「行ってらっしゃいエレン」
ウォール・マリアのシンガシナ区にある病院の一室に置かれているベットの脇に座っていた男は震えながら持ち上げられた、骨が浮き出る程まで弱った女の手をしっかりと掴む。
数年前とは見る影もなく肉も落ち、体を動かすのだって普通にはもう動かない。
女、ミカサ・アッカーマンはまだ二十代後半であるのにもかかわらず、その容貌はすでに六十台のものと言ってもおかしくないほどに衰えていた。
そもそもミカサの人一人を片腕で持ち上げる等の化け物じみた力は鍛えられていたとはいえ人間に普通はできない。
あの力はミカサが体を完全にコントロールして人体の安全装置を無理やり取っ払ったことによって出せていたものだった。
そしてそれは本来生物が本能で抑え込んでいる代物で、それを無理に使い続けていたミカサの体はすでにボロボロでもう一人で立つことも難しくなっていた。
そんなミカサを悲しげに見つめた男は一度目を伏せてしっかりと頷く。
「行ってくる」
立ち上がり刃を収めているケースを装着して扉から出ていく男はグリップの調子を確かめながら廊下を歩いていると出口付近で待っている小柄の男が目に入った。
「エレン」
「アルミン・・・・・。こんなところに居ていいのか?もうそろそろ集合時間だってのに調査兵団長が遅れたなんて信頼にかかわるぞ」
前団長から判断能力を買われ、若くしてその座を受け継いだ今だ少年にも見える程の男は男の顔を見てため息を吐く。
「エレン、無理なら今回の調査には同行しなくていい。人類は今やウォール・マリアまで領土を奪還して、無理にでも領土を広げる必要はなくなってる。ミカサが心配なら・・・・」
アルミンの言葉を着るようにエレンは手でアルミンを制して首を振る。
「いいんだアルミン。ミカサがもう兵士として動けないなら俺が巨人を駆逐してあいつが安全に壁外を動けるようにするんだ」
「エレン・・・・・」
そこに急いで飛んできた男が流れる汗を拭おうともせずに怒鳴る。
「おいっ、もう集合時間だっ!!団長と兵士長が揃って遅刻なんて新しい入団兵の士気にかかわる」
「あ、ジャンごめん」
「悪いな」
「行くぞ。ミカサにはまた戦勝報告しなけりゃいけないんだからよ」
「わかった。エレン、ジャン急ごう」
アルミンを先頭にエレンとジャンの三人はガチャガチャと装備がぶつかる金属音を鳴らしながら駆け足で街中を駆け抜ける。
その三人が駆け抜ける先を人々は道の端に寄って道を開けながら老若男女問わずに声を掛ける。
「頑張れよ調査兵団っ!!」
「今回も期待しているぞ!!」
人々から翼の紋章が描かれた背中に送られる声は数年前の総力戦により知性を持った巨人を何体も討ち取って人類が一気に盛り返した時から希望へと変わってきている。
広場までかけたエレンとアルミンは分隊長であるジャンと別れ、ずらっと並んでいる兵士たちの前にある壇上の上に上った。
壇のすぐ下には総力戦によってあまりにも多い数の戦死者をだし、世代交代を余儀なくされたためにエレンたち104期生が調査兵団の幹部としてずらっと並んでいた。
アルミンが一歩前に出て以前とは何倍もの規模になった調査兵団を見渡しながら声を張り上げる。
「これから我らは壁外へと出陣する!!総力戦以来、巨人との遭遇回数も少なくなったがいまだに被害が出ることもあるだろう。だが恐れるな、人類が一歩でも前に進むために!!」
「心臓を捧げよっ!!」
「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」
バッと乱れもなく敬礼をした兵士に頷いたアルミンは壇から降りて自分の馬に乗る。
兵士たちもきびきびと馬に乗り、門の前まで進む。
「どうだっ?」
「巨人の姿は確認できません!!」
「よし・・・・・・・」
アルミンが後ろを振り向きエレンと頷き合う。
団長になって以来、習慣となっている儀式のようなものだ。
「出撃っ!!」
「「「「「「「「「「おぉおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」」」」」」
門が上に上がるのと同時に馬の腹を蹴り、エレンと一緒に飛び出すとそれに続いてジャンの隊が駆け出し、ドンドンとそれに続いていく。
調査兵団が自由を求めて飛び出した。