【完結】死んで生まれて魔法学校   作:冬月之雪猫

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第八話「ドラコ・マルフォイの苦悩」

第八話「ドラコ・マルフォイの苦悩」

 

 ホグワーツ特急の車窓から流れる景色を見ながら、どうやってクリアウォーターに近づくかを考えていると、前の席に座っているクラッブとゴイルが言い争いを始めた。どうやら、ゴイルがクラッブのカエルチョコレートを食べてしまったらしい。まったく、よくそんな下らない事で喧嘩出来るものだ。逆に感心してしまうよ。

 隣に座るパンジーと彼女の向こう隣に座るダフネが止めに入ると、クラッブとゴイルは獣のように唸り声を上げて二人を威嚇した。

 

「そこまでだ」

 

 まったく、僕は残酷な運命を呪い、理不尽な難題に頭を悩ませているというのに……。

 僕の言葉に二人は漸く気を鎮めた。素直なのはいいんだけど、もう少し理性的になって欲しい。

 

「ありがとう、ドラコ!」

 

 パンジーが感謝を大胆な抱擁で示してくる。膨らみ始めた柔らかな乳房の感触に思わず体が緊張する。

 まだまだ、僕も未熟だという事だ。

 

「離れてくれ、パンジー」

「むぅ、つれないわねぇ」

 

 頬を可愛らしく膨らませながら僕から離れて行く。少し、名残惜しさもあるけど、彼女の好意は僕に向けられた物じゃない。

 彼女は富みと名声を愛している。その証拠にあのブレーズ・ザビニとも懇意にしている。

 男を惑わす魔女の息子などに愛嬌を振り撒く彼女を見ると、お似合いだと思う。きっと、彼女には才能がある。男を虜にする淫靡な才能が……。

 友人を娼婦などと称したくは無いが、一時の遊び相手としてならばともかく、一生の伴侶とするには不適格と言える。

 

「まあまあ」

 

 パンジーの背中を優しく叩くダフネを見る。いつも、パンジーの後ろに隠れている彼女だけど、あまり自己主張が強くないのだろうか。

 三年間、同じ寮で過ごし、パンジーとセットでそれなりに長い付き合いだが、未だに彼女の事を僕はあまり知らない。まあ、大抵は彼女が近くに居ても彼女と話す機会が無いせいだが……。

 

「ねえねえ、ドラコ! 知ってる?」

 

 こんな風にパンジーはコロコロと表情を変え、話題を変え、僕に延々と話し掛けて来る。だから、ダフネと話す暇が無いんだ。

 それに、パンジーが居ないとダフネも敢えて僕らと行動を共にしようとはしない。

 友達の友達。それが僕と彼女の関係だ。だけど、そんな関係の上で見た彼女は中々に魅力的だ。

 パンジーの傍に居ると地味な印象を受けるが、それなりに美人だし、性格も清楚な感じがする。

 

「ああ、父上から聞いてるよ」

 

 パンジーの話に適当な相槌を打ちながら、僕はダフネの事を考え続けた。そんな場合じゃない筈なのに、僕は輝かしい未来に思いを馳せている。

 もう、決して手に入らないだろう未来。

 素敵な女性を娶り、魔法省の高官として下々の者共を動かし、地位と名声と富みを全て手に入れ、愛する人との間に生まれた子供に全てを託す。

 

「すっごく楽しみね!! クィディッチ・ワールドカップ」

 

 ああ、そうだな。僕も楽しみにしていた筈だ。

 開催が決定したクィディッチ・ワールドカップに胸を踊らせ、最高の観戦席を手に入れようと苦心していた筈だ。

 だけど、今の僕にそんな浮かれた気分で居るなど不可能だ。

 僕の任務には期限が設けられている。ソレがクリスマスだ。

 帝王はクィディッチ・ワールドカップを己の復活を知らしめるオンステージにするつもりだ。

 

「ああ、凄く楽しみだな」

 

 何としても成功させなければならない。絶望へと連なる破滅の道を僕は歩み続けなければならない。

 父さんと母さんの為に……。

 

 ホグワーツへ到着した。大広間のグリフィンドールの机にはクリアウォーターが居る。ポッターやウォーロックの間に挟まれ、暢気に校長の話を聞いている。

 あの男に近づくのは容易じゃない。

 自業自得かもしれないが、僕はクリアウォーターやその取り巻きと仲が悪い。さて……、どうする?

 食事が終わった後、それとなく話しかけてみようかとも思ったが、奴はさっさと寮へ戻ってしまった。ちょっとくらい、友達と広間に残ってだべっていてもいいだろうに。

 

「ドラコ! 寮に行きましょう! どこを見てたの?」

「どこも……。僕も眠いし、早く寮に戻ろう。パンジー」

 

 まあ、焦る事は無い。なにしろ、三ヶ月あるんだ。僕なら出来る。あの能天気なグリフィンドール生に近づくなど容易な筈だ。

 翌日、授業が開始され、僕はそれとなく奴に近づこうとした。

 最初は大広間での食事の時。

 

「よ、よう!」

 

 僕は必死に感情を殺し、親しげに声を掛けた。

 だと言うのに……、

 

「ドラコ……マルフォイ!」

 

 ポッターとウィーズリー、ロングボトム、ウォーロックの取り巻き四人衆にフルネームで呼び捨てにされた。

 顔には驚愕と嫌悪の感情がありありと浮かんでいる。

 肝心のクリアウォーターはと言えば、隣に座る穢れた血のグレンジャーと楽しそうに談笑している。

 

「何か用か? マルフォイ!!」

 

 一々叫ぶな。苛立ちが込み上げてくるが、ここで爆発させては任務に支障を来たす。

 僕の任務はあくまでもクリアウォーターに近づき、情報を得るというものだ。その為にはある程度親しい関係になる必要がある。

 グリフィンドールの馬鹿者共と親しくなるなど断腸の思いだが、これも両親の為だ。

 

「ああ、用があるから来たんだ。無ければわざわざお前達に話し掛ける筈が無いだろ?」

 

 とりあえず、取り巻き四人衆には用は無い。

 適当にあしらい、肝心のクリアウォーターに話し掛けようと近寄ると、ウォーロックが立ち上がった。

 

「喧嘩なら買うぞ、コラ!!」

 

 いきなり、何を血迷った事を言ってるんだ、こいつ。

 

「喧嘩なんて売る筈が無いだろ。まさか、僕が喧嘩を売る程の価値が自分にあるとでも思ってるのかい?」

 

 グリフィンドールの生徒はどうやら脳味噌まで筋肉で出来ているらしい。何でも暴力に結び付けたがる。まったく、常に冷静なスリザリンの生徒達を見習えと……。

 

「おい!!」

 

 後ろからスリザリンの脳味噌筋肉君達が現れた。

 クラッブにゴイル。二人共、僕が寮を出た時はまだ鼾を掻いてた筈だろう。いつ来たんだ?

 結局、朝食の時はそのままクリアウォーターに話し掛ける事が出来なかった。

 だが、その程度で諦める僕じゃない。

 その日の午後の授業はグリフィンドールと合同の魔法薬学の授業だ。奴の傍の席を陣取れば、話し掛けるのは容易い筈だ。

 

「ドラコ! 一緒に座りましょう!」

「いや、僕は――――」

「スネイプ先生の事だから、きっといきなり難しいの魔法薬の調合をさせられるわ! 教科書を見返しておきましょう!」

「あ、ああ」

 

 つい、パンジーの勢いに押されて僕は彼女と座る事になってしまった。すると、背後の扉からグリフィンドール生達が入って来た。

 ウォーロックは僕を見るや否や、僕から一番遠い席に座った。すると、クリアウォーターはまるで奴の衛星か何かのように当然のように奴の隣に座った。少しはウォーロック以外の奴と一緒の席に座れ。

 

「であるからして――――」

 

 授業が頭に入って来ない。どうやったら、クリアウォーターに近づけるか頭を抱えていると、スネイプに指名を受けた。

 質問の答えがわからない。

 

「ドラコ」

 

 パンジーがこっそりと教えてくれた。

 間違った答えを自信満々に……。

 グリフィンドール生が爆笑した。羞恥と怒りで頭がどうにかなりそうだ。

 

「ド、ドラコ……その、ごめんね」

「いいよ。ボーっとしてた僕が悪いんだ」

 

 まだだ。チャンスはまだ他にもある。

 夕食の時間になり、僕は再び行動しようとした。

 

「ドラコ」

 

 行動しようとした瞬間、パンジーとクラッブ、ゴイルが僕をスリザリンの席に強制連行した。

 

「お腹ペコペコー。早く食べましょう!」

「ステーキ喰おうぜ!!」

「俺はハンバーグ!!」

 

 お前等、僕が闇の帝王に殺されてもいいのか?

 僕らが夕食を食べ終わる頃にはクリアウォーターは既に姿を消していた。

 まださ。まだ、時間はある。そうだよ。まだ、一日目じゃないか!

 

 翌日。僕は再び朝食を食べているクリアウォーターに近づこうとした。

 

「ドラコ!」

 

 パンジー。今日も元気一杯だな。頼むから、僕の腕に胸を押し付けるのは止めてくれないか? 抵抗出来ないじゃないか。

 朝から柔らかいおっぱいの感触に誘惑され、僕は気が付けばスリザリンの机に座っていた。 

 クソッ! 女なんて後継者を孕ませる為だけの存在の筈だ。その為の行為の補助的な役割を果たすに過ぎないあんな物にこのドラコ・マルフォイが……。

 

「ドラコ! この料理すっごく美味しいわよ!」

 

 あーんって、食事を運ぶパンジーに僕は脱力してしまった。

 どうにもおかしい。任務を果たさないと、と力めば力むほど、どうにも緊張感が続かない。

 僕は現実逃避をしているのかもしれない。

 

――――僕は……。

 

 恐れているのかもしれない。

 帝王の事だけじゃない。あのクリアウォーターを僕は恐れているのかもしれない。

 思い出す。帝王が見せたあの死体の惨状。殺してから死体を弄んだのか、甚振ってから殺したのか、どちらにしてもまともな神経で行うにはあまりにも残虐だ。

 そんな真似をして尚、奴は友人に囲まれ自然な笑顔を振り撒いている。

 その異常性が僕は怖いのかもしれない。だから、僕はクリアウォーターが一人の時を狙わず、邪魔者が入るタイミングでばかり話し掛けようとしているのかもしれない。

 こんなんじゃ駄目だ。

 

「次は【古代ルーン文字学】の授業か……」

 

 難解な学問だからだろうが、受講しているのは成績上位者ばかりだ。

 確か、クリアウォーターとグレンジャーも受講していた筈だ。そして、クラッブとゴイル、パンジーが居ない。つまり、邪魔者は居ないわけだ。

 教室に入ると、クリアウォーターとグレンジャーが並んで座っている。

 

「……ふん」

 

 少しだけ感心する。二年目はほぼ保健室で寝て過ごし、三年目は自宅学習ばかりだった。

 クリアウォーターがまともに授業を受けられたのは一年目くらいなものだ。

 それなのに、この授業を受講するとはね。去年、四月に再開されてから二ヶ月の間に行われた短期の授業に奴は決して遅れを見せなかった。

 

「おい」

 

 話し掛けると、二人は驚いた表情で僕を見た。

 さて、困った。話し掛けたはいいが、話す内容を考えていなかった。

 まあ、なるようになるだろう。

 

「ソレはなんだ?」

 

 奴の書いているノートに視線を落とし、聞く事にした。

 別に本当に興味があるわけじゃないが、会話の糸口としては悪くあるまい。

 

「……えっと、創作料理のレシピなんだけど」

「……は?」

 

 お前、授業の予習をしてたんじゃないのか。

 あまりに予想外の解答にフリーズする僕にグレンジャーはそっけなく言った。

 

「ちょっとした趣味の話よ。あなたには関係無いわ」

「ハ、ハーマイオニー」

 

 困った顔をして僕とグレンジャーを交互に見比べるクリアウォーターに僕は言った。

 

「野菜たっぷり大豆のコロッケ・グレンジャー風って何だ?」

 

 大豆って何だ?


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