担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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柊の戦闘スタイル初公開かな?


第六話 不条理

 柊の姿を見失った。つまり。

 直後にでも弾丸が飛んでくる―――。

 猶予はあまり無い。即行動を起こさなければ、飛来してくるであろう弾丸でHP――爆発で二割を切ったHP――が吹っ飛ぶ。敗けてしまう。

 ……ここまでお膳立てされて、ここまで有利な条件下で敗ける訳にはいかない。敗けたその日には、鳴辺りに色々言われることは必至。――そしてそれだけでは無いだろう。

 

屋外(そと)上空(うえ)か……。……どちらにしろ、脱出しねぇとここでゲームオーバーだ……)

 

『銃撃と爆発で十六夜のHPが二割を切った』ことからも分かるが、この世界におけるダメージは互いに均一。つまり崩落に巻き込まれれば、下手すればそこでゲーム終了となってしまう。

 

 十六夜は一瞬逡巡すると、強く地を蹴って跳び上がった。立ち上る粉塵を突き破り脱出する。

 眼下で崩壊する廃墟を無視し、十六夜はさらに上を見た。視線に合わせて右腕も振り上げる。

 

 眼前。

 無数の弾丸が飛来していた。

 

「っ――予想通りだ柊!」

 

 飛来する弾丸は無視する。荒れ狂う気流と、落下運動によって生じた空気抵抗で軌道がブレブレなのは見て取れたからだ。

 射手を確認。十六夜は引き金を引いた。

 流石の十六夜でも、空中での発砲は難易度が高い。踏ん張りがきかず身体が回ってしまうためだ。――それでも一発撃てる。それなら問題は無い。

 

 爆音と共に赤く光る鉄弾が飛びだした。気流の影響を受けつつも、真っ直ぐ突き進んでいく。

 直撃コース。空中での回避は、たとえ柊でも出来ない。

 

「………、」

 

 だからこそ、警戒する。

 あの柊が何の策も用意していないとは思えなかったから。きっと何かしらの手を打ってくると、そう確信していたから。

 ……柊を魔王並に警戒し、その脅威を知る彼らがそう考えることは――きっと必然だったのだ。

 

「っ―――なんだ⁉」

 

 突然爆音が響き渡り、次に突風を感じた。

 ―――背中に。

 熱風が地表より吹き上がってきたのだ。いや、正確には―――

 

爆風(・・)か⁉ 何故―――」

 

 何のために、そう続けることは出来なかった。

 十六夜は目の前の光景に愕然とした。放たれた一発の弾丸――音速を超えた一発――が大きく軌道を変え標的の右足に着弾したのだ。

 理屈は理解できる。銃弾を空中で真上に放ったのだ。気流重力その他諸々の影響で真っ直ぐ飛ぶことはそもそも期待できない。それ対策の音速超えであり、照準のブレは覚悟の上だった。

 しかしそれでも今の曲がり方は異常だった。この世界の物理法則に何度照らし合わせても合致しない。

 なにかしらの超常が働いたことは明白だった。でなければあんな―――致命傷(しんぞう)を避けるような軌道は描かない。

 

「何故だ、何が起こった!」

 

 この理不尽に憤る十六夜。アナウンスがかからない以上、倒し損ねたことは確実。発砲の反動で身体が回転している現状二射目は不可能。打てる手が―――なにも無い。

 こうなれば最早着地と同時に撃つしかないが、どうしてか十六夜には当たる気がまったくしなかった。あの現象(・・・・)を目にした後だからか、彼にしては珍しいことに酷く冷静さを欠いていた。

 

 ―――それ故か対処が遅れた。

 

 連鎖したかの様に次々と虚空に花が咲いた。

 一つ一つの威力は弱いが数が膨大だった故に、最早聴覚が機能しない程の規模となった爆発が十六夜と柊を包み込んだのだ。おそらく小型の爆弾を大量にばら撒いていたのだろう。銃弾に意識が向いていた彼に判別することは出来なかった。

 

「端からこれ狙いかよ!」

 

 相打ち狙いの自爆。想定外の戦法に思わず声を荒げる十六夜。

 HPの減少が止まらない。微々たるダメージが恐ろしい勢いで積み重なっていく。

 ―――空中では自由に動けな(・・・・・・・・・・)()、でしょう?

 チラリと視界に入った柊が、そう言って嗤っているようだった。

 

「ふっ―――ざけんな馬鹿野郎‼」

 

 幕切れは存外呆気なく、十秒足らずの爆発で十六夜のHPは消し飛んだ。―――柊も同様に。

 二人の姿がフィールドから消える。直後、アナウンスによってゲーム終了が告げられた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「―――お疲れ。

 随分と予想外の展開だったな。まさか相打ちとは、驚いたぜ」

「はは、私もそう思います。このルール(・・・・・)で相打ちに持ち込めるなんて、運が良かったんでしょうね」

「……運が良かった……か」

 

 フィールドから帰還した二人を出迎えた司会の男はそんな言葉をかけてきた。裏事情を既に知っている柊からすれば白々しい態度だが、態々(わざわざ)こちらから口に出す話題でもない。

 皮肉を交えてそう返したところ、不機嫌そうな十六夜がそう呟いた。聞き逃さなかった柊がすかさず追及する。

 

「不服そうですね十六夜。この結果に納得いきませんか?」

「……ああ、納得できないね。……なんだあれは。運が良かった(・・・・・・)? ハッ、ふざけんな。運がいいだけで俺に勝ててたまるかよ!」

「相打ちですが?」

「同じだ。あれだけお膳立てされて結果は相打ち。……事実上、敗北だろ」

 

 いやまったくその通り。唇を噛み悔しがる十六夜を眺めながら、柊は心の中でそう思いつつ優越感に浸っていた。

 

「……これも『四神の担い手』によるものだよな。複数のジャンルの恩恵を一度に得られるってことは、あれは単一恩恵(ギフト)ではなく、更に深くに作用する恩恵。―――霊格(そんざい)そのものを表しているのか? 黒死斑の御子(ブラック・パーチャー)のように……」

 

 しかしそれも僅かな時間のみ。ぼそぼそと小さな声で行われる考察に、柊の意識は元の状態に戻る。

 

(……やはり軽率だった、ヒントを与えすぎた。感情的になりすぎたな。―――一刻も早く修復しないと)

 

 過去の行動を反省し、今一度決意を新たにする。

 と、そこで再び司会の男から声を掛けられた。

 

「あー、結果発表していいか?」

「ええ、どうぞ」

 

 そういえばポイント制でしたね。そんなことを思い出し、少し焦る。十六夜の相手に手いっぱいで、敵を倒す余裕など一切なかったためだ。事実彼女は、得点の入る的に銃口を向けてすらいない。

 

「そうか。まずは逆廻十六夜―――五体撃破、五十ポイントだ」

「まあ、そりゃそうですよね。十六夜の身体能力なら、私を追いながらでも倒せますから……」

 

 はあ、とため息をつき項垂れる。勝ち目が薄いとはつまりこういうことなのだ。

 ギリギリ相打ちが限界の柊では、事前に稼いだ得点で勝敗が決まってしまう。そして事前に稼いでおくべき得点も、身体能力の差で十六夜が多くなる。―――よって勝てない。

 

「次に柊華蓮―――」

 

 ……だが逆に言えば、相打ちで共にゲームオーバーとなる前後(・・)に点が取れれば勝てるのだ。その難易度は計り知れないけれど。

 伏線は二つほど張っておいた。あとは運次第。

 不安はある、むしろ不安しかない。柊が一番信頼する手段とはいえ、こんな超々低確率の偶然を重ねることが本当に可能なのか、それが引っ掛かっていた。

 そして。

 結果が告げられた。

 

 

 

「―――七体撃破、七十ポイント。

 ……残念だが、二人とも参加賞だ」

 

 

 

 十六夜が小さく息を呑むのが分かった。何も知らない司会の男はさらりと口にしたが、それは二人のゲームにおける十六夜の敗北を意味している。

 訳が分からない、そう言いたそうな表情の十六夜。何故ならこのゲーム中、十六夜はほとんど途切れることなく柊を視界に収め続けていたのだから。そして見た限り、柊は的を撃ち抜いていないのだから。

 

「なんだ……この結果は……」

 

 何かが狂ってる。何だこのゲームは。―――不条理に満ちていて、どこまでも理不尽で、そして柊が最後に勝つ。

 ……そうだ柊だ。これも柊の策に決まっている。

 

「……これも策の内か……?」

「私は策なんて用意してませんけど」

「ふざけんな……! これも『運が良い』で済ませる気かよ……!」

「ええ、そうですよ」

 

 反論を許さない言い切りの言に、十六夜の口が閉じられる。

 それを確認した柊は、余計な事と理解していながらも説明してあげることにした。

 

「銃弾と爆発、伏線はこの二つだけです。これらのタイミングを踏まえて考えれば、割と簡単に解けると思いますが」

「………」

「常識に囚われていては解けませんよ。ルールの穴を突かなければいけません。―――例えばそう、今回のルールにおける加点の定義は『的を撃ち抜くこと』ですよね。では『撃ち抜く』とは何を示しているのでしょう」

「………的と弾丸の接触及び破壊か」

「その通り。つまり発砲というプロセスを介さなくとも、『弾丸によって的が破壊』されればいいんです。―――爆風で銃弾を飛ばして(・・・・・・・・・・)も同様の破壊力は生ま(・・・・・・・・・・)れるでしょう(・・・・・・)

 

 ―――不可能だ。

 十六夜はそう言いたかった。だけど彼の口はピクリとも動かなかった。柊の語った夢想話が、現実に起きた実話だと無意識に理解してしまっていたから。

 そして同時に、抗いがたい震えが襲ってきた。彼女の言葉を丸っと信じるならば、その恩恵の力は十六夜個人の手に負えるものではない。

 着弾点不明の銃弾を、爆発時刻不明の爆弾の爆風で飛ばし、そして何処にいるかわからない的を撃ち抜くなどという、奇跡の域の偶然を引き起こす恩恵なんてどう対処すればいいというのだ。

 

「……じゃあなにか。銃弾が不自然に曲がったあれも、運が良いってことか?」

「そうですね」

 

「……あの特攻のとき、爆発のタイミングが良すぎたのも」

「運が良かったのでしょう」

 

「………、」

「ああ多分、貴方の銃の片割れ――あのガトリングガンが、整備不良か何かの要因で使用不能になったのも無関係ではないかと」

「! あれもお前の仕業かよ」

「まあ多分。あの連射力は後々脅威になったでしょうから。

 これが、母体(マザー)の持つ恩恵(ギフト)『四神の担い手』の力―――その一端。所持者の運を飛躍的に高め、知覚外からの不意打ちを完全に防ぐ自動防御恩恵(オートディフェンサー)です」

 

 ―――ただ少し性能が良すぎて、天運の域に達していますけどね。

 最後にそう言って、柊は出口をへ向かう。最早語ることは無いと言わんばかりの姿に、十六夜は何も言えなかった。

 ただ静かに拳を握りしめ、去るその背を睨んでいた。

 

 ―――しかし忘れるな。

 その眼に宿る不屈の炎は、揺らぎこそすれ消えることは無い――――

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ―――『アンダーウッド』収穫祭本陣営、貴賓室。

 《ノーネーム》リーダー、ジンは緊張した面持ちで椅子に腰かけていた。

 

「すまない、待たせたようだな」

 

 ドアが開き、一人の女性が入ってきた。

 腰の辺りまで伸ばした長い赤髪、褐色の肌、頭部には二本の龍角。サラ=ドルトレイクは凛とした声でそう言うと、ジンの対面に腰かけた。

 コミュニティ代表としての挨拶を済ませ、軽く近況報告をする。それらが終わったとき、不意にジンが口を開いた。

 

「サラ様、お聞きしたいことがあります」

「質問か、構わないぞ」

「ありがとうございます。それでは一つだけ……、前夜祭の前日(・・・・・・)に僕たちを招待した意図を教えていただけますか?」

 

 この疑問は招待状を読んだときから感じていた。前夜祭前日という特に忙しい日に自分たちを呼ぶ意図がまったく分からなかったのだ。

 

「ああそれか。すまない、説明不足だったな。

 お前たちを呼んだのは他でもない、最近出没している不審者への対処を頼みたいんだ」

「対処……ですか。構いませんが、何故僕たちなんですか?」

「……実はその不審者の素性を調べたところ、鳴宮鳴のコミュニティに属していることが分かってな。連盟のコミュニティ全てが尻込みしてしまったんだ。……私たちの間では、鳴宮関係の出来事は例題なくアンタッチャブル認定されるからな」

 

 なるほど、だから他のコミュニティに対処させようと考えたわけか。ジンはそう思ったが、しかしまだ理由としては弱いとも感じた。そのことを伝えると、サラは申し訳なさそうに瞳を伏せ、

 

「理由は他にもある。……鳴宮鳴やそのコミュニティメンバーに関わると、何らかの形で面倒事に巻き込まれるからだ」

「どういうことですか?」

「……目を付けられるからだよ。いや、興味を持たれる、が正しいな。

 鳴宮鳴は、自分たちに近づいた存在に例外なく興味を持つ。一度興味を持たれると、彼女が飽きるまで粘着されるんだ。……これだけでも十分迷惑なんだが、彼女自身敵が多いからな、それらも一緒くたになって襲ってくるわけだ。―――理解できたか?」

「はい。―――連盟の意志も概ね理解出来ました。

 つまり、既に興味を持たれているコミュニティに対処させよう、ということですね」

 

 その答えに、サラは再び瞳を伏せた。彼女自身、面倒を押し付けるこの方法に思うところがあるのだろう。その姿だけで、彼女の誠実さが伝わってきた。

 こういう人は、周りから慰められても、自分が納得しない限り抱え込む。だからここで自分がとるべき行動は他にある。そう考えたジンは一つ息を吸うと、可能な限り真剣な声音で言葉を紡いだ。

 

 

問題ありません(・・・・・・・)。その依頼、引き受けましょう」

 

 

 そして彼らは、庭師(ガーデナー)と出会う。

 

 




時系列補足。
◆より前半が前夜祭当日。
後半が前日となってます。

庭師の話は外伝で。

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