担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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遅くなりました。
話の流れを考え、今回少し短いです。


第四話 最終ステージ

 燦々と照り輝く日の光が刃物の如く突き刺さる。柊はゆっくりと、慣らしながら目を開けた。

 巻き上がる砂煙。

 咳き込みながら周囲を見渡してみるが、視界に入るのは剥き出しの大地と岩、岩、岩、あとポツンポツンと廃墟が少しだけ。

 あとは小高い岩山と十六夜くらいしか――――

 

「……⁉」

「…………」

 

 十数メートル程離れたところに十六夜は立っていた。

 ぽかんとした顔を浮かべる柊。周囲を警戒しながら、互いに表情が確認できる距離まで近づいた。柊よりは冷静だったが流石の十六夜も驚きを隠せないようで、額に手を当てて「はぁ……」とため息をついていた。

 

「(この状況……、そういうことかよあの野郎……)」

「? ――えっと、十六夜、もしかしてこのステージって2P(二人同時プレイ)なんですか? てっきり今回も1P(一人ずつ)だと思ってたんですが」

「――ああ、そうらしいな。ラストステージは参加同士の競い合いの側面もあるみたいだ。他の奴よりポイントを(・・・・・・・・・・)稼いでみろ(・・・・・)ってことだろうよ。多分勝者にはボーナス特典とかもあんじゃねぇか?」

 

 ハッとした様子の十六夜が、誤魔化すように、冗談交じりにそう言った――その直後、

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ちっ」

 

「……お前ってさ、この頃キャラぶれっぶれだよな」

「いえそんなことは」

 

 十六夜の指摘に対して、久方ぶりの事務口調で応対する姿は見慣れた無感情顔。しかし、今この場に至ってまで貫くには、その繕いは弱く脆く――何より不自然だった。

 散々キャラ崩壊してきた柊が、急に――気持ち焦った様子で――そんな事をすれば、疑いの方が強く出るわけで。

 

「……急にどうした」

「…………」

 

 猜疑心丸出しの声に、そっと目を逸らす。柊自身、現在進行形で墓穴を掘っていることは理解していた。

 

 ――――ぶっちゃけ内心汗だくだった。

 

 十六夜の推論には柊も同感だった。それ以外にこの状況を説明できないし、まず間違いなく正解だろう、そう思った。

 だからこそ。

 柊の、ラストステージのルール発表時点で極小まで縮小していた勝ち目は、――この時点で完全に消え去った(・・・・・・・・)

 

(……1Pでの競い合いならともかく――)

 

 チラリと、横目で盗み見る。

 十六夜、――規格外の身体能力を有する存在。ギフトの使用制限があって尚、それは失われていない。

 

(2Pでは、……いいえ、そんな事より)

 

 そんな些細な事より(・・・・・・・・・)、もっと根本的なところが致命的なまでに狂っているのだ。

 下手をすれば、ゲームジ(・・・・)ャンルそのもの(・・・・・・・)が根底から覆されてしまうような、それ程のバグが発生しているのだ。

 まあバグと言ったところで、文字通りの意味では無く、柊にとっての『最悪の事態』という意味なのだが。

 

「? ――まあいい、ゲームが既に始まっていることは確実なんだ。敵が来る前に移動しねえと蜂の巣だぜ」

 

 そう言って十六夜は周囲を警戒し視線を動かした。それに倣って、柊も警戒するポーズをとる。――その内では様々な思考が飛び交っていた。

 

(もうこの勝負捨ててしまいたい……。……いや、全五試合の内、十六夜がルールを決められるのは三試合。諦めるのはまだ早いか……、それなら)

 

 柊の方に向けられている十六夜の背はとても無防備で――柊はそれを、ジッと見据えた。

 ――――とりあえず、自分が打てる手を全部出し尽くしてみるか。

 腹は決まった。柊の手が、スリングによって肩に掛けられているP90へと動く。――それと同時に、

 

P90(これ)の使用回数は他の銃器に比べて多い。そう記録(・・)にはあった。ならば、積み重なった経験も(・・・・・・・・・)相当な物だろう(・・・・・・・)――――)

 

 柊は、母体(マザー)である『柊華蓮』の内へと――文字通り内へ内へと潜っていく。ギフトなど一切を使用することなく、ただ己に備わっている機能を使って。

 

 

 

 

 

 ――――そこはあらゆる情報で満ちていた。

 記憶領域とは違う場所、比べ物にならない程の情報密度。並の存在ならば、その場に佇んでいるだけで発狂してしまうであろう情報圧。

 しかしそれらを有していながらも、意外なほどに害意を感じさせない穏やかな世界。

 

 淡い黄の光で満たされるそこに天地の概念は無く、ただ此処にいる、その認識のみで柊は存在していた。

 

(視界が霞む……、相変わらず私に優しくない世界ですね、此処は。……たとえ通行証(パス)を持っていても、私のことは認めないということですか)

 

 ――結構、それなら私も勝手にさせてもらうまでです。

 柊が腕を伸ばすと、四方八方から黄の光線が、まるで氾濫する川の水の様に勢いよく迫ってきた。その幾筋もの光線は、柊を中心に台風の様に渦を巻いていく。

 

(――――検索開始

 鍵は二つ、『射撃技能』『P90』――――)

 

 瞬間、渦が完全に閉じた。柊は密閉空間で、膨大な情報の波に晒されることとなる。

 膨大な処理の代償として、全身に激痛が走る。己に備わる機能を使用している以上、こればかりは避けられない。

 

(痛ッ――――該当記憶No.100及びNo.106……ッ!)

 

 検索が完了した。

 柊は該当した二つの地点へと更に潜り、欲していた経験(・・)を拾い上げる。

 

(…………)

 

 と、そこで彼女は暫し思案し、

 

(……失念していた……)

 

 手に入れたそれを手にしたまま、浮上していった。

 

 

 

 

 

 ――――スリングによって肩に掛けられているP90に、指が触れた。

 時の概念が薄いあの場所で経過した時間は、現実にして一秒にも満たない。傍から見たとしても、手の動きに違和感を感じることは出来なかっただろう。

 

 十六夜はまだ気づいていない。柊は腕の中に収めた銃――その銃口を無防備な背に向けた。

 そして。

 

(仮想経験――――獲得(インストール)!)

 

 手に入れた経験(・・)を、柊は一気に――己にぶち込んだ。

 その刹那。

 

「――――ッ⁉」

 

 背後から感じた違和感――揺らぎの様な存在に、十六夜は咄嗟に振り向いた。振り向こうとした。

 しかし遅い。

 たとえ彼が規格外の身体能力を有していても、危険である確証(・・・・・・・)もなく、ただ直感に従い振り向こうとしているこの状況では――――どう転んだとしても、引き金を引く方が圧倒的に早い。

 

 ぱららららららららららららららら、と記録通りの軽快な音と共に、銃口より大量の弾丸が亜音速で飛び出し十六夜に迫る。

 回避不可能。振り向く動きに合わせ、背中から右腕に掛けて赤い被弾エフェクトが舞う。柊からは視認できないが、十六夜のHPはがくんがくん減っていることだろう。

 

「こんのぉぉおおぁぁああああ……ッ‼」

 

 突き刺さる弾丸は非殺傷、されど衝撃はある程度伝わるらしく十六夜の声が震える。もちろん、背中から不意討たれた驚きなどその他もろもろの感情――具体的には怒りとか戦意だとかも含まれていた。

 このままなら数秒と経たずに勝敗が決まる。しかし、あの十六夜が黙ってやられる訳がなかった。

 

「嘗めんなぁぁぁあああああ――――‼」

 

 地を蹴り砕き、一気に射程範囲外へと跳び退る十六夜。追撃を考えた柊だったが、砕かれた大地が散弾の如く迫っていたため断念、距離をとった。

 

 これで一旦仕切り直し。二人の距離はキロメートル単位で離れてしまった。

 勝負を決めきれなかったことに苛立ち、「ちっ」と舌打つ柊だったが、直後には一転して駆け出していた。

 十六夜が跳んでいった方向とは――逆方向に。

 自分の方から進んで距離を離し、柊は――――逃亡していた。

 

「……倒しきれなかったのは悔やまれますが、……まあ、これも想定通りです」

 

 体内精製した霊力を全身に巡らせ時速六十キロもの速度で地を駆ける柊は、その片手間に『柊華蓮』の内に潜り、新たな経験――『対ゲリラ戦』や『近接格闘(CQC)』『爆弾使い』を次々インストールしていく。

 

(これで十六夜から無傷で距離をとる(・・・・・・・・)ことが出来ました。あとは手ごろな物陰に隠れて乱戦を狙えば……もしかしたら……)

 

 そう思った矢先の出来事だった。

 

 駆ける柊のすぐ真横。

 薄茶色の大地に何かが突き刺さり――――爆ぜた。

 

「…………規格外」

 

 そう呟き、己の考えの甘さを改める。

 そうだ、何故楽観視できたのか。自分はつい先ほど、不意討ちで十六夜の背に銃弾を浴びせたばかりではないか。

 一時とはいえ、何故忘れることが出来たのか。十六夜の装備――あの鬼神の如き兵装を。

 

(訂正、相も変わらず勝率は地を這っていました。――――それどころか、私の命、風前の灯火です)

 

 柊は無心で速度を上げた。

 その直後――――地鳴りの如き轟音が襲いかかってきた。

 


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