担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

52 / 58
三週間ぶりに。
まさかここまで書けなくなるとは。


第五話 布石

 そして時系列は元に戻る。

 廃屋の二階で荒い息を吐く柊は、外からドゴッ! という破砕音を聞いた。それはつい先ほど聞いた大地が砕ける音に酷似していた。

 

「―――っ、来た!」

 

 それが何を意味しているか瞬時に悟った柊は、天井に開いた穴越しに空を見た。――あの刃物の様な日光が、力を失っていた。

 何かが太陽との間に割り込んでいる。その事実に、柊の考えは確信へと変わった。慌てて部屋の四方に何かを投げ、その手に一つ握りしめる。

 

 ――その直後、天井が崩落した。

 天井を蹴り崩して転がり込んできたのは、想像通り十六夜だった。その手には黒光りする巨大な銃が握られており、その銃口は、真っ直ぐ柊の心臓を、ピタリと狙っていた。

 

「――何か言うことはあるか、柊」

「…………そんな怖い顔してどうしたんですか?」

 

 顔のすぐ横を、何かが物凄い速さで通り抜けていった。

 

 同時、ドオォン! と、鼓膜が破れてしまいそうな破裂音が室内を埋め尽くす。……風通しが良くなってしまった。

 しばし、心此処に在らずという感じで呆然とする柊。発砲音だということくらい分かっていたが、そのあまりの衝撃に思考が吹っ飛んでいたのだ。

 

「……外れた……?」

「い、いやいやいや、殺す気ですか貴方。何いきなり銃ぶっ放してんですか、馬鹿なんですか?」

「……その言葉、利子付けて返してやるよ。不意打ちで背中撃ってきたお前にな」

 

 まったくその通り。言い返す言葉も無く黙り込む。

 だが十六夜は「まあいい」と言い、数秒の沈黙の後、

 

「――……気づいたんだな」

「……ええ、まあ」

 

 柊が頷くのを見て、十六夜は苛立たしげに頭を掻いた。――そこでようやく気づいた。二つあるはずの巨大な銃、その片割れがどこにも無いのだ。

 記憶の中、あの時持っていたのは、『銃身が一つの銃』と『複数の銃身が束ねられた銃』の二つ。今十六夜が持っているのは前者。つまり後者――ガトリング砲にも似たあの銃が無いのだ。

 

(……いえ、まずはこの場を切り抜けないと)

 

 とりあえず時間が欲しい。これ程までにのっぴきならない状況なのだ、考える時間が少しでも多く必要だった。

 意識を二分し、片方で思考を巡らせながらもう片方で言葉を紡ぐ。

 

「このゲーム――いえ、このラストステージは、私のみに不利な構成(・・・・・・・・・)となっています。

 違和感を覚えたのは始まってすぐ。二人が同じフィールドに出現した時です」

「それだけで?」

「――それで十分でしたよ。

 二人が同じフィールドに立っている。つまりは二人同時プレイ、そして競い合い。――でもそれはおかしいんです。このゲームが行われているのは収穫祭なんですよ? こんな自他間の関係が(・・・・・・・・・・)悪化しそうなガチゲー(・・・・・・・・・・)()、承認されるわけがないでしょう」

 

 そう、承認される訳が無い。つまり当初、このゲームは温く易しい――収穫祭に相応しい催し物だったのだろう。

 しかし何かが起き、ゲーム難易度が跳ね上がった。

 それも強い影響力を持つ何かが介入したのだ。でなければ、営業中止や不信などのリスクを負ってまでこの様な事をするはずが無い。

 

 強い影響力。タイミング。各々の敵。各々の背景。――十六夜との間に共通する事。

 これだけの情報が有るのだ、容易に結論を出すことが出来た。

 

「ねぇ、十六夜。―――バックにいるのは鳴宮(なるみや)(めい)ですね」

 

 言い切る。

 確信がある。絶対の自信と共にそう告げた。

 十六夜は否定することなく、ただ肩を竦めるのみ。それを肯定の意思表示と受け取った柊は、裏付けの取れてしまった自身の推論に内心頭を抱えていた。

 

「……あのですね十六夜。用意周到なのは構いませんけど、……昨日の晩だけでこの状況に辿り着いたんですか? ……貴方一体、どれだけのシチュエーションを想定していたんですか……」

「ま、ざっと数百は案が出たな。んで、鳴の意見を参考に絞り込んで数十、――その全てを対策していたさ。……お前を相手にするんだ、こんくらい当たり前だろ?」

 

 つまりどういうことか。

 ……つまり、そういうことなのだ。

 そう、ただ―――本来の温いゲームが、意図的にこのガチゲームにすり替えられていたということだ。他ならぬこの逆廻十六夜と、鳴宮の一派によって。

 

 この、昨晩から予想していたというシチュエーションの際、十六夜がとにかく有利になるようにと、――身体能力の差が目に見えて現れるゲームルールを―――

 

「道理で、こんな……」

 

 ……思うところが無いと言えば嘘になる。十六夜達が思う程、柊という存在は万能ではないからだ。

 確かに、華蓮を救うという目的ならば最大最強の障害であろう。しかし、単一の敵として見るのならば意外と大したことはない。特に今回の様な制限のある戦いでは、いかに裏技を駆使しようとも九分九厘敗北するだろう。

 

 にも拘らず十六夜達は、その九十九パーセントを百にするために計略を巡らせてきた。まるで魔王と戦うかの如き用意周到さでだ。

 

「卑怯とは言わせないぜ」

 

 ――故に、思うところが無いと言えば嘘になる。これでも柊は、こういう勝負ごと(温いゲーム)に関しては公正でいたいと考えているからだ。

 

 ……そう、思うところは有るし、言いたいことも山の様に詰み上がっているのだ。だがしかし、そんな彼女の胸中を占めていたのは――意外な事に、全く別の思いだった。

 

「言いませんよそんな事」

 

 それは黒くもやっとした感情。立ち上る炎の様な怒りとはまた違う、どろっとした悪感情。

 柊は、ただただ―――こう思っていた。

 

(策を巡らせ、鳴宮鳴の力を借りてまで造り上げたこの状況……、大層苦労したんでしょうね。ええ認めましょう。このゲームルールにおいて、私の勝率は限りなく零ですよ。

 ……そんな努力の結晶とも呼べるこの状況。絶対有利のこの状況をあっさりとひっくり返されたとき、―――貴方は一体(・・・・・)どんな顔をする(・・・・・・・)んでしょうねぇ(・・・・・・・)? 十六夜(・・・)

 

 柊は知らない。その気持ちが、所謂『嫉妬』だということに。

 柊は気づかない。華蓮を救うことに一生(・・・・・・・・・・)懸命の十六夜を見て(・・・・・・・・・)、その悪感情が生まれたということに。

 ――感情らしき何かが芽生えたばかりの彼女には、そのもやもやした気持ちの正体も出どころも判別できないのだ。しかしそれでも。

 ……いや、だからこそ、もやもや(ストレス)の発散方法も単純なものとなる。なってしまう。

 

 相手を叩きのめして優(・・・・・・・・・・)越感に浸る(・・・・・)という、単純な行為となってしまうのだ。

 

(―――さあて)

 

 柊の、萎えかけていた闘志が再燃した。別に諦めていた訳では無いけれど。

 およそ正攻法では無理。ならば汚くいけばいい。そのための知識と経験、力だけなら膨大なのだから。

 

 会話と並列して組み上げていた逃げの策が出来上がった。――それと同時、柊はそれを躊躇なく廃棄する。

 

 どうしても勝ちたいと、決意してしまった。状況が変わっていた。

 今の柊にとって、この場から逃走するための策など不要。柊は勝つために、己が役目を忘れ―――その恩恵の真価を発揮させる。

 

「そんなことより十六夜、私もこればっかりは見過ごせないんですけれど―――」

 

 そう告げ、全身に霊力を循環させる。

 目視した揺らぎに対し十六夜が警戒したその瞬間、柊は冷たい声音で糾弾した。

 

祓魔弾(・・・)なんて危険物を持ち込むなんて、随分と乱暴ですね。―――形振り構ってられないって事ですか」

 

 直後、十六夜の反応を確認することなく、柊は猛然と跳び出した。右手にP90を構え、左手に――爆弾を握り込んで。

 さあて、十六夜はどう動く? ――賭けはどうなる?

 数多の可能性と道筋が、今ここに存在する。勝つか負けるか、全ては『運』に左右されると言ってもいいだろう。

 運勝負。自分の命を受け皿に乗せてまで選んだ選択。――しかし柊にとって――その恩恵を知る者にとっては、現状最も信頼できる手なのだった。

 

 果たして。

 十六夜は一瞬息を呑むと、

 

「―――こんな結末(・・・・・)かよ……ッ‼」

 

 憎々しげにそう吐き捨て、十六夜は。

 ……冷たい目で、一切の感情を消して。

 

 しかし躊躇いなく、駆けてくる柊の心臓へ向け、

 引き金を、引いた――――。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 火薬が燃焼しガスが発生――膨張する。弾丸がゴッと押し出され、銃身内部を滑り加速していく――――。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 《銃器愛好会》のメンバーが一から製作しチューンアップしたこの重機関銃は、銃身内部で弾が加速する――その段階で音の壁を遥かに越えさせる化け物級の一品だ。銃口から飛びだした弾丸は、大気との摩擦で赤熱し、数十メートル程で焼失してしまう程。

 ただ、絶大な破壊も当たらなければ意味が無い。よってこの銃にはストッパーが掛けられていた。威力を殺し、射程を伸ばす機能が搭載されていたのだ。これがある限り、この化け物の力を封じることが出来ていた。

 

 

 

 柊は見た。

 ――銃口が、一瞬赤く光ったのを。

 

 

 

 十六夜は封印を解いていた。化け物の力が、破壊が、余すところなく、加速する弾丸に籠められていた。

 もちろんルール上、怪我を負うことは無い。如何に速くとも、赤熱しどれだけ熱を帯びようとも、被弾者は軽い衝撃を感じるだけで血は一切流れない。

 ただ、例外があった。人為的に作られた抜け道が存在した。

 鳴宮の一派はルールの他にもう一つ、弾丸の変更を行っていた。正確には、ゲームルールの対象となる弾丸を変更した。通常弾から、――霊体を祓う魔弾へ。柊を殺すための―――『祓魔弾』へと。

 

 

 

 柊はその光が何なのか判断できなかった。何しろ一瞬の事だったので、脅威を覚えさえしなかった。

 

 

 

 祓魔弾。人体上の急所に命中すれば即死、掠っただけでも霊体構造の分解を引き起こす特殊弾。

 そんな霊体にとってまさに天敵ともいえる物が、音速の何倍もの速度で飛来するのだ。それも廃墟の二階というとても狭い空間で。

 まず回避不可能。ターゲットは赤い光の正体に気づくことなく撃ち抜かれる。

 

 それで終わり。十六夜の望まない、恐れてすらいた最悪のエンディングで華蓮は救われる。

 鳴は言った、自分の策は非道だと。……まったくその通りだった。

 鳴の提案した策は、華蓮救出という目的以外の全てを軽視したとても合理的な物だった。――具体的な内容は、『柊の完全排除』。

 十六夜もそれは考えなかったわけでは無い。ただ実際問題、場をセッティングするだけの地力を持っていなかったのだ。……他にも理由はあったけれど、それが唯一にして絶対の壁だった。

 

 鳴の一派には地力(それ)があった。乱暴で合理的な策を実行に移すだけの行動力があった。

 ――そして十六夜は、半ば押し切られる形で承認し、今に至る。

 

 

 

 ―――引き金が引かれる直前、柊は射線から外れる様に斜め前方に跳んでいた。傍目から見ても焼け石に水だったのだが。

 その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

(『こんな結末』……ですか……。確かにそうですね)

 

 

 

 ―――そして引き金は引かれ、弾丸は放たれた。音速を超え、一直線に。

 多少身体能力をブーストしたところで回避は出来ない。

 故に弾丸は間違いなく標的を撃ち貫く―――はずだった。

 はずだったのだ(・・・・・・・)

 

 そう。

 ―――部屋の四方で爆発が起(・・・・・・・・・・)きなければ(・・・・・)

 

 ドォォォッ! と爆音が室内を埋め尽くす。

 まるで計ったかの様な完璧なタイミングだった。

 その爆発はボロボロの廃墟を完全に崩壊させた。柱は折れ、壁が割れ、床には亀裂が入り―――

 

「爆発だと⁉ あり得ない。――アイツはそんな素振り(・・・・・・・・・・)一切見せなかったぞ(・・・・・・・・・)⁉」

 

 崩れ始めた床の上で叫ぶ十六夜。

 射手の体勢が崩れたため、放たれた弾丸はあらぬ方向へと飛んでいった。如何に速くとも、狙いがぶれていればまず当たらない。

 そして。

 現象の不可解さに警戒する十六夜は、それにやっと気が付いた。

 

「まさかこれが……、っ! アイツは何処に消えた⁉」

 

 柊の姿が何処にも見当たらない。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「―――これが結末ですよ、十六夜」

 

 柊は言う。一人、風の音を聞きながら。

 変わらずその口元に、笑みを浮かべて。

 

「貴方の『敗北』―――ですよ」

 

 そして柊は安定しない手元を左手で押さえながら引き金を引き、弾丸をばら撒いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。