「ん・・・・・」
太陽の光が燦々と降り注ぐ中、木の陰で寝ていた少年は涼しい風が頬を撫でるのを楽しんでいたが肩がゆすられていることに気が付くとゆっくりと目を開く。
寝起きでぼやける視界に見えた人影が呼びかけるので目をこすってもう一度目を開くと、肩をゆすっていたのは少年の家族の少女だった。
「エレン、こんなとこで寝てたら風邪をひく」
「ミ、カサ・・・・・?」
「どうしたのエレン?」
少女は少年の顔を覗き込むように顔を近づける。
「お前そんなに髪長かったか・・・・?」
「前からこの長さだけど・・・・・。どうしたの?」
「いや、なんかそう思っただけだ」
「そう」
少女は不思議そうな顔をして少年に首を傾げる。
「・・・・・・エレン、なんで泣いてるの?」
「えっ・・・・・・・」
少女の指摘通り、頬を拭ってみると指がぬれていた。
少年はグシグシと強く涙を拭うと少女の差し出していた手を掴む。
グイッと少女の力とは思えないほどの力で引き揚げられながら立ち上がると少年は服についた草を払って置いてあった薪を背負う。
「さ、帰ろう」
「あ、ああ」
家までの帰りを少年がすこし恥ずかしそうに少女の少し後を続くように歩いていると少女が振り返った。
「どうしたの?おなかでも痛い?」
「・・・・・絶対に言うなよ?」
「何を?」
「俺が泣いてたってこと」
「・・・・言わない。でも理由もなく涙が出るなんて、一度おじさんに診て貰ったら?」
「い、言えるかよそんなこと」
そんなことを話しながら自分たちの家があるシンガシナ区と呼ばれる、人類が立て籠もっている超巨大な壁の南に出っ張っている巨人の『より多くの人間を標的とする』という習性を利用した、兵力を集中できるようにわざわざ巨人の標的となるように作られた人々が在住する区域と、人間の最端の領域であるウォール・マリア内の領域との境にある門をくぐっているとそのそばに何人もの兵士たちが座り込んで喋っていた。
背中にはバラの紋章、駐屯兵団だ。
その中の一人がエレンたちに気が付いて近くにやってくるとエレンの顔を覗き込む。
「よぉエレン。何泣いてんだ?」
「は、ハンネスさん?」
「またミカサに怒られたのか?」
「はっ!?なんで俺がそんなことで泣くんだ、って酒くさっ!?」
エレンはアルコール独特の刺激臭にむせながら一歩下がると座り込んでいる兵士たちが手に酒瓶を持っているのが見えた。
「・・・・・また酒飲んでる・・・」
「お前らも一緒にどうだ?」
「・・・・仕事は?」
「おう、今日は門兵だ。一日中ここにいるわけだから喉も乾く。飲み物の中に酒が混ざっているなんてことは些細なことだ」
「そ、そんなことでもしもの時に戦えんのかよっ!!」
「もしもの時ってどんな時だエレン?」
「奴らが壁を壊して街に入ってきた時だよっ!!」
エレンの少年特有の甲高い怒鳴り声はアルコールが入った頭にがんがんと響き、ハンネスは痛みで頭を押さえる。
「わっはっはっは。元気がいいな医者のせがれ」
「奴らが壁を壊すことがあったらちゃんとするさ。だけどな・・・・」
「この百年そんなことはおこってねぇし、大きくて十五メートルの奴らが五十メートルの壁を壊すことなんてできねえよ」
「そう思ってる時が一番危ねえって父さんが言ってたっ!!」
「確かにそうなんだがなエレン。俺達兵士がただ飯ぐらいって馬鹿にされている時が一番平和なんだぜ。俺たちが働くときなんて本当に最悪な時だ」
「じゃあ戦うつもりもねぇんだな!?壁ばっか修繕しやがって、もう駐屯兵団から壁工事団に名前を変えろよっ!!」
「ははっ。いいなそれ」
「まったくだ。壁外に出て行って巨人の餌になりに行くような調査兵団の奴らの気がしれねえ」
「勝手に戦争ごっこに興じてろってな」
吐き捨てるように兵士が言った言葉にエレンは頬をピクリと動かした。
「一生壁から出られなくても、飯食って寝てられりゃ生きていけるよ。でも・・・・・」
「それじゃまるで家畜じゃないか・・・・・」
エレンの言った一言に兵士たちは言葉を失い、エレンがミカサと一緒に去っていく様を呆然と見送っていた。
「まさかエレン、調査兵団に入るつもりか・・・・・?」
兵士たちはふざけた口調であっても、本心の深くでは子供たちを死なせることを望んでいなかったから調査兵団を馬鹿にするようなことをいっていたのだ。
「エレン。調査兵団はダメ」
「なっ、ミカサ。お前も調査兵団を馬鹿にするのかよっ!!」
「違う。でもダメ」
断固として反対されたことにふてくされていたエレンだがカラーンカラーンと鳴り響く鐘の音に目を輝かせる。
「行くぞミカサっ!!英雄の凱旋だっ!!」
ミカサの手を引いて一番大きな通りに走っていくとそこにはすでに人だかりができていてエレンは調査兵団を見る為に近くに積んであった木箱に上った。
「っ!?」
「おいおい。行くときには百人はいたはずだが・・・・・・。みんな喰われちまったのか?」
民衆の目線はボロボロになった軍服を着た顔を暗くした二十人もいない兵士たちだった。
帰ってきた兵士たちのほとんどは怪我を負っていて、片腕を包帯で吊るしているのはまだいい方で片足を無くして担架で運ばれている兵士やグッタリとして肩を貸してもらって辛うじて歩いている兵士、もう生きているのか死んでいるのか分からない兵士も何人もいる。
「ブラウンッ!!ブラウンッ!!」
その幽鬼のように歩いていく兵士たちに慌てて一人の女性が息子の名前を呼びながら駆け寄って息子を探しているが見つからない。
「あ、あの・・・・・。息子のブラウンが見つからないのですが、息子はどこでしょうか・・・・?」
「・・・・・ブラウンの母親だ。持ってこい」
女性に尋ねられていた男が部下にそう命じると、布に包まれた物を持ってきて女性に手渡した。
それを信じられないといったような目で持ってきた兵士を見て、男を見る。
女性は震える手で布をゆっくりとめくると中からひじのあたりから先の腕が出て来た。
「それだけしか・・・・・・。奪い返せませんでした・・・・・」
男の無念の呟きに女性は崩れ落ち、声を上げて泣き出した。
嗚咽でまともに喋れもしなかったが、女性は涙を流しながら男を見上げた。
「で、でもっ。息子は、息子の死は役、にたったんですよねっ・・・・・?」
「もちろん・・・・・・」
そう言いかけた男は言葉を切って勢いよく頭を下げる。
「我々は今回も何の成果も得られませんでしたっ!!」
「私が無能なばっかりに悪戯に兵を死なせ・・・・・・」
「奴らの正体を突き止めることが出来ませんでしたっ!!」
男の言葉に周りで見ていた大人たちも溜息を吐き、中には失望から言葉を漏らす者もいた。
「まったく。これじゃあ俺たちの税で奴らに飯を与えて太らせているようなもんじゃねぇか」
そんなことを言った男の頭をエレンは背負っていた薪の一本で思いっきり殴って昏倒させるとミカサが慌ててエレンを引きずって逃げ去る。
そのまま人のいない路地裏まで来ると思いっきり腕を振りぬいてエレンを壁に投げつける。
それをエレンは体を反転させて受け身を取ると、ミカサを睨み付ける。
「何すんだミカサッ!!薪が散らばっちまうだろっ!!」
「エレン。調査兵団に入りたいって気持ちは変わった?」
「・・・・・・帰るぞ」
ミカサの問いに答えようともせずにエレンは家に向けて帰っていった。