【完結】死んで生まれて魔法学校   作:冬月之雪猫

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最終話「ユーリィとアルフォンス」

最終話「ユーリィとアルフォンス」

 

 電車に揺られながら、アリシアは初めて見る日本の風景に目を輝かせた。

 

「おい、あんまりはしゃぐなよ」

 

 ディビッドは座席に膝立ちになって歓声を上げる妹を叱り付けた。

 まったく、何がそんなに面白いのかディビッドには理解出来なかった。日本の町並みはセンスの欠片も無い。最新のデザインの建物と旧式デザインの建物が混在していて、凄くごちゃごちゃしている。

 料理は美味しい。それは認める。だけど、そんなの家でだって食べられるし、この国のレストランの味が母の料理の味を越えているとはとても思えない。

 折角、ホグワーツから帰って来て、家族揃って海外旅行をする事になったのに、こんな国より、中国とか、婆ちゃんの故郷のロシアに行ってみたかった。自国の分化を大切にしない国は嫌いだ。

 チラリと父母の方に視線を向けると、ディビッドは盛大な溜息を零した。結婚してからもう十九年も経つというのに、二人は見ていて恥ずかしいくらい愛し合ってる。もう、とっくにおっさんとおばさんだってのに、いい加減にして欲しい。年頃の息子に対する遠慮というものが全く無い。

 二人共、何かを囁き合いながら、窓の外の光景に夢中になっている。それより娘を注意しろってんだ。ほら、また騒ぎ始めた。

 

「デイブ、見て見て!!」

「静かにしろっての。何だよ?」

 

 妹は今年からホグワーツに入学する。こんな幼稚さでやっていけるのか不安で仕方が無い。何を見てるのかと思ったら、雲の形がウサギに見えると抜かしやがる。

 アルバスの所が羨ましい。少なくとも、弟が理性的だから責任を全部押し付けられる。自分はというと、悪夢の再来。アリシアに続き、母さんは悪魔をもう一人この世に誕生させた。

 母さんに腕に抱かれて眠っている赤ん坊の名前はアリアナ。癇癪持ちの女の子。

 もう、四十台の癖にどうしてこう、うちの両親は年甲斐ってのが無いんだ……。

 

「デイブ」

 

 自分の立場に苦悩していると、父さんが声を掛けて来た。

 

「次の駅で降りるから準備しろ」

「了解。ほら、アリシア。降りるぞ」

「はーい!」

 

 しっかり手を繋いでやらないと、この悪魔はさっさと一人で迷子になろうとする。

 鼻歌混じりで手をブンブン振り回すアリシアに溜息が零れる。

 

「なあ、父さん」

「なんだ?」

「こいつ、ちゃんとホグワーツでやってけるかな?」

 

 商店街らしき場所を歩いていると、アリシアはどう見てもつまらない物にまで興味を示し、目を輝かせている。不安だ。

 

「エルシーは好奇心旺盛だから、レイブンクローになるかもな。俺はまったく不安に思わないぞ」

 

 こいつがレイブンクローだって? 冗談言うなよ。

 知性を持ち合わせない野生動物のような妹がレイブンクローに行けるとは思えない。行ったとしても、絶対に上手く行く筈が無い。

 

「我が家のアイドルはホグワーツでもきっと人気者になるに決まってるさ。まあ、野郎が寄って来るのは歓迎出来ないがな」

 

 この駄目親父。人の本質ってもんを見抜けていない。この野生動物が人気者になるだって? 見世物小屋のライオン扱いが関の山だろう。

 

「母さんはどう思うんだ?」

 

 矛先を母さんに向けてみる。

 

「ママもエルシーは大丈夫だって思うわよ。デイブが心配するのも分かるけど、エルシーは上手くやるわ。ね?」

「うん」

 

 エルシーはくすくす笑いながら頷いた。聞いてたのかよ……。

 

「デイブ。安心しろ。エルシーはお前が思ってる以上にしっかりしてるよ」

「そうかなぁ」

 

 とてもそうは思えない。母さん似でおっとりしてるし、目を離したら虐められやしないだろうか……。

 

「まあ、どうしても不安ならしっかり守ってやれよ。お前はお兄ちゃんなんだからな」

「ったく、面倒臭いなぁ」

 

 お兄ちゃんって立場は本当に面倒だ。せめて、アリアナは知性的な女に育って欲しい。

 

 愚痴を零しながら妹の手を引いて先を歩く息子にアルフォンスは苦笑した。

 

「なんだか、昔の私達みたいだね」

 

 妻の言葉に「まったくだ」と返し、妻の胸でむずがる天使にちょっかいを出す。

 

「でも、本当に安心したわ……」

 

 アルフォンスを嗜めながら、ユーリィは言った。

 

「正直、妊娠した時はちゃんと産めるか不安だったもの……。この体はとても特殊だし、流産しちゃうんじゃないかって」

「まあ、その辺は奴に感謝してやらないとな。奴が儀式の詳細な情報を資料にまとめてくれたから、ユーリィはこうして生きてるし、こうして子供達に囲まれて一緒に居られる」

 

 アルの口にする【奴】とは勿論、嘗ての時代、闇の帝王と恐れられた魔法使い、トム・リドルの事。トムはアズカバンでは無く、ヴォルデモート卿の登場以前に史上最悪の闇の魔法使いと謳われたゲラート・グリンデルバルドが収監されている、彼自身の建てたヌルメンガードに入れられた。

 吸魂鬼が彼にとって脅威に当たらない事が最たる要因だ。彼は十年間、大人しく囚人生活を送った後、様々な論文を発表し、魔法界全体に様々な波紋を引き起こした。三桁を優に越える魔法や魔術に関する論文によって、彼の世間からの評価は少し改められる事となった。一般的な魔法使いが血筋を重ねて到達するであろう研究成果を彼は次々に発表し、過去の悪行に対する恐れは人々から薄れ、偉大な魔法使いの一人として認知され始めている。

 私の肉体は本当なら数年で朽ち果てる筈だった。元々、分霊箱という魔法と併用して使う魔法だったらしく、それ単体で作り上げた肉体は所詮仮初の物に過ぎなかった。

 にも関わらず、妊娠して、出産を経験し、今や三児の母となれたのは彼が己の研究を更に進め、私の肉体を完全な物とする方法を考案してくれたおかげだ。その為に、ダンブルドアも彼に協力を惜しまず、新たな儀式に必要な希少な素材を全て集めてくれた。その中には賢者の石の霊薬もあった。

 ヴォルデモート卿の名には恐れを抱き、トム・リドルの名には敬意を抱く。それが、今の魔法界の人々の彼に対する印象だ。

 

「……本当に感謝しなくちゃね。彼のおかげで、私はこんなにも幸せな人生を送れているんだもの」

 

 しみじみそう思う。一人目の男の子が生まれた時の痛みと衝撃、そして喜びは忘れられない。

 ディビッド・ジャイコブ・ウォーロック。名前の由来は【愛される者】。誠が生まれてくる赤ん坊の為に考えた【愛】という名前から考えた名前。ミドルネームのジェイコブはもちろん、パパの名前。

 二人目として産まれて来た娘にはアリシア・ソフィーヤ・ウォーロックと名付けた。アリシアは【誠実な者】という意味。誠の名前から考えた名前。そして、ミドルネームはママの名前。

 去年の冬に生まれた次女はママが名前を付けた。アリアナ・マチルダ・ウォーロック。【神聖なる者】という意味。数奇な運命の果てに産まれた子だから、とママは言った。

 出産の痛みは慣れるものじゃないけれど、それでもこの子達と出会う為の通過儀礼であるなら、と耐える事が出来た。もう、私もアルも四十歳のおばさんとおじさん。もう少ししたら、お婆ちゃんとお爺ちゃんって呼ばれる事になるかもしれない。

 

「もう直ぐ着くな……」

 

 孫に囲まれる余生を思いながら、ボーっとしていると、アルの声に現実へと引き戻された。

 そこはお墓だった。小さなお墓を前にデイブは不満そうだけど、我慢してもらう。お墓参りが終わったら、もっと観光地っぽい所に連れて行くから、と約束して、私達は彼女の墓の前に立った。

 墓標にはこう刻まれている。

 

《冴島 誠の墓》

 

 全てに一段落がついた後、私達は一度日本を訪れた。そして、私の記憶にある彼女の家の近くの寺に彼女の墓を作ってもらった。

 この世界はやっぱり、誠の世界とは少し違うみたいで、冴島という苗字の家は無かった。だけど、せめて生まれ故郷の日本に帰らせてあげたかった。辛い思い出もたくさんあるけど、ここは間違いなく、誠の故郷だから……。

 ここに来るのは凄く久しぶり。報告する事が山のようにある。骨があるわけじゃないけど、私は目を閉じて、誠に語り掛けた。

 結婚した事。子供が産まれた事。子供の名前の事。

 

「母さん……?」

 

 デイブは心配そうに近づいてきた。

 

「泣いてるの?」

「……あ」

 

 知らない内に涙が零れていた。

 

「大切な人だったの?」

「……そうよ。とても、大切な人。大切な……」

 

 誠と私の関係はとても複雑。だから、言葉で説明するのはとても難しい。

 だけど、確かに言える事がある。

 誠の存在は私にとって、かけがえのない存在だった。彼女が居なければ、私の今は無い。

 私は彼女の存在によって、数奇な運命を歩む事になった。彼女の存在のおかげで、愛する人との今がある。愛する子供達との今がある。

 悲しみや怒り、絶望の先に私は希望を得る事が出来た。そんな彼女をどう表現すればいいのだろう。

 親友?

 姉妹?

 家族?

 ドッペルゲンガー?

 どんな言葉をもってしても、表現なんて出来ない。

 

「大切な運命……かな?」

「……母さん、大丈夫か?」

 

 心配の方向性が変わったのが分かる。でも、敢えて訂正はしない。

 

「さあ、そろそろまた移動しましょう」

 

 私達はお墓を後にした。すると、一瞬、背後で誰かが微笑んだ気がした。

 振り返っても誰も居ない。

 だけど、確かにそこに黒い髪の女の子が居た気がした……。

 

 宿泊先のホテルで私は今日の出来事を日記帳に記した。新しい体になってから新たに加わった日々の習慣の一つ。最初は、トムが私の延命法を完成させられるか分からなかったから、私という存在を少しでもこの世に残しておこうと思って始めた事だった。

 今では恐ろしいページ数になってる。と言っても、日記帳には魔法が掛かっていて、見た目は薄さ一cm程度。見たい思い出を頭に浮かべながら開くと、そのページが開く。

 例えば、ハリーとハーマイオニーの結婚式やネビルとルーナの結婚式。それに、ロンとアステリアの結婚式。

 ハリーはホグワーツ卒業後に闇祓いでは無く、ウェールズ地方のケアフィリに本拠地を持つケアフィリー・カタパルツのシーカーとして活躍した。ハリー・ポッターの初試合の活躍を一目見ようと試合のチケットの奪い合いが起こり、プレミア価格にまで値段が張り上がったチケットを開始五分で無駄にした彼のプロ初試合超速攻勝利は今でも語り継がれる伝説の一つに数えられている。今は引退して、魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部の部長に就任している。

 ネビルは最初、ジニーとお付き合いしていたんだけど、程なくして二人の関係は終わってしまった。その後、どういった経緯かは分からないけど、ルーナと一緒に居る事が多くなり、二人は一緒にホグワーツの教員となった。ネビルは薬草学で、ルーナは魔法薬学。二人の間にどんなロマンスがあったのかはネビルが必死に隠そうとするので分からず仕舞い……という事にしている。実はルーナがこっそり教えてくれたけど、彼のプライバシーの為に秘密にしておく。今もネビルは教師を続けている。

 ロンとアステリアの婚約には本当に驚いた。切欠はアステリアが闇の世界に行こうとしていた事だった。ドラコの死に絶望したアステリアは自暴自棄になっていた。その時に、闇祓いになったロンが彼女を引き止め、その後、ロンが強引にアステリアの相談役を買って出て、ついにゴールインした。ちなみに、息子の名前はドラコ・アーサー・ウィーズリー。

 日記帳には他にもたくさんの思い出が詰まっている。

 ジャスパーが癒者になると言い出した日や、本当に癒者となり、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に就職し、そこで出会った女性と恋に落ちた経緯も詳細に記載されている。

 でも、一番多いのはアルとの思い出だ。アルと過ごした三十七年はまさに光り輝く日々だった。これからも、その日々は続いて行く。

 私は日記帳にあの台詞を刻んでいる。

 

 ※※※※

 

“My great miseries in this world have been Heathcliff's miseries, and I watched and felt each from the beginning: my great thought in living is himself.”

――――“私にとっての苦しみはヒースクリフのものでもあったわ。どっちの苦しみも初まりから見て来た。味わって来た。生きていて、一番の心配事は彼自身の事”

 

“If all else perished, and he remained, I should still continue to be; and if all else remained, and he were annihilated, the universe would turn to a mighty stranger: I should not seem a part of it.”

――――“もしも、彼以外の全てが消えてなくなってしまったとしても、彼が残っていれば、私は存在し続ける。そして、彼以外の全てがあっても、彼が消えてしまったら、この宇宙は凄くよそよそしい存在になってしまって、私がその一部分だなんて、思えなくなる”

 

“My love for Linton is like the foliage in the woods: time will change it, I'm well aware, as winter changes the trees.”

――――“私のリントンへの愛なんて、森の木の葉みたいなものよ。私にはよく分かっているの。冬が来れば、木の葉が変わるように、時が経てば変わってしまうわ”

 

“My love for Heathcliff resembles the eternal rocks beneath: a source of little visible delight, but necessary.”

――――“でもね……、私のヒースクリフへの愛は、足下にある永遠の岩にも似たものなのよ。別に、見ていて楽しい物ってわけじゃないけど、無くてはならない物なの”

 

“Nelly, I am Heathcliff! He's always, always in my mind: not as a pleasure, any more than I am always a pleasure to myself, but as my own being.”

――――“ネリー。【私はヒースクリフなのよ】。私は私自身にとって、必ずしも喜びを与えるものではないのと同じように、彼も喜びとしてではなく、私自身の存在として、彼はいつでも私の心の中にいるの”

 

 ※※※※

 

 彼女の生き方全てに共感を抱いたわけじゃない。だけど、キャサリンがヒースクリフを己自身だと言った思いには共感出来る。

 私にとって、アルは私自身だ。彼が苦しい時、私も苦しいと感じる。彼が悲しい時、私も悲しいと感じる。彼が幸せだと感じる時、私も幸せだと感じる。

 私はアルフォンス・ウォーロックを心から愛している。彼の存在は私の全て。彼に与えられた愛に私は生きる実感を得る。

 キャサリンのように離れる選択なんて、私には選べない。だけど、キャサリンがヒースクリフを無くてはならない物と称したように私もアルを無くてはならない物と思っている。

 酸素や水のように生きて行く上で必要不可欠なもの。

 例え、死が二人を分かとうと、この愛が消える事は無い。そう、私は信じている。

 

...END


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