担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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今回色々と判明しますが、人によっては気分を害するかもしれません。


Scene8:柊と月、明かされる終り

 再び凍り付く応接間。視線が集まる。

 声で何者かは想像がついていた。しかし、誰もが信じられないでいた。まさかそんなはずは無い、と誰もが胸に抱いていた。――ただ一人、十六夜を除いて。

 

 視線の先。先程まで皆が座っていた長机。確かそこに彼女は突っ伏していたはずだ。

 今まで黙っていたために、すっかりその存在を意識の隅に追いやってしまっていたが、確かにそこにいたのだ。

 

 彼女は。

 レイラのマスターである彼女――――柊華蓮は。

 

「華蓮……、何故お前が……」

 

 レティシアの声には、動揺ともう一つ、――憤りが籠っていた。

 自らの過去が明らかになっていくこの状況で、レイラが傷を開いてくれたこの状況で、――あろうことか眠っていただと? 

 冗談でも性質(たち)が悪い。到底許すことは出来ない所業だ。

 

 しかし華蓮は、レティシアの内心をまるで気にすることなく、相変わらず気の抜けた声でこう続けた。

 

「あれ? なにこの空気、――ちょっとちょっと、なんでこんなにピリピリしてるんですか。やめましょうよ、――仲良く行きましょうよ」

 

 ――いや、この空気を作った原因は間違い無くお前だ。

 皆一様にそう思った。

 そんな中、レティシアがおもむろに口を開く。

 

「華蓮」

「? なんですか、師匠?」

 

 首を傾げ、普段通りに問い返す華蓮。

 その華蓮の態度に、レティシアの神経が逆撫でされる。しかしそれをグッと堪え、

 

「……冗談で済ませられる事では無いが、一応聞いておく。――――眠っていたというのは(・・・・・・・・・・)本当か(・・・)?」

 

 そう告げた。

 それは内容的にも、先程十六夜に言ったのと同じ類のもの。所謂――最後通告(・・・・)

 ここまでふざけた態度をとっている華蓮に対し随分と甘い処置だが、返答を誤れば、即あの拳が飛んでくることは間違いない。

 

 華蓮には、物理的なエネルギーを分離させるギフト――――『万長権限(プレジデントコード)』がある。しかしだからといって、殺人級の一撃を積極的に食らいたいとは思わないだろう。

 それに何より、ここでレティシアの一撃を食らうことになれば、もう二度と、《ノーネーム》の敷居を跨ぐことは出来ないだろう。そんな当たり前の事、火を見るより明らかだった。

 

 果たして、華蓮は、

 

 

 

「すいません師匠、眠っていたことは事実です。

 ――――だってレイラの話(・・・・・・・・)無駄に長いんですもん(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 ――ブチッ、と。

 レティシアの中で、何かが切れる音がした。

 

「――――是非も無し」

 

 ゴオッ‼ と、レティシアを中心に大気が軋んだ。

 その足元の影が蠢き始める。形を変える。

 平面から立体へ変化する。――その形は龍。

 

 龍の遺影。

 レティシアの保有するギフトの中で、高位に位置づけされる強力な代物。先の十六夜の時ですら使わなかったそれを、本来ならば魔王戦で切るべき切り札(それ)を、――ブチ切れたレティシアは思わず使っていた。

 

「貴様ら……揃いも揃ってここまで腐っていたか……! もはや言葉は不要。己が愚行を胸に抱き天を仰げッ‼ この愚か者共がッ――――‼‼‼」

 

 影が伸びる。

 狙いは正確無比。真っ直ぐ華蓮へと進む。このまま進めば、間違いなく胴のど真ん中に突き刺さるだろう。

 

 しかし、それを黙って見ている十六夜では無い。

 一足で間に割って入ると、左腕で影を殴りつけた。途端、影はガラスの様に砕け散る。

 

「やめろレティシア。こいつは――」

「『やめろ』だと? はっ、笑わせるなよ小僧。ここまでの事をしておいて、――――今更遅いッ‼」

 

 再度影が伸び、華蓮を狙う。十六夜は先ほどと同じ様に殴り砕くが、即座に違和感を感じ取った。

 ――手ごたえが軽い。

 それが何を意味するか瞬時に判断した十六夜だが、一瞬遅い。既にレティシアは、次の手を打っている。

 

 影を分散させ多方向から狙いながら、レティシア自身も距離を詰める。

 白兵戦。近接格闘。

 十六夜を知る者ならば、出来る限り避けようと思うそれをレティシアが選択したのには、確固とした理由が――勝算があった。

 

 

 

 レティシアは、再びその桁外れの腕力を開放した。

 後ろに華蓮がいる十六夜に、回避するという選択肢は無い。

 十六夜は迎撃を選ばなかった。腕をクロスさせ、その交点で拳を受ける。

 

 ――ゴキリ。嫌な音が鳴った。

 拳を振り切る。十六夜の脚が床を離れ、その身体は後方へと吹き飛んでいった。

 華蓮の守りが消えた。

 レティシアは、拳の届く範囲内に華蓮を捉えると、ギリッとその拳を引き絞った。

 

「情けだ、(これ)にしておいてやる。――――歯を食いしばれッッッ‼‼‼」

 

 華蓮は動かない。当たっても平気だと考えているからだろうか、その表情に焦りは無い。――だがレティシアには関係なかった。

 通じないのであれば逆に都合がいい。その時はいくらでも殴りつけるだけだ。

 

 十六夜が叫ぶ。構わずレティシアは、その拳を振り下ろした。

 

 

 

「――そこまでだ(・・・・・)!」

 

 

 

 静止の声が聞こえたのは、正にその時だった。

 ピタリ、とレティシアの拳が止まる。それだけ、声の主が意外だったのだ。

 

 鳴宮鳴。

 一連の流れを黙って見ていた彼女が、応接間に響く声を上げたのだ。

 

 もしこれが十六夜やレイラであれば、レティシアは拳を止めなかっただろう。

 しかしこの女性なら話は違う。

 この鳴宮鳴という女性の異名は――《箱庭最凶の遊び人》。娯楽主義の最上級者である。故に普段の彼女ならば、この状況を止めない。面白く思わないだろうが――止めることだけはしないだろう。

 

 鳴は無言で近づくと、その高身長を利用して華蓮を見下ろした。すると華蓮も、負けじと見上げ、睨み返す。

 

お前(・・)誰だ(・・)?」

「誰? 鳴さん、私は私ですよ。貴女のよく知る、『柊華蓮』ですよ」

「違うね。確かに器はひーちゃんだが、中身が違う。ぶっちゃけ気持ち悪いんだよ、お前。演技の上手い下手以前に――気持ち悪い」

 

 その言葉に、華蓮は――クスリ、と笑った。

 

「流石のご慧眼ですね、鳴さん。貴女、――――やはり嫌いです(・・・・・・・)

 

 ガラリ、と口調が変わる。

 それと同時、その顔から一切の感情という感情が消失した。

 

 無表情。

 先ほどの鳴とは比べ物になら無い程に感情を感じさせないその姿は、まるでアンドロイドか何かを見ているようだった。

 

「くはっ、ようやく顔を出したな。――……ええと?」

「『柊』――だ、鳴」

 

 十六夜が言う。

 鳴は心底意外そうな顔をして、

 

「おっと? まさかお前が教えてくれるとはな。確かお前、ひーちゃんの従者じゃなかったか?」

「いいのさ。お前の言った通り、俺は華蓮の従者だ。――間違っても、『柊』とかいう一族の従者じゃない」

「はっ、どんな屁理屈だよ」

「いいじゃねぇか。華蓮救うんだったら、屁理屈や嘘の一つや二つ許容出来ねぇと無理だっての」

 

 一度だけ息を吐き、どこか吹っ切れたように笑う十六夜。隠し事が無くなり、肩の荷が下りたという感じだ。

 その時、華蓮――もとい、柊が口を挟んできた。

 

「十六夜。別に貴方が何をしようが、何を言おうが構わないのですけれど、――話すのでしたら、きちんと紹介してくれません?」

 

 相変わらずの無表情だが、若干声に不満の色が混じっている――気がする。まあ確かに、説明不足感は否めない。

 十六夜は手を振って「了解」の意を示すと、未だ状況を飲み込めていないレイラとレティシアに向けてこう告げた。

 

「レイラ、レティシア。今まで黙ってて悪かったな。こいつは、強力な耳栓(・・・・・)こと――『柊』だ」

「――――逆立ち(・・・)

 

 柊が無感情にそう言った直後、タイムラグ無しで逆立ちをする十六夜。柊は続けて、「しばらくそのまま(・・・・・・・・)」と告げた。

 鳴までもが言葉を失う光景の中、柊はため息をつき、

 

「どう考えても説明不足でしょう。なんですか耳栓って」

「事実だろうが。――つうかそんな事より、唐突に命令すんのやめろ。身体が勝手に動き出すんだぞ? 怖えっての」

 

 どうやらこれは、強制命令が使われた光景らしい。

 三人とも初見だった。

 華蓮が強制命令(これ)を使った場面など、三人は知らない。

 

 気を取り直し、柊は自らの事を三人に紹介した。

 それは鳴にとって興味深いものであり、レティシアの意識に空白を生み出すものであり。

 そして。

 レイラにとってそれは、何世紀にも及ぶ因縁を感じさせるものだった。

 

 

 

「私は、封印術式――『四神相応』に憑く霊。

 新たに追加された『私』と融合し、表層化した裏人格。

『柊』らしくあるために、担い手の人格を矯正し続けてきた存在。

 

 それが私、『過剰防衛機構(システム)憑き、学習思考型霊体』――――『柊』です」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「人格を矯正ですって……? まさか貴女、ずっと……⁉」

「そうですね。その通りですよ、朱雀。私はずっと――初代からずっと、人格を矯正してきました」

 

 機械的に、――柊はそう締めくくった。

 しかしレイラは、それを最後まで聞くことが出来なかった。呆然としてしまったのだ。

 

 長い年月、担い手と共に過ごしてきたレイラだが、その思い出が全て辛いものだったわけでは無い。当然、楽しい思い出もあった。

 しかし今、柊は告げた。『人格を矯正し続けてきた』と。

 矯正という言葉が、どの程度の範囲を指しているかは分からないが、何世紀にも及ぶ付き合いの中に『柊』が紛れ込んでいる可能性は極めて高い。

 

 そのくらい、と思うかもしれない。だがレイラにとって、それらの思い出は『そのくらい』ではないのだ。

 アレとかソレとか、あんな事やそんな事、あの会話にその会話、――ぶっちゃけた話、もしも『柊』だったら、と思うだけで気恥ずかしくなるエピソードが満載なのだ。

 

(いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――‼⁉⁇)

 

 そんな、顔から火が出そうなレイラに向けて、鳴が口を開く。

 

「レイラちゃん、思うところが色々あると思うけど、今は我慢してくれ。俺もちょっと、聞きたいことが出来たんでね」

「聞きたいことですか。構いませんよ、鳴さん。――といっても、十六夜達が知っていること以上の事は話せませんけどね」

 

 そう言って柊は、先の騒ぎで倒れてしまった椅子を元に戻し、座った。

 

「何なりとどうぞ」

「そうか? んじゃあさっそく、――何故あんな真似をした(・・・・・・・・・・)?」

 

 鳴の声が低くなり、プレッシャーが増した。

『あんな真似』、がレティシアに対する挑発の事を指していることは明らかだった。

 しかし柊はとぼけた様な調子で、

 

「あんな真似、とは?」

「とぼけんなよ。――お前が不必要な挑発をしたおかげで、危うくレティシアちゃん――ひいては、《ノーネーム》との関係が破綻するところだっただろうが。それについての理由が聞きたいんだが?」

「ああ、そのことですか」

 

 まるで取るに足らない事の様に柊は言う。

 その様子を見て、直感的に十六夜は悟った。ああ、また俺絡みの件か――と。

 

「理由も何も、貴女が危惧していた通りですよ。私は初めから、母体(マザー)と《ノーネーム》の関係を壊そうと思っていました」

「――――ほう」

「壊そうとしていた理由を上げるならば――そうですね、邪魔だったから、ですね。正直、仲間だとか友人だとか、そういう親しい人は要らないんですよ。

 私達が欲しいのはただ一人、十六夜だけです。――極論になりますけど、十六夜さえいれば、後の関係は全破綻していようと構わないんですよ」

 

 だから必要以上にお道化てみせ、煽り――関係を壊そうとした。華蓮が望む望まないに拘わらず、ただそれが『柊』らしいという理由だけで。

 

「母体が余計な情報を得ないよう、私が表に出て来たのもそれが理由です。母体が不必要な情報を得て、『(わたし)』が否定されては困るので」

「そのわりには出てくるのが遅かったじゃねぇか。話の初め、お前出てきてなかっただろ」

 

 逆立ちしたまま、そう十六夜は言った。

 柊はそれを一瞥し、「そうですね」とあっさり認めた。だが続けて、

 

「何故なら今回の場合、その『余計な情報』には含まれませんので」

「なに……?」

「まさか気づいていないのですか? 母体の過去を――いえ、担い手のルーツを伝えるという事には、それ相応のリスクが含まれるのですよ?」

 

 何もない空中に手をかざし、ギフトカードを取り出す柊。

 

自覚すること(・・・・・・)、それが唯一のリスク。担い手としての要素を全て備えていた母体が、しかし担い手となれなかった原因です。自覚していなかったからこそ、母体のギフトカードに、その名は刻まれていませんでした」

 

 柊がギフトカードを皆に見せる。

 

 

 

「しかし自覚した今、母体はこうして(・・・・)――担い手を受け継ぎました」

 

 

 

 その最上段に刻まれた新たな一行を視界に収めた瞬間、場の全員は得体のしれない不安感を覚えた。

 最上段、そこには確かに――『四神の担い手』と、刻まれていた。

 

「貴方が何を考えていたのかは知りませんが、しかしこれで、この母体もレールに乗りました。後はゆっくりと進ませるだけです。真っ直ぐ、外れないように」

 

 おそらく柊はこの先、今まで以上に表に出てくるだろう。十六夜達が華蓮を救おうと画策する以上、一瞬たりとも油断できないのだから。

 

「これでも本当に感謝しているのですよ。私が直接母体に教えることは出来ませんので、どのようにして伝えようかと思案していましたから」

「んー……、おいおい十六夜よー。どうすんだよこれー。詰んでねーか?」

 

 柊が嫌味ったらしく微笑み、それに便乗する形で鳴も責めたてる。冗談交じりとはいえ、この見事な手のひら返しには、ある種感服せざるを得ない。

 十六夜はそんな鳴をじろりと睨みつけ、

 

「…………確かに、八割方詰んでるかもな」

「はぁ? 何言ってんだお前」

「どう贔屓目に見ても十割でしょう」

 

 揺らぐ。

 逆立ちしながら会話するという、何気器用な事をしていた十六夜が、その身もふたもないダブルパンチで揺らいだ。

 しかしそこはググッと堪え、気を――もとい心を取り直し、改めて十六夜は言う。

 

「いいや、八割だ。俺にはまだ、思いついているだけで二十を超える策があるんだからな」

「はいはい嘘乙。自分だけじゃ救えねぇ、ってさっき言ったばかりだろうが」

「というより、いまさら策なんて通じませんよ? これからずっと私が表に出ていれば、そもそも母体に声は届きませんし」

 

 再び揺らぐ。

 二人から情け容赦なく責められ、十六夜の繰り出したハッタリが悉く論破されていく。……というか何故、柊だけでなく鳴まで論破しているのか。

 

 ――しかし。

 そんな最悪な状況下で、十六夜はあくまで不敵に笑う。

 

「はっ、なんとでも思ってろ。まだリミットまでは時間がある。なら、ここからの逆転も不可能じゃねぇだろ」

「……そうですね。確かに不可能ではないのかもしれません。……ですがその確率は限りなく零です。奇跡にでも縋るつもりですか?」

 

 ――……笑う。

 

「奇跡なんて端から期待してねぇよ。俺は華蓮を救うために死力を尽くす。それだけだ」

「つまりそれは、『とにかく努力する』ということです。ゴールの見えない道を進むなど、気力が持つとお思いですか?」

 

 ――――…………笑う。

 

「……俺は――」

「貴方は、もう十分頑張りましたよ。もういいじゃないですか。

 私はもう何も言いませんから、――残り少ない命(・・・・・・)を楽しめばいいじゃないですか」

 

 ……………………。

 十六夜の表情が凍り付いた、その時だった。

 

「二つ目、いいかい?」

 

 再び手のひらを返した鳴が、図々しくも口を挟んできた。

 しかし柊は特に気にすることなく、

 

「構いませんよ。……と言っても私には、貴女が何を聞きたいのか、既に予想出来ています。――リミット、ですよね?」

「ご名答……ってのはおかしいな。まあその通りだ。聞いた様子じゃ、直接命に係わってくる類らしいじゃねぇか」

 

 一体それは何なんだ、そう鳴は締めくくった。

 その瞬間、十六夜とレイラ――つまり、既に知っている組が顔を曇らせた。……いや違う。十六夜は顔を曇らせているが、レイラは、どこかばつの悪そうな、気まずそうな表情をしている。

 

 鳴とレティシアが注目する中、相変わらず感情の薄い柊が口を開き――告げた。

 

「リミットとは即ち、担い手の最期の仕事が完了するまでの期間を指します」

 

 どこまでも機械的に。

 一切気負うことなく、

 恥ずかしがることもなく、

 

 そして何より無感情に、その残酷な事実を、告げた。

 

 

 

 

 

「――次世代の出産(・・・・・・)

 より正確には次世代を孕んだ時(・・・・・・・・)。その時、次世代の担い手に(・・・・・・・・)全てを伝え(・・・・・)継がせ(・・・)――――母体の生命活動は停止します

 故に、残寿命(リミット)――というわけです」

 

 




今すぐに謎は全部解けませんので、のんびりと先を待っていてください。

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