担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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彼は、それを躊躇わない。


第九話 人知れぬ最終戦

 

『聞こえるか。返事しろ』

 

 脳内に直接響く声。

 契約し主従関係となった二人は、十六夜の右腕を介して遠距離でも意思を疎通できるのだ。

 かなり便利なのだが、少々欠点があってあまり使われていない。

 というのも――

 

「聞こえるよ……。ってか急に話しかけないで、五月蠅い」

『そりゃすまなかったな――華蓮。こっちも急いでたもんで』

「……じゃあさっさと話せば?」

 

 契約の三――『十六夜(オレ)を嫌え』という条文によって、二人の仲が限りなく最悪となっているためだ。繋げば毎回、このように険悪なやり取りがなされてしまう。

 故にあまり使用されない。余程の非常時でもない限りは(、、、、、、、、、、、、、)

 

「こっちも立て込んでましてね、長電話はご遠慮くださいな」

『はいはい了解。

 ――さっさと出てこいよ、柊』

そう言うと思ってました(、、、、、、、、、、、)

 

 めんどくさそうに十六夜が言った直後、タイムラグ無しで柊は答えていた。もうそろそろ何かしら言ってくるだろう、と半ば予想出来ていたから。

 

「用件はギフトゲームのことですね?」

『そうだ。緊急事態だが――もちろん続行するぞ』

「まあそうでしょうね。それで――、おっと」

 

 破砕音と共に砂埃が舞い上がり、会話が断ち切られる。咳き込みながら見てみると、すぐ傍の大地が立ち割られていた。

 二度も人間の少女を仕留めそこなった巨人は、本能で異変を感じ取ったのか攻撃してこない。対処としては悪くないが――この場は攻めるべきだった。砂埃が目に入る(、、、、、、、)というありふれた事故によって、彼女の動きは止まっていたのだから。

 

 だが――ありふれた事故。

 そんなものが、『天運』保持者に起こりうるのだろうか。

 柊の瞳に、明らかな動揺の色が映った。何故ならば。

 

(⁉ 眼に、砂埃が……⁉ 下手すれば失明の危険がある事象(、、、、、、、、、、、、、、、)が起こったのか⁉)

 

 柊はこの事態を甘く見ない。

 天文学的確率の事故(、、)が都合よく起きたとは考えない。あと一歩踏み込み、常に最悪を想定する。

 

(……やはりこういった幻獣(かいぶつ)相手では、全部が全部都合良くはいかないのか? いくら天運でも、これは人の身の限界値――人外相手には通じない? ……もしそうならマズイ、この余波だけで軽く死にかねない――!)

 

 ――動かないと、ダメだ。

 柊は身を翻し駆け出した。全身を霊力で満たし――時速六十キロで街を爆走する。

 だが歩幅の違いか、追ってくる巨人を引き離すことは出来ない。むしろ、だんだん距離が縮んでいる。

 そして最悪な事に、事態に気づいた他の巨人が続々と集結しつつあった。

 

「これは……かなりマズイ。一体だけでも振り切れないのに、数が増えたらジリ貧ですね……。『天運』の力が十全に働かない以上、いつかは追い詰められ、殺される……」

 

 一応進路を巨大水樹とし救援を狙ってはいるが、『いつか来る』それをただ待つ(、、、、)ことを『柊』は良しとしない――否、良しと出来ない。それは『柊』の創造理念に反する行動だ。

『柊』に与えられた使命――それは、母体(マザー)をあらゆる障害から護る事。他に依存した生存戦略は、不確定要素が多すぎるのだ。

 それ故に。

 自動防御恩恵(オートディフェンサー)が機能不全になった今、救援を待つという選択肢を封じられ――柊は。

 

だったら(、、、、)、」

 

 眼を閉じる。華蓮の深層へ――あるゆる情報が積載する領域へ沈んでいく。

 必要な情報(けいけん)は多くない。検索し、広大な情報の海から引っ張り出す。それを柊は、躊躇うことなく獲得(インストール)した。

 一時的に、仮想の技術をその身に宿す。

 ――刹那、柊の表情が一変した。

 

()られる前に、()るのみ」

 

 眼を開き、素早く周囲を確認する。

 現在柊が駆けている通りは、左右を背の高い建物が囲んでいるため直進しかできない――追われる身としては避けたい地形。

 しかし。

 柊はギフトカードより赤いナイフ――断刀・獄を取り出すと、

 

精密操作・脚部集中(、、、、 、、、、)――」

 

 ――直後、柊の姿が掻き消えた。

 今度こそ確実に仕留められる、そう考えていた巨人は、標的を急に見失い立ち止まる。

 それが致命的な隙となった。

 

「⁉ ……ガ、……ァ⁉」

 

 突如、喉元に熱を感じた。

 ジュアアアアアアアアア――‼ 肉の焼ける音が辺りに響き渡り、思わず後続の巨人たちも足を止めていた。

 その音源。

 巨人の肩に乗り、喉元にナイフを突き刺す柊の姿があった。

 

(――記録には、『不安定な足場で跳躍を繰り返す技術』とあります。それを応用し、三角跳びで三十尺の高さまで上ったんですよ。追い詰めたと油断しましたか? 残念でしたね)

 

 全身に巡らせていた霊力を脚部に集め、脚力を突出させる『精密操作・脚部集中』。呪術の才を獲得した柊は、あのとき瞬時にこれを行い、壁に向かって跳んだのだ。そして壁に足裏を合わせ、そのまま首元目掛け跳んだ――死角から不意討ったのだ。

 その技術の正式名称は――天狗の兵法(、、、、、)八艘跳び(、、、、)

 かつて天狗に武術を習った源義経が、壇ノ浦で魅せた技。それの再現だった。

 

 柊は。

 にへら、とらしくない崩れた笑みを浮かべると、

 傷口に更に深くナイフを突き刺し、大きな耳元で呟いた。

 

「……母体(マザー)はこの短剣を斬撃に使っているようですが、それは間違いですね。『刃の通った空間全てを瞬時に沸騰させる』という特性ならば、斬撃より刺突が良い……。斬撃では大気が膨張し邪魔になる……リスク面から見ても断然刺突(こっち)です」

 

 刃と接した面から蒸気が吹き出してくる。肌が保有していた水分が蒸発しているのだ。

 数秒で肌はカサカサになってしまった。今は剥き出しの肉に灼熱の刃が押し当てられている。苦悶の声が上がった。

 

「……皮が厚く、刃の通りづらい巨人(あなた)達は、こうやって首にナイフを突き立てても割と平気と聞きました。血管に刃が届かないのですから」

 

 柊が。

 ぐりぐりと刃先を捻じると、そのたびに激痛が走るのか巨人が吼える。

「ですが」と間に挟み、柊は一層低い声で囁いた。

 

「太い血管――そこに流れる血液を温めることが出来れば、そして温め続ければ、脳は数分で茹で上がります。――このナイフの性能を鑑みれば、さらに時間は短縮されるでしょうね。……ほうら、だんだん意識が朦朧としてきたでしょう?」

「――ッ⁉」

 

 意味を理解する余裕など無い巨人だったが、聞こえてきた『音』が孕む狂気(、、)に得体のしれない脅威を覚え、

 霧散していく意識を今一度かき集め、命の限り絶叫した。

 

「ゴアアアアアアアァァァアアァァァァァァァァアアアアアアア――――‼‼‼」

「っ――!」

 

 その衝撃は大気を揺らすほどに強力だった。至近距離にいた柊が受けたダメージは計り知れない。

 空いた手で耳を押さえる。しかし、ぐらり、と少女の身体が傾く。すると若干、首に刺さるナイフの入りが浅くなった。そしてその分、走る痛みが緩和された……気がした。

 その二度と無い好機を、巨人は狙っていた。

 

 ビクビクと不自然に痙攣する己を全身全霊で抑え込み、もうすでに感覚の薄い右腕を――思いっきり首筋に突き込んだ。

 直後。

 ヅグチュッッッ‼ と。

 ……なにか、水っぽく粘質な音が響いた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

「…………危なかった」

 

 地べたに仰向けで寝そべったまま、柊はぽつりと呟いた。その表情は、再びガラリと変わっていた。情報を獲得する直前までの――いつもの柊の顔に。

 ゆっくりと起き上がる。ただそれだけの動作で背中に痛みが走った。

 綺麗な着地では無かった。脳が揺さぶられ意識が混濁したあの瞬間、柊は咄嗟に不要な感覚を切り離したのだ。身体異常はそのままに、ただ冷酷に身体を動かし躱すために。――そのおかげで回避できたが、受け身に失敗し背中を強打してしまったという訳だ。

 

「――……さて」

 

 柊は、先ほどまで自分がいた場所を見上げた。即ち、巨人の首元を。

 

「……ガ……ガ……」

 

 そこには凄惨な光景が広がっていた。

 巨人が放った最期の一撃は、勢いそのままに自身の首に突き刺さっていた。

 比喩では無い。貫手の形に整えられた手は、熱し溶かされた肉を易々と突き破ると、頸椎・頸動脈を砕き破った。

 ブシャア‼ と吹き出す血液によって街が赤く染まっていく。この様子ではもう助からないだろう。

 

「……自滅? ――いいや違う」

 

 血の雨を一身に受けながら柊は、物言わぬ死体からある事実を悟る。

 

「――自害したのか(、、、、、、)。……生粋の戦士であるはずの巨人が?

 ……先ほどまで獲得していたあの技術(、、、、)が原因でしょうね……」

 

 崩れ落ちる巨体を横目に、柊は十六夜との回線を復旧した。十六夜側の反応を待たず、開口一番にこう告げる。

 

「どうせこの混乱に乗じて利益を出そうと企んでるんでしょうけど、そういうのいいんで(、、、、、、、、、)。私はもう二勝してますし、必死になる必要なんて無いんですよ。なんでしたらリザインしてあげますから――さっさとゲームを開催してください(、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 言うだけ言うと、柊は赤く染まったメイド服の袖で顔を拭う。奇跡的に生き残っていた白が、これで完全に消滅する。

 そんな隙だらけの彼女だったが、しかし巨人たちは攻めてこなかった。どうやら先ほどの惨状が、楔か鎖の様に身体を縛っているらしい。

 

(例の技術(けいけん)の副次効果ですか。予想以上に囚われていますね。助かりますが――同様に恐ろしい)

 

 異常な殺し・思想――狂気を孕む思考回路。これら全てが、あの技術を獲得した瞬間に叩き込まれた。人格が汚染されかけたそれは、『呪い』と言って過言では無い。

 その技術とは、即ち――『人型の生物を殺傷する技術』。

 殺人術に長けた者の記憶。

 

(該当記憶No.69……、念のため、母体(マザー)が触れられないよう奥に仕舞っておきますか)

 

 自動的に排出され保留状態となっていた『殺人術』を、元在った場所へ送り返す。

 十六夜からの着信があったのは、丁度その時だった。

 明らかに不機嫌そうな声で、第一声。

 

『リザインは、しないほうがいいぞ』

「怒ってるんですか? まあ当然でしょうけど、それを声に出すのはどうかと思いますよ。この状況は貴方の力不足が原因ですし、旗色の悪いゲームを降りるのは戦略的に間違ってないでしょう」

『だな、お前が正しい。――しかし、同時に間違ってもいる』

「?」

『あの嫌味くらいで腹を立てる程、俺は狭量じゃねぇんだよ』

 

 虚空に契約書類が出現した。血で染まった手で掴む――シミにならないことが、とてもありがたい。

 柊はそのまま、流れる様に目を通そうとして――ハッと気づいた。

 

(何故ここにきて、急に契約書類を持ち出してきた? 一、二ゲーム目の時は、口約で全て済ませていたのに――……誤解を、生まないため――?)

『何度も読んで、誤解無く全てを理解しろ。無理やりにでも、本気になってもらうからな』

 

 その含みのある言葉に焦燥感を覚えた柊は、まさか、と手元の契約書類に目を落とした。『ゲーム名』『参加者』『勝利条件』――ここまでは問題なし。

 柊の眼が見開かれたのは、その直後だった。

 そこには、こう記されていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 リトルゲーム『     』

 

『主催者』

 ・逆廻十六夜

『参加者』

 ・柊華蓮

『参加者側勝利条件』

 ①:主催者が指定した時刻における生存確認。

 ②:指定時刻までに『戦果』を主催者より多く挙げること。

『主催者側勝利条件』

 ・参加者側勝利条件の未達成。

『補足』

 ・『戦果』を挙げると非公開のポイントが加算されていく。

 ・『戦果』のジャンルは問わない。だが、加算されるポイントに差が生じる。

 ・本リトルゲームの勝者は、ギフトゲーム『Three fifths』のリザルトを他プレイヤーと入れ替える権利を得る(、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 宣誓:本リトルゲームは、ギフトゲーム『Three fifths』のルールに従い開催されたものです。このリトルゲームの勝敗を含む結果は全て、元となったギフトゲームの成績に反映されると御考えください。

 

 ――――――――――

 

 

 

「…………リザルトを、入れ替える……?」

 

 その権利を得る。

 なんだそれは、無茶苦茶ではないか。柊は反射的に十六夜に噛みついていた。

 

「こんなルール、適応される訳が無い」

『かもな、俺も知らん。――だが、契約書類には記述出来ている』

「全くの、無意味です」

『否定しきれるのかよ。万が一にでも適応されれば――お前は終わりだぜ』

 

 ――…………。

 沈黙。

 しかしいくら悩もうとも、柊に選択肢は存在しなかった。

 

「……受けましょう。そのゲーム、そのルールで」

『――――ゲーム開始だ』

 

 十六夜の言葉と同時、突如として眼前の大地が爆発した。

 巻き上がった粉塵が不自然に避けていく(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)中、その爆発が何処かから飛来した瓦礫によるものだと悟る。『天運』が働いたことから人間による事象――十中八九十六夜の仕業だ。

 チッ、と一つ舌打ち。まったく余計な事をしてくれたな、と何処かで此方を見ているであろう十六夜に恨み言を飛ばす。というのも今の衝撃で、『畏怖の鎖』で縛られていた巨人たちが我に返ってしまったのだ。

 

「……」

「ゴガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼」

「…………チッ」

 

 激昂。怒りに燃える巨人の咆哮が、単純な衝撃となって柊を襲う。

 再び全身を霊力で満たし身体強化。その場に踏み止まる柊は、ヒートアップする巨人たちとは正反対に――酷く冷静になっていく。

 ……そして。不機嫌そうな声音で呟いた。

 

「該当記憶No.54――『天狗の兵法』

 該当記憶No.1――『霊力操作』を再獲得」

 

 ブン、と全身が揺らぎ、再び仮想の経験を獲得する。

 薄く眼を開き、躊躇なく一歩を踏み出す。その威に、相対する巨人たちはジリッと後ずさった。

 ヒタリヒタリ、カチリ。

 持ち手のスイッチが押され、シュウ……、と刃が熱を帯びる。

 

「貴方たちを恨むのは筋違いなんだろう……だが、襲撃者に掛ける情けを、生憎私は持ち合わせていない。覚悟はいいですか。私事私怨で申し訳ない――問答無用で断ち切らせてもらいます」

 

 右手に赤いナイフを携えた死神は、そう冷酷に告げた。

 

 




十六夜の「柊なら大丈夫だろ」という謎の信頼感。

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