担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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しばらくぶりです。


第十話 斯くして地獄は現出し、華は咲き狂う

 ――アンダーウッド『巨大水樹』。

 大本の太い幹より幾重にも伸びる枝の内の一本。人一人分の重量程度容易く支えるそれに両足裏を付け、逆廻十六夜は過激化する戦況を俯瞰していた。

 その右手は眼下の戦場に向けられている。正確には、『大きな戦場』のあちこちで生まれている『小さな戦場』――その中で最も苛烈であると判断した場所に向けて。

 

「――風刃」

 

 短く呟く。途端その掌より、透明な刃が射出された。

 単調な軌道を描く刃は、ただただ真っ直ぐ標的の元へ――、

 数秒後、視線の先で赤い飛沫が上がった。

 

「……」

 

 その結果をチラリとだけ確認し、十六夜は次なる標的を見繕う。どうやら戦況は優勢らしいが、しかし逃げ遅れた参加者たちが各所で襲われていた。

 戦力と人員の関係上、『漏れ』が生じるのは避けられない。

 だからこそ。

 そんな彼らを護るため、十六夜は――

 

「! ――やらせるかッ!」

 

 三体の巨人が逃げ遅れた人々を襲っている――それを視界に捉えた十六夜は、一つ叫ぶと右手を標的に向けた。

 風の刃が再び放たれた。

 天より降るソレは、正に断罪のギロチン。首に限らず全身の、至る所を抵抗なく切り落としていく――一瞬の内に巨人たちは絶命した。

 

(ま、これも一応『戦果』にカウントされるだろ。勝つ気はサラサラねえけど、最低限ポーズくらいは取っておきたいしな)

 

 地上に向けていた手を握り込み戦闘体勢をといた十六夜は、ジッと『とある戦場』を見つめる。それなりの高所にいるにも拘らず、霊的に強化された十六夜の視力はそれをハッキリ視界に映し出した。

 

 視線の先。そこでは今まさに一方的な虐殺が行われていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

(観察されてますね、鬱陶しい……)

 

 左右の壁を使いピンボールの様に跳ねまわる柊は、すれ違いざまに巨人(えもの)の喉笛を掻き切りつつ内心ため息を吐いた。

 既に撃破数は十を超えていた。周囲には骸が散乱し、吐き気を催す血と肉の匂いが充満している。

 そんな凄惨な戦場において、しかし柊の――華蓮の身体に傷はほとんど存在しなかった。壁面の破片が当たって出来た擦過傷はともかく、それはただの一度も攻撃をその身に受けていない証明。

『この戦場』における敵影を全て斃した柊は、異臭を避けるため屋根の上に跳び乗った。そうしてから、姿の見えない十六夜の思惑について考察する。

 

(……このゲームが『極大化』のギミックを突き止めるために開催されたのなら、必然、十六夜は何処かから此方を見ていることになる。私が戦場を移しても見失うことのない場所から……、まあ見当はついてます)

 

 現に、先ほどから一定のスパンで刃が降ってくるのを確認している――巨人を切り裂き斃しているのを視認している。十六夜が高所にいることはこれで確定だった。

 

「……まあ、悪くない判断じゃないんですかね。私を観察しつつ戦闘に介入するためには最適なポジショニングと言えるでしょう……。……その位置ならば、貴方が唯一まともに行使できる呪術――『風刃』の独壇場でしょうし」

 

 柊がそう呟いた直後、再び刃の雨が降った。遠目に見えていた巨大な影の半数が、この一瞬で崩れ落ちる。

 四方八方から響いてくる断末魔。その惨状に柊は一つ嘆息し、現在進行形で降り注ぐ断罪の刃に想いを馳せた。

 

 

 

『風刃』――十六夜が唯一行使できる遠距離呪術。

 呪術の才に恵まれなかった十六夜が、試行錯誤の末に作り上げた攻撃法。万物を切断する風の刃。

 その切れ味を生んでいるのは、ひとえに十六夜の素質だった。呪術の才では無く――しかしあながち関係なくも無い素養。

 

 十六夜が秀でていたのは、保有する霊力の()()だった。

 

 ハッキリ言って規格外。あまりにも多すぎるソレは測定しても果てが見えず――()()()()()()()()()()なんて結果も飛びだす始末。

 人間の枠など軽く突き破っている。稀に十六夜の様なイレギュラーが生まれるらしいが、それでも彼のスペックは突き抜けていた。

 

 

 

 ――呪術の才は無くとも、単純な構造の『刃』程度なら万人が形成できる――その型に膨大な霊力を圧縮し、()調()()()()で飛ばす。

 

 真っ直ぐ飛ばすだけなので精密操作は必要なく、余りある霊力に物を言わせることで圧倒的速度をたたき出せる。十六夜自身の『狙撃』経験によって、誤射の心配は少ない――いざ完成してみると、思った以上にえげつない性能となっていた。

 

「下手すれば肉弾戦以上に敵を屠るかもしれませんね。なるほど、犠牲者も減るかもしれません――このリトルゲームにおける勝利も見えてくるでしょう。――――()()()、」

 

 新たな標的を確認。

 仲間を倒された恨みで怒り狂う巨人を見据え、柊は戦闘態勢をとる。周囲には溢れ出た霊力が漂い、それらが彼女の脚を強化していく。

 

「それでも私は勝つ。元よりこの身――『柊』にはそれしかないのですから。私はワタシの存在理由のために勝たねばならないのです。故に――十六夜、()()()()()()()()()()()()

 

 直後、柊は標的の胸に跳びこんだ。

 その右手に小さな赤いナイフを握りしめて――ただただ、ひたすら真っ直ぐに。

 

 

 

 ◇◇◆◇◇

 

 

 

 ――〝七大罪〟という恩恵がある。

 傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲、憤怒――以上七つがワンセットとなったこの恩恵は、各大罪ごとに行使できるチカラが異なっている。

 各大罪のチカラはそれぞれ――、

 

 〝傲慢〟――そのチカラは〝自身より霊格の高い存在との戦闘ほど有利になる逆説〟

 〝嫉妬〟――そのチカラは〝対象者の感情ベクトルをマイナス方向へ逆転させる洗脳〟

 〝怠惰〟――そのチカラは〝生物に働きかける強烈な催眠〟

 〝強欲〟――そのチカラは〝触れているモノが保有する機能の略奪〟

 〝暴食〟――そのチカラは〝あらゆるモノを喰らい尽くし虚無へと堕とす影の召喚〟

 〝色欲〟――そのチカラは〝あらゆる外的要因を快楽へ結びつける強烈な催淫〟

 〝憤怒〟――そのチカラは〝自身を理性無き狂戦士へと変貌させる外法〟

 

 ――このようになっており、二物は存在しない。

 また、各大罪は恩恵(ギフト)保有者の技量に拘らず極地(ハイエンド)へ至ることが可能となっている。

 その効力は単純明快――自身を中心に世界を歪める。

 

 具体的には、〝各大罪のチカラが満ちる異界へ変貌させる〟ことが可能になるのだ。

 

 その異界(セカイ)では、大罪が効力を発揮出来る相手を拡張させることが可能となる。

 例えば〝暴食〟ならば、その〝影の召喚〟に必要な食欲(コスト)を他者からも徴収することが可能になり、〝塵一つ残さない影の兵団を生み出すチカラ〟へと昇華する。

 

 ――以上の点から解るように、〝七大罪〟とは斯くも驚異的な恩恵である。全性能をフルで行使すれば、マッチング次第では最強種にすら勝ちの芽を残すことが可能だろう。

 もちろん、手に入れるためには、各大罪に対応する大悪魔とのギフトゲームを全て乗り越えねばならないが――――。

 

 

 

 ◆◆◇◆◆ 

 

 

 

 ――男は独り、闇に紛れて詩を紡ぐ。

 その身は黒布で覆われ、まるで彼自身が闇であるかのよう。

 

 〝我が宿すは大罪七つ〟

 〝罪深きこの身、然らばあらゆる悪逆は是となるが道理〟

 

 ――呪詛が闇に溶けていく。

 男は独り、紡ぎ続ける。しかしながら、それに応えるモノが皆無であったかと言えば――否だ。

 

 ――ドクン、ドクン――

 

 闇が、脈動していた。

 男の吐く呪いに応えるかのように、規則正しく生々しく。

 絶対なる黒が、まるで生物の如く脈打っていた。

 

 〝救いなど要らぬ。許しなど乞わぬ〟

 〝我が犯す悪行は、全て我自身であるが故に〟

 〝何人(なんぴと)たりとも、()()()を否定することは赦さない〟

 

 それはまるで、深淵に眠る邪神の鼓動。

 であれば男の役は、それを目覚めさせようとする術者か――。

 いよいよ佳境なのか、男の声に熱がこもりだす。

 激しく、そして祈るような一心不乱の絶叫。――それに応える闇も爆発寸前であった。

 

 そして、遂に最終節。

 延べ十数時間にも及ぶ儀式が――――今、終わる。

 

 〝さあ、七大罪が一つ――憤怒を世界に知らしめよう〟

 

 それは、地獄の窯を開ける合言葉。

 

 

 

 ◆◆◇◆◆

 

 

 

 世界の終わりというものは、存外あっけないものであった。

 静かに――おそらく誰にも気づかれることなく、一瞬のうちに法則は崩壊した――否、()()()()()()。現存するあらゆる公式(ルール)を、まるで墨を流すかの如く塗り潰した。

 

 ――異変を察知出来たのは、果たしてどれだけいただろう。

 大抵の者は自らに起きた異変に気づくことなく――、

 

『――――……GURA……』

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

『――――GUUUUUUUUURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaRAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――‼‼‼』

 

 戦場各所で湧き上がる狂乱の叫び。知性無きケモノの咆哮。

 

 ――今、この瞬間。

 アンダーウッド全域は、〝()()〟に堕ちた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 柊が異変を察知したのは、二度にわたる巨人の襲撃を乗り切り、十六夜と行っていたギフトゲームに勝利したとき――ゲーム開始より、およそ三時間が経過した頃だった。

 

 そのとき柊は、最終結果が書き記された契約書類(ギアスロール)に目を通していた。

 もうすっかり戦禍も下火になって、周囲の戦士たちには余裕の表情が浮かんでいた。柊もギフトゲームの結果に満足し油断しきっていた。

 

 

 ――そこに突如として、狂乱の声が湧き上がった。

 何事かと周囲を見渡してみれば、つい先ほどまで穏やかだった幻獣たちが皆、血走った眼を輝かせ吠え猛っている。

 

「な……なんですかこれ……。一体何が起こっているんですか……⁉」

 

 流石の柊もこの光景には混乱した。一瞬思考が停止し――直後、脳内回線を介して十六夜とコンタクトをとろうとする。

 しかし――、

 

 〝ザザッ――――、ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ――――‼‼‼〟

 

「ノイズが酷い……。十六夜の身に何かあったということですか――この吠え猛る幻獣達のように……」

 

 打つ手に迷った柊は、とりあえずこの場を離れることにした。牙を剥き出しにしたケモノ達の傍にいるなど自殺行為以外の何でもない。

 

「まずは状況を把握しないと……」

 

 彼らから数ブロックほど離れた柊は、周囲を警戒しつつ屋根の上に跳び上がり――。

 ――彼女は、地獄を幻視した。

 

 

 それは巨人襲来時の比ではない戦火であった。

 当然だろう。襲来時とは違い、今回はバトルロワイアル――自分以外の全てが敵なのだから。

 理性を失ったケモノ達は、本能のままに――生存のために他を殺戮しようとする。敵味方の区別なく、全てを。

 

 

 ――であれば、この光景は必定だったのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この地獄が、必定であったと――避けられぬ運命であったというのか――――?

 

「…………」

 

 答えは……出ない。

 感情らしきものを芽生えさせたとはいえ、所詮防衛システムの意思に過ぎない『柊』ではそこまで判断出来ない。

 

(ワタシ)では、〝この地獄を生き延びる手段〟しか思いつくことが出来ない……。肝心の〝原因究明・解決までの道筋〟が浮かばない……!)

 

 苦悩する柊だが、だからといって隙は作らない。

 上空より迫るペリュドンの気配を逸早く察知すると、再び取り出した断刀を虚空に降り抜いた――斬撃の軌道上にあった大気が根こそぎ膨張し破裂していく。

 発生した衝撃波で動きを止め破裂音で聴覚を封じると、柊は素早く身を隠した。

 

「とにかく生き延びなければ……。そうすればきっと誰かしらが事態を収束させてくれるでしょう。……ええ、悩んでいるよりもずっと建設的です」

 

 零した言葉は、どこか自分に言い聞かせる風でもあって――。

 そんな機能は無いはずなのに――設計思想に組み込まれていた訳でもないのに――。

 

 

 ――何故だろう。

 眼前に広がる理不尽を視ていると()()()()()()

 響き渡る悲鳴を聞くと()()()()()()()()()()()

 戦禍に蹂躙される者のことを想うと――()()()()()()()

 

 ――――……認めない!

 この不条理を覆したいという()が、身体の深く深くから湧き上がってくる――――!

 

(何なんですかコレは⁉)

 

 衝動ではない。この熱が絶える気配は一切ない――間違いなく『感情』と称される類いのモノだ。

 故に、柊は不可解に感じるのだ。

 

(確かに(ワタシ)には『感情』らしきものが芽生えている! 初めて観測されたのは、およそ五十年前だろうか……この事実は認めよう! だがワタシは、仕事に差し支えないようそれを完全に制御してきた‼ そのワタシが制御しきれない存在など、あるはずがない……‼‼‼)

 

 であればコレは一体何なのか。――考えるまでもない。

 あり得ない仮設ではあるものの、『柊』が管理しきれない感情(モノ)の出所など、一つしか思いつかなかった。

 

「……これはまさか、母体(マザー)の意思……⁉ ――――いいえ違う、これは――――ッ‼‼‼」

 

 彼女の意識は完全に眠っている。ワタシが支配している。

 これはその程度のモノではない。

 ――それほどまでに、温くない。

 

(……ああ……、そうだったんですね……)

 

 ――気づけば、既に『柊』という意思は霧散し始めていた。後から後から際限なく湧き上がる熱が、『柊』を焼き焦がしているのだ。

 この火力は一人で生み出せるものではない――〝柊の血脈〟に刻まれた、執念の結晶。

 

 そして。

 もう碌に働かない演算装置の片隅で、『柊』だったモノは、あぁ、と悟った。

 

(そういうことですか……。これは惨めに散っていった先代『担い手』達の、無念の集合体なんですね……。死の間際にのみ許される『自由』で、彼女たちは〝不条理〟を恨んだ――〝理不尽〟を憎んだ……。その想いは術となり、この地獄を前に起動した……)

 

 …………参りましたね。

 まさかここまでの反逆術式が眠っているとは……。

 

 

 もう、言葉も紡げない。

『担い手を守護する』という使命も、果たせそうにない。

 

 〝――――…………サカマキ……イザヨイ…………〟

 

 最期に『彼』を想起した訳も、もう――――。

 

 

 

 ◇◇◆◇◇

 

 

 

 ――――そして、地獄に華が舞う。

 

 

 




四章終了――、
次話より、五章〝狂乱の宴編〟(仮)が始まります。

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