担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

48 / 58
原作と一日だけ日付が違います。


第四章-α 収穫祭編
第一話 収穫祭へようこそ


 ――――『アンダーウッドの大瀑布』フィル・ボルグの丘陵。

 丘の上の外門から出た皆々に、水を多分に含んだ風が吹き付ける。眼前に聳える巨大な水樹から溢れた水が、風に乗って飛んできているのだ。

 眼下には樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市。

 水樹が造りだした滝の先には、加工された翠色の水晶でできた水路が拡がっている。

 

 まさに圧巻の光景。

 場の何人かは言葉を失い、彫像の如く固まったままそれに見入っていた。

 その時、ある怒鳴り声が静寂を打ち砕いた。

 

「バカじゃないですか⁉ 一体貴方、何を考えているんですか‼」

 

 声の主は柊。その彼女らしからぬ大声は、全て十六夜に向けて放たれていた。

 

「私言いましたよね、収穫祭には行けないと。理由もきちんと話しましたよね⁉ ――なのに、なんだって貴方は!」

 

 柊がここまで声を荒げるのも無理はない。天軍が感づき動き出したにも拘らず、十六夜は強制的に収穫祭へと連れ出したのだから。

 

「お前が危惧してんのは天軍に見つかる事だろ? ――対策があるから連れてきたに決まってんだろうが」

「……対策?」

 

 十六夜はそう言って、ギフトカードから一つのペンダントを取り出した。チェーンの輪に紫水晶が付いたデザインで、シンプルだが綺麗な一品。

 

「鳴から貰ったんだがな、これには周囲の霊力を吸い取る恩恵が付与されているらしい。天軍は四神の霊力をサーチしているわけだから、これをつけていれば、万が一にも見つかる事はないだろ?」

 

 もっとも、封印を解けばさすがにばれるけどな。そう言って、十六夜はペンダントを柊の首に掛けた。

 一瞬の脱力感。一気に吸われ、体内の霊力バランスが崩れかける。だがそれも直ぐに直ったので、柊は周囲に意識を向けてみた。

 十六夜の言葉――つまりは鳴の言葉に嘘はなかったようで、微弱だが常に漏れ出していた霊力が、今ではほとんどゼロになっていた。

 

「ほら、これなら心配ないだろ?」

「確かに……そうですが。それなら私ではなく、母体(マザー)と共に回るべきでは?」

「それはそうなんだが、……どうせお前改竄するだろ?」

「ええ、まあ。都合の悪い事だけですけど」

「じゃあ無理だな。どうせ俺、何かにつけて情報流すし」

 

 ヤハハ、と笑う十六夜。

 柊もそれは身に染みて知っていた。この一ヵ月、十六夜は何の脈略も無く情報を伝えに掛かってきたのだから。

 仕事中はもちろん、あろうことか危険なギフトゲームに挑戦している時すらも。――その時はリアルに死を覚悟した。その後、全力(エネルギー球十個乗せ)の右ストレートをお見舞いしてやったが。

 

「お前が改竄できるのは、『お前が表に出ている時の記憶のみ』だと俺は推察するが――正解だろ?」

「…………ええ、合ってますよ」

「それなら、いっその事お前と回って、都合の悪い話だけ改竄させれば良いと思ったんだが。一々入れ替わるのも大変だろ?」

「…………」

 

 十六夜の話はとても合理的だった。

 それは『柊』にとっても益のある話で、警戒の網を常に張っていなくていい分、むしろ益しかなく断る理由が無かった。

 

「…………」

 

 

 

 ――――だが。

 普段なら即決するであろうその提案を聞いて尚、柊は黙り込んだままだった。

 

 

 

「……どうした? 悪い話じゃねぇと思うんだが」

「…………、……ええ、そうですね。いい提案だと思いますよ。

 ――――それでは今日は、僭越ながら(わたし)が、華蓮(マザー)の代わりを務めたいと思います」

 

 首に下がっている紫水晶をぎゅっと握り、そう柊は言った。

 ――――痛かった。得体のしれない痛みが、十六夜の言葉を聞くたびに、言葉を口にするたびに、――ズキッと、襲いかかってきた。

 

 そんな千々に乱れる心模様を知ることなく、十六夜はニッと笑みを浮かべ、

 

「そんじゃ決まりだな。今日はお前と収穫祭を回るってことで。――――ほれ」

「…………はい?」

 

 突如として差し出される十六夜の手。

 意図が読めず、頭上にクエスチョンマークを浮かべる柊に、十六夜は苦笑し、

 

「『はい』じゃねぇっての。手ぇ出したんだ、そこはお前の方から取ってほしかった所なんだが……まあいいか」

 

 柊の手を取った。

 

「――――!」

「そんな硬くなんなよ。もっと楽しんでいこうぜ、せっかくの収穫祭なんだからな!」

 

 そう言って十六夜は、柊の手を取ったまま歩きはじめた。

 為すがまま連れていかれる柊は、

 

「…………っ……」

 

 その背中を見て。

 ――――ズキッと、再び襲ってきた痛みに耐えていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 丘を下りしばらく歩けば、そこは幻想的な地下都市だ。

 樹の根が互いに絡み合って造られた幾層もの足場を水が伝い流れ落ちていく。ドォッと落水の衝撃で舞った水が、根の隙間から差し込む光でキラキラと輝いていた。

 

 十六夜と柊は地下都市(そこ)にいた。

 外門を出た後、柊と共にここまで下りてきたのだが――

 

 二人は暫し立ち尽くしてしまった。

 眼前に広がる幻想的な光景に感動したのは当然。巨大水樹の根が造り上げたこれまた巨大な地下空間に息を呑んだことも必然。

 しかし今二人を縛っていたのは、それらとは全く違う、言葉に出来ない何かだった。

 

 もちろん、この絶景を設計し造り上げた見知らぬ誰かに闘志を燃やすことも忘れていない。だが、その思いを覆い尽くすほどに圧倒的な何かを、二人は感じ取っていたのだ。

 

「――すっげぇな…………」 

「ええ…………、すごく……綺麗……」

 

 二人の横を参加者が通り過ぎていく。

 そのほとんどが立ち尽くす二人に奇異の視線を送ってくるが、それすら今の二人には届かない。ただジッと、目の前に広がる世界に心を奪われていた。

 

 

 

 

 

 二人が現実に戻ってきたのは、たっぷり十分が経過した時だった。

 ほとんど同時にハッとし、自分たちがどれだけ衆目を集めていたか悟る。そしてばつが悪そうに頬を掻きながら、どちらからともなく歩き出した。

 

 二人は暫し無言だった。無言で螺旋状の通路を上へと昇っていく。

 この二人であっても、十分もの間衆目に晒されていれば気恥ずかしさくらいは感じるのだ。

 

「――……いやまさか、あんなことになるとはな」

「ええ……、私としたことが、つい見惚れてしまいました。……しかし十分ですか……体感では一分程度だと思っていたのですがね」

「不覚だ……、まさかこの俺が、あんなあっさり陥落するとはな。やるじゃねぇかアンダーウッド――――‼」

「ええ……、そうですね……」

 

 感動と衝撃を燃料に炎を再燃させる十六夜に対し、柊はどこかぼんやりとした表情で言葉を返した。

 

 正直なところ、柊は己自身に困惑していた。

 プログラムであるはずの自分が、造られた存在である自分が、――感情を持たないはずの柊が、確かにあの瞬間、心を奪われた。――『感動』していたのだ。

 

(もしかすると、これは……)

 

 前兆は以前からあった。そして今回の事で確信した。

 十分間も『感動』し放心してしまった以上、もう誤魔化すことなど出来ない。柊は、己自身に言い聞かせる。

 

 

 

(……壊れて(おかしくなって)いる、……で、間違いないでしょう)

 

 

 

 柊は一人納得する。その事実は驚くほど簡単に、ストンと呑み込むことが出来た。

 

(やはり十世紀もの間、ほとんどノーメンテで稼働していたのが不味かったのでしょうか。時間と共に霊格も摩耗すると聞きますし)

 

 こうなると可及的速やかな修復が必要となってくる。任務は未だ完遂されていないため、柊はここで消えるわけにはいかないのだ。

 

自己修復(オートリペア)には限界がありますし、そもそもそれでは深部に手が届きません。……となると母体(マザー)の知人に頼るしかないわけですが、……出来ることなら、私の存在は可能な限り伏せておきたいわけで……)

 

 誰か都合の良い術師はいないですかねー、と柊が頭を悩ませていると、横合いから何やら香しい香りが漂ってきた。

 見やると、いつの間に買って来たのか、十六夜が焼けたチーズを食べていた。立ち上る湯気は焼き立ての証。一口大に分ける際に作られる白いアーチは、食の枠を超え、ある種官能的ですらあった。

 

「…………」

「おう、そんなに睨んでどうした?」

「…………別に何も」

「欲しいんだろ」

「…………ちっ、…………何処で売ってますか、ソレ」

 

 思わず舌打ちを一つ打っていた。

 その珍しい行為に十六夜は目を丸くする。そしてぷっと吹き出すと、出店の一角を指さした。

 

「……ちょっと行ってきます。待っててくださいね」

 

 背を向け、駆け足気味に向かう。

 自分の中で一応の結論が出たおかげで、こういった行動に抵抗が無くなってきていた。

 原因が分かったのなら、少なくとも『得体のしれないもの』ではなくなる。――消滅を回避しようとする柊にとって、それはかなり大きいのだ。

 

「すいません、『白牛の焼きたてチーズ』を…………二つ、ください」

「あいよ! 少し待ちな!」

 

 対抗意識から二つ注文する。

 頭にタオルを巻いたいかにもな獣人(おっちゃん)に代金を払い、柊は十六夜の元へ戻った。

 

「ただいま帰りました」

「おう、……ってお前その袋。一個だけじゃねぇのかよ」

「ええ、二つ買ってきました。見せつけながら食べてやろうと思いまして」

「うっわひでぇ」

 

 憎々し気な表情を浮かべる十六夜に若干の優越感を感じながら、柊は熱々のチーズを千切り、口の中に放り込んだ。

 途端、口内に広がる濃厚な味。乳製品特有の風味は癖が無くまろやかで、ホクホクの食感と相まり、枠を超えた新境地に達していた。

 

「……美味しい」

「おっ珍しいな、お前が味の感想を言うなんて。…………いや、マジで珍しいな。何があった」

「……美味しいと言っただけでここまでの言われよう。釈然としませんが、……まあ貴方には伝えておいたほうが良いですかね」

 

 二口三口とチーズを食べ進んでいく。そうしながら柊は、さらりとその事実を口にした。

 

「――――()壊れてるみたいです(・・・・・・・・・)

 

 十六夜の目が見開かれる。

 

「兆候のようなものは以前からあったんですが、確信したのはついさっきです。致命的という程ではありませんが……」

「それは……大丈夫なのか?」

「まだなんとも。自己修復で直せない深度なので、後日、知り合いの術師の頼むことになるとは思いますが」

 

 チーズを食べながらの返答。既に半分が胃の中に消えていた。

 十六夜は眉を顰め、

 

「なあ、お前の存在は出来るだけ隠しておくんじゃなかったのか?」

「もちろん、当たり前ですよ。ですので、担当してもらう術師の方には必要最低限の情報しか与えないつもりです。それでも何かしら知ってしまった時は――――スパッと記憶を消して(・・・・・・・・・・)しまって(・・・・)……」

「お、おう」

 

 あまりにもエグイ処置に思わず引いてしまう十六夜。

 流石にそれでは担当した術師が可哀想だ。なにか代案を考え――――

 

「……なあ、その修復ってのは難度が高かったりするのか?」

「? いいえ、そんなことは。霊力の基本的な扱いさえマスターしていれば、それこそ誰にでも――」

「なら修復(それ)、俺が担当しよう」

 

 ゴホッと咳き込む。

 華蓮の記憶から、十六夜がそれを習っていること――義手(右腕)を扱うために必須だったため――は知っていたが、まさか自分から言い出すとは思わなかった。

 

 柊は自分のことを客観的に、『母体を救う道に立ちはだかる最大の障害』と認識している。

 その最大の障害を、あろうことか直す? ――裏を警戒するのも当然だった。

 

(……ふむ、修復に託けて、私や担い手のデータでも漁るつもりなのですかね? だとしたら、甘い考えだと捨て置くことも出来るのですが、相手はあの十六夜ですからね……)

 

 内部セキュリティは正常に稼働中。万に一つもデータ漏れ、データ盗難など起こり得ない。

 起こり得ないのだが、深部に触れられる以上油断は出来ない。しかも相手はあの十六夜で、おそらく鳴から知恵を借りている。――完全に無視することなど出来なかった。

 だが十六夜の提案が最善であることも事実で――――

 

「……信用できません」

「ま、そりゃそうだ。この俺の提案をあっさり二つ返事で快諾されたんじゃ、逆に屈辱だっての」

 

 両の手のひらを上に向け、笑いながら首を振る十六夜。

 話が話だけにチーズを食べられない柊は、半分ほど残ったそれを持ちながら、「ですが」と続けた。

 

「それが最善であることも事実。――それなら、絶対的な強制力(・・・・・・・)でも使うしかありませんよね」

「はん、なるほどねぇ」

 

 残ったチーズを口の中に放り込み咀嚼。じっくり堪能してから胃に送り込み、柊は告げた。

 

 

 

「私とギフトゲームをしましょう、十六夜」

 

 

 

 告げられた瞬間、虚空に一枚の契約書類(ギアスロール)が出現した。まっさらで何も書かれていないそれに、柊の告げるルールがザザッと書き込まれていく。

 

「シンプルにいきましょう。

『ルール』――交互にリトルゲームを開催し、それの勝敗を競う。原則としてゲームルールは自由。ただし、過度な破壊と衆目を集めるものは禁止とする。

『勝利条件』は……そうですね、先に三勝した者としましょう。

『敗北条件』は『勝利条件』の逆で。

 最後に制約を。『互いにギフトは、この(・・)ゲーム開始時に決めた一つしか使用できない』――と、これでいいですかね」

 

 契約書類が二人の手元に舞い落ちてくる。

 それを手に取りざっと見た十六夜は、さっそく細かい部分の確認に入った。

 

「確認だ。この『決めた一つのギフト』には、俺の『正体不明(コード・アンノウン)』の様な、生来備わっていたギフトも含まれるのか?」

「はい、含まれます。こちらの『四神の担い手』も同様ですね。

 つまり、もし貴方が『正体不明』を選択しなかった場合、このギフトゲーム中それは制限され、貴方の超人的な身体能力は失われるというわけです」

 

「……なるほどな。

 次、――仮に収穫祭の出店を使ってリトルゲームを行った時、盛り上がりによって衆目が増えるのはありか?」

「ふむ、……ありとしましょう。時間は特に制限しませんが、常識の範囲内ということで」

 

「……よし、了解。

 最後、――報酬は?」

「『一回限りの強制命令権』で」

「……お前確かそれ、デフォで持ってなかったか?」

「……前に十六夜、思い切り拒否していたじゃないですか」

「そうだっけか」

 

 そうですよ、と告げ、柊は抱えていた袋からチーズを取り出した。そしてそれを半分にし、十六夜に差し出す。

 

「いいのか?」

「……まあ時間もそんなにありませんし。私的には、貴方のあの表情が見れただけで十分満足なので」

「へぇへぇ、それは良かったな」

 

 揃ってチーズを口にする。

 それは少し冷めていたが、なんとなく一つ目より美味しい気がした。本当になんとなくだが。

 

「んっ……、それでは始めますか。――私は『四神の担い手』を選択します」

「へぇ……、俺はもちろん『正体不明』だ」

 

 全ての記述が終わった契約書類が発光する。

 

 ――――それが始まりの合図。

 このアンダーウッドの地で、二人のギフトゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ギフトゲーム『Three fifths』

 

『参加者』

 ・柊華蓮

 ・逆廻十六夜

 

『ゲームルール』

 ・プレイヤーは交互にリトルゲームを開催し、その勝敗を競う。

 ・開催されるリトルゲームのルールは、原則として自由とする。ただし、過度な破壊と衆目を集めるものは禁止とする。

 

『勝利条件』

 ・先に三勝する。

 

『敗北条件』

 ・通算で三敗する。

 

『制約』

 ・プレイヤーがゲーム開始時に選択したギフト以外を使用不可とする(このルールによって生命が脅かされる場合、例外として『起動』させ続けることは可能とする)。

 ・柊華蓮の所持するペンダントは例外とする。他の用途に使用した場合、柊華蓮はリザルトに関わらず敗北となる。

 

『報酬』

 ・相手プレイヤーに対する『一回限りの強制命令権』

 

『使用ギフト』

 ・柊華蓮――四神の担い手

 ・逆廻十六夜――正体不明

 

 以上の事を守り、互いに正々堂々戦うことを誓います。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 




柊の強制命令権は、十六夜のギフトで『拒否』できます。命令にもよりますが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。