【完結】死んで生まれて魔法学校   作:冬月之雪猫

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第十一話「ジェイコブ・クリアウォーター」

第十一話「ジェイコブ・クリアウォーター」

 

 1959年の冬の寒い日にジェイコブ・クリアウォーターはごく一般的な魔法界の家庭に生まれた。両親も至って平凡な魔法使いだった。

 子供の頃から運動神経が鈍い事で近所のマグルの子供達に虐められ、その度に母親に泣きついては甘やかされて育った。ホグワーツからの招待状が家の郵便ポストに届いた時、ジェイコブは泣いて喜んだ。いつもドジだ、間抜けだ、と馬鹿にされて来たジェイコブはちゃんと両親のようにホグワーツから招待されるか不安で仕方が無かったからだ。

 ジェイコブはグリフィンドールに入りたかった。あの有名なアルバス・ダンブルドアが卒業したという勇気ある者が集う寮。

 

『僕、絶対、グリフィンドールに入るよ!!』

 

 グリフィンドールはジェイコブの両親が卒業した寮でもあった。ジェイコブは息子の幸せだけを願う両親に精一杯応え様と意気込んで、キングス・クロス駅の9と3/4番線のホームから真紅の汽車に乗り込んだ。空っぽのコンパートメントでガチガチに緊張していたジェイコブは突然開いた扉の先から現れた陰湿そうな少年と快活な少女に飛び上がりそうになった。

 少年の名前はセブルス。少女の名前はリリー。二人は座れるコンパートメントを探して彷徨っていたらしい。相席を求める二人にジェイコブはおっかなびっくりしながら頷いた。互いに軽い自己紹介をすると、ほとんどリリーが一人で喋りとおした。時折、セブルスがリリーの言葉に茶々を入れると、彼女はとても楽しそうに笑った。

 段々、緊張が解れてきたジェイコブは少し積極的になる事にした。

 

『二人はどの寮に入りたい?』

 

 ジェイコブの問いにセブルスは迷わず【スリザリン】と言った。反対にリリーは【どこでも】と言った。

 闇の魔法使いを多く輩出しているスリザリンに入りたがるセブルスにも驚いたけど、大事な寮選びで【どこでもいい】などと答えるリリーにもジェイコブは吃驚した。

 ジェイコブがグリフィンドールに入りたい事を打ち明けると、リリーは快く賛同してくれたけど、セブルスは馬鹿にするように鼻で笑った。彼はスリザリンこそが至高であり、それ以外の寮は愚者の溜り場だと思っているらしい。ジェイコブは少しセブルスを苦手に思うようになった。丁度その時、汽車が止まり、ジェイコブは二人と共に森番の青年の後を追って、ホグワーツの城を目指した。

 湖を小船で渡り、初めてホグワーツの城を見た時の感動をジェイコブは生涯忘れなかった。ジェイコブにとって、ホグワーツ城はまさに特別であり、その特別な城に住む事になる自分は特別なのだと確信した。

 

『ハッフルパフ!!』

 

 興奮冷めぬまま、組み分けの儀式で奇妙な帽子を被った瞬間、ジェイコブの願いは脆くも崩れ去った。グリフィンドールに入れなかった。よりにもよって、落ち零れが入る寮と有名なハッフルパフ。

 呆然となり、先生に背中を押されハッフルパフのテーブルに歩いて行くと、セブルスが馬鹿にしたような笑みを浮かべるのが見えた。その瞬間、ジェイコブはセブルスの事が嫌いになった。

 

 それから三年が経った。魔法の授業はどんどん難しくなり、ジェイコブはすっかり落ち零れていた。落ち零れが住まう寮の中で更に落ち零れてしまい、そんな自分にいつも苛々していた。そのせいで友達も出来ず、その事で余計に自分が嫌いになった。両親はそれでもジェイコブを見放さずに愛を注ぎ続けてくれたけど、ジェイコブは反抗期に入り掛けていた。クリスマスも家に帰らず、図書館で勉強に勤しみ続けた。

 毎日、誰とも遊ばずに図書館で勉強三昧。それなのに成績は落ちる一方。ジェイコブは二年生が勉強する授業内容に梃子摺ってしまい、図書館の隅で一人涙を零した。

 

『どうしたの?』

 

 そんなジェイコブに話しかけて来たのは、変わり者と評判のレイブンクローの女の子だった。よく、図書館の隅で勉強している姿を見かけたが、こうして近くで話すのは初めての事だった。

 いきなり、それも女の子に話しかけられた事にジェイコブはすっかり緊張してしまい、何を言えばいいか分からず黙り込んでしまった。

 

『大丈夫?』

 

 少女は心配そうにハンカチをジェイコブの目下にあてがった。それ漸く、自分が泣いていた事を思い出し、ジェイコブは真っ赤になった。

 恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちになった。

 つい、俯いてしまったジェイコブの頭に少女は優しく手を置いた。

 

『よしよし』

『……えっと』

 

 困惑しているジェイコブに女の子は優しく微笑んだ。

 

『元気出して』

 

 ジェイコブは見惚れてしまった。両親以外にこんな風に微笑みを向けてくれた人は居なかった。

 先生達はいつも落ち零れのジェイコブに呆れた目を向けて来るし、同級生達は見下した目を向けて来る。 

 なのに、彼女はただ純粋にジェイコブの事を思って、優しくしてくれた。

 

『……勉強で分からない所があったんだ』

 

 気が付くと、ジェイコブは白状していた。

 馬鹿にされると思った。下級生の授業内容でさえ梃子摺る自分の事を皆が何て呼んでるか分かってる。

 

『じゃあ、私が教えて上げる』

『え!?』

 

 予想外の言葉だった。馬鹿にされるでも、呆れられるでもなく、少女は自分の座っていた席から勉強道具を運んで来て、ジェイコブの隣に座った。

 

『私、ソフィーヤ。ソフィーヤ・アクロフ』

『……僕、ジェイコブ・クリアウォーター』

 

 ソフィーヤはジェイコブがどんなに頭の回転が遅い子だと分かっても見放さなかった。分かるようになるまで辛抱強く勉強を教え、ジェイコブも必死に学ぼうと努力をした。

 毎日、図書館で会う度にソフィーヤはジェイコブに勉強を教え、いつしかその習慣は一年以上続いた。

 ジェイコブの学力はソフィーヤの教えのおかげでメキメキと上がった。彼女には人に物を教える才能があった。

 だけど、ジェイコブは勉強が出来ない振りを続けた。この頃になると、ジェイコブにとってソフィーヤと過ごす時間は何よりの宝物になっていた。

 栗色の髪のとびっきり可愛い女の子にジェイコブは夢中だった。そして、更に二年が経過した。O.W.L試験を期待以上の成績で通過したジェイコブは意を決してソフィーヤを天文台に呼び出した。

 

『ぼ、僕……、君のおかげで成績がすっごく上がった』

『ジェイクが努力したからだよ』

『ぼ、ぼく!! 君に言いたい事があるんだ!!』

『なーに?』

 

 顔を真っ赤にしながら瞼に涙を溜めながら鼻水を垂らし、ジェイコブの顔は酷い有り様だった。

 きっと、断られるに決まっている。自分にいかに魅力が無いかを理解しているジェイコブはそれでも自分の想いを告げずに居られなかった。

 彼女の存在はジェイコブにとってあまりにも大きなものになってしまっていた。

 

『君の事を愛してる。君に夢中だ!! 僕は君が大好きだ!! どうか!! どうか……僕と付き合って下さい』

 

 頭を腰より下まで下げながら、必死に答えを待った。

 断られる。もう、彼女と一緒に居られなくなる。もう、一緒に図書館で過ごす事が出来なくなる。あの優しい微笑みが見れなくなる。

 溢れる感情に涙が止まらず、それからどのくらいの時間が経ったのか覚えていない。

 不意に、目の前に彼女が立っている事に気が付いた。顔を上げると、涙でぼやけて何も見えなかった。怒ってるのかもしれないと思い、体を震わせていると、彼女はハンカチでジェイコブの涙を拭った。

 そして、鼻水だらけの口元を拭い、そのハンカチをそのまま自分のポケットにしまった。

 咄嗟に止めようとしたジェイコブの頭をソフィーヤは優しく撫でた。初めて出会った日と同じように優しい微笑みを浮かべながら。

 

『私も大好きよ、ジェイク。凄く嬉しいわ』

『……へ?』

 

 信じられなかった。ジェイコブの告白は成功してしまった。

 断られると確信していたせいで、何を言えばいいのかなんて、まったく用意していなかった。

 

『へ? あ、え? だって、え? い、いいの!? ぼ、僕なんかでいいの!?』

 

 ソフィーヤの肩を掴み、仰天した顔で詰め寄ると、ソフィーヤは悪戯っぽい笑みを浮かべ、そのままジェイコブのさっきまで鼻水だらけだった口にキスをした。

 

『僕なんか、じゃないわ。ジェイクだから好きなのよ。貴方ほど、私と熱心にお付き合いしてくれた人は居ないもの。それに、貴方ほど努力する人を私は他に知らないわ。僕なんか、なんて言わないで。私は貴方だから愛してるのよ』

 

 ジェイコブはそれまで神の存在なんて信じていなかった。でも、信じる事にした。この出会いとこの目の前の少女をこの世界に生まれさせた運命を司る神に感謝した。

 ジェイコブはソフィーヤをソーニャと呼び、彼女を愛し続けた。学校を卒業し、魔法省に就職した後もずっと思いは変わらなかった。

 挙式には数少ない友人も参列してくれた。ソーニャのおかげで少し明るくなれた彼は少しずつ交友関係を広げる事が出来るまでになっていた。

 そして、1978年の12月にソーニャはソフィーヤ・アクロフからソフィーヤ・アクロフ・クリアウォーターになり、翌々年、一人息子のユーリィが生まれた。

 ジェイコブは不思議な気持ちだった。ずっと落ち零れで、駄目な奴だと思っていた自分が親になる。ソーニャは言った。

 

『これからはこの子の親になるんだから、もっと自信を持たなきゃ駄目よ?』

 

 ジェイコブを父親にしてくれた女性は初めて出会った日と同じ優しくて魅力的な微笑みを浮かべ、彼の頬にキスをした。

 生まれてきた息子をジェイコブは目に入れても痛くないくらい愛した。何と言っても、愛するソーニャとの間に出来た子供だ。可愛くない筈が無い。

 不安だったのは同級生のマチルダと友人のエドワードの間に生まれた男の子だった。彼は少し乱暴な所があって、赤ん坊の頃から一緒に居させるとユーリィを虐める事があった。だけど、月日が経つにつれて、不安は解消された。彼らの息子のアルフォンスは気性が穏やかになり、ユーリィと良き友人になってくれた。二人が遊んでいる姿を妻と一緒に見つめていると幸せを実感出来た。

 この世の誰も味わえない自分だけの幸せだ。全てを与えてくれた女性にジェイコブはキスをした。

 そして、月日は瞬く間に経ち、ユーリィの下にホグワーツへの招待状が届いた。ジェイコブは初めて、ホグワーツの招待状が届いた時の緊張を思い出した。

 

『君にとって、これからの学校生活はかけがえの無いものになる筈だ。だから、楽しんでおいで』

 

 ホグワーツに出発する前の晩、泣き顔で抱き着いてきた愛しい息子にジェイコブは言った。

 己にとって、ホグワーツはかけがえのない場所だった。嫌な思い出もある。だけど、良い思い出もある。なにより、ソーニャと出会えた場所なのだ。

 ソーニャと出会えたから、ユーリィと出会えた。

 期待も不安も両方応えられてしまう。だけど、両方とも大切なものだ。ジェイコブは寝息を立て始めたユーリィの額を撫でながら愛する妻を見た。

 

『この子なら、きっとうまくやっていけるわ。友達をいっぱい作って、いっぱい遊んで、休みには学校での思い出を聞かせてくれる筈よ。寂しくなるけど、この子が笑顔で帰ってくるのを待ちましょう」

『うん』

 

 ジェイコブはユーリィが幸福な学校生活を送れる事を祈った。

 だけど、その祈りは神様に届かなかった。

 二年目のある日、ユーリィは保健室に運び込まれた。スリザリンの継承者とやらに襲われたと聞いた時、ジェイコブは気が狂いそうだった。一歩間違ったら死んでいたかもしれない。そう聞かされた時、ソーニャと二人で泣き叫んだ。

 

『どうして、僕はこの子が大変だって時に中国産の魔法の絨毯の輸入についての会議になんて出てたんだ!?』

 

 結局、ジェイコブは何も出来なかった。アルフォンスやハリー・ポッターが事件を解決したと聞き、安堵しつつも、息子を危機に陥れた継承者への怒りは消えなかった。

 それからもユーリィはまだ子供なのに様々な危機や苦難に晒された。ユーリィの秘密を聞かされた時、ジェイコブは驚きつつも特に何も思わなかった。例え、生前は別の人間として生活を送っていたとしても、ユーリィは自分の息子だ。ソーニャも同じ考えだった。

 夫婦にとっての問題はユーリィが闇の勢力に狙われているという点だ。代われるなら代わりたい。どうして、自分の息子が酷い目に合わされなければならないんだ。ジェイコブは怒りに身を焼かれる想いだった。

 一番腹立たしいのは自分に力が無い事だった。守りたいのに守れない。闇の魔法使いと戦ったりすれば、自分など一分ともたないだろう。そうと分かっているからこそ悔しかった。

 

 ※※※※

 

 ソーニャが買い物に出掛けてから少しして、突然現れた死喰い人達に襲われ、僕は連中に拉致された。何が目的なのかは分からない。

 墓地のような場所に連れて来られ、目の前には能面のような顔をした男が立っている。誰なのかなど、問うまでも無い。

 

「お前がヴォルデモートか」

「然様。我が名を堂々と呼ぶとは、思ったより勇敢な男ではないか、ジェイコブ」

 

 愉快そうに微笑むヴォルデモートを前にして、僕は不思議なほど恐怖を感じなかった。

 そんなものを感じる余裕が無い程、僕の心は怒りに満ちていた。

 

「お前が居るから、僕の息子はいつも怖い目に合わされる!!」

 

 二年生になったばかりの日に、あの子は目の前の男の若かりし頃の記憶によって痛めつけられた。

 そして、三年生の時はこいつの部下にユーリィは拷問を受けた。記憶を見ただけで気が狂いそうになった拷問を僕の息子に実行したんだ。

 頭は加熱されたように熱くなった。

 

「お前なんかがこの世に居るせいで!!」

「立ち向かうのか? このヴォルデモート卿に」

 

 面白そうにヴォルデモートは言った。

 

「ならば、許そう。ヴォルデモート卿は勇気を賛美する。お前が私に挑もうというならば、構わんぞ。相手をしてやる」

 

 漆黒のローブを翻し、ヴォルデモートは杖を取り出した。

 

「決闘をしようではないか。喜ぶがいい。誇るがいい。このヴォルデモート卿がわざわざ決闘をしてやるのだ」

「殺してやる!!」

「やってみるがいい」

 

 周囲から笑い声が響いた。気が付かなかったけど、周囲には死喰い人が数え切れない程居た。

 十や二十じゃない。いつの間に、こんな数の死喰い人を用意したんだ……。

 確信した。ヴォルデモートは徐々に力を溜めているに違いないというスクリムジョール達の意見は正しかったんだ。

 杖をポケットから出しながらヴォルデモートを睨んだ。こいつを殺せば、こんな奴等は烏合の衆だ。彼らがきっと始末してくれる。例え、ここで僕が死んでも、彼らがユーリィを守ってくれる筈だ。

 

「さあ、古式に乗っ取り決闘の儀を行おうではないか」

 

 いいだろう。やってやる。お前をこの場で必ず殺してやる。

 僕の愛しい息子に手を出しやがって……。僕の愛する妻を悲しませやがって……。

 目的が何だろうと構わない。絶対に殺す。

 

「さあ、互いにお辞儀しようではないか。互いの命を尊ぶのだ」

 

 僕はゆっくりと頭を下げた。そして、胸元の二つのブローチに手を当てて、愛する二人へ最期のメッセージを送った。これで、もう迷いは無い。

 最期のクリスマスプレゼントをこれにして良かった。

 頭を上げると、僕は杖を振った。攻撃呪文なんて殆ど知らない。それでも死の呪文くらいは知ってる。

 

「アバダ・ケダブラ!!」

 

 あの子を守れるなら何を失っても構わない。

 この命だって、倫理だって、何だって捧げてやる。そう、心で叫びながら呪文を唱えた。だけど、何も起こらない。

 

「どう……して?」

 

 周囲が一斉に笑い出した。

 

「お前は相手を本気で苦しませたいと思った事が無いのだな。磔の呪文然り、死の呪文然り、使うには強力な意思が必要なのだ。お前には私を【殺す】という意思が足らないのだ」

「そんな筈は無い!! 僕はあの子を守るんだ!! お前を殺してでも絶対に!! アバダ・ケダブラ!!」

 

 何も起こらない。うろたえる僕にヴォルデモートは静かに言った。

 

「言っただろう。殺す意思が足りない、と。お前の意思は殺す意思では無い」

 

 そんな筈は無い。僕は守るんだ。絶対に、あの子を守るんだ。

 

「アバダ・ケダブラ!! アバダ・ケダブラ!! アバダ・ケダブラ!! アバダ……ケタブラ」

 

 何も起こらない。何でだよ。僕はユーリィを守りたいのに、どうして、呪文が使えないんだ。

 

「お前の意思は守る意思だ。そんなものでは使えぬよ、死の呪文はな。さらばだ、勇敢な男、ジェイコブ・クリアウォーターよ。アバダ・ケダブラ」

 

 最後の瞬間は酷く緩やかに訪れた。

 今までの記憶が再生される。愛する両親。愛する妻。愛する息子。愛する友人達。

 ああ、ソーニャ。ごめん。僕はユーリィを守れなかった。もう、君達の傍に居られないのが辛いよ。君達の笑顔がもっと見たいよ。君達の声が聞きたいよ。

 君達ともっとずっと一緒に居たかったよ……。

 

「愛してるよ、ソーニャ。ユーリィ」

 

 そして、僕は……終わりを迎えた。


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