【完結】死んで生まれて魔法学校   作:冬月之雪猫

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第七話「行動と結果」

 誰かの声が聞こえた。必死に俺の名前を呼んでいる。

 重たい瞼を開くと、そこには知らない女性とアルの顔があった。アルは泣いていた。

 

「……アル、どうしたの?」

 

 怪我でもしたのだろうか? アルの泣き虫癖は九歳くらいで治った筈だから、どこか酷い怪我をしているのかもしれない。

 

「だい、じょうぶ?」

 

 何故か喉が上手く動かせない。

 

「あまり喋らない事です。大丈夫じゃないのはあなたの方なんですからね!」

 

 女性は怒っているみたいだった。どうしてだろう?

 思わず咳き込むと、酷い吐き気がした。鼻をつく鉄錆に似た臭いに思わず顔を顰めた。

 俺はどうやら地面に横たわっているらしい。横を見ると、ハリーやロン、ハーマイオニーが心配そうに俺を見つめている。

 それで思い出した。俺は確か、落下するネビルに浮遊呪文を掛けたんだけど、箒がネビルに向かってきたから呪文を解いてネビルの体を受け止めたんだ。

 どうやら、そのせいで気を失っていたらしい。

 

「……ネビルは大丈夫なの?」

 

 俺が尋ねると、アルは顔を更に歪めながら頷いた。

 

「大丈夫だよ。ユーリィが受け止めてあげたおかげで怪我一つないよ」

「良かった……」

 

 これで怪我をさせてたらとんだ間抜けだ。思い出し玉が必要になってしまう。

 安堵すると、他にも大勢の人が俺を取り囲んでいる事に気がついた。グリフィンドール生だけじゃなく、スリザリン生まで苦い表情を浮かべている。

 

「あの後……どうなったの?」

 

 アルに尋ねると、俺の治療をしてくれているらしい女性が厳しい目つきを向けてきた。俺が黙りこくると、アルがゆっくりと語ってくれた。

 

「ユーリィが気を失った後、フーチ先生が二人の容態を確かめたんだ。ネビルは無傷で気を失っただけだったんだけど……」

 

 声が震えていた。

 

「君、君の方は血を吐いたんだ。骨折して、骨が内臓を傷つけたみたいで……。それで、動かすわけにもいかなくて、ハーマイオニーがマダム・ポンフリーを呼びに行ってくれたんだ。その間、フーチ先生が誰も君に触れるなって言って、僕、何にも出来なくて……」

 

 泣きじゃくるアルに声を掛けてあげたかったけど、俺は喉にポンフリーの杖が当てられて喋れなかった。凄い吐き気がして、口から血の塊が飛び出した。周りで見ていた皆の悲鳴が聞こえた。自分で見てもちょっと嫌な光景だ。

 痛みが無いのはたぶんポンフリーが何かしてくれたんだろう。

 

「飛行訓練は……?」

 

 何とか喋れるようになって、俺は聞いた。

 またもやポンフリーに睨まれてしまった。

 

「中止さ。当たり前だろう?」

 

 その言葉に俺はとんでもない事をしてしまったと実感した。まさか、中止になるとは思っていなかった。この様子だと、ハリーとマルフォイのいざこざも起きていないみたいだ。このままだと、ハリーのシーカー選抜の話が無くなってしまう。だけど、どうにも出来ない。

 

「ごめん……なさい」

 

 酷い事をしてしまった。ハリーはシーカーとして活躍して皆に生き残った男の子としてだけではなく、一人の男として認めてもらえるようになるのに、その機会を奪ってしまった。

 

「謝るなよ……」

 

 俺は堪え切れずに涙を零してしまった。卑怯だし、泣き虫は嫌われると分かっているのに泣いてしまった。

 馬鹿だった。もっと良い方法があった筈なのに……。

 

第七話「行動と結果」

 

 ポンフリーの治療のおかげで俺は何とか一人で立ち上がれるようになった。

 

「一日は様子を見る必要があります。今日は保健室のベッドで寝てもらいますからね」

「はい……」

 

 ポンフリーに言われて、俺は力無く頷いた。時間を巻き戻すことは出来ない。ハリーがシーカーになるチャンスを俺は潰してしまった。

 

「ユーリィ。すみません、先生。僕、ユーリィに付いて行ってもいいですか?」

「……ええ、構わないでしょう。どちらにせよ、授業は終わりにします。次回の飛行訓練は来週です。今日の事をみんな教訓となさい。箒に乗るという事は常に危険と隣り合わせな行為であると今回の事で理解出来た筈ですからね。以上! 箒は次の授業で使うのでそのままで結構です」

 

 そう締め括ると、フーチはマクゴナガルに説明に行くと言って去って行った。

 俺はもう一人で歩けたんだけど、アルが肩を貸してくれたから素直に甘える事にした。アルの体温を感じる事で漸く少しの安心感を得る事が出来たし、まだ吐き気が酷かったからだ。

 保健室にはアルだけじゃなくて、ハリーとロン、ネビル、ハーマイオニーも着いて来てくれた。罪悪感は未だに収まらないけど、少しだけ嬉しかった。生まれ変わる前は、怪我をしても心配してくれる人は誰も居なかったから、こんな自業自得の怪我の事で心配してくれるみんなの気持ちが嬉しかった。

 

「ネビルは平気……?」

 

 ベッドの横で青い顔をしているネビルに問い掛けた。もしかして、どこか怪我をしているのを隠しているのかもしれない。

 

「怪我を隠してるならちゃんと……」

「違うよ」

 

 ネビルは首を振った。

 

「ごめん。僕……、僕のせいで……」

「別にネビルのせいじゃないよ。もっと上手く助けられた筈なのに……、あれは俺自身のミスだよ」

「そんな事無いよ。君のおかげで僕……」

「その通りですよ、ユーリィ・クリアウォーター」

 

 ネビルの言葉に被せるように、保健室にマクゴナガルが入って来た。

 

「フーチ先生から話は聞きました。誰よりも早く的確な判断を下し、見事な浮遊呪文でロングボトムを救ったと褒めてらしたわ。その事でグリフィンドールに五点与えます。自分を卑下してはいけませんよ。あなたはロングボトムの命を救ったのですから」

 

 俺はネビルを見た。ネビルはうんうんと首を勢い良く振っている。

 

「ユーリィ。私達、ネビルが落ちる時、ただ見てる事しか出来なかったの。だから、本当に凄いと思うの」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「……ありがとう……ございます」

「でもさ……」

「アル……?」

 

 アルは俺の手を握って言った。

 

「あんまり、無茶はしないでよね。頼むからさ……」

「……うん」

 

 顔をくしゃくしゃに歪めるアルに俺は何も言えなかった。ただ、凄く心配してくれたんだ、という事だけは伝わって来た。

 

「ありがとう……。みんなもありがとう。それと、ごめんね。もう直ぐ夕食の時間でしょ? 俺はもう大丈夫だから」

「ううん。もうちょっとここに居るよ」

 

 ハリーが言った。

 

「僕達に出来る事があったら何でも言ってよ」

「ありがとう。でも、本当に大丈夫だからさ。俺のせいで皆が夕飯を逃したりしたら、そっちの方が困るよ」

 

 俺がそう言うと、ハリー達はそれでも迷うような表情を浮かべたけれど、マクゴナガル先生の「あまり大人数が居ても落ち着かないでしょう」という言葉で保健室を後にした。

 ただ、アルとネビルだけはここに残ると言い張り、マクゴナガル先生も折れた。二人は凄く思いつめた表情で俺を見ていて、なんだか逆に心配になってしまった。

 

「アル。俺、もう全然大丈夫だからさ。ネビルも気にしないでよ」

「大丈夫なんかじゃないよ!」

 

 俺の言葉にアルは怒ったように言った。思わず体を竦ませると、アルは申し分けなさそうな顔をして謝った。

 

「ごめんよ。でも、本当にあの時は君が死んじゃうんじゃないかって、本気で思ったんだ。君、酷い状態だったんだよ? 口から血を吐いて、全然動かなくて……」

 

 その時の光景を思い出したのか、アルはまた目じりに涙を溜めた。

 

「本当にごめんよ。僕、本当にドジで……」

 

 ネビルもまた泣き出してしまった。このままだとポンフリーに怒られてしまう。それに、正直、体が凄く重く感じるのだけど、このまま二人の泣き顔を見ているのはもっと堪える。

 仕方なく、俺はダルイ体を起こして二人の頭を撫でた。

 

「大丈夫だよ。俺は大丈夫。だから、二人とも泣かないで」

 

 二人が泣き止むまで俺は延々と二人の頭を撫で続けた。

 しばらく経って、ポンフリーが薬を持ってくると、目を丸くした。

 

「まあまあ、この二人はお見舞いのために残ったのではなかったかしら?」

 

 二人は泣き疲れて眠ってしまっていた。まるで子供みたいだな、と思ったけど、良く考えたら子供だった。まだ十一歳だ。

 

「ごめんなさい、マダム・ポンフリー。二人も色々あって疲れてたみたいで……」

「でしょうとも。大怪我をしたあなたのベッドを占拠するくらいですからね」

「あ、いえ、ベッドで寝かせたのは俺で……。それに、俺はもう平気ですから」

 

 二人が眠ってしまったから、浮遊呪文を使って二人をベッドに寝かせて、俺は椅子に腰掛けていた。

 

「なりません! 病人が椅子に座って、見舞い人がベッドを占領するなど言語道断です。さあ、二人とも起きなさい!」

 

 ポンフリーのあまりの剣幕に俺は何も言えなかった。アルとネビルは心底申し分けなさそうにしていたけど、怒り心頭のポンフリーに追い出されてしまった。ポンフリーの怒りの矛先は俺にも向けられて、特別苦い薬を飲まされて、「さっさと寝なさい!」とピシャリと叱られてしまった。

 

 翌朝、何とかポンフリーに許可を得て退院すると、グリフィンドールの談話室に向かう途中でアル達の声が聞こえた。

 

「あ! アル! みんなもおはよー!」

 

 俺が声を掛けると、アルの他にもハリー、ロン、それから何故かマルフォイと取り巻きの二人が振り向いた。

 

「ユーリィ! もう大丈夫なのかい?」

 

 ハリーが開口一番に言った。

 

「うん。もうばっちりだよ。昨日は心配かけてごめんね。ところで何を話してたの?」

「あ、いや……」

 

 俺が尋ねると、アル達は口を濁した。

 

「ん? それにしても良かった」

「何が?」

 

 とロン。

 

「マルフォイ君達と仲良くなれたんだね」

「はい?」

 

 皆一斉に不可解そうな表情を浮かべた。息ぴったりだ。

 正直、ハリーがシーカーになれなくなった時点でもう取り返しがつかないし、この時点でマルフォイとハリーが仲良くなるのは良い事だと思う。

 

「いや、僕達は別に……」

 

 アルは歯切れ悪そうに言った。

 

「じゃあ、折角だし一緒にご飯食べに行こうよ。皆もまだでしょ?」

「僕達は結構だ」

「あ、もう食べ終わってたんだ。ごめんね、余計な事言っちゃって」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 マルフォイはなんだか疲れた顔をしている。

 

「大丈夫? なんだか、顔色良く無いよ? ちゃんと食べた?」

「……もういい。とにかく、僕達は行く。ポッター、逃げるなよ?」

「あれ? みんなでどっか遊びに行くの?」

 

 映画だとかなりピリピリした関係だったけど、思った以上に仲が良さそう。

 マルフォイは最後に何故か凄く微妙な顔をして去って行った。

 

「じゃあ、俺達はご飯食べに行こうよ。……何その顔?」

 

 振り返ると、アル達までもが凄く微妙な顔をしていた。

 

「いや……うん。行こうか」

「なんだろう……、凄い……なんていうか、なんだろう……」

「もういいや……」

 

 なんだか凄い突き放されたような言い方をされた。

 

「ええ!? な、なんで!?」

「いや、うん。もう、いいよ。うん」

 

 何故だろう、凄く馬鹿にされている気がする。

 

「もう、なんなの!?」

「ほら、ご飯行こうよ」

 

 ハリーが凄く疲れた顔をして言った。本当に何なのだろうか、この扱いは……。

 

 夜、俺はまた必要の部屋に居た。幸か不幸か、昨日は飛行訓練で授業が終わりだったから、授業を欠席するという事にはならなかった。一日分を取り戻すとなると骨だけど、一日の復習だけで済むなら楽なものだ。宿題と授業の復習を終わらせると、俺はまた風呂に入った。

 昨日は入れなかったから最高に気持ちが良かった。ついつい長風呂をしてしまって、慌てて寮に戻ろうとしたら、歩く途中でなにやら丸いものが地面に横たわっていた。

 

「……ネビル?」

 

 よく見ると、それはネビルだった。揺すって起こすと、ネビルはぼんやりとした顔で辺りを見回した。

 

「あれ? ここは……?」

「ここは廊下だよ。どうして、こんな所で寝てるの?」

「ああ、そうだ。僕、合い言葉を忘れちゃったんだ。それで、中に入れなくて……」

「そうだったんだ……。じゃあ、一緒に戻ろう」

「うん。……あ、体の方は大丈夫?」

「全然問題無いよ。本当にね。だから、もう気にしないで」

「……うん」

 

 ネビルの表情が暗くなってしまったので、俺はとりあえず頭を撫でて上げた。お菓子でも持ってれば良かったんだけど……。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

 

 ネビルは鼻をくんくんさせている。

 

「なんだか、甘い良い臭いがする」

 

 やばい。お風呂出たばっかりだから、まだ石鹸の臭いが取れていないのかもしれない。

 

「き、気のせいだよ。それより、早く戻ろ――――」

 

 言い切る前に、突然、目の前で太った貴婦人の絵が開いた。こんな時間に外を出歩いているのを見られるのは拙い。慌ててネビルを引っ張って、身を隠すと、中からアルとロン、ハリーの三人が出て来て、その後ろからハーマイオニーも姿を現した。四人揃ってどこに行くんだろう?

 声を掛けるべきか迷っていると四人は歩き出してしまった。

 

「どこに行くのかな?」

 

 俺が首を傾げていると、ネビルは心底不思議そうな顔をしていた。

 

「この臭い、ユーリィからする……?」

「も、もう、気にしないでってば! それより、早く戻ろうよ」

 

 アル達も気になるけど、とりあえずネビルを寮に入れて上げないと……。

 そう思って、太った貴婦人の前まで行くと、そこには空っぽの額縁があるだけだった。

 どうやら、太った貴婦人は夜のお散歩に出かけてしまったらしい。

 

「困ったね……」

 

 俺が言うと、ネビルもおろおろし始めた。どうやら、臭いの事は忘れてくれたらしい。

 

「とりあえず待ってようか。フィルチさんが見回りに来るかもしれないし、そしたら事情を話して入れてもらえるかも」

「ええ、罰則を受けちゃうかも……」

「その時はその時だよ」

 

 とりあえず、俺達は額縁の前で腰掛けた。幸か不幸か、管理人のフィルチも彼のペットのノリスも来なかった。

 しばらく待っていると、太った貴婦人が帰って来た。

 

「あらあら、またあなたね? こんな夜更けまで戻って来ないのは感心しないわよ」

「ごめんなさい」

 

 太った貴婦人の説教を聴いていると、遠くからどたどたと誰かが走ってくる音が聞こえた。振り返ると、アル達が息せき切らせて走って来るのが見えた。

 

「あ、みんな! おかえりー!」

「まあまあ、あなた達もこんな時間まで――――」

「いいから、豚の鼻!!」

「はいはい……」

 

 先頭のハリーが荒息混じりに怒鳴るように合い言葉を言うと、太った貴婦人は不満そうにみんなを通した。

 アルもハリーもロンもハーマイオニーも信じられないくらい青い顔をしていた。談話室に入ると、みんなソファーに腰掛けて息を整えている。

 あまりにも尋常じゃない様子なので、とりあえず俺は紅茶を入れて皆に飲ませた。

 ネビルも心配そうに皆を見つめている。

 

「ネビル。ここは大丈夫だから先に寝ちゃいな。もう夜も遅いし」

「でも……」

「ここは俺に任せてさ。ね?」

「……うん」

 

 ネビルが部屋に戻るのを確認してロンに紅茶を渡すと、ロンは一気に紅茶を飲み干して荒々しく息を吐いた。

 

「一体!! あんな怪物を閉じ込めておくなんて、一体連中は何を考えてるんだ!?」

 

 ああ、三頭犬の部屋に行ったのか……。

 四人はあれこれと部屋について議論を交わしている。それにしても、運命というべきなのか、それとも実はダンブルドアが手を回したのか、ハリー達はしっかりフラッフィーを見つけたらしい。

 フラッフィーに食べられちゃうような万が一が無くて心底安心した。

 

「みんな、禁じられた廊下に行ったんだ」

 

 俺が言うと、みんな議論を止めてギクリとした顔を向けて来た。

 

「な、なんで知ってるの?」

 

 アルが聞いてきた。

 

「いや、君達が言ってる三頭犬みたいな危険な生き物が居る部屋なんて、そこしか考えられないし……」

 

 俺の言葉に納得したらしく、四人は一斉に溜息を零した。

 

「私、もう寝る」

「僕達も……」

 

 ぐったりしながら部屋に戻るハーマイオニーにおやすみを言って、俺達も部屋に戻った。

 

 


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