「ただいま」
「お帰り。遅かったわね?」
家に帰ると皿を拭いていた母、カルラと椅子に座って本を読んでいた父、グリシャが不思議そうな顔をして訪ねてきたのでエレンは言葉を濁すしかなかった。
カルラは調査兵団を認めていなかったからだ。
「エレンが調査兵団に入りたいって」
「エレンっ!?」
「み、ミカサそれ言うなって!!」
ミカサがボソッと呟いたのを聞き取ったカルラはエレンをきつい眼差しで睨み付けた。
「エレンっ。今までどれだけの人が調査兵団に入って死んだか知ってるでしょっ!?」
「解ってるよっ」
二人の口論が激しくなっていきそうな雰囲気の中で、グリシャが間に割り込んでエレンと視線を合わせる。
「エレン。なんで調査兵団に入りたいんだい?」
「俺は一生壁の中で家畜みたいに過ごすなんて嫌だっ。それに・・・・・・」
「ここで誰も続かなかったら、今まで死んでいった人々が無駄になる!!」
「そうか・・・・。そろそろ船の時間だ。行ってくる・・・・」
「ちょっとあなたっ!?エレンを説得してっ!!」
「カルラ。人の探究心とは他人に言われて抑えられるものじゃない」
グリシャはそう言って自分の荷物を持ってドアを開けて外に出ようとすると、ふと思い立ったかのように首に掛けた鍵を見せながらエレンに振り返った。
「そうだエレン。帰ってきたら秘密にしていた地下室を見せてやろう」
そう言って仕事に出かけていくグリシャが曲がり角を曲がってから、外に出て見送っていたエレンにカルラが再度調査兵団に入るのはダメだと言うがエレンは反発して飛び出していった。
「ミカサ・・・・・」
「おばさん。なに?」
走っていったエレンの背中を見送っていたミカサは自分を呼んだカルラの顔を見上げた。
「あの子はだいぶ危なっかしいから・・・・・・。困ったときは助け合うんだよ?」
カルラの言葉に力強くミカサがうなづくとエレンを追いかけはじめた。
ところ変わって路地裏で小柄な少年が同年代の少年三人に絡まれていた。
よく見ると服に土ぼこりが付着しており、顔にも新しくできたあざが見える。
「どうした異端者。悔しかったら殴り返してみろよ」
三人のうちの一人が小柄な少年の襟をつかんで持ち上げながらそういうが、小柄な少年は睨み付けながらも決して殴らない。
「どうした?ビビッてできねえのか?」
「そ、そんなことするもんか。そんなことしたらそれこそお前たちと同レベルじゃないかっ!!」
「なんだと!?」
「僕が正しいことを言っているから反論できずに殴るしかできないんだろ?」
「それは僕に降参したってことじゃないか!!」
「う、うるせえぞ屁理屈野郎っ!!」
小柄な少年を一人が殴ろうとした時、エレンがその間に割り込んだ。
「エレン、今日こそぶちのめしてやる!!」
「今日はミカサがいねぇっ!!やっちまえっ!!」
いつもエレンと一緒に居るミカサがいないことに気が付いた三人が小柄な少年の事をすっかり忘れ、新たに現れたエレンに襲い掛かった。
「エレンッ!?」
その後の光景を予想して小柄な少年の悲鳴が上がるが、その像像を裏切るようにエレンは一番最初に襲い掛かってきた少年のパンチを避けて腕を掴んでもう片手で流れるように顎を押さえると蹴りで足を払った。
「フゲッ!?」
見事に一回転した少年は後頭部を地面に叩き付けて手で押さえたまま地面を転がる。
そしてエレンは一気にしゃがむことによって死角に潜り込むと、もう一人の足を鋭く蹴り飛ばして顔から地面に倒れ込ませると、最後の一人を勢いを使って投げ飛ばす。
一瞬の間に地面に転がった三人は目を見開いて立って見下ろしているエレンに驚く。
昨日も喧嘩をしたが、まだ三人でかかればミカサが来ない限り勝てたはずだ。
「な、なんでこいつ強くなってんだよっ!?」
「に、逃げろっ」
驚きで頭が回らなくなった三人は逃げる事しか選択出来ずに涙を浮かべながら逃げて行った。
「え、エレンなのかい?」
「どうしたんだよアルミン?友達の顔を忘れたのか?」
「い、いや・・・・・。あ、それよりじいちゃんの棚からまた新しい外の世界の本を見つけたんだ」
「アルミンッ!!それ俺にも見せてくれっ!!」
エレンが目を輝かせて飛びついてきたのにアルミンが噴き出す。
そのままエレンと一緒にいつも本を読んでいる風通しのいい川のすぐそばまで行くとそこで本を広げて二人でそれを見入る。
そこには炎の山や氷の大陸、塩が混ざったとてつもなく大きな水たまりなど二人の心を高鳴らせることがたくさん書いてあった。
「・・・・いつか一緒に見て回ろうな」
「ああ。でもミカサも一緒にね。仲間外れにするのは良くないから」
「わ、わかってるよ・・・・・・・」
「あ、またミカサと喧嘩したんだね」
隣でアルミンが笑いながら言った問いが図星だったにエレンが顔を真っ赤にしてそっぽを向いているとちょうどミカサがやってきた。
「エレン、ようやく見つけた」
「遅かったねミカサ。いつもならエレンと一緒なのに」
「エレンがいつもよりも速く走ったから追いつけずにはぐれてしまった。ので、シンガシナ区を一周してきた」
「あ、あはははははは・・・・・・」
おそらく冗談を言っている訳ではない事は長い付き合いでわかっていたのでアルミンは顔を若干引き攣りながらから笑いをこぼす。
「・・・・アルミン。頬に擦り傷が出来てる」
「あ・・・・。さっき殴られてね。でもエレンが助けてくれたんだ」
「そう・・・・・・」
ミカサはエレンを見ると頭を両手でしっかりと掴んで顔を寄せる。
「何すんだミカサ!?」
「エレン。弱いんだから無理しちゃダメ」
「今回は全員なぎ倒したんだからいいだろ」
エレンがミカサの手を払いのけて顔を逸らすとミカサがすぐさま頭を掴んで引き寄せる。
するとエレンがそれをまた払いのけたがミカサがまた頭を掴もうと手を伸ばす。
その二人だけの戦いがどんどんヒートアップしていき、すでにアルミンの動体視力では付いて行けないほどの速度で繰り返されるその戦いにアルミンは苦笑いをするしかなかった。
「あれ。もういいの?」
「いい。私は十分エレニウム(ミカサ曰く、エレンと触れ合うことで補給できる栄養素で、ミカサはこれが不足してくると能力値が三分の一程に低下するらしい)を補給した。ので今からアルミンを殴った奴らをのしてこようと思う」
「いいって・・・・・・」
若干汗ばんでいるがツヤツヤとしているミカサが意気揚々と突撃しようとしたのをアルミンが何とか説得し、ミカサも腰を下ろして小川を眺める。
「なぁアルミン。今回はなんで殴られてたんだ?」
「壁の中に引きこもっているだけじゃいずれ人類は滅亡する、だから外に目を向けるべきだって言ったら異端者だって・・・・。それで殴られた」
「ったく、いつまで平和ボケしてんだ人類は。自分の命を懸けるのなんか個人の勝手だろ」
「エレン。調査兵団はダメ」
「でも・・・・・・。なんで彼らは平然としていられるんだろう」
「今日、今だって壁が破られない保証なんてないのに・・・・・・」
アルミンの呟きは一瞬エレンたちの周りの空気を凍てつかせた。
しかし次の瞬間、雷が落ちたかのような爆音が響き渡り、突風で店の看板が揺れた。
「・・・・・・なんだ・・・・?」
アルミンは大通りに出て音のした方を見ると、そこら中の人は顔を恐怖で引き攣らせ、門の上の方を指差して固まっている。
あとから来たエレンとミカサもそれを見て目を見開き驚きで口が閉じれずに呆然とそれを見つめていた。
50メートルある筈の壁には赤い色をした大きな手が掛けられている。
その向こうからはモクモクと蒸気が立ち上っている。
「き、巨人だ・・・・・・・」
「お、おいっ・・・・。嘘だろ?あの壁は50メートルあるんだぞ・・・。それをなんで15メートルしかない巨人が手を・・・・・・・」
半狂乱になっていた男の口からあふれ出した皆が思っていた恐怖の答えはすぐに現れた。
50メートルもある壁の向こうから頭を付きだしている巨人はおそらく60メートルほどもあった。
その超大型巨人がゆっくりと動いて足を後ろに持ち上げる。
この日、人類は思い出した
ヤツラに支配されていた恐怖を
鳥籠に囚われていた屈辱を
轟音を響かせて蹴り砕かれた門だった岩石がバラバラに砕け散り、建物を破壊しながらシンガシナ区に降り注ぐ。
「か、壁に穴を開けられた・・・・・・・?」
「・・・・・・奴らが・・・・、巨人が入ってくる・・・・・っ」
暫らく呆然としていた住人は一歩二歩と後ずさり、やがて悲鳴を上げながら背を向けて逃げ出した。
区画内に悲鳴が響き渡る中、アルミンは絶望でしゃがみ込んで頭を抱える。
「もうだめだ・・・・・・。この街は無数の巨人に支配される・・・・」
「アルミン。家族と一緒にウォール・マリア内に逃げるんだ。俺も母さんとミカサを連れて逃げるから」
「わ、わかった。エレンたちもすぐに来てねっ」
「ああ」
アルミンと別れ、エレンはミカサと共に家を目指す。
道には運悪く岩の下敷きになってしまった人や、壁が完全に突き破られた建物が幾度も見える。
最後の曲がり角を曲がって見えた光景にエレンが奥歯を噛みしめたのはそのすぐあとの事だった。