私に友達ができないのはどう考えても幻想郷が悪い   作:puripoti

3 / 11
第3話 C~雪のように舞い散る彼女の為に~

 月に叢雲(むらくも)、花に風───

 

 良いことには何かと邪魔が入りやすいものである、という諺である。風情のない言い方をするのなら『好事魔(こうじま)多し』でもよろしい。

 

 幽香は考える。ならば今の私はどのように喩えられるべきか。

 月見をしたくてもそもそも月が出ていない、花見をしようにもぺんぺん草も生えない不毛の地ではいかんともしがたい。友達欲しいと思ったところで近づいてくる物好きなぞおらず、こちらから近づけば逃げられるか石もて追われる始末。まあ、岩が当たったところでこの女はビクともしないし、本気で追い払いたいなら山でもぶつけないといけないだろうが。

 

 前途多難だこと。さして困った風でもなく幽香はひとりごちる。

 

 妖怪の命は永い。ただ生きているだけでは簡単に倦むほどに。あるいは、そうなる前に消え去った連中こそ幸せであったのかもしれないが。

 事程左様(ことほどさよう)に永い生を歩むには、長く付き合える暇潰しが不可欠である。なればこそ、難題もいいところの彼女の目標はやりがいこそあれ難儀というわけではなかった。

 

   * 

 

 今の季節における幽香の住まいは、巷で“太陽の畑”と呼ばれる場所の片隅に存在している。

 太陽の畑とは幻想郷の最南端に位置する広大なひまわり畑のことだ。あまりにも広大すぎるため、遠目には黄色く輝く草原のようにも見えるその畑に到着した頃にはすっかり夜も更けていた。あちらこちらへ寄り道をしたり、見知らぬ少女に丸齧りにされたりしたせいですっかり遅くなってしまった。

 

 ひまわり畑の“そこかしこ”をはしるいくつかの小路、そのひとつに足を踏み入れた幽香の耳に、どこからともなくかすかな喧騒と音楽が流れてきた。どこかで騒霊の姉妹によるライブでも行われているのだろう。今の時期、夜ともなればこのひまわり畑は陽気な妖怪達によるコンサート会場となるのだ。以前、幽香も足を運んだことがあるが、あれは良いものだった。夏の暑さをものともしない熱気と活気があった。その後、彼女がいると知った連中がパニックを起こし、その場にいた全員が逃げ出してしまったが。それ以来、邪魔をしないように遠くから眺めるか聞き耳を立てるだけにしている。

 

 星の光が降りしきる小さな道を幽香は歩く。

 

 夜になってもなお残る太陽の熱、太陽を模した花の香り、花が根を下ろす大地の匂い、大地を駆けまわる虫のさえずり、溶け込むようにして届けられる音楽と賑やかな歌声。それらに包まれ歩を進める幽香は、このとき確かに幸福であった。

 

   *

 

 幽香の家が見えてきた。

 

 その名も高き花の大妖・風見幽香の住まいともなれば、さぞや豪奢を極めた絢爛たる邸宅と思われるであろうが、ログハウスと掘っ立て小屋を足して二で割り、あばら屋の風情を加味することによって絶妙なまでの侘び寂びを醸し出しているそれは、一見するとどこから見てもどう見ても前から見ても横から見ても斜めから見ても()めつ(すが)めつして見ても贔屓目に見ても、完全無欠の完膚なきまでに紛うかたなき廃屋以外の何物でもなかった。亡霊が好んで棲み着きそうな感じであるが、実際に住んでいるのは千倍万倍も恐ろしい妖怪だ。いくらなんでも“それ”はないだろうと目にした誰もが思いそうなものだが、しかし妖怪の棲家なんぞは大抵こんなもんである。そもそも家なぞ必要ともしない連中ばかりなので、住まいがあるだけ上等なものだ。

 

 とりあえず雨風さえしのげれば住み心地なぞ“どうでもいい”という意匠が露骨なその家まで、あと少しのところで幽香は足を止めた。

 

 妙に、涼しい。

 

 むせ返るほどの熱気が夜逃げでもしたかのように消え失せ、代わって辺り一面に空気もわきまえず秋がやって来たかのような冷気が立ち込めている。一体何ごとかと冷気の元を辿っていけば、家の少し前に小さな女の子が横たわっているのが見えた。幽香は眉をひそめた。あら行き倒れかしら、珍しい。

 

 よくよく目を凝らせば違った。というより知った顔である。

 歳はおよそ10歳くらいで背はあまり高くはない。強気そうな顔立ちで、ゆるくウェーブのかかった透き通るような水色の髪はやや長めのミディアムボブ。それが同色のワンピースとよく合っている。普段は生意気盛りな表情ばかりが浮かぶその顔も、眠りこけている今はあどけないものだ。幽香の口元が幽かにほころんだのは気のせいだったろうか。

 

 静かに見つめる幽香に構うこと無く、少女は無防備に、かつだらしなく寝ている。本当に無防備に、だらしなく。そこだけ切り取って見るかぎり、何の変哲もない夏の一夜の出来事(と言うにはおかしすぎるか)なのであろうが、しかし穏やかに寝息を立てる眠り姫の周りを見渡せば、その有り様が尋常ではなかった。

 

 ───少女の周りの草花が凍りついている。

 

 この少女、氷の妖精なのだ。

 

 妖精というのは自然現象が具現して人の形をまとったものだ。容姿は“まちまち”で背丈は小さい(大きくても人間の子供程度、手乗りサイズの奴までいる)、背中にトンボや蝶々のような羽を持つものが多い。総じて好奇心旺盛ながら頭の回転はよろしくなく、とんでもない悪戯好き。非力で大した力こそ持っていないが存在が存在だけに幻想郷の津々浦々、ありとあらゆる場所に湧いて出る上に、ごくたまにだが洒落にならない悪戯を仕掛けてくる場合もあるので、人間の姿をした害虫のようなものと考える者も少なくない。

 

 そして幽香の家の前で寝こける少女は、先にも述べた通り氷の妖精である。冷気を操る力を持ち、その力は妖精としてはありえないくらい強い。とはいえ所詮は妖精というべきか、自身の能力を完全に制御することはままならぬようで、周囲の有り様を見ても判るようにその冷気はいつもダダ漏れとなっており、それがために彼女の周りはいつも寒いのだ。

 

 彼女と幽香は少し前に起きたとある異変(実際のところはそんな大層なものではなかったのだが)の最中で知り合った。以来、なにかにつけて“ちょっかい”をかけられ続けている。

 無鉄砲な連中が多い妖精の中でも、どうやらこの少女は特にその傾向が強いらしく、泣く子も黙る大妖怪や幻想郷の強者たちを前にしても臆さぬどころか啖呵を切ってのける真似までしてくれた。もちろんそれは身の程を知らぬ蛙が鯨に喧嘩を売っただけのようなものなのだが、何故だかそれが幽香のどこかしらの琴線に触れたかしたようで、幽香はこの少女にそれなりの関心をはらっている。あくまで“それなり”の。

 

 それにしても、と幽香は疑問を抱いた。この少女、本来なら幻想郷のだいたい真ん中辺りに位置する“霧の湖”という場所を“ねぐら”というか縄張りにしているのだが、それがなんだってこんなところで寝そべっているのか。

 幽香の疑問も知らず少女は寝返りをうつ。背中に生えた氷の羽が、月光を弾いて銀色に輝いた。

 

 のんきに寝こける少女の姿に何を思ったものか、少し考え込んだ後、幽香は一旦家に入りすぐに手頃な布を二つ手にして出てきた。そして少女の傍らにしゃがみ、一つを適当な大きさに丸めて枕として少女の頭にあてがい、もう一つは身体にかけてやった。どうしてそんなことをしようと思ったのかは幽香にも解らない。だがまあ、こんな親切の一つや二つ、気まぐれに行うくらいはいいのだろう。

 

 幽香は“すうすう”と静かに寝息を立てる少女の髪に指を潜らせ、優しく撫で付けた。白魚のような指が澄んだ湖畔の色合いをした髪を(くしけず)る度、少女はむずがりながら寝言を呟く。妖精でも夢を視るのだろうか。

 

   *

 

 少女が目を覚まさぬよう適当なところで髪を()くのを止めて幽香は立ち上がった。指先に氷が張り付いていたので“ぱりぱり”と音を立てながらひっぺがす。ついでに皮や肉も剥がれてしまうがあまり気にしない。これが幽香でなかったら、凍傷をこじらせて指が壊死していたところだ。足音を立てぬように歩き、家の扉を開けて今度こそ帰宅する。今日はずいぶんと長い一夜を過ごしたような気がする。

 

 扉を閉める途中、氷精の少女の姿が目に入った。

 

 おやすみなさい。小さくささやきながらドアを閉める。

 

 どうせ聞こえてはいないのだろうけれど、よい夢を。

 

   *

 

 一夜明け、今日も幻想の郷に朝がやってくる。

 

 風見幽香の朝は早い。

 

 早いだけで別に建設的なことや生産的なことなぞ一切しないのだが、とにかく無駄に早起きである。空が白み始める頃にはもう目を覚まし、起きたかと思えばしばらくの間、木枠に布を敷いただけの粗末なベッドの上で着替えもせずに“ぼーっ”としているのだ。

 

 上体だけを起こした幽香は焦点の合わない瞳のまま、“ぼんやり”と周囲に視線を彷徨わせる。家の中は外見に劣らず質素というか貧相というかボロかったが、こまめに清掃をされているらしく、蜘蛛の巣が張っていたり埃が積もっているようなところはまったく見受けられない。

 

 置かれている家具は、ベッドに負けず劣らず粗末なものばかりである。

 ところどころが白蟻にでも食い散らかされたようにボロボロのテーブルに塗料のはげ上がった椅子、粗大ゴミと勘違いされてもおかしくない箪笥(たんす)。隅っこには幽香の手造りなのだろうか、、廃材やらを適当に組み合わせただけの本棚が置かれている。大きさだけは立派なそれに“みっしり”詰め込まれた書籍の内容はてんでんばらばらで、ざっと見渡してみても『花咲かじいさん』『アルジャーノンに花束を』『花と蛇』『ひまわりえのぐ』……等々、絵本小説哲学書、詩集に漫画と、驚くほどに統一感がない。共通しているのはどれもこれもやや古めだということ、そしていずれも《外の世界》から流れ込んできた“外来本”と呼ばれる稀覯本(きこうぼん)(流通量等の理由で手に入りにくい本)であるということくらいだった。

 

 “ぼうっ”とした顔で室内を見渡していた幽香だが、しばらくすると完全に目を覚ましたようで「おはよう」と一人つぶやいて“もぞもぞ”と這いずるようにしてベッドから出た。

 

 身支度を済ませ、古ぼけたかまどに火を入れて朝食の準備をする。どうせ妖怪なのでなにも喰わなくとも死にはしないのだが、長年続けてきた習慣なので今更止める気になれなかった。惰性と云ってしまえばそれまでだが。

 

 今朝の献立はパンケーキと半熟卵、季節のカットフルーツにハニーミルク。材料は幽香が自前で調達したものだ。一見すると何の変哲もない朝のメニューだが、卵にしてもミルクにしてもここから少し離れたところにある森に棲む妖獣・妖物の卵や乳なので、普通の人間が口にすればどれほどの悪影響が出るかは知れたものではない。

 

 いただきます。ガタつく椅子に腰掛けて、誰にともなく挨拶ひとつ。幽香は精緻な彫刻が刻まれた銀のスプーンを手に取り半熟卵の殻を剥く。その手つきは実に優雅である。

 

 そういえば、今幽香が手にしているカトラリーや卵が立てられたスタンドにしても、パンケーキが乗っかる白磁の皿にしても、切り分けられた果実が無造作に放り込まれた青磁の器も、それと判る者なら目を剥きかねないほどの逸品ばかりであるが、一体どこで手に入れたものやら。好事家ならば全財産どころか魂を投げ出してでも悔いはないであろう名物逸品が、こともあろうにこんな粗末な荒屋に当たり前のように置かれ、しかも使っているのが目も眩まんばかりの美女というのだから、これはもう“ちぐはぐ”どころか異様と云って差し支えない光景であった。

 

 ゆっくりと時間をかけて朝食を終えた幽香は、食後のハーブティーを喫して家を出た。

 

 扉を開ければ、朝も早よからお天道様が己が威勢を知らしめていた。今日も暑くなりそうだ。扉を閉めて日傘を差し、さてこれからなにをしようか考えながら歩き出す。

 しかし、数歩を進んだところでその足元から突然に、

 

「ぎゃあっ」

 

 と、まるで井戸に投げ込んだ石が中で逆さ吊りにされていた神父にぶつかったような悲鳴が聞こえてきた。

 

 はて、一体何事かしら。身も世もないその悲鳴の主を求めて足元へと視線をやれば、自分の足が昨夜の氷精少女の顔面を無慈悲に踏んづけているのが見えた。どうやらこの少女、ここで一夜を過ごしたらしい。

 

 “じたばた”と手足を動かし、己の足から逃れでようと藻掻く少女の姿を見つめた幽香は、ゆるく握った手を形のよい顎に添えて考える。

 

 ───足をどけるのとこのまま踏み潰してしまうのと、一体どちらのほうが手間がかからなくて済むのかしら。

 

 普通ならさっさと前者を選ぶのだろうが、残念ながらここにいるのは常識を屑籠に放り込んだような輩が掃いて捨てるほどのさばる幻想郷でも、五指に入るくらい『普通』と縁遠い女である。なので、いたいけな少女を踏んづけたまま真剣に考える。ひょっとしたら、まだ完全に目が覚めきっていないせいで、頭が働いていないだけなのかもしれないが。

 

 実に“しょうもない”ことを延々考えているうちに、いつの間にか足の裏から伝わる氷精の少女の感触が消えてなくなっていた。もしかしたら、それと知らないうちにうっかり踏み潰しちゃったのかしら。

 幽香の心配は杞憂に終わった。どうやら少女は自力で抜けだしたらしく、少し離れたところで顔を真赤にしながらこちらを睨みつけていた。

 少女が怒声を上げる。

 

「いきなりなにすんのさ!」

「あら、おはよう。昨日は良く眠れたかしら」

「うん、おかげさまでぐっすりと……じゃなくて、いきなり踏んづけるなんてひどいじゃないか!」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいわ。私が歩いた先に、たまたま貴女の頭が転がっていただけじゃない」

「うそつけ!」

「うそじゃないのに」

 

 幽香は心外だとばかりに唇を尖らせた。それを見た少女がさらに満面に朱を登らせる。頭からは今にも湯気を吹き出しそうなくらいだ。氷の妖精なのに。

 

「さてはあたいの力に恐れをなして、なきものにしようと企んだな!」

「考えたこともないわねえ、そんなの」

「うそつけ!」

「うそじゃないのに」

 

 誤解を受けた幽香は頬を「ぷくー」と膨らませた。

 ひとくさり拗ねみせてから、今度は幽香が質問する。

 

「それより私からも訊かせてちょうだい。貴女、どうしてこんなところで寝てたの?」

 

 その問いかけに氷精の少女は“きょとん”とした顔を見せた。そして考え込む。どうやら忘れているらしい。この少女、妖精なだけに記憶力、というか頭の出来は然程よろしくない。

 

 どうやら長くかかりそうだ。「うんうん」唸りながら記憶の倉庫を漁る少女を横目に、幽香は彼女が用事を思いだすまで何をして暇を潰そうかと考えた。

 

   *

 

「思い出した!」

 

 ようやっと自分の用向きに思い至った少女が、叫ぶようにしてそんな声を上げたのは、暇を持て余した幽香が近くを飛んでいたてんとう虫の観察をはじめてしばらくのことである。

 アブラムシを駆逐するてんとう虫にエールを送る幽香を指さし、少女が叩きつけるように言った。

 

「おいお前、あたいと勝負しろ!」

「……じゃんけんとかで?」

「ちーがーうー! 弾幕ごっこ! 今日こそお前をやっつけてやるんだから!」

 

 ああ、やっぱりそうくるのね。たまには顔が見たかったからという理由で訪ねてきてくれてもいいのに。幽香は人知れずため息をついた。

 

 少女が口にした『弾幕ごっこ』とは幻想郷における決闘様式のひとつである。《スペルカードルール》の名前でも知られている。発案者は博麗の巫女、後押ししたのはその後見人たる妖怪の賢者だ。

 

 これは自分の得意技(スペル)手札(カード)として扱い、決闘者同士で“魅せ”合うというもので(一応、実物としての《カード》もあるが、『技名とその概要を契約書形式に記しただけ』の“ただの紙”である)、具体的には───

 

 ───完全なる実力主義を排し、妖怪が異変を起こし易く人間が異変を解決しやすくする。

 ───勝っても人間を殺さない。無意味な攻撃は恥と知れ、意味にこそ力が宿る。

 ───勝敗を分かつは美しさあるのみ、美しさと思念にまさるものはなし。

 

 と云った具合である。他にも“こまごま”したルールはあるのだがキリがないので割愛する。噛み砕いて述べるなら、工夫次第で弱者にも強者を倒す余地のあるスポーツに近い決闘というわけだ。

 これらの要項を見る限りにおいては、所詮はルールと馴れ合いに縛られた女子供のお遊びと映りそうなものではあるのだが、しかしよくよく条項に目を通せばこっそりと、

 

『不慮の事故は覚悟しておくこと』

 

 ……なるものが紛れ込んでいたりする。

 

 要は死んでも文句は言うな、もっと突き詰めていうのなら遊びに命もかけられないならすっこんでろというわけだ。

 

 これはかの博麗の巫女───何者にも、何物にも囚われない無重力の少女ならではの諧謔(かいぎゃく)であり皮肉であり、そしてほんのわずかな(しかもわかりにくい)優しさなのだろうと幽香は解釈している。こんなものを自らも、さも当然のように受け入れるあたり、やはりあの娘は大したものだ。

 

 話を戻そう。決闘を申し込まれたからには、幽香はこれを受けるか拒否するかの選択を迫られるわけであるが、

 

「面倒くさいわねえ」幽香は億劫そうに答えた。「お手玉とか“しりとり”とかじゃ駄目かしら。そっちのほうが面白いと思うの」

「ダメ!」

 

 まあ、そうでしょうね。気持ちよいほどの即答。こうなってしまうとこの少女、てこでも動かない頑として聞かない。それをイヤというほど知っているからこそ、幽香も仕方ないか、などと“ぼやき”ながら付き合ってやることにするのだ。

 

 いつものことではあるのだが。

 

   *

 

 ごっこ遊びの決闘といえども、力のある妖怪が地べたでどつき合いなんぞをやらかすと辺り一面に甚大な被害が出る。なので大抵の場合、弾幕ごっこの舞台は空中となる場合が多い。

 したがって今回の弾幕ごっこも、申し合わせたように空にて行うことになった。

 

 幽香は日傘を差し直し、つま先で軽く地面を叩く。たったそれだけの動きで、重力の軛など存在しないかのごとき軽やかさでもって幽香の身体が舞い上がる。続いて氷精の少女も、背中の羽を震わせて一直線に空へと駆け上がる。

 

 ちょうど、ひまわり畑が見渡せる程度の高さまで浮かんだ辺りで二人は睨み合う。と云っても睨みつけてるのは一人だけで、もう片方は状況を理解しているのかいないのか、“ゆったり”とした笑顔なのだが。

 

 幽香は何気なく下界の景色を見渡した。空の青と雲の白、山の緑と花の黄の色が鮮やかなコントラストを成して目に飛び込んでくる。

 

 ───本日快晴雲ひとつなく風は穏やか、天気明朗にして絶好の弾幕日和なり。

 

 でも、こんないい天気に喧嘩するなんて、間違ってるわねえ。ひっそりと溜息を吐く幽香の心中も知らず、少女が戦いの引き金を引いた。

 

   *

 

「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

 

 先攻したのは氷精の少女だった。

 スペルカードの宣告とともに少女の周りに無数の氷塊が現れ、弾幕として撃ちだされる。それらを危なげなく、“ひらりふわり”と風に流れる花びらのように優雅な動きで幽香は躱していく。

 弾幕を放つ少女、避ける幽香。

 

「こらーっ! ちょこまか動くな!」

 

 そんなこと言われても。

 素直に聞き入れられるはずもなく、幽香は次々と迫り来る弾幕を回避していく。その動きはあくまでも優雅に、そして無駄なく。

 

 弾幕ごっこにおいて必要なのは、飛び交う弾の疎密の見極めである。

 おおまかに分けると、弾幕には二つの種類がある。一つはただひたすらにばら撒くだけで軌道は固定されているタイプ。もう一つは相手を直接狙うタイプである。それらを見定め、どうやって対処するかが弾幕ごっこの勝敗の鍵を握る。

 特にスペルカードには必ず、『放たれる弾幕がどのようなもので、どのような動きをするか』が明記されている。例を挙げると『Aという種類の弾丸をBの軌道でもってC個撃つ』といった具合である。したがって、慣れたものならここから逆算するかたちで被弾せずに済むパターンを構築することだって可能になる。

 

 例えば、今幽香がやっているのがそれだ。

 軌道が固定されている弾は最初から当たらない場所に移動してやり過ごし、自分を狙う弾は引きつけた後に“ちょん”と移動して躱す。弾の密度が捌き切れないくらい厚い場合は大きく動いてバラけさせ、『弾幕の密度を薄め』て抜け道を『こちらで作る』。それをひたすら繰り返す。あとは根気の問題である。気力が尽きたほうが負け。偉い人も言っている───気合で避けろ。

 

 特にこの弾幕ごっこの場合、“少女が覚えていない”だけでこうしてやり合うのはもう両手両足の指に余るほどの回数になる。その気になれば、目を瞑っていても躱す自信がある。やると少女が怒るのでやらないが。

 

 ───そろそろかしら。

 

 何度目かの弾幕の波を捌いたところで、幽香は次の変化に備えた。それと同時に、躱した氷の弾幕が空間ごと凍りついたかのように“ぴたり”と停止した。まるで、幽香を中心として取り囲むように。

 

 これこそ少女の十八番ともいうべきカード、その真骨頂である。躱したと思わせた弾幕を瞬時に凍結させて相手を囲み、行動を抑制したところで本命の弾幕でもって狙い撃つ。凍結した弾幕は解凍後にランダムで動き、その後の軌道は少女にも予測はできない。それがため、ある程度のアドリブによる回避が必要とされるという、中々によく練られたスペルカードである。

 

「英吉利牛と一緒に冷凍保存されちゃえ───!!!」

 

 勝ち誇り、さらなる弾幕を撃つ少女。それを受けて幽香もスペルカードの宣告を行う。

 

   *

 

 余談ではあるが『弾幕ごっこ』といっても、べつに決闘者同士でマカロニ・ウエスタンのガンマンよろしく“ばかすか”と鉄砲を撃ちあったりするわけではない。決闘者の性質、信条によってその種類様式形態は千差万別いくらでも変わるのだ。

 

 今、氷精の少女がやってみせたように、大抵の場合は霊力だ魔力だ妖力だといった“いかにも”な《力》を用いて編み出した弾丸や謎のレーザーといったものを撃ちあうのだが、中にはやれでかい柱だの呪いの藁人形だの米だのきゅうりだの果物だの焼き鳥だの国宝級のお宝だの落ち葉だの泥団子だのどこかの寺の一枚天井だのを“投げつけ”てくる連中もいるし、酷いのになるとぶん殴る蹴っ飛ばす引っ掴んで放り投げる巨大化して踏んづけるなどといった、およそ『弾幕』という単語から連想されるものとかけ離れたものをぶちかましてくれる輩(高確率でタチの悪い酔いどれ)もいるくらいだ。

 

 したがって───

 

 迫り来る弾幕をやはり“ちょん”とした動きでもって避ける幽香。周りの弾幕はまだ解凍前。結果、幽香と少女の間に弾幕のトンネルが出来上がる。

 

 そのタイミングで幽香はスペルカードを発動した。

 

「殴打『ゆうかパンチ』」

 

 宣告と同時に幽香が爆ぜる。今までの“ゆったり”とした所作からは想像もつかぬ、まさしく爆ぜたかのごとき勢いで彼我の距離を潰し、少女の顔面へ右の腕を無造作に“撃ち”出す。一体どれほどの衝撃が襲ったものか。構えも適当ならフォームもいい加減なその一撃が、少女の小さな体の腰から上をさながら大砲の直撃を受けたかのごとき様相で吹き飛ばした。

 

 ───したがって、この『ゆうかパンチ』なるものも、一応は『弾幕』として成立はする、ということである。

 

   *

 

 おそらく氷精の少女は己の身に何が起こったかさえも判らなかったろう。散り散りとなった氷精の少女の身体は瞬く間に微細な氷片となり、真夏の陽光を受けて煌めき踊った。残った少女の下半身は、しばらくの間、上半身が消え去ったことに気付かぬ様子で頼りなく宙に浮かんでいたが、やがて力尽きたように落ちて地面にぶつかり砕け散った。

 

「まあ……」

 

 風に吹かれて“きらきら”と輝きながら舞い散る少女の名残を目にした幽香の口から感嘆の溜息が零れた。花から化生した身であるからかこの女、美しいもの綺麗なものへの賛辞を惜しまない。

 

 夏の真っ盛りに乱れ飛ぶダイヤモンドダストという、まさに“幻想的な”光景に陶然と見惚れるその表情からは、つい今しがた無残に殺めた少女への罪悪感や哀惜なぞ微塵も伺うことができなかった。




 登場人物とか用語とかそんなん

風見幽香

備考───お花の妖怪(物理)朝が弱い

氷の妖精

備考───クール系幼女(物理)頭が弱い

ゆうかパンチ

備考───スペルカード(物理)あたるとしぬ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。