・マリアへの門にたどり着いた三人が見た物は完全に穴が開いた門だった。
その少し前、エレンたちと別れたアルミンは必要な分だけの荷物を持って家族とそろってウォール・マリア内に避難してエレンたちを門付近の船着き場で待っていたのだが門が音を立てて下りはじめた。
「これ以上は危険だっ!!閉門しろ」
「おいっ!!まだ避難していない住民がいるんだぞっ!!」
「この壁が破られたら街の一つが巨人に占領されただけじゃないっ!!次の壁まで人類の活動領域が後退するんだぞっ!!」
「だが目の前の人々を見捨てる理由にはならないっ!!」
兵士たちが門の前で口論しているのを聞いたアルミンは不安そうに立ち上がってそちらを見ていたが不意に門の向こうが騒がしくなった。
一体の巨人が門目掛けて突っ込んできたのだ。
「な、なんだコイツ・・・・・。武器が効かないっ!?」
「食い止めろっ!!」
兵士たちが懸命に白兵戦、砲撃による撃退を試みるが全身が固いその巨人の勢いを止めることはできずに石でできた門が巨人の体当たりによって突き破られた。
突き破った巨人はこちら側の建物の陰に入り込んでいくとそのまま姿を消した。
「駄目だ・・・・・。また人類は巨人に食い尽くされる・・・・・」
誰かが呟いた言葉はその場にいた人々の顔を一層暗くするに十分すぎる程に絶望を感じさせる一言だった。
そこへミカサがハンネスとカルラを連れてやってきた。
ハンネスはカルラをアルミンの父親に任せるとまた戦うために門の向こうに飛んで行った。
「アルミンッ!!」
「あ、ミカサとおばさん。無事だったんだね・・・・・。でもエレンは・・・・・?」
「落ち着いたら話をしよう」
「そうね・・・・・・」
アルミン達は船に乗り込み、その船はゆっくりと川をさかのぼっていく。
さすがに巨人はいないのかようやく一時的に危機から脱出した人々は疲れから次々と眠りに落ちて行った。
「エ、レン・・・・・」
ミカサも疲れ果て、脚に添え木をして包帯を巻くだけの応急処置をしたカルラにもたれかかって寝ながら目の淵に涙を浮かべていた。
「大丈夫よミカサ。エレンは生きてまた会えるわ」
そのミカサの頭を優しく撫でながらカルラも眠りについた。