担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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第三話 銃器選び

 ――――ドガガガガガガガガガガガガッッッ‼ 荒野に轟音が連続する。

 少女は背筋を這い上がってくる怖気に耐えながら、ただひたすら荒野を駆ける。しかし人間の脚では、音速で迫るそれから逃げることは出来なかった。

 

 左肩に何かが衝突した。

 ――――撃たれた。少女がそう認識した時、既にその小柄な身体は宙に浮いていた。少しの滞空の後、ゴツゴツとした大地に叩きつけられ、十数メートルもの距離を転がされる。

 

「――――っ、かはっ…………‼ くうぁっ‼」

 

 詰まった呼吸を気にする余裕などない。少女はすぐ近くに在った廃墟に転がり込んだ。

 廃墟は二階建てのシンプルな造りで、外壁は風化し、所々に大きな穴が開いていた。

 少女は一気に二階へ駆け昇ると、唯一存在する階段をC4で吹っ飛ばした。廃墟が倒壊する危険もあったが、構っている余裕は無かった。

 あの男にとってこの程度、抵抗ですらないのだろうが、それでも警戒くらいはさせられるだろう。今はとにかく時間が欲しかった。

 

「っ……は、はっ……はあっ――――容赦ないんですから…………まったく……」

 

 長らく止めていた呼吸を無理やり再開させ、全身に酸素を送り込む。

 酸欠で飛びそうな意識を気力で繋ぎ止め、少女はゆっくりと現状を再認していった。

 

(敵は一人――あの男と、不特定多数(プラスアルファ)。だが危険視するべきはアイツだけでいい。それ以外はただの人形、――このゲームの、当初のルール通りなら……ですが)

 

 どうしてこんな事になったのだろう。打開策を模索しながら、同時に少女はそう思わざるをえなかった。

 

(このラストステージは、どう考えても、()が不利になるよう造られている。……いや違う、最初は普通だった。つまりは――造り直されたのか(・・・・・・・・)。それとも、盤の設計段階で何かが(・・・・・・・・・・)侵入したのか(・・・・・・)…………)

 

 撃たれた肩が激しい痛みを訴えてくる。だがそれは幻痛だ。このギフトゲームで使用されている弾丸に殺傷性能は無いのだから。

 

 だが、――――それでも。

 幻痛だとしても、今、彼女が感じている痛みは本物だった。

 

「っ――――はぁ、やるしかない……ですね」

 

 少女はそう呟き覚悟を決めた。あの化け物に生身で挑み、殺すという覚悟を。

 そして。

 口元に笑みを貼り付けた少女は、標的の名を口にした。

 

「逆廻十六夜。貴方を――――殺します」

 

 少女――『柊華蓮』がそう言った直後のことだった。

 ドゴッ! と何かが砕ける音が響いたかと思うと、

 

「――――っ、来た!」

 

 太陽に、新たな黒点が生まれた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 異変(イレギュラー)は知らず知らずの内に。

 ――――時は、半刻ほど巻き戻る。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――――――――――

 

《セカンドステージ:リザルト》

 

 坂廻十六夜、柊華蓮。

 共に全ての標的を沈黙させ、ラストステージに駒を進めた。

 

 ――――――――――

 

 

 

 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ。

 十六夜は感嘆の域を漏らしながら、先ほどの柊の姿を思い返す。

 

 セカンドステージのルールは、十六夜の予想通り動く的を狙うというものだった。

 弾数は無制限となったが、その代わりに時間制限が設けられた。つまりは『時間内に、どれだけの的を砕くことが出来るか』ということだ。

 

 一番手は十六夜。動く的を狙うのは初めての経験だったが、制限時間の半分ほどを使って的の動きを解析。先を読むことで、数発のミスショットこそあれど、全ての的を破壊した。

 狙撃経験があったからこそ、この結果を出せたのだ。今日初めて銃に触れた少女がクリアできるほど簡単ではない。

 

 ――――そう思っていた。どこまでも、甘かった。

 

「……全弾、命中……。ミスショット…………ゼロだと……⁉」

 

 柊の動き、あれは素人のそれでは無かった。まるで兵士。それも、いくつもの修羅場をくぐった歴戦の兵士。

 ついさっきまでとはまるで別人、――――いや、的を撃ち抜く時の眼光は、温度を感じさせないあの冷たい眼は、正真正銘…………

 

「これでお互い、ラストステージ進出ですね。……どうかしましたか、十六夜?」

「……なんでもねぇよ。そんなことより、さっさと次を始めようぜ。これで最後なんだろ?」

 

 ……まあいいだろう、既に半分程解っている。これの考察は後回しだ。

 十六夜の頭の中は既に煮詰まっている。一旦クールダウンすることにした。――意識して頭の中を空っぽにする。

 

『ラストステージ進出おめでとう』

 

 アナウンスがそう告げた。

 柊はそちらの方を向き、十六夜は反応することなく眼を閉じ続ける。

 進行役の男は淡々と、しかし声に驚きをにじませながら、

 

『二人とも素晴らしい才だ。ああ、同士に出来ないことが悔やまれる。勿体ない。その技術を、才を、俺たちなら余すところなく伸ばせるというのに!』

「それは残念でしたね。……ですがまあ、私は違うでしょう。十六夜のそれとは違い、私のこれはただの模倣。記録の再現ですから」

『へぇへぇ、分かってますって。既にコミュニティに所属している奴を勧誘するほど、俺たちも馬鹿じゃないんでね。

 それじゃ気を取り直して、おめでとう二人とも、今からラストステージのルールを発表する』

 

 告げた直後、世界はガラリとその姿を変えた。

 膨張し、壁が消え、全てが一度均される。

 そして造られた。

 大地が、空が、太陽が、

 岩が、砂が、廃屋が、

 そして、今回の『的』が――――

 

『おっと、今回は荒野ステージか。んー、運がいいのか悪いのか。収穫祭に合わせて確率は調整しといたはずなんだがなぁ。……まあいいか。ラストステージはズバリ、実戦形式のシューティングだぜお二人さん』

「…………いよいよ収穫祭要素が皆無となってきましたね」

 

 柊のぼやきも当然だ。なんせこの世界、緑が一つもない。何処までいっても、何処を見ても、有るのはくすんだ茶色だけ。もしくはコンクリの灰色。

 農作物の豊作を願い、祝う収穫祭とは真反対の光景だった。故に確率の調整がされていたのだろうし、主催者もまさか引き当てられるとは思って無かったに違いない。

 

「(それならいっそ、抽選から外しておけばいいものを。リメイクが雑ですね、まったく……)」

 

 柊の呟きは、幸いにもアナウンスの声にかき消された。

 

『ルールは単純。無限に、一定の間隔で一定量湧く(人形)を倒し続けるだけだ。時間制限も弾数制限もないから、どこまでもポイントを稼げるぜ。

 まあ、言うなればボーナスステージって奴だ。ただし、景品獲得の最低ラインはちと高いから気を付けろ。その分景品は豪華だから心配すんな。

 そんでここ重要。ラストステージでは、提供される銃器の他に幾つかの玩具(おもちゃ)を選ぶことが出来る。種類はステージごとに違っていて、この荒野ステージでは――――』

 

 何もない空間に光が集まり、いくつものオブジェクトを形作っていく。

 大小様々、遠距離中距離近距離、各レンジ特化の銃器がずらりと並ぶ。使えるだけで銃に疎い柊には、そのほとんどの情報が無かった。ただ、いくつかの銃器は記憶していたため、今回はそれを使おうと静かに決めた。

 

 ――――そして。

 その隣に、鈍色の玩具は並んでいた。

 

「…………収穫……祭?」

『そう首を傾げんなって。俺らだって分かってるからよ、それが場違いだってことくらいな』

 

 並んでいたのは様々な――――爆弾。

 C4などの無線起爆式の物から、着火起爆式のダイナマイトまで。中には、見たことも無い色と形をした奇妙な物も在った。

 

『いやぁ、まさか選ばれるなんて思って無かったもんでな、設定とかそのまんまなんだわ。で、此処、荒野ステージで使用できるのは爆弾(それ)ってわけだ』

「……まあ、いいですけど。そんなことよりルールの続きを」

『感謝する。んじゃ決着のつけ方だが、これもシンプルで――――』

 

 そして男は言った。

 声のトーンを一段下げて、どこか何かを含んだ声で。

 言った。それを、告げた。

 

 

 

死亡すること(・・・・・・)、――――そんだけだ』

 

 

 

 頭から氷水をぶっかけられた。そんで大きな氷の塊が頭頂部に激突した。そんな気分だった。

 その隣で十六夜も目を見開いていた。流石に、『死亡』などという不穏なワードを出されては黙ってられないのだ。ショックから立ち直った柊と共に、こちらを見ているであろう男を睨みつける。

 その姿に。今すぐにでも戦争をおっぱじめそうな二人の姿に、

 

『…………ん? んん…………⁉ ちょっ、ちょっと待て! 落ち着け、違う! 死ぬっつっても本当に死ぬわけないだろ! このギフトゲームは《龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)》連盟から安全性を保証されてんだ、その顔に泥を塗るわけないだろ!』

 

 向こうの慌てっぷりが容易に想像できた。

 どうやら誤解だったようだが、この件は完全にあちら側に非があるだろう。

 

「…………その割には何やら愉しそうでしたが?」

『い、いやぁー。わざと意味深な口調で言って、そんで慌てふためく参加者の姿を見るのが半ば癖になってると言いますか……』

有罪(ギルティー)。十六夜、搾りつくしますよ、こいつら」

「…………」

「? どうかしましたか?」

 

 二つ目の問いかけにも応えることなく、十六夜は神妙な面持ちで逆に問うた。もっとも、相手は柊ではなかったのだが。

 

「『死亡した時』、……それならこのステージには命の概念があるってことだろ。そこら辺も説明しろよ」

『……おっと失礼、うっかりしてた。そう、このステージには命の概念がある。命っつうか、ゲームっぽくHPって言ったほうが良いな。まあ要するに、ダメージを受ければ(・・・・・・・・・)それが減る。ゼロになったら死ぬ、そういうことだ』

 

 因みに残量は手の甲に表示されるから。男はそう言って通信を切った。随分乱暴な態度だが、もしかしたらこれが本来の姿なのかもしれない。……とすると、さっきまでの丁寧な説明は罪滅ぼし(・・・・)のつもりだったのだろうか。

 

「もしそうだとしたら随分と温い考えですけど。……さて、銃を選びますかね」

「そうだな」

 

 そう言って共に銃器の前に立つ。――と言っても、柊は既に選択を終えていたのだが。

 

 柊が選択したのは、『P90』と呼称される短機関銃だった。

 人間工学に基づいた設計がされているらしいフォルム。装弾数が50発と多く、連射性能の高い他の銃器に比べて軽いとかなんとか。

 ――――そしてなにより、これが一番使用されたと、そう記憶(きろく)にあったから。だからこれを選択した。

 

 主武装を決め終わった柊は、隣に並ぶ爆弾の山からポピュラーなものをいくつか選び取る。

 それが終わった時、ちょうど十六夜も装備が完了したようで、

 

「へえ、P90か。ま、お前の腕力ならそれが最善だろ」

「そう言う十六夜は何を選んだんですか――――、うわ」

 

 十六夜の両手には巨大な銃が握られていた。

 名前も知らない見たことない銃。だが、それでも解る。これは――――重機関銃。一人では携行することも出来ない程、重い銃だということが。

 

 それを十六夜は二丁、

 両の手、それぞれで一丁ずつ抱え込んでいた。

 

「うわ…………」

「これが俺にとっての、――このステージでの最良の装備だ。間違いなくな」

「色々と酷い光景ですが……まあ、その通りですね。……そうでした、うっかりしてました。十六夜の膂力ならこういう馬鹿げた装備が出来るんでした……」

 

(――……これ、私に勝ちの目なんて無くないですか?

 装弾数も連射性能も弾速も、どれもこれもあちらの方が上で、しかもそれが二丁。更に十六夜には、あの高機動力がある……)

 

 なんとも解りやすい窮地だった。――いやあ参った。

 元々こういう(・・・・)ゲームで十六夜に勝てるとは、確実に勝てるとは思っていなかったけれど、ここまで戦力に差が出来るとは流石に想定外。

 

『二人とも準備が終わった様ですね』

 

 何もない中空から声が落ちてくる。

 

『それでは転送します。――――カウントスリー。ツー、ワン、』

 

 

 

 その刹那。

 眩暈にも似た感覚と共に世界は一変した。

 

 荒野、地平線、

 ――――そこはすでに戦場だった。

 

 

 




おまけ:白虎さん

【挿絵表示】



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