担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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朱雀の願いと罪。
『四神』が引き起こした惨劇とは。


Scene6:赤い罪、朱い傷

「『平安京』だと? おいおい(すっげ)ぇな、そっから捻じ曲がってんのかよ。どうやら犯人(ソイツ)は相当ぶっ飛んだ奴みたいだな」

 

 レイラの話の腰を折る形で、不意に鳴が声を上げた。呆れた様な感心したような、どっちつかずの声音だった。

 

「……わざわざ話の腰を折ってまで言いたかった事ですか、それ。私もその事には驚きましたけれど……」

「わざわざ腰を折ってまで、だぜ。――その女の子が言っていた事が事実なら、その時の年代は、大体千三百年くらいってことだろ? つまり、十世紀ごろにお前達が登場すると推測できる」

「だからなんなんですか? 全ての世界を観測している箱庭を経由するなら、時の概念なんて関係ないでしょう。過去に飛ぶのだって不可能では

 

「その通り。不可能じゃあない」

 

 レイラの言葉を再び遮り、鳴はニヤニヤ笑いながら言った。

 

「だが過去ってのは、科学の発達した現代とは違って神秘性が高く、更には、名高い英雄達が生存しているもんだ。――そして何より、現代に繋がる様々な重要事象が起こるのが過去。過去に飛んだ奴らは、その地点に干渉することで歴史を変えやがる。

 ――だがしかし、だ。歴史が改変されたとしても、一世紀もすれば元に戻っちまうんだよ。面白いことにな」

「俗に言う『修正力』ってやつか」

 

 鳴の話に興味を持ったのか、黙っていた十六夜が口を開いた。鳴は一つ頷くと、

 

「そう、修正。――たとえ歴史が変わっても、歴史の転換期(パラダイム・シフト)は起こるべくして起こるもんだ。それが何世紀後でもな。

 ――つまり、だ。何世紀も続く改変は稀なんだよ。先に言った通り、ほとんどが一世紀そこらで元に戻るからな。――――三世紀も歴史の改変が(・・・・・・・・・・)続くわけねぇんだよ(・・・・・・・・・)

 

 普通の方法じゃあ無理だな。そう言って、鳴は口を閉ざす。ニヤニヤと笑みを浮かべているが、もうこれ以上話す気はないようだ。

 

 相も変わらず思わせぶりな態度をとる鳴。彼女はいつだってそうだ。ヒントを与え助言をし、――だが解決は人に任せる。とにかく、『自分一人で全てを解決する』ということをしない。

 またいつもの娯楽なのか、それとも別の何かなのか。――どちらにしろ、置き去りにされた者達には堪ったものではない。灯りで筋道を照らして先導し、道半ばで姿を消すようなものなのだから。

 

「相変わらずだな。そういうところ、本当に華蓮にそっくりだぜ。もちろん悪い意味でな」

「はっはっは、これは俺の性分だからなあ。こればっかりはどうしようもないぜ。――ところで。その華蓮(ひーちゃん)がさっきから黙ってるけど、大丈夫か?」

 

 視線が華蓮へと集まる。

 視線の先、――華蓮はまるで眠るように、腕を組み机に突っ伏していた。

 

「…………平気……」

 

 組んだ腕の隙間からくぐもった声が返ってくる。『平気』と言ってはいるが、その姿はどう見ても『平気』ではなかった。

 

「本当に大丈夫なの? 辛いなら後日にするけど……」

「いいよ、続けて。本当に平気だから」

 

 レイラやレティシアが心配そうに問うが、しかし華蓮は平気の一点張り。レイラ達の方も、明らかに平気ではない華蓮の言葉は華麗にスルー。

 埒が明かない問答が繰り返される中、不意に十六夜が間に割って入った。そして華蓮に向けて、短く問う。

 

「――――いつからだ(・・・・・)

「…………、話が始まってから(・・・・・・・・)、かな」

「はあ…………、そうかい(・・・・)

 

 ため息をつく十六夜。それには若干の諦観が混じっていた。

 

「レイラ、話を再開してくれ」

「ですが…………、」

「こいつ自身が平気だと――己の過去を知る(・・・・・)と言っているんだ。俺たちに言えることは何もねぇだろ。――体調の心配をしてるんなら無駄だぜ。こいつに体調の変化はない、俺が保証する」

 

 十六夜の言葉を聞き、半信半疑ながらも黙り込むレイラ。自分と同じ一従者――厳密には違うが――であるはずの十六夜に、華蓮の体調変化が分かるとも思えなかったが。

 

「……本当に大丈夫なんですね?」

「ああ」

「…………わかりました」

 

 遂にレイラが折れた。

 華蓮の傍を離れ、自分の座っていた椅子に戻る。レティシアもそれに続いた。

 

 全員が再び席につき、場に沈黙が降りる。

 レイラが口火を切った。

 

「――それでは、再開します」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ――平安京と呼ばれていた。

 目の前で正座する少女は確かにそう言った。

 

(ならば此処は日本の京――霊験あらたかな神秘の地。過去形の言葉も、三百年という年月の経過、時代の変化によって名が失われたと考えるのが自然ね)

 

 少女の言葉を冷静に分析する朱雀。

 そう、あくまで冷静に。此処が外界だという事も、年代も驚くに値しない情報だから。――そのくらいは既に予想済みなのだ。

 

「貴女様方――『四神』は、約三百年前、突如この世界に現れました。朱い酉――朱雀(あなたさま)は、遥か異境の地、印度(インド)に現れたそうです」

「…………ふうん。まったく身に覚えがないんだけど、まあこの際どうでもいいわ。――つまり私はその国で大暴れしたわけね。そして、その地を滅ぼしてしまったと、そういうことね?」

 

「――――いいえ(・・・)違います(・・・・)

 

 首を傾げる朱雀。この話の流れならば、十中八九この結論で間違いないだろうと、そう思っていたのだが……。

 

「……薄々感じていましたが、やはり貴女様、覚えていないのですね。罪の自覚は、咎人が最低限行うべきものでしょうに……。人ではなく鳥だから(・・・・・・・・・)――なんて言い訳は通じませんよ?」

 

 隠す気のない剥き出しの嫌味が飛んでくる。丁寧な言葉遣いの中に紛れている分、インパクトは大きかった。

 だがまあこの鳥、伊達に長生きしていない。その程度の嫌味は、耳に胼胝ができるほど聞いているし、もっと悪質な罵倒も大量に浴びている。

 だから今回も、――ああ、この子にも感情ってものがあるんだなぁ、くらいにしか考えていなかった。――そんな浮ついた考えは、次の言葉で霧散することとなる。

 

「貴女達『四神』は、この世界に――決められた形を持たず(・・・・・・・・・・)に現れました。――そう、莫大な霊力の塊として顕現したのです」

「――――なっ、」

 

 告げられた真実に絶句すると同時、朱雀の中で疑問の一部が解消された。

 

 

 そもそも『四神』クラスの神獣が、その霊格を保ったまま外界に顕現するなど普通はあり得ないのだ。張り巡らされた数多のパラドックスゲームが、神獣の『外界落ち』を見逃すはずがない。

 

 ――にも拘らず、『四神』は今此処にいる。三百年前、『四神』をこの世界に落とした『何者か』が、道理を吹き飛ばした無茶をしたからに違いない。

 

 

「…………、」

 

 そしてその無茶の結果、『四神』は外界に顕現した。――霊力の塊(不可視の爆弾)として。

 

「素質のない人は、霊力を視ることが出来ません。ですが直ぐに、万人が視認できる形で異変が起こりました」

「…………、まさか……」

「霊的災害、――通称、霊災。霊気の乱れによって引き起こされる災害の事ですが、三百年前のそれは史上最大規模のものでした。

 もうお分かりですね? ――この世界に出現した膨大な霊力によって、各所の霊的バランスが一瞬で崩壊したのですよ」

 

 あくまでも丁寧な口調で、しかし激しく糾弾するように、少女は核心を告げる。

 

「それが何を意味するか。――その瞬間、世界各地で極めて大規模な霊災が起こりました。しかもそれは、過去に前例のない種類の霊災で、――正に『天災』だったそうです」

 

 朱雀は何も言えない。この先の結末が既に予想できてしまったのだ。

 その結末は朱雀の願いと正反対のもの。朱雀が最も嫌い、憎み、――恐れていたもの。

 

「朱く色付いた朱雀(あなたさま)の霊力は大火災へと転じました。地獄の窯を開けた様な――そして、それを丸ごと召喚したかのような業火だったそうです。

 火は如何なる手段をもってしても消えず、印度を中心に大陸全土へと広がっていきました。……そして、海岸線に接していない(・・・・・・・・・・)内陸の国(・・・・)及びその国民全てが焼(・・・・・・・・・・)け死にました(・・・・・・)

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 意識に空白が生じる。

 

(今、この子はなんて言った…………?)

 

 理解が追いつかない。大陸全土の焼失? 国民全てが焼け死んだ? スケールが大きすぎる。

 だがこれだけは解った。――これは大火災によって生まれた被害。私がこの世界に、不完全な形で召喚されたせいで生まれた被害。

 無意識に、理解した。

 

 色々と思惑が交差していたが。

 ――詰まる所、大陸全土の全人類を焼き殺したのは――私なのだと。

 

「――――あ、」

 

『自覚がなかった』は免罪符にならない。数千数万、下手すれば億――それだけの人を焼き殺しておいて、「わざとじゃないんです、赦してください」――なんて、言えるわけがない。

 

「――――あああ、」

 

『記憶にない事』は逃避の理由には弱すぎる。私達が引き起こした大災害の記録は、必ずこの世代にまで伝わっている。この後の世代にも伝わっていくはずだ。――自分を偽ることすら出来ない。

 

「――――わ、わたし、は…………」

 

 そして何より。

 この一件は私の願いを――箱庭を敵に回してまで叶えたかった悲願を、致命的なまでに(けが)し尽くした。

 

『ありとあらゆる命が、過不足なく、無事に天寿を全うできる世界を造る。そのためなら私は、魔王にだって堕ちてやるさ』

 

 それは遠い日の決意。万感の思いと、抱えきれないほどの覚悟を背負い告げた――私の原点。それがあったからこそ、私は今日この日まで走ってくることが出来たんだ。

 

 でも原点(それ)は、もうどうしようもない程に汚された。

 

 私は大勢の命を奪った。

 別にそれは初めての事ではない。願いの実現のため、立ちふさがる敵をなぎ倒し、そして邪魔者を殺してきた。――必要な犠牲だと切り捨てて。

 

 だが今回。

 新たに生まれた屍の山に意味はあったのか? ……これは必要な犠牲だったのか? ……私はいったい、何をしているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――…………私はいったい、何がしたかったんだ。

 

 

 

 

 

 そう思うと同時。

 私は、自分の中の原点(大切な部分)が崩れる音を聞いた。

 

 

 




朱雀が引き起こしたのは大火災。
残りの『天災』は、
青竜が、大津波。
白虎が、巨大台風。
玄武が、大地震です。

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