【完結】死んで生まれて魔法学校   作:冬月之雪猫

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第九話「ハグリッド」

 目を覚ました時、最初に目に入ったのはアルの顔だった。なんだか、最近も同じような事があった気がする。

 また、泣いてる。また、心配を掛けてしまったらしい。

 

「ごめんね、アル」

「だから……、謝るなよ。また、無茶して……馬鹿野郎」

 

 アルは俺の手を握り締めると大きく溜息を零した。家に居た頃、毎日のように手作りの剣で素振りをしていたせいか、アルの手は大きくてごつごつしている。

 昔は俺の方が背も高かったのに、どんどん俺より男の子らしくなっていく。俺はやらなきゃいけない事もまともに出来無い軟弱者なままなのに、ちょっと、羨ましいな。

 

「ユーリィ」

 

 声の方に首を向けると、ネビルが立っていた。ネビルの隣にはハリーとロン、ハーマイオニーの姿もある。

 

「ネビル」

 

 俺は体を起こしてネビルの体を見た。

 

「もう、大丈夫なの?」

「うん。僕はばっちりだよ」

「そっか……。ネビル、昨日はその……」

「待って」

「……え?」

 

 謝ろうと思って口を開き掛けると、ネビルは両手を前に突き出して待ったを掛けた。

 

「ごめんよ」

「え?」

 

 訳が分からなかった。頭を下げるネビルに俺はただただ戸惑うばかりだった。

 謝るべきは俺の方なのに、どうして、ネビルが頭を下げているのだろう。

 

「僕、ユーリィの役に立ちたかったんだ。なのに、僕、全然役に立たないで気絶しちゃって……」

「何を言ってるのさ!? ネビルが助けてくれなかったら俺……」

 

 あの瞬間を思い出すと震えが走った。トロールの棍棒が振り下ろされようとしている時、俺は指一本、まともに自分の意思で動かす事が出来なかったのだから。

 ネビルが居なければ、俺はあの瞬間に死んでいた。

 俺はネビルの手を取って頭を下げた。

 

「本当にありがとう。ネビルが居てくれて助かった。本当にかっこ良かったよ」

「え、ええ!?」

 

 ネビルが慌てふためく姿がおかしくて思わず噴き出しそうになると、コホンと咳払いが聞こえた。顔を向けると、アルが何か言いたそうにしていた。

 

「さっき、マダム・ポンフリーが目が覚めたら退院していいって言ってたよ」

「そっか、ありがとう」

「大丈夫?」

 

 俺がベッドから降りようとすると、ハーマイオニーが手助けしてくれた。

 

「それにしても、トロールをやっつけるなんてやるじゃん!」

 

 ロンは興奮した面持ちで言った。

 

「ネビルにも聞いたんだけど、倒したのはユーリィだって言うじゃないか!」

「えっと、無我夢中であんまり覚えて無いんだ……」

「もう、ロン!」

 

 俺が困っているのを見るに見かねたのか、ハーマイオニーが仲裁に入ってくれた。

 

「何だよ、ハーマイオニー」

「ちょっと、デリカシーが足りないんじゃなくて? ユーリィは後一歩で命を落とす所だったのよ? それを根掘り葉掘り聞こうとするなんて!」

「別にちょっと聞いただけじゃないか!」

 

 なんだか雲行きが怪しくなって来た。二人とも喧嘩腰になってしまっている。止めに入ろうと口を開き掛けると、ハリーが待ったを掛けた。

 

「僕が止めるよ。病み上がりなんだし、先に食堂に行ってて」

「大丈夫?」

「何とかしてみるよ」

 

 ハリーは若干疲れたように微笑みながら二人の仲裁に入って行った。

 俺はアルに引っ張られるように保健室を後にした。

 

第九話「ハグリッド」

 

 十一月に入り、夕食時の食堂ではみんながいよいよ始まるクィディッチ・シーズンの到来に湧きあがっていた。明日の土曜日にはグリフィンドールとスリザリンの試合がある。

 グリフィンドールのシーカーは見知らぬ六年生だった。

 

「明日、グリフィンドールが勝てば寮対抗総合二位になる。絶対に勝ってもらわないとね」

 

 ロンは自分ならどういう作戦を練るか、とハリーに熱心に説明している。ハリーも初めてのクィディッチの試合に興奮しているのか、ロンの説明を一字一句聞き逃すまいとしている。

 俺もネビルと一緒にアルの熱心な説明に聴き入っている。

 

「なんとね、クィディッチには七百も反則があるんだ。しかも、その全部が1473年の世界選手権で起きたんだ」

「な、七百も反則を犯すって、凄いね……」

「まったくさ! そう言えば、知ってるかい? 元々、金のスニッチは1100年代に流行したスニジェット狩りに端を発してるんだ」

 

 スニジェットって、何だろう?

 

「スニジェットって、保護鳥の?」

 

 ネビルが首を傾げながら言った。

 

「ネビル。スニジェットって何なの?」

「え? あ、それはね!」

 

 ネビルはなんだか得意そうに説明してくれた。どうやら、人に頼られるのが嬉しくて仕方ないらしい。

 ネビルの説明を聞きながら、彼は先生に向いているかもしれない、と思った。

 ネビル曰く、スニジェットというのは正式にはゴールデン・スニジェットというらしい。完璧にまん丸で、非常に鋭く長い嘴を持ち、ルビーの様な目をしているとてもすばやい鳥だそうだ。スニジェットは羽と目が珍重され、高値で取引されていたらしく、そのせいで乱獲され絶滅の危機に瀕したそうだ。

 

「そ、そうなんだ。それでね!」

 

 アルは少しあせったように口を開いた。

 

「スニジェット狩りのスタンスがそのままクィディッチの試合に持ち込まれたんだ。当時はスニジェットを殺した側にポイントが入るってルールだったんだ」

 

 吃驚するほど野蛮な話だ。

 

「だけど、スニジェットの数があまりにも少なくなって、当時の魔法評議会委員長のエルフリダ・クラッグがスニジェットの使用を法で禁じて、保護法を設立したんだ。その後、スニジェットの代わりにゴドリックの谷のポーマン・ライトっていう魔法使いに金のスニッチ作りを依頼したんだ。エルフリダとポーマンはまさに、今のクィディッチの真の誕生に貢献した偉大な人物というわけさ」

 

 それからもアルのクィディッチ講座は延々と続けられた。

 ネビルは途中で寝息を立て始めたので先に寮に返して、マンツーマンで話を聞いていたら談話室でそのまま朝を迎えてしまった。

 俺は同じく朝を迎えてしまったハリーに苦笑いを浮かべると、ハリーもやつれた笑顔を向けてくれた。

 ぐったりしながら、夜通し語り続けた癖に元気満々なアルとロンのクィディッチオタク二人組の後に続いてクィディッチの試合を見に行ったのだけど、俺もハリーも殆ど試合内容を覚えていなかった。結局、試合はスリザリンの勝利で幕を閉じたけれど、俺にはそれに対して罪悪感を感じる余裕すらなかった。

 只管眠かったのだ。その日の夜は俺もハリーもベッドに一目散に向かった。アルとロンがベッドに腰掛けて今日の敗因について語っているのを見て、ハリーは言った。

 

「なんで、あの二人……あんな元気なの?」

 

 少しうんざり気味な声だった。

 長い付き合いになるけれど、アルがこんなにもクィディッチを愛していたなんて知らなかった。クリスマスの贈り物に迷わなくて済みそうだ。そう考えながら、俺は二日ぶりの眠りに落ちた。

 翌日、起きたのはみんな揃って遅刻ギリギリだった。

 

 午前中の授業が終わると、ハリーの提案でハグリッドの小屋を訪れる事になった。前に誘われた時、俺の事も誘おうと考えてくれていたみたいなんだけど、丁度、俺が保健室から戻ったばかりだったので延期にしたらしい。申し訳無いと思いつつもハリーの気持ちが嬉しかった。

 ハグリッドに会うのは食堂以外では二回目だ。

 前回はここに来たばかりの時の事で、そのあまりの巨体に恐怖してしまった。だけど、映画や本で彼が如何に優しい人柄かを知っているので、今回は大丈夫な筈だと自分に言い聞かせた。

 午後の授業が終わり、俺達は校庭を横切って禁じられた森の端にあるハグリッドの小屋へ向かった。メンバーは俺とアル、ハリー、ロン、ネビルの五人だ。ハーマイオニーも誘おうという話になったんだけど、ロンが嫌そうな顔をするものだから、ハーマイオニーと喧嘩になりそうな雰囲気で、仕方なく、今回は見送る形になってしまった。

 本当なら、トロールとの戦いの中でハーマイオニーはハリーとロンの親友となる筈だったんだけど、それが無かったせいなのか、ロンとハーマイオニーの間には未だに溝があった。ロン以外の面々はハーマイオニーとの仲は良好なのだけど、ロンにとって彼女は不倶戴天の敵といった感じらしい。

 つい溜息を零してしまった。どうにも、俺のやる事は裏目にばかりなっている気がする。下手に仲を取り持とうとしたせいで溝が深まりはしないものの埋まりもしない。ハリーもシーカーになれないし、どうしてこう上手くいかないのだろう。

 

「大丈夫?」

 

 歩きながら悩んでいると、ハリーが声を掛けて来た。

 

「うん。ありがとう」

「調子が悪いなら無理しない方がいいよ? アルがまた心配すると思うし」

「……うん」

「もちろん、僕も心配するしね」

「あ、ありがと……」

 

 一瞬、ドキッとしてしまった。こんな風に心配してもらえるなんて、生前ではあり得なかった事だ。

 上手く行かない事ばかりだけど、悪い事ばかりじゃないらしい。

 

「二人とも! ハグリッドの小屋が見えたよ!」

 

 ロンの声に顔を向けると、煙突からぷかぷかと煙を吹かす大きな小屋が見えた。

 まるで絵本に出てきそうな可愛らしい小屋だった。大きさは可愛いというには大き過ぎたけど。

 ハリーが代表してノックをすると、中から巨大な熊……もとい、ハグリッドが現れた。とてつもない巨体で、俺は一瞬トロールを思い出してアルの服を握り締めてしまった。

 すると、アルは俺の手を握って「大丈夫だよ」と言ってくれた。じんわりと体中に安心感が広がり、漸く俺はまともにハグリッドを見る事が出来た。

 中に入ると、いきなり犬が吼えて来た。巨大なボアーハウンド犬が唸り声を上げて俺達を睨んで来る。

 

「退がれ、ファング! 退がれ!」

 

 ハグリッドが一括するとファングは大人しくなった。ハグリッドと見比べるとかなり小さく見えるけど、単体で見るとまるで熊みたいだ。人も簡単に丸呑みにしてしまいそう。

 

「くつろいでくれや」

 

 ハグリッドがファングを放すと、途端にファングはロンに襲い掛かった……と思ったら、ロンの顔をペロペロと舐め始めた。見た目とは裏腹にとっても人懐っこいらしい。

 見た目には味見をしているようにしか見えないけど……。

 獣に襲われた被害者にしか見えないロンが嬉しそうに笑っているのが凄い。

 俺はロンとファングから視線を外して小屋の内部を見回した。天井には雉やハムが紐で吊るされていて、暖炉にはヤカンが置かれていてお湯が沸騰している。

 ハリーは俺達の事をハグリッドに紹介してくれた。

 

「こっちはロンです」

「ウィーズリー家の子だな。え? お前さんの双子の兄貴達を森から追い払うのに俺は人生の半分を費やしているようなもんだ」

 

 からからと笑いながら言うハグリッドにロンもおかしそうに笑っている。

 

「こっちはネビルです」

「えっと、僕、ネビル・ロングボトムです」

「ロングボトム……そうか、お前さんが」

 

 ハリーがネビルを紹介すると、ハグリッドはネビルの頭をわしわしと掴むように撫でた。

 ネビルは突然の事にびっくりしておろおろしている。

 

「お前さんの両親の事はよう知っとる。二人とも、実に勇敢な魔法使いだった。聞いとるぞ。ハロウィンの日に侵入したトロールと戦ったそうだな。え? お前さんにはしっかりとフランクとアリスの血が流れとるんだな」

 

 感慨深そうに言うハグリッドにネビルは泣きそうな顔で「うん……」と頷いた。事情を知らないハリー達も優しく微笑んでいる。

 

「で、こっちはアルフォンス・ウォーロック」

「こ、こんにちは」

 

 アルは少し緊張気味に挨拶した。

 

「ほう、エドワードの倅か」

「父さんの事も?」

「おお、よく知っとるぞ。グリフィンドールのクィディッチチームのビーターだったからな。ハリーの親父さん同様最高の選手だったぞ」

 

 びっくり。ハリーのお父さんとエドワードが同じチームだったなんて。

 

「アルのパパと僕のパパ、同じチームだったんだ」

 

 ハリーは目を見開いてアルを見つめた。

 

「僕、知らなかった。クィディッチの選手だったっていうのは聞いてたんだけど……」

 

 アルもハリーを不思議そうに見つめている。

 

「不思議なもんだな。親同士がクィディッチのチームメイトで、子供の代でまた友達になるってな。ま、エドワードの方が年下だったから普段つるむ事はあんまり無かったみたいだけどな」

「そうだったんだ」

「そんで、そっちの子は?」

 

 ハグリッドは俺を指差して聞いて来た。忘れられてるのかと思ったからちょっとホッとした。

 

「こっちはユーリィです。ユーリィ・クリアウォーター」

「ああ、お前さんはソフィーヤ・アクロフの子だな? 母さんを知っとるぞ」

「ママを?」

「ああ、随分と探究心が旺盛でな。禁じられた森について調べようと何度も侵入を試みては俺が追い出したもんだ。そっちのロンの兄貴達と同様に俺を困らせてくれたもんだ」

「ママ……」

 

 フレッドとジョージと同列に扱われているソーニャに対して俺は苦笑いを浮かべた。

 昔はとんだお転婆娘だったらしい事はジェイクに聞いた事があったけど、今のソーニャと比べるとあまり実感が湧かなかった。だけど、こうして第三者に言われると、本当にお転婆だったんだな、と実感する。

 

「にしても、お前さんは若い頃のソフィーヤにそっくりだな」

「え? そうかな……?」

「ああ、容姿なんて瓜二つだぞ。それに、聞いとるぞ、お前さん、中々暴れまわっとるそうじゃないか」

「あ、暴れまわってるって……?」

「なんでも、箒から墜落した同級生をキャッチしたとか、そっちのネビルと一緒にトロールと戦ったとか」

「墜落したのも僕なんだよ」

 

 どこか得意そうにネビルは言った。それにしても、暴れまわってるって……。

 

「お前さんは禁じられた森に忍び込もうとして、俺を困らせるんじゃねーぞ。いいな?」

「は、はい……」

 

 ハグリッドの目は真剣そのものだった。よっぽどソーニャに困らされたらしい……。

 それから、俺達はハグリッドに皆の親達について話を聞いた。

 ハリーの父さんのジェームズがいかに優秀なチェイサーだったかをハグリッドが語るとハリーは心底嬉しそうに笑い、必ず自分もクィディッチの選手になると誓った。

 すると、アルとロンもクィディッチの選手になると言って、ハリーにライバル宣言をした。三人ともギラギラした目でお互いを睨むと、ニッと笑って手を叩きあった。

 ハリーの母さんの話になると、ハリー達にとって意外な話を聞く事となった。確か、本の中だとこの話をハリーが聞くのは本当に最後の方だった筈だ。

 リリー・エバンスとセブルス・スネイプの話だ。

 

「スネイプ先生とリリーは同じ故郷出身でな。昔は仲が良かったんだ」

「そうなの!?」

 

 自分の事を憎んでいるとさえ感じていたスネイプと母との昔話にハリーは心底驚いている様子だった。

 

「ただな、その……やはりスリザリンだから、グリフィンドールの仲間にリリーはスネイプ先生との付き合いをやめるよう言われたんだ」

「え、それは……」

 

 ハリー達の視線がわずかに俺に向けられたのを感じた。なんでだろう?

 

「最終的にスネイプ先生とリリーの仲は決裂してしまった。まあ、互いに譲れないものがあったんだろうよ。だがな、スリザリンだからとか、グリフィンドールだからとか、そういうもんで仲良しだった奴らが敵同士になるっちゅうのは、まあ、考えもんなのかもしれんな。お前さんの母さんを見てたら、余計にそう思ったもんだ」

「ママを?」

「ああ、ソフィーヤは……まあ、何と言うか変わり者だったちゅうかな……。寮の違いに頓着しない娘だった」

「ユーリィは本当にソフィーヤおばさんに似たんだね」

 

 アルはしみじみとした感じで言った。

 

「奴さん、あまりにも自然に他寮の生徒とも接するもんだから、スリザリンの生徒でさえ、面倒とか、変人とか、頭おかしいとか思っても嫌いにはなれんかった」

「ひ、人のママを頭おかしいって言わないで!!」

 

 あまりにも酷いソーニャの評価に俺は思わず叫んでしまった。 

 だけど、アル達ときたら俺を見て納得したように頷きやがった。

 

「すまんすまん。しかしな、例えグリフィンドールとスリザリンがいがみ合ってる中であってもソフィーヤがノコノコ現れると不思議とみんな喧嘩をする気がなくなるんだ。みんな、疲れた顔をして去って行く」

「ねえ、それは褒めてるのかな? 貶してるのかな?」

 

 俺は少しムカッとしながら言ったけど、またしても皆、俺を見て納得したような顔になった。どういう事なんだろう。

 

「もちろん、褒めとるんだ。最終的に、先生達の間ではソフィーヤは喧嘩仲裁の最終兵器とまで言われとったんだぞ」

「あんまりかっこ良くない……」

「でも、僕らがマルフォイと喧嘩になりそうになった時、ユーリィが来ると……なんか、もうどうでも良くなって来るよね」

 

 ハリーはどこか疲れたように言った。

 

「うん。喧嘩するにもモチベーションがいるからね」

 

 アルが言った。これは褒められてるのだろうか、貶められているのだろうか、どっちなんだろう。

 結局、なんだか納得できない流れのままこの日はハグリッドの小屋を後にする事になった。

 ポケットにはハグリッドがお土産にくれた信じられないくらい硬いロックケーキをこれでもかという程入れて……。

 


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