担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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第八話 朱雀  

 緊急事態発生のため、黒ウサギ先導の元、華蓮たちはフォレス・ガロの本拠地へと急いでいた。

 だがギフト以外普通の人間と大差ない飛鳥はそのスピードについていけない。

 ついてこられないからと言ってのんびり歩くわけにもいかず――待っているという提案はバッサリ却下された――思案に暮れていると、

 

「ならこうしようぜ!」

 

 と、十六夜はいきなり飛鳥を抱え上げた。その姿はいわゆるお姫様抱っこなのだが、十六夜に限ってそんなラブコメ的考えはない。その顔には意地の悪い笑みが浮かんでおり、飛鳥の反応を見て楽しもうとする魂胆が見え見えだった。

 というわけで、華蓮たちは現在かなりの猛スピードで駆けていた。

 

「うう……屈辱だわ」

 

「今更だぜお嬢様、待ってなっていったのに聞かねぇからこうなるんだぜ」

 

「飛鳥……顔真っ赤」

 

「そっ……そんなことないわよ春日部さん!」

 

「慌てるところがまた怪しいな~」

 

「何が怪しいのよ‼︎」

 

 恥辱に顔を真っ赤にする飛鳥をこれでもかといじり倒す。その顔はおもちゃをもらった子供のように輝いていた。

 

「そっ……それにしても柊さんは、どうしてそのスピードで走れるの?」

 

 あからさまに話題を変える飛鳥。だがそれは二人も気になっていたのか、いじるのをやめて華蓮のほうを見た。

 

「秘密……って言いたいけど、十六夜はわかってるんじゃない?」

 

「そうだな。柊のギフト『万長権限(プレジデントコード)』と『四神相応』とかいう四獣の存在でなんとなくな。炎やらを操るギフトはなかったから……まぁ、驚くほど簡単な話なんだが。柊の中にいる四獣から『万長権限』で力を借りたってことだろ」

 

「なるほど……だから柊さんはあんなに多彩な力を持っているのね」

 

 十六夜の答えはほぼ正解だった。といっても、前にも言ったとおり、華蓮自身力の全貌をあまり理解していないのだが。

 

「つまり、今は力を借りて肉体を強化してるってわけ」

 

 華蓮はそう言って話を終わらせた。

 しかし十六夜は何処か納得いかないようだった。

 

(四獣の力を借りる……か。……違う、そうじゃない。四獣がそういったギフトを持っているのならば話は別だが、四獣の中に土や風に対応した奴なんていないはずだ)

 

 それならば華蓮は嘘をついているということになる。十六夜が問おうとした瞬間、黒ウサギが四人に告げた。

 

「みなさん! もうすぐ着きます!」

 

 黒ウサギがそういった直後、華蓮は異様な匂いに気づいた。耀も気づいたのか周りを探っている。

 

「華蓮、これって……」

 

「これは……っ‼」

 

 そこまでいうと、華蓮は急にスピードを上げた。影が虎の形となり、一瞬で黒ウサギたちを引き離す。

 

「ちょっと! 柊さん⁉」

 

「多分、華蓮も気づいたんだ。……あそこから漂ってくる、血のにおいに」

 

 そう言い指さすほうには、一軒の大きな屋敷があった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 黒ウサギたちより早く屋敷についた華蓮は、感覚を研ぎ澄まして周囲を観察した。それによって、血の匂いが二階から漂ってくることに気づいた瞬間、華蓮は駆けだしていた。

 そして、豪華なつくりの扉を勢いよく開け放った時、そこには予想を悪い意味で裏切らない光景が広がっていた。

 そこにいたのは三人の子供たちと一匹の虎。二人は気を失っているだけだと分かるが、もう一人はひどい状態だった。

 四肢はあらぬ方向へと曲がり、体のあちこちから血を流し血だまりをつくっている。

 

「そんな……」

 

 素人目に見ても、この少女の命は風前の灯火だった。

 ――と、ここで黒ウサギたちが慌てた様子で現れた。そしてこの地獄絵図をみると、黒ウサギは重症の少女の元へと駆け寄った。飛鳥と耀はガルドを拘束した。

 

「リリ……リリ……」

 

 リリの元へ駆け寄った黒ウサギは、普段の元気な顔をくしゃくしゃに歪め、大粒の涙をこぼした。黒ウサギにとって、コミュニティの仲間がどれだけ大切な存在かはその涙でよくわかった。

 

「泣いてる場合じゃねぇ! 黒ウサギ、その子を助けるために動かねぇと!」

 

 黒ウサギを叱咤する十六夜。その言葉に黒ウサギは徐々に落ち着きを取り戻した。しかし、依然としてその顔は絶望に染まっている。

 

「す……すいません。……取り乱しました。ですが、この状態のリリを助けるには、量産されるレベルの治癒ギフトではだめです! それこそ、治療を専門にするコミュニティに頼むしか……」

 

「なら、そのコミュニティに頼めば!」

 

「……残念ながら、不可能です。ここから最も近いコミュニティまで、先ほどの華蓮さんのスピードでも五分はかかります。それまでこの子がもちません!」

 

 四人を絶望がつつむ。その時、今まで口を閉ざしていた華蓮が言葉を発した。

 ――――冷たい炎とともに。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 黒ウサギたちがリリを助ける方法を話し合っているのを、私はどこか遠い世界のように感じていた。

 声は遠ざかり、視界が黒く染まっていく。そこで私は『声』を聞いた。

 

 ――あの子を助けたい?

 

 その声は燃える炎のように暖かく、心にしみこんでいった。

 

 ――あなたが望めば、私は力を貸しますよ。

 

「……リリを助けられるの?」

 

 ――正確には違うけど、箱庭の貴族は悲しまなくなるわね。

 

「……それなら、力を貸して。リリを助けるためにあなたの力を!」

 

 ――わかったわ。ではあなたの体を一日借ります。いいですね?

 

「体を……。……わかった! リリを頼むよ!」

 

 ――まかせなさい。それじゃあ契約(・・)完了ね……。

 

 それを最後に、私は意識が遠のいていくのを感じた。最後に何か言っていた気がするが、それが耳に届くことはなかった。

 

 ――愚かな愚かな、主様。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 華蓮の姿に変化があった。気のせいか背が伸びていて、カフェの時のように瞳の色が変わっている。黒から血のような真紅に。

 さらに今回は、髪の色さえ変化していた。艶やかな黒髪は燃えるような赤に変わり、炎のようにたなびいている。

 そして、冷たい炎をまとった華蓮がゆっくりとリリの元へと近づく。それだけのことで黒ウサギたちは体が強張るのを感じた。

 

「華蓮さん……なのですか?」

 

 かろうじて黒ウサギが声を上げる。その声は自分のものとは思えないほどしゃがれていた。

 すると、華蓮(?)はピタリと歩くのをやめてこちらを向いた。

 

「……あぁ、華蓮ってこの体の子のことね。いやぁ、この代になって初めての外界だからわからなかったわ」

 

 そういって高らかに笑い声をあげる。だが、黒ウサギたちはそれ以上の衝撃を受けていた。

 ――『この体の子』

 つまり、目の前にいる華蓮の中には全く別の人格が入っているということになる。いや、人であるのかすら怪しい。

 

「つまり、お前はあの四体のうちの誰かってことか?」

 

 十六夜は興味深そうに眺めながら、そう問いかける。普通に話せるあたり、十六夜の実力が高いことがわかる。

 

「そうだね。……私は『朱雀』と呼ばれている。ちゃんと名前あるのにねぇ……。教えないけど」

 

 そういうと朱雀は足元のリリもみると、数秒考え込むようなしぐさをすると口を開いた。

 

「……この子を助ければいいんだよね」

 

「治せるのですか⁉」

 

「まぁ、そういう契約だったからね」

 

 そういって朱雀は右手に炎を生み出す。色は緑。その炎は暖かく部屋の中を満たした。

 

「あぁ、それと一つ訂正」

 

 朱雀はそこで言葉を切ると、

 

「治すことはできないよ。私はただ助けるだけ」

 

 その言葉の意味を理解するより早く――

 朱雀は、躊躇いなくリリを燃やした。

 治癒などではない。この炎は、灰になるまでリリを燃やしつくすだろう。そういう燃え方をしている。

 この光景に十六夜ですら言葉を失った。皆が呆然とする中、黒ウサギは叫びをあげながら朱雀に飛び掛かった。だが寸前、生み出した炎によって阻まれる。

 黒ウサギは、その髪を怒りで緋色に染めながら叫んだ。

 

「なんで! なぜリリを殺したんですか! ……まだ息があったのに!」

 

「落ち着きなよ、殺してないさ。それに言っただろう……助けるって」

 

 激昂する黒ウサギにそう答える朱雀。その間にも炎はリリを焼き続き、ついにその体を灰にした。

 再び攻撃をしようと、今度は一枚の紙片を取り出す黒ウサギを片手で制しつつ、朱雀は説明を始めた。

 

「今回、この子を助けるために使用したギフトは三つ。一つは、意識を飛ばし対象者に幻覚を見せる炎『陽炎』。今回はそれの応用で麻酔の代わりにした。彼女に痛みはない。

 二つ目は、対象者を燃やし尽くす業火『断罪の業火(ジャッジメント)』。至近距離じゃないと使えないのがネックだが、三つ目を使うのに必要だったんだ。

 そして、この子を助ける三つ目が――――」

 

 そこで朱雀は言葉を切り、灰のほうを向いた。つられてそちらに目を向けて黒ウサギたちは驚きに目を見開いた。

 そこにあったのは灰に灯る金色の炎。そして――灰の中でうごめく何かだった。炎は徐々にそれに吸い込まれていく。それと同時に灰が集まり、一人の少女の姿を形作っていった。

 

「リ……リ?」

 

「……マジかよ⁉」

 

「こんなことって……」

 

「リリが、蘇った……」

 

 蘇るとはなかなかに可愛い表現だな。朱雀は微笑み、一同を見回し言った。

 

「不死鳥は死ぬ時自身の体を燃やし、その灰から蘇るっていわれている。――三つ目のギフトは私の原点(オリジナル)灰被りの雛(アッシュドール)』。その効果は、対象の灰から万物を再生させるというもの。そしてこの効果はあらゆるものに対して有効。あらゆる生物、物体、ギフト……さらには死者まで」

 

 朱雀から放たれた言葉に、一同は驚愕し恐怖した。死者すら蘇らせるなんて、それはもう神の御業ではないか。

 そして朱雀は、悪戯を成功させた時のような笑みを浮かべつつ言った。

 

「だから言ったでしょう。治すことはできないけど助けることはできるって。……私は助けるよ。思いや意志、覚悟何て関係なく。どんな方法を使おうとも完膚なきまでに救う。それが私の存在理由だから」

 

 そして皆が見つめる中、キツネ耳の少女リリは、再びその体に命の火をともした。

 




朱雀の再生ギフト、チートくさいけどそんなバンバン打てるものじゃいので。
次回、魔王のゲーム。


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