『四神』が引き起こした惨劇とは。
「『平安京』だと? おいおい
レイラの話の腰を折る形で、不意に鳴が声を上げた。呆れた様な感心したような、どっちつかずの声音だった。
「……わざわざ話の腰を折ってまで言いたかった事ですか、それ。私もその事には驚きましたけれど……」
「わざわざ腰を折ってまで、だぜ。――その女の子が言っていた事が事実なら、その時の年代は、大体千三百年くらいってことだろ? つまり、十世紀ごろにお前達が登場すると推測できる」
「だからなんなんですか? 全ての世界を観測している箱庭を経由するなら、時の概念なんて関係ないでしょう。過去に飛ぶのだって不可能では
「その通り。不可能じゃあない」
レイラの言葉を再び遮り、鳴はニヤニヤ笑いながら言った。
「だが過去ってのは、科学の発達した現代とは違って神秘性が高く、更には、名高い英雄達が生存しているもんだ。――そして何より、現代に繋がる様々な重要事象が起こるのが過去。過去に飛んだ奴らは、その地点に干渉することで歴史を変えやがる。
――だがしかし、だ。歴史が改変されたとしても、一世紀もすれば元に戻っちまうんだよ。面白いことにな」
「俗に言う『修正力』ってやつか」
鳴の話に興味を持ったのか、黙っていた十六夜が口を開いた。鳴は一つ頷くと、
「そう、修正。――たとえ歴史が変わっても、
――つまり、だ。何世紀も続く改変は稀なんだよ。先に言った通り、ほとんどが一世紀そこらで元に戻るからな。――――
普通の方法じゃあ無理だな。そう言って、鳴は口を閉ざす。ニヤニヤと笑みを浮かべているが、もうこれ以上話す気はないようだ。
相も変わらず思わせぶりな態度をとる鳴。彼女はいつだってそうだ。ヒントを与え助言をし、――だが解決は人に任せる。とにかく、『自分一人で全てを解決する』ということをしない。
またいつもの娯楽なのか、それとも別の何かなのか。――どちらにしろ、置き去りにされた者達には堪ったものではない。灯りで筋道を照らして先導し、道半ばで姿を消すようなものなのだから。
「相変わらずだな。そういうところ、本当に華蓮にそっくりだぜ。もちろん悪い意味でな」
「はっはっは、これは俺の性分だからなあ。こればっかりはどうしようもないぜ。――ところで。その
視線が華蓮へと集まる。
視線の先、――華蓮はまるで眠るように、腕を組み机に突っ伏していた。
「…………平気……」
組んだ腕の隙間からくぐもった声が返ってくる。『平気』と言ってはいるが、その姿はどう見ても『平気』ではなかった。
「本当に大丈夫なの? 辛いなら後日にするけど……」
「いいよ、続けて。本当に平気だから」
レイラやレティシアが心配そうに問うが、しかし華蓮は平気の一点張り。レイラ達の方も、明らかに平気ではない華蓮の言葉は華麗にスルー。
埒が明かない問答が繰り返される中、不意に十六夜が間に割って入った。そして華蓮に向けて、短く問う。
「――――
「…………、
「はあ…………、
ため息をつく十六夜。それには若干の諦観が混じっていた。
「レイラ、話を再開してくれ」
「ですが…………、」
「こいつ自身が平気だと――己の
十六夜の言葉を聞き、半信半疑ながらも黙り込むレイラ。自分と同じ一従者――厳密には違うが――であるはずの十六夜に、華蓮の体調変化が分かるとも思えなかったが。
「……本当に大丈夫なんですね?」
「ああ」
「…………わかりました」
遂にレイラが折れた。
華蓮の傍を離れ、自分の座っていた椅子に戻る。レティシアもそれに続いた。
全員が再び席につき、場に沈黙が降りる。
レイラが口火を切った。
「――それでは、再開します」
◆◆◆◆◆
――平安京と呼ばれていた。
目の前で正座する少女は確かにそう言った。
(ならば此処は日本の京――霊験あらたかな神秘の地。過去形の言葉も、三百年という年月の経過、時代の変化によって名が失われたと考えるのが自然ね)
少女の言葉を冷静に分析する朱雀。
そう、あくまで冷静に。此処が外界だという事も、年代も驚くに値しない情報だから。――そのくらいは既に予想済みなのだ。
「貴女様方――『四神』は、約三百年前、突如この世界に現れました。朱い酉――
「…………ふうん。まったく身に覚えがないんだけど、まあこの際どうでもいいわ。――つまり私はその国で大暴れしたわけね。そして、その地を滅ぼしてしまったと、そういうことね?」
「――――
首を傾げる朱雀。この話の流れならば、十中八九この結論で間違いないだろうと、そう思っていたのだが……。
「……薄々感じていましたが、やはり貴女様、覚えていないのですね。罪の自覚は、咎人が最低限行うべきものでしょうに……。
隠す気のない剥き出しの嫌味が飛んでくる。丁寧な言葉遣いの中に紛れている分、インパクトは大きかった。
だがまあこの鳥、伊達に長生きしていない。その程度の嫌味は、耳に胼胝ができるほど聞いているし、もっと悪質な罵倒も大量に浴びている。
だから今回も、――ああ、この子にも感情ってものがあるんだなぁ、くらいにしか考えていなかった。――そんな浮ついた考えは、次の言葉で霧散することとなる。
「貴女達『四神』は、この世界に――
「――――なっ、」
告げられた真実に絶句すると同時、朱雀の中で疑問の一部が解消された。
そもそも『四神』クラスの神獣が、その霊格を保ったまま外界に顕現するなど普通はあり得ないのだ。張り巡らされた数多のパラドックスゲームが、神獣の『外界落ち』を見逃すはずがない。
――にも拘らず、『四神』は今此処にいる。三百年前、『四神』をこの世界に落とした『何者か』が、道理を吹き飛ばした無茶をしたからに違いない。
「…………、」
そしてその無茶の結果、『四神』は外界に顕現した。――
「素質のない人は、霊力を視ることが出来ません。ですが直ぐに、万人が視認できる形で異変が起こりました」
「…………、まさか……」
「霊的災害、――通称、霊災。霊気の乱れによって引き起こされる災害の事ですが、三百年前のそれは史上最大規模のものでした。
もうお分かりですね? ――この世界に出現した膨大な霊力によって、各所の霊的バランスが一瞬で崩壊したのですよ」
あくまでも丁寧な口調で、しかし激しく糾弾するように、少女は核心を告げる。
「それが何を意味するか。――その瞬間、世界各地で極めて大規模な霊災が起こりました。しかもそれは、過去に前例のない種類の霊災で、――正に『天災』だったそうです」
朱雀は何も言えない。この先の結末が既に予想できてしまったのだ。
その結末は朱雀の願いと正反対のもの。朱雀が最も嫌い、憎み、――恐れていたもの。
「朱く色付いた
火は如何なる手段をもってしても消えず、印度を中心に大陸全土へと広がっていきました。……そして、
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
◇◇◇◇◇
意識に空白が生じる。
(今、この子はなんて言った…………?)
理解が追いつかない。大陸全土の焼失? 国民全てが焼け死んだ? スケールが大きすぎる。
だがこれだけは解った。――これは大火災によって生まれた被害。私がこの世界に、不完全な形で召喚されたせいで生まれた被害。
無意識に、理解した。
色々と思惑が交差していたが。
――詰まる所、大陸全土の全人類を焼き殺したのは――私なのだと。
「――――あ、」
『自覚がなかった』は免罪符にならない。数千数万、下手すれば億――それだけの人を焼き殺しておいて、「わざとじゃないんです、赦してください」――なんて、言えるわけがない。
「――――あああ、」
『記憶にない事』は逃避の理由には弱すぎる。私達が引き起こした大災害の記録は、必ずこの世代にまで伝わっている。この後の世代にも伝わっていくはずだ。――自分を偽ることすら出来ない。
「――――わ、わたし、は…………」
そして何より。
この一件は私の願いを――箱庭を敵に回してまで叶えたかった悲願を、致命的なまでに
『ありとあらゆる命が、過不足なく、無事に天寿を全うできる世界を造る。そのためなら私は、魔王にだって堕ちてやるさ』
それは遠い日の決意。万感の思いと、抱えきれないほどの覚悟を背負い告げた――私の原点。それがあったからこそ、私は今日この日まで走ってくることが出来たんだ。
でも
私は大勢の命を奪った。
別にそれは初めての事ではない。願いの実現のため、立ちふさがる敵をなぎ倒し、そして邪魔者を殺してきた。――必要な犠牲だと切り捨てて。
だが今回。
新たに生まれた屍の山に意味はあったのか? ……これは必要な犠牲だったのか? ……私はいったい、何をしているんだ。
――――…………私はいったい、何がしたかったんだ。
そう思うと同時。
私は、自分の中の
朱雀が引き起こしたのは大火災。
残りの『天災』は、
青竜が、大津波。
白虎が、巨大台風。
玄武が、大地震です。