担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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Scene5:少女の憂鬱

 

 見知らぬ天井の下、朱雀は目を覚ました。

 どれくらい眠っていたのだろうか。久方ぶり――箱庭に喧嘩売った時以来――の睡眠のせいで頭がちっとも働きやしない。

 

(ここは……? 随分と広いけれど、……まるで宴会場ね。どうして私は、こんなところで眠っているんだろうか。確か……召喚されて、逃げ出して、そして…………)

 

 記憶が蘇る。

 

(――……そうだ。私、敗けたんだ)

 

 脳裏に蘇った敗北の記憶――その苦い記憶に、無意識に朱雀は唇を噛みしめていた。

 敗北なら幾度も経験した。だが侮っていた人間との戦いで、それも圧倒的な実力差を見せつけられての敗北は――――流石に初めてだった。

 

 無気力。

 今の朱雀の姿を一言で表すなら、正にそれだった。

 

 現に今、見張りが数人しかいないこの絶好の機会にも関わらず、朱雀は身体を起こすことすらしなかった。ただただ天井を見つめ続け、――そして、

 

(あいつは絶対に負かしてみせる……!)

 

 ――そして、着々と反逆の牙を研いでいた。

 

 まぁ当たり前だろう。この朱雀、誕生よりこれまで、いったいどのくらい敗けてきたと思っている。今更一敗程度で凹みはしない。

 確かに人間に負けたのは初めてのことで、少しは落ち込んだ。だがそれがどうしたというのか。

 

 なるほど、確かにあの男は強かった。圧倒的だった。手も足も出なかった。

 だが、結果には必ず理由が付随するものだ。――そして既に、朱雀はタネを見破っていた。

 

(……あの男、見た感じ40そこらだった。あのくらいの歳だと、もう総霊力量は全盛期の三分の一以下だろうね。あの少女も言っていた通り、当然、あのクラスの炎は生み出せない)

 

 ならば裏がある。枯れかけの男に、全盛期を超える霊力を与えた方法が。

 

(……霊力は別に、己の内だけに存在するわけじゃない。外部――自然や空気、水など、あらゆるものからある程度は得ることが出来る。本当にほんの少し、雀の涙程度だけれど。

 ――――今回の場合、それがタネだ)

 

 ここで朱雀は一旦思考を止め、意識の糸を外に向けた。そしてその細く敏感な糸で、周囲一帯に浮遊している自由(フリー)な霊力を分析していく。

 結果が出るまで、それほど時間はかからなかった。

 

(思った通りね。ここら一帯に浮遊する霊力、――それら全て(・・)が私の霊力(もの)だわ……!)

 

 分析結果はこう告げていた。

 周囲一帯――少なくともこの館内の浮遊霊力は、全てが朱雀のもの。館に満ち満ちている全てが、朱く色づいた高濃度かつ高純度の、――神鳥の霊力だと。

 

 男たちはそれを利用し、限定的だが、一時的に人間を超えた術を行使しているのだ。

 もちろんリスクもあるが、それは霊力を体内に取り込まないだけで回避できる。外で術式を構築しそのまま発動すれば、なんら問題は無い。

 

(霊力をバンバン使われたところで、全体からすれば雀の涙程度。そこは全然問題ない。……だけど、)

 

 神鳥である朱雀の高純度霊力。――それを使用した大規模呪術、これはダメだ。問題ありってレベルではない。

 特に火気に関する呪術(もの)は危険だ。おそらくそれらは『人の行使する呪術』の次元を超えているだろう。

 

 理由はいたって単純、使用されている霊力の持ち主――朱雀との相性が良すぎるのだ。その、火気系の呪術は。

 五行で『火』に対応しているだけではない。諸説ある伝承のおかげで、その霊格――霊力には、遠くインドの神話に登場する神鳥――――ガルーダの因子が含まれている。

 

 仮にガルーダの伝承を知っていれば、そこから神仏に間接的にアクセスすることで術式を構築できるだろう。そして次元が変われば、――――太陽神の威光すら思いのままだ。

 

(……問題はそれに気づくかどうか。時代のせいか今のところは気づいていないみたいだけど……、あまり時間はかけたくないわね)

 

 ここで朱雀は思考を切り上げた。身体をそのままに寝たふりをした状態で、そっと周囲を窺ってみる。

 案の定見張りがいた。だがその人数は五、六人と、あの時朱雀を取り囲んだ集団に比べて少ない。交代制なのか、一定時間ごとに入れ替わっている。

 

(随分と温い監視ね。……ま、仕方ないことでしょうけど、)

 

『霊障』と呼ばれる障害がある。

 悪性の高い瘴気や高濃度の霊力に長時間当たっていると現れる障害のことで、症状には不可思議なものが多いことが特徴だ。『自分が自分でないような気分になる』、『過去の記憶を失う』などがよくある例である。

 見張りの人数が少ないのも、交代制なのも、全て霊障対策というわけだ。

 

(――でもそれは、ちょっと愚かな考えね。この程度の見張りなんて、いないのと何ら変わらないわ)

 

 朱雀は布団の中でタイミングを見計らう。

 どうやら交代の周期は約一時間。この濃度の霊力に触れていられる時間としては妥当なところだろう。

 

(狙うべきは、交代が近づき気の緩む……40分後。速やかに無力化させたら、増援が来る前に脱出する)

 

 計画に穴は無い。あの男が偶然近くにいる、という最悪も一応考えられるが、……その可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 あの男は、あの時あの場にいた誰よりも強かった。だからこそ、有事に備え、要人らしいあの少女の傍にいるだろうから。

 

 幾度となく確認するが、やはり穴は見つからない。あまりにも上手くいき過ぎていて、逆に裏を感じてしまうほどだった。

 まぁ十中八九、人員不足を補う罠が仕掛けられているだろうけれど。

 

 

 

 そして四十分後。決行の時がやってきた。

 

(さて、――始めましょう)

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

『央の宮』

 更にその中央の部屋に少女はいた。正座をして、なにやら真剣に筆を走らせている。

 筆の先には長方形の紙があり、その上には不可思議な文様が描かれていた。その道に明るくない者でも分かるだろう、少女は一心に――御札を作っていた。

 

「――ふぅ……、これで終わりですね」

 

 御札が完成し、少女は筆をおいた。そしてゆっくりと、固まった肩を回し解していく。

 

 一通り終わると、少女は完成した御札を手に取り、部屋の隅に向かう。部屋の隅には大量の御札が積まれていた。ざっと見た限りでも、その枚数は間違いなく百を超える。

 少女は手に持っていた御札をその上に乗せると、ふぅと息を吐いた。

 

「これで今日の仕事は終わりですね。次は……、」

 

 言葉に詰まる。

 次の予定は『弓術の鍛練』だったのだが、神獣たちの召喚でばたばたしているため無くなっていたのだ。つまり、久しぶりの自由時間である。

 

 少女は自由時間(このじかん)が大嫌いだった。

 一般的には喜ばれるこの時間。大人たちは口をそろえて、『趣味や休息も大事だ』というが、少女は何一つ理解できず、共感できなかった。

 

 趣味? そんなもの私には必要ない。――鍛練をしていれば、自然と気分も良くなってくる。

 

 休息? そんなもの私には必要ない。――貴方たちも知っているだろうに。私の言葉に、嘘偽りがないことくら(・・・・・・・・・・)()

 

 趣味も休息も、――何もかも。

 少女にとって自由時間とは、何も意義を見出せない無価値で無駄な時間だった。

 

(あの方達が起きていれば無駄にしないで済むのですが……、想像通り、四人が四人とも脱走を図りましたからね。いまだ意識戻らず……です)

 

 何かないのか暇つぶし。少女は部屋の隅で膝を抱えた。

 

(時間を無駄にしなくて済むなら、……この際事件だって構いません。何か起きませんかね)

 

 と、少女が物騒なこと考えた――その時だった。

 

 ビリッと、肌の上を電気が走るような感覚を覚えた。

 ――同時に、『央の宮』にけたたましい警鐘が鳴り響く。

 

「――――()い、」

 

 少女は即座に駆け出した。

 

「良い良い、良いですよ! ――この鳴り方は『朱の宮』ですね! まったく朱雀様には困ったものです、――――大人しくしていて下さいと、そう言っておきましたのに!」

 

 誰よりも速く少女は駆ける。いち早く朱雀の元へたどり着こうと、長い廊下を駆けぬける。

 

 華が咲いたような、――そんな満面の笑みで。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 時間を少し巻き戻し、

 

「…………ふぅ、楽勝ですね」

 

 朱雀は計画通りに見張りを無力化させていった。

 音を一切たてなかった手腕は流石のものだったが、当初の予定より少しばかり時間を食ってしまった。

 

「急ぎましょう」

 

 逸る気持ちを抑え、慎重に外を窺う。

 

「……まずいかも、ですね」

 

 遠く彼方、廊下を歩いてくる数人の影があった。十中八九見張りの交代組だろう。

 ――想定していたよりも何分か早かった。

 

「まったく真面目ですね! お勤めご苦労様ですよ!」

 

 若干キャラを崩壊させながらも、戸を破って外に跳び出す朱雀。

 そんなことをすれば流石にばれる。数人がこちらに向かってくるのが見えた。

 

 ――だが遠い。全然遅い。

 既に朱雀は脱出までの道を――確信を感じていた。今からどうやっても、たとえあの交代組の中に例の男がいたとしても、――それでも確実、そう思った。

 

 その時、朱雀の進路上に数人の人影が立ちふさがった。

 

「やはりいましたか、――ということは、あそこから先は霊力がないと、そういうことですね」

 

 満ちていないのならば、人数及び時間制限は撤廃されるのだから。そしてそれは、朱雀と人間の間に存在するハンデも同じ。

 ――ハンデ無しの一対一ならば流石に勝てる。

 

 それは相手も知る事実のようで、先ほどからバンバン呪いや護符が飛んでくる。しかしその程度の抵抗では、朱雀の足を止めることは出来ない。

 その飛来物を片っ端から焼き尽くし、朱雀は遂に、予想ラインまで数メートルの所まで近づいた。

 

 朱雀を止めることは出来ない。誰の目にも明らかなこの状況で、しかし術師達は逃げようとはしなかった。

 忠義によるものか、それとも矜持によるものか、――朱雀はその姿に過去の記憶を重ねていた。最後まで諦めないと言って、何度でも起き上がるあの姿を――重ねていた。

 

(貴方たちも……そうなんですね。なんて――――馬鹿なことを。命より大切な物など、この世には無いというのに)

 

 纏う炎が一段と激しさを増す。

 思うところはあるが、だからと言って足を止めるわけにはいかない。眼前の数人を燃やし、追っ手を燃やし、――そして、願いを叶える。

 

 その邪魔をするというのならば容赦はしない。朱雀は纏っていた炎を放射すると、自らもその後に続いた。

 炎は術師達を飲み込み赤々と燃え上がる。そうして抵抗を奪った朱雀が、燃え上がる炎の横を通り過ぎた――その時、

 

 朱雀の身体が、爪先から順に崩れ始めた(・・・・・)

 

「――――え、」

 

一瞬の出来事だった。気づいた時には、既に崩壊は取り返しのつかない地点まで進んでいた。

 

「何が……起きた……⁉」

 

 突然の事態に理解が追いつかない。だが、それが当然。

 

 その崩壊には前兆が無かった。

 唐突に脈略なく、身体が崩れ始めたのだ。

 ――その崩壊には、過程が一切無かった。

 

 ただ一歩踏み出して、――そして、踏み出した足の爪先(・・・・・・・・・)から崩れ始めた。それだけのことだった。

 そうこれは、朱雀の考えが足りなかったからこそ起きた現象。

 館周辺に朱雀の霊力(・・・・・・・・・)が満ちている(・・・・・・)という事実、その理由を、更に深く考察していれば、この事態には陥らなかった。

 

「……! そういうこ

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 ほんの数秒ほどで朱雀の身体は原型を失い、光の粒子となって霧散していった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 意識の空白は一瞬。

 次に目を開けた時、そこは既に館の中だった。

 

「なるほど……、こういう仕組みですか」

 

 朱雀の考えが確信に変わる。

 その時、襖が音をたてて開け放たれた。

 

「――気づきましたか。やはり、そう長くはかかりませんでしたね」

 

 そこにいたのはあの少女だった。

 

「ふう、一番乗りです。せっかく朱雀様と対談出来るのですから、貴重な時間は一秒たりとも無駄に出来ません」

 

 一番乗り、少女はそう言った。

 その背後から何十人もの術師が走ってくる音が聞こえる。言の通りならば、この少女はあの果てしなく長い廊下――外に出た時チラリと見えた――を走ってきたということになる。

 だが、着ている着物が若干乱れているだけで、それだけで、息切れといったわかりやすい疲労の色は欠片もなかった。

 

「……どういうつもりかしら。貴女の口ぶりからすると、これも初めから知っていたみたいじゃない。――ひょっとして、騙してた? この私を」

「はい、――当たり前ではない(・・・・・・・・)ですか(・・・)

 

 朱雀の全身から吹き出す殺気をものともせず、少女は微笑み、堂々とそう言った。

 あまりにも堂々としすぎていて、朱雀は一瞬言葉を失う。その隙に、少女は続けてこう告げた。

 

「怒るのは筋違いというものです。貴女の罪はそれだけ重い。未来永劫を此処で過ごして、やっと清算できる程に。

 覚えていますか、あの惨劇を。……忘れているというのならば、改めて伝えるまでです。悔い改めるまで――伝えるまでです」

 

 ――貴女の『罪』を。

 少女はそう言って、語り始めた。

 

「――およそ三百年前。まだこの地が、『平安京』と呼ばれていた時のことです」

 

 


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