担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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分かりやすくするため、情報を追加しています。
朱雀が見聞きしていない部分は全て追加情報です。もちろん、十六夜達にも話されていません。


Scene4:初めましては唐突に

 あれからどれだけの時が経っただろう。時間の概念が消失したこの空間において、正確な時刻を知る術は何もない。

 

 唯一外界に触れることの出来る『浮上』すらも徐々に間隔が開いていき、今では、初期の頃と比べ物にならない期間眠っている状態となっていた。

 

 

(――――、)

 

 

 幸いにも――それが朱雀にとっての幸せかはともかく――朱雀達は、『浮上』以外の刻を眠って過ごしていたため、狂うことはなかった。

 

 

(――――っ――、)

 

 

 だがそれはある意味、拷問より過酷で残酷な処置だった。――ただただ無駄に刻が過ぎていくのを、黙って見ていなければならないのだから。

 圧倒的な睡魔により、思考時間は通算ですら二時間と少し――これでは策など練られない。

 

 そして何より、この世界――何も無さすぎる。

 在るのは、前述した四色の海と、同じく四色の空。そして朱雀と同じように沈んでいる三つの物体。これだけだ。

 何をどう分析しろというのか。ただ一点、己が語っていた『名』――朱雀と、四色の世界、同じ境遇の存在によって、この場が四神の伝承と配置を模していることには気づいていたが――それが何だというのか。

 脱出できないのなら、こんな発見など無駄なのだ。

 

 

(――――いっそ、全て諦めてしまおうか――、)

 

 

 今再び目覚め、『浮上』しようとする朱雀は、ぼんやりとした頭で、ぼんやりとそう思った。――もちろんその直後、全身全霊で否定したが。

 

 最近の朱雀は、『浮上』に関して最初期ほど熱くなれないでいた。

 それもそのはずで、脱出の糸口すら見えない現状に、心が折れかけていたのだ。なまじ正常だったからこそ――正しく腐りかけていた。

 

 

(――――まずい傾向……。でもこればっかりは、気持ちでどうにかなる問題じゃないのよね……――)

 

 

 気持ちよりも深いところで、無意識に感じていることだから。――だから一刻も早く、現状を打開しなくては…………

 

 さもなくば、

 きっと朱雀(わたし)は、レイラ(わたし)でなくなってしまう――

 

 

(――――っ――‼)

 

 

 そう考えた瞬間、ゾクリと背筋に悪寒が走った。純然たる『恐怖』が襲いかかってきたのだ。

 

 

(――――……そういえば、『自覚』したのって初めてだったわね。…………情けない……――)

 

 

 全身を冷気が包む。錯覚だと理解しているのに、震えはまるで止まらない。――そんな醜態に、朱雀は唇を噛みしめた。

 

『浮上』が始まる。

 朱雀たち四つの塊が、空へと昇っていく。

 

 

(――――と……とにかく、一旦落ち着きましょう。何か変わっているかもしれませんし――)

 

 

 気持ちを切り替え、高高度から、幾度となく視た海を俯瞰する。

 まぁ、特に何も変わっていなかったのだが。

 

 

(――――はい、知ってました。……えぇ知ってましたとも。……ぐぁあ……ホントにどうしましょう、……どうするんですかコレぇ……! ……やばい……ちょっと泣きそうです――)

 

 

 毎回毎回突きつけられる現実だが、とにかくきつい。全然慣れない。しかも今回は、ネガティブな気分だった分余計に刺さった。

 精神面に大打撃。腐りかけていた心に、致命傷とでもいうべきクラスのダメージが――――

 

 

 

 

 

 と、その時。

 唐突に、朱雀を強烈な熱が襲った。

 

 

 

 

 

「――(あつ)ッ⁉ 何これ⁉ (あっつ)ッ‼」

 

 

 思わず声が出る。長い間使用されていなかったためか、そこから出た音は酷くひび割れていた。それはもうがらっがらで、聞くに堪えないノイズの様だった。

 

 だがそんな事、朱雀が受けた更なる衝撃に比べれば――本当に些細な事で。

 

 

「声が……出せた……」

 

 

 そう、今まで――海中空中のどちらでも――どれだけ手を尽くしても出せなかった声が、……この時は、呆気ない程簡単に出すことができたのである。

 

 

「……まさか……」

 

 

 直後、一瞬の浮遊感。

 そして、

 

 

「まさか……!」

 

 

 朱雀は『空』へと、真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ――それは、どこまでも異様なオブジェクトだった。

 

 

 

 広大な土地と、その大部分を使って建てられた巨大な宮殿。

 

 それを中心として、東西南北に造られた四色の世界。

 

 そして、それぞれの世界と宮殿を繋ぐ長い橋。

 

 大地を縦横に分断するそれは、まるで聖痕。

 地球に刻まれた――十字架のようだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 その十字架の中央――『央の宮』と呼ばれる宮殿を歩く影があった。かなりの大人数だったが、そのほとんどが後方に固まっており、無言で歩き続けている。

 

 先頭を歩くのは二人。

 その内の一人――初老の男は、静かに――だが強く言い聞かせるように言葉を発する。

 

 

「――……この試みは今代が初。前例が一切ないため、対策の立てようがありません。術師一同全力で臨みますが、……貴女様も、もしもの事態には備えておいてください」

「分かっています。……まったく、貴方は心配性ですね。大丈夫ですよ。全ては万事、上手くいくでしょう」

 

 

 二人目。言葉を返したのは、まだ年端もいかない少女だった。

 だが、彼女が纏う雰囲気は、『少女』という枠から大幅に乖離していた。言葉遣いや佇まい、――端々から『(つたな)さ』が滲んでいるものの、総じて彼女は、とても大人びていた。

 

 

「…………はぁ、まったく……貴女様のその自信は何処から出てくるのですか……」

「貴方達の話では、『彼女達』の力は極わずかなのでしょう? ならば問題などないではないですか。信じていますよ」

「…………はぁ、……努力しましょう」

 

 

 疲れたように、ため息と共に男は肩を落とした。

 それから暫く、二人の間に会話はなかった。お互い無言で、黙々と廊下(はし)を歩き進んでいった。

 

 

「……最後に、一つだけ」

 

 

 男の言葉が沈黙を破る。

 その声は、これまでとは比べ物にならないほど静かで、だが一層力が籠っていて、――そしてどこまでも真剣だった。

 

 

「――――はい」

 

 

 少女も何か感じ取ったのか、真剣に聞き入る。

 

 

「先ほども言いましたが、今回の試みには前例がありません。故に、もしもの場合には、私たち術師隊が命懸けで貴女様を護り――そして、事態を収拾しましょう」

 

「はい。――――お願いします」

「ですが最悪の場合――つまり、『奴ら』が再び現界した場合ですが……、それに対しては私どもでは対処しきれないでしょう。――その時は……」

「分かっています。その時は、」

 

 

 少女はそこで一旦言葉を切り、一つ息を吸った。

 

 そして。

 

 揺るぎない覚悟を胸に、静かに、言い放った。

 

 

 

「その時は――この身、この命、――――喜んで捧げましょう」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 落ちて落ちて落ちて――――激突は突然だった。

 

 

「がうっ!」

 

 

 体感的には高高度――それこそ、大気圏外から隕石のように落ちてきた気がしたが、意外なことに衝撃は小さかった。――いやむしろ、ほとんど無かった。『痛み』よりも『驚き』で声が出たくらいだ。

 

 

「くぅ…………ぁ。何なんですか一体……」

 

 

 ショックから立ち直った朱雀は、頭を擦りながら辺りを見渡した。もし『ここ』が現世ならば、自分を呼んだ何かしらがいるはずだからだ。さもなくば、長年閉じ込められていたあの空間から抜け出すことなんてできない、――そう朱雀は考えていた。

『偶然』や『奇跡』は、疾うに期待していなかった。

 

 

「――――、誰かしら」

 

 

 朱雀の眼が人影を捉えた。光のせいで輪郭しかわからないが、それでも小柄だということは見て取れた。

 

 光が薄らぎ、徐々に視界が晴れていく。そして朱雀はその姿を見て、――呆気にとられた。

 そこにいたのは、まだ年端もいかない少女――ただ一人だった。

 

 

(え…………一人だけ? しかもこんなに小さな女の子? ……まさかこの子一人だけで、私を呼び出したっていうの⁉)

 

 

 概ねその通りなのだが、どこか的外れな朱雀。

 そんな彼女に向かって、顔を伏せていた少女が再び口を開いた。

 

 

「お初にお目にかかります、朱雀様」

「……はじめまして、……顔を上げてもらえるかしら」

「分かりました」

 

 

 数秒の間。

 少女はゆっくりと顔を上げる。束ねられた黒髪が、首の横を通って垂れ下がった。

 ――思わず。

 

 

(――――、)

 

 

 朱雀は、少女の人間離れした美貌に見惚れてしまっていた。

 

 夜の闇より深い漆黒の瞳。

 長く艶やかな、同じく漆黒の髪。

 そして左右対称――均整の取れた顔立ち。

 

 芸術作品の様に美麗で、だが『完成』し尽している。

『美貌』という言葉が過言にならないほどに、少女は美しかった。

 

 

「……なんでしょうか?」

「――――⁉ な、なんでもないわ」

 

 

 視線を感じ取ったのか、少女が聞いてきた。小首を傾げ、可愛らしく――聞いてきた。

 ――身悶えしそうになった。

 朱雀は意志の力で強引に抑え込み、痴態を回避する。

 

 少女は納得していない様子だったが、幸いにも話を切り上げてくれた。それもそうだ。呼び出したからには、何かしらの目的があるはずなのだ。

 

 

「私どもからの要求は一つだけです」

「……なにかしら」

 

 

 やはりあったか要求。

 朱雀は警戒度を跳ね上げる。呼び出された(たすけられた)身として、要求には出来るだけ応えたい。それが朱雀の本音だった。

 

 

(まぁでも、もし要求が突拍子もないことだった時は、バッサリと切り捨てましょう。最悪、焼き殺してでも逃げますかな)

 

 

 所詮は人間だ。最高クラスの神鳥である朱雀に敵うはずがない。

 慢心でも何でもない。これは純然たる事実であり、世界の理であった。

 

 

「私達の要求は――――『此処で大人しくしてい(・・・・・・・・・・)ること(・・・)』、これ

「残念ね、それは無理よ」

 

 

 故の即答。

 速攻で大否定した朱雀は、事前に確認しておいた戸に向かって駆け出した。

 

 

(此処で大人しくしていろだと? 冗談じゃない。これ以上時間を無駄にできるか!)

 

 

 その時、眼前の戸が全て開け放たれた。――いや、音の感じからして、後ろにもいる。

 囲まれた。ならば手段は択ばない。朱雀の掌に炎が生まれた。

 

 

「そこを退きなさい。今なら火傷だけで済むわよ」

「それは無理だ。お前を『外』に出すわけにはいかないからな。……あの方の言う通り、大人しくしていろ――朱雀!」

 

 

 荒々しく言い捨てると、法衣を身に纏った初老の男は朱雀を睨みつけた。怨みや怒りといった負の念が詰まった、汚泥の様にどろどろした視線だった。

 

 話し合いは出来ない。朱雀はそう悟った。

 ――直後、朱雀の足元より膨大な炎が噴き出した。

 

 

「そう、――ならば覚悟を決めろ。今よりお前たちは私の敵だ!」

 

 

 炎を身に纏い、朱雀は猛然と突っ込んだ。

 狙いはもちろん初老の男。滲み出る覇気が見た限り一番強く、何より信頼されていそうだから。――こいつを倒せば隙が生まれる。

 

 戦術的には間違っていなかった。対多数との戦闘において、頭を潰すことは良い手だった。

 だが――――らしくなかった。そこには、拭いきれない違和感があった。

 

 

「馬鹿正直に突っ込んでくるのか、――どうした、本性を見せてみろ化け物! ……あぁそうか、出来ないのだったな(・・・・・・・・・)

「ちっ、――――必要ない‼」

 

 

 男の言う通りだった。

 朱雀は当初、神鳥と成って一気に逃走しようと考えていた。どうせ自分が勝つのだから、いちいち相手する必要はないと。

 

 だが――――成れなかったのだ。

 それどころか、生み出した炎の質も悪い。規模も小さい。――ギフトのほとんどが使用不可。

 

 何かが起きている。得体のしれない何かが。

 唯一分かること。それは、今の自分が、人間とそう大して変わらない程に――弱くなっていることだった。

 

 

「面倒な……!」

「なんだそのちっぽけな火は! その程度で勝負になると――――本気で思っているのか!」

 

 

 男は身体の前で印を組むと真言を唱え始めた。複雑な文字列を、一語一句違えることなく、高速で紡いでゆく。

 

 あっと言う間に術式が完成した。男の足元より、灼熱の業火が立ち上る。

『火界咒』――不動明王の真言。行うのは、火気の制御と支配。単純にして、だからこそ、地力の差が明確に表れる呪術。

 

 

「なっ……この炎は――――‼」

 

 

 思わず朱雀は足を止めていた。

 後から後から湯水のように噴き出す炎。それは止まることを知らず、男が操る炎は、現段階で既に朱雀のそれを圧倒していた。

 

 

「ただの人間が……これほどまでの炎を⁉ 五秒足らずで霊力が枯渇するぞ!」

「――それは問題ありません」

 

 

 疑問の声に応えたのは、今まで静観を決め込んでいた少女だった。

 

 

「問題ない……ですって?」

「ええ、問題ありません。正直に言いまして、あの男自身が保有する霊力の総量は、実際大したものではございません。老化と共に、()も収縮していくのですよ。……そうですね、……あの男の全霊力を集結させたところで、おそらくその規模の炎は生み出せないでしょう」

「…………まさか、……いや、それでも!」

 

 

 朱雀の脳裏を過る一つの答え。だがその時――その瞬間、とぐろを巻いた大蛇が鎌首をもたげた。

 獲物に狙いを定める。

 矮小な雛鳥だがその本質は神獣。油断などどこにもなかった。

 

 

「まずは十分に弱らせる!」

「っ、炎よ!」

 

 

 既に生み出していた炎をぶつけ、自分は大きく後退し距離をとる。

 瞬時に反応し迎え撃つことが出来たのは、積み重ねてきた経験があったから、――咄嗟の判断力が養われていたからだった。

 

 炎と炎が絡み合う。

 うねる炎蛇は、互いを噛み殺そうとその牙をむく。

 

 ここで朱雀は、ある賭けに出た。

 炎の圧力にギリギリまで耐えると、――生み出した炎を、自ら消滅させたのだ。

 

 

「……なに?」

 

 

 障害が消えたことにより、男の炎が朱雀へと一気に襲いかかる。

 咄嗟に男は、その強すぎる火力を抑えた。これでは、本当に消し炭にしてしまうからだ。

 

 

(諦めたのか? ……いや違う、これは!)

 

 

 周囲の術師達が騒めく。男もそれを察知した。

 飛来物。多方向より、その数――五つ。

 

 

(この感じは炎。……なるほど、これを狙っていたのか、面倒な!)

 

 

 朱雀の大博打。それは正に、肉を切らせて骨を断つというものだった。

 

 男の炎を見た瞬間、朱雀はまず、守りを捨てた。現状の差を素直に認めたのだ。

 ならば勝算は何処にあるか。もちろん、攻めるしかない。

 威力は要らない。人間の強度だけは変えようがないため、速度重視の炎弾でも、意識を刈り取るくらいは可能だからだ。

 

 重要なのはタイミングと、その一発に繋げるための策。

 ――朱雀は、自らの安全を切り捨てた。

 

 

(この弾速! こちらの炎より先に届く! ――まさかここまで計算していたのか!)

 

 

 あの瞬間――朱雀の炎が消えた時、男は咄嗟に火力を弱めた。朱雀を消し飛ばさないように、余計な時間を使って、炎を操作したのだ。

 それを朱雀は狙っていた。これまでの会話で得た情報から自分の重要度を把握、――そして自らを利用することで、この状況を造りだしたのだ。

 

 

(それでも確率は五分五分。あの男はまず仕留められるとしても、五十パーセントの確率でそれは『相打ち』! 今の回復力がどの程度かなんて分からないから、そうなれば詰みだ!)

 

 

 果たして。

 炎蛇は猛烈に突進すると、大口を開け、朱雀を一飲みに。

 

 

 

 ――する寸前で、その動きを停止した。

 

 

 

 消えていく。炎蛇は崩壊をはじめ、ゆっくりと消えていく。それが意味するのは一つ。術師が――あの男が倒れたのだ。

 

 朱雀は賭けに勝った。

 大きく息を吐き、安堵する。本当に危なかった、――炎蛇の大口は、朱雀のすぐ目の前まで迫ってきていた。

 

 

「さて、」

 

 

 気を切り替える。あの男は倒したが、まだこの場には数十もの術師がいるのだ。気を抜くにはまだ早かった。

 

 

「まだやります? 今の一戦で分かったでしょう、実力の差というものを」

 

 

 虚勢を張り、不必要な程に、自分を大きく見せようとする。

 実際のところ、今の一戦で分かったのは、私の非力さと――あの男との差。あれほどの差だ、此処にいる誰もが気づいているだろう。

 

 だからこそ、この機会に打って出るしかないのだ。この機会を逃せば――あの男を倒すことが出来たこの機会を逃せば、逃亡成功の未来が一気に遠のくことは明白だったから。

 

 

「あの炎は確かに凄まじかった。人間が出せる出力を軽く上回っていた。――だがそれでも、私には通じなかった。今も尚私は、自分の足で此処に立っている」

 

 

 その言葉に、周囲の術師達が騒めきはじめた。

 心理的に揺さぶり、反応から包囲網の脆い部分を探していく。

 

 

「さぁどうする」

 

 

 ――見つけた。必死に震えを隠しているのだろうが、汗の量までは隠せていない。

 実戦経験の少なさが見て取れた。ああいう奴は大抵、焦って術を失敗させる。それどころか、暴走させて足を引っ張る。

 

 

「死にたい奴は出てきなさい」

 

 

 そこに突っ込んで、この包囲網を一気に突破する。出来るはずだ、――いや、出来なければならない。

 朱雀は静かに駆けだす準備をして、

 

 

「あの男の二の舞にして

「くすっ」

 

 

 ……出ばなをくじかれた。

 見ると、少女が笑っていた。何がおかしいのか、けらけら笑っていた。

 そんな場合でないのは理解していたが、一瞬見惚れた。

 

 

「二の舞、誰のですって? ふふっ、――『柊』の親衛隊長は、伊達ではありませんよ?」

 

 

 そう言って少女は笑う。可憐に、上品に、無邪気に、――悪意たっぷりの笑みを浮かべて。

 

 

 

 ――直後、背中に衝撃が走った。と同時に、身体の感覚が消失した。顔面から前のめりに、地面に倒れ込む。

 

 警戒を緩めたつもりはなかった。むしろ騙し討ちを警戒して、いつにも増して気を張っていた。

 だが、あの一瞬の隙。――少女に見惚れた一瞬を狙われた。

 

 

(しまったしまったしまった! 最後の最後でしくじった!)

 

 

 呼吸器系までおかしい。どうやらこの金縛り、肉体を縛るというよりは、麻痺させるという方が正しいようだ。

 

 再びの衝撃。と同時に、今度は完全に呼吸が止まった。別に死ぬわけでは無いが、息苦しいことには変わりない。

 

 三度目。衝撃の瞬間、軽く意識が飛びかけた。

 

 

(……や……ばい、……このままじゃ…………――――)

 

 

 四度目の衝撃。

 今度こそ、朱雀の意識は暗闇に叩き落とされた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした」

 

 

 朱い女性が動かなくなって数秒後、少女は労いの言葉を口にした。

 

 

「いえ、お気遣いなく。

 そんなことより、先ほどはありがとうございました。貴女様が隙を作ってくださったおかげで、化け物(すざく)を捕らえることが出来ました」

「それこそ気にすることではありませんよ。私はただ、彼女の言葉が可笑しかっただけですから」

 

 

 そう言って少女は、木目の床に倒れ伏す女性を見た。

 

 

「彼女はこう言ったんです、『あの男の二の舞』って。可笑しいですよね、貴方があんな事で倒れるはずがないのに」

「……信頼してくださるのは良いのですが、実際危なかったですよ。『火界咒』で支配したものの、処理できなかった二つが直撃しましたからね。情けないことに、あの時まで気を失っていました」

「それでも最後には、ちゃんと護ってくれるんですよね。――本当に、ありがとうございます」

 

 

 満面の笑みを浮かべる少女。男は照れ臭そうに顔を背けた。

 

 

「それで。どうするんですか、これから」

「そうですね……。とりあえず説明。彼女の回復を待って明日にでも。此処の事とかいろいろ説明しないといけません」

「…………あのこと(・・・・)は」

 

 

 声のトーンが下がる。空気は一転し、張り詰めた。

 

 

「貴方も気づいてましたか」

「ええ。朱雀はおそらく、あの惨劇を忘れている……!」

「もしくは、そもそも記憶にない(・・・・・・・・・)か、ですよ。

 どちらにしても私は話すつもりですよ。現状を把握してもらわないと、私としても色々面倒ですので」

 

 

 事もなさげに言う少女を見て男は、はぁ、とため息をついた。

 

 

「面倒な事になっても知りませんよ」

「その時は護ってくれるんでしょう?」

「……………………はぁ、…………当たり前です」

 

 




次回は現状説明回。
あらかじめ言っておきますが、三章も長いですよ。

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