今よりはるか昔のこと。
神話体系が確立していない、荒れた箱庭において。
――とある魔王達が今、各々の矜持と
【《ギフトゲーム》
『朱き世界で廻れ ~ A LIVING CORPSE ~ 』】
対するは。
白夜の星霊にして夜叉の神霊、
掛け値なしの最強種――――白夜王。
【《ギフトゲーム》
『白き旋風と成れ ~ Silver Friction Wind ~ 』】
対するは。
亜龍の軍勢を従えし龍の純血、
サラマンドラ初代頭首――――星海龍王。
【《ギフトゲーム》
『青き深淵へと沈め ~ Abyss with Sacrifice ~ 』】
対するは。
七大妖王の第三席にして海を覆いし者、
覆海大聖――――蛟魔王。
【《ギフトゲーム》
『暗き大地に独り在れ ~ Alone a Lone the World ~ 』】
対するは。
西を覆う世界の魔王にして神殺し、
敵は強大にして群。
対するこちらは、力有れども個。
万に一つも勝機はなく、確約されたのは敗北のみ。
ただ一歩一歩、破滅へと歩みを進める。
――だが。
それでも彼女たちは挑む。
どこまでも不敵に、
どこまでも傲慢に、
身の程を弁えること無く、
こう、宣言して――――
――――相手にとって不足無し――――
灼熱の業火に包まれた白夜の大地で、朱い不死の鳥が嗤った。
眼前に君臨する最強種を睨み、煌めく風を纏った白き虎が心底愉しそうに口角を上げた。
南の大瀑布では、周囲に水球を浮かべた青き最強種が面倒くさそうにため息をつき、
二対一体の魔王は、
今こそ、この命を燃え上がらせる時――――
望むものは無い。故に、この戦いに意味は無い――――
……それでも、強いて価値を見出すならば――――
私は、きっと………………………………………………………………
◆◆◆◆◆
「望むものなんてないわ。強いてあげるなら、貴女の存在が目障りだってことかしら」
白夜の大地に立つ朱雀は、目の前に君臨する白夜王を睨みつけて吐き捨てた。その目には明らかな敵意が混じっていて、口調も荒い。
対する白夜王。
朱雀の言葉を無言で受け止めると、殺気を乗せた視線を放つ。膨大な霊格も相まって、並の生物ならば一瞬で生命活動を停止させるであろう強烈な眼光だった。
それに動じることなく、朱雀は言葉を返す。
「私には、何が何でも成し遂げたい事がある。白夜王、貴女に恨みはないけれど、立ちふさがるなら容赦しないわ!」
「…………そうか」
一言。
白夜王は、ポツリと呟いた。何かを諦めるように、覚悟を決めるかのように。――どこか悲痛な、そんな声音で。
――刹那。
白夜王より、桁外れに膨大な霊力が吹き出した。
その圧倒的放流は暗に、膨張した霊格の――存在の――格の違いを現している。
「っ…………それが、貴女の本気なのね」
見積もることすら出来ない。
今の時点ですでに、白夜王の霊格は、朱雀と比較にならないほどに膨れ上がっていた。――そして今も、際限無く膨張を続けている。
「白夜王――
無限に近い霊格を持つ最強種。
元々微々たるものだった勝率が限りなくゼロに近づいていくのを、朱雀は静かに感じていた。
(でも……ゼロじゃない)
それでも闘志は微塵も衰えない。
ゼロではない。――朱雀には秘策があった。
(私が今展開している
勝てる――とまではいかずとも、白夜王の全てを此処に封じて無力化することが可能だろう。
つまりこの戦い、朱雀には初めから『勝利』という決着がないのだ。
(それにしたって、可能性的には一パーセントも無い訳ですが……)
朱雀を炎が包み込んでいく。
摂氏数千度の灼熱は闘志の現れ。赤く染まった視界の先で、白夜王が叫ぶ。
「征くぞ……魔王!」
「――来なさい!」
直後、両者は真正面から激突した。
◆◆◆◆◆
――数日が経過した。
白夜の大地は所々抉れ、赤熱し――場所によっては煮え滾るマグマと化していた。
数千数万度クラスの炎が飛び交う戦場ならば当たり前の光景であったが、それでも。
今回ばかりは、その程度の戦場ではなかった。
直立する白夜王に向けて、朱雀が灼熱の黒炎を飛ばす。
激突。
するとなんと、直接触れていないにも拘らず、大地が溶解していくのだ。
『
その力なら、特異な炎の創造以外にも単純に――基本的な性質変化を行える。とあるリミッターを、いとも容易く取り払うことが出来る。
温度限界とでも表せばいいのだろうか、自然の炎の限界――温度の限界を取り払う。というよりは、初めからそう設定して創造するのだ。
よって今、恐るべきことに炎の温度は億を超えている。太陽の中心温度をはるかに上回っていた。
並の神霊ならば、単純な熱量だけで消滅させることが出来る一撃だった。
――並の、神霊ならば。
「……いい加減にしろ」
『燃え尽きる』性質を消され、炎上を続けていた黒炎が――突如として弾け飛んだ。
朱雀の表情が険しくなる。……数日の間、幾度となく見てきた光景、感じてきた衝撃だった。
無傷。
白夜王が、変わらずそこに君臨していた。身に着けた着物にすら、焦げ跡の一つも残っていない。
「もうすでに――いや、初めから、実力の差は理解していたのだろう? 『
天動説の
それは、人類史の全てをかけても観測し暴くことのできない遥か宇宙の彼方――最果てに存在する。ゲームの規模をそこまで広げれば、その霊格は無限に肥大することになるのだ。
数日前に起こった霊格の膨張のタネはこれ。
朱雀の
「もちろん知っていた。……だから、小細工ではなく単純な熱量に頼ることにした。あの太陽よりも遥かに高温の炎で、延々と燃やせば、何かが変わるかもしれないと思ったから。……ま、甘かったけど」
「だろうな」
人類史の全てを使っても観測不可能。
それはつまり、最果てにあるといわれる霊格を、白夜王を除いて誰も知らないということと同義。
詳細が分からない。データが無い。――それは裏を返せば、攻略法が見えないということ。
自由度が、他の霊格に比べて段違いに高いのだ。
『もしかしたら最果てには、既存の概念では表せないほどの灼熱が在るのかもしれない』――ならば、単純な熱量は意味をなさない。
無限に肥大する霊格と相まって、故に白夜王は最強なのだ。
(……致命的ね。傷一つ付けられないんじゃあ、前提が崩れるわよ)
数日にも及んだ朱雀の攻撃は――何一つ意味をなさなかった。それでも続けるのは、圧倒的な力の差を認めたくないからか、……少なくともプラスの考えによるものではない。
(……これは勝負にならないわね。……まったく……大したやつよ、貴女
突如として、
――思考が、断絶した。
「…………痛みがないのは救いなのかしら」
直後、全てが元に戻った。
――五感、意識、世界が元に戻った。
「やはり無駄か」
「目視できない攻撃は相変わらずね。――ええ、無駄よ。
白夜王は静かに考察する。朱雀の圧倒的な回復――いや、再生力の起源を探る。
一瞬で全てが『元に戻る』――
朱雀――朱い鳥、火の鳥。
白夜王の知る限り、以上の条件を満たす神鳥は――
「…………
「ご名答。まぁ、流石に気づくわよね」
自らの正体を看破されたにもかかわらず、余裕たっぷりに朱雀は応えた。置かれている立場を考えれば、虚勢の線が強い。
当然のことだ。朱雀自身否定しないだろう。――だが虚勢であれど、張ることが出来るのは精神的に余裕のある証拠だ。
朱雀もまた、解釈が諸説存在する神鳥なのだ。
同一起源とされる神鳥は――鳳凰、ギリシャ神話におけるフェニックス、インド神話におけるガルーダ等。
つまり、それらの神鳥が世界に認められている限り――存在する限り、
フェニックスの再生力。
死という概念は存在せず、
ガルーダの炎で『創炎』は力を増す。
――朱雀は、神鳥の中でトップクラスの実力者なのだ。
だが、それでも――
(……届かない)
白夜王の無限の霊格には敵わない。
そもそもの根源が、存在の格が、
だが、それでも――
(倒しきれない…………)
死が存在せず、驚異的な再生力を誇る朱雀。
無限の霊格を持つ白夜王でも、倒しきることは容易ではなかった。
というわけで。
激闘は露骨に、消耗戦へとシフトしていくのだった。
◆◆◆◆◆
ギフトゲームにおいて無理難題を提示されたとしても、それが攻略可能な代物である限り、『参加者側の力量不足が問題』と判断される。
『空を飛べ』と言われても、飛べないほうが悪い。
『地を砕け』と言われても、砕けないほうが悪い。
『不死の存在を打倒せよ』と言われても――その手段を持たないほうが悪いのだ。
◆◆◆◆◆
あれからどれだけ時が過ぎただろうか。
激化する消耗戦。時間の概念が薄い白夜の大地なので正確な時刻は分からない。分からない……が、少なくとも、月単位で経過していることは確か、だった。
そして。
そして、その間ずっと。
ずっと、朱雀は白夜王に殺され続けた。
一万を超えたあたりから数えるのを止めた朱雀だったが、ざっくりとした計測結果から、
そこに殺し殺されの死闘など欠片もなかった。あったのは一方的な蹂躙であり、虐殺だった。
白夜王は、朱雀が再生するたびに無感情に殺し。朱雀はなすすべなく、一方的に殺され続けた。
だがまぁ、それでも――
「……どう、したの……。もう、終わりかしら……?」
「ちっ……!」
白夜王は忌々しげに舌打つと、一振りの刀を手に持ち突撃する。
薄く青みがかった金属で打たれた美麗な刀。だが今、その刀身はどす黒い鮮血に染まっていた。所々に面影が残るだけで、もはや黒刀である。
互いの距離を一息で詰める白夜王。あまりのスピードに、朱雀は全く反応できていない。
そして。
白夜王は、何万回繰り返したであろう一撃を――
機械のように正確に、無慈悲に繰り出した。
一閃。
光を一切反射しなくなるほど黒ずんだ刀は、だがいまだに切れ味を失っていなかった。
――
――
べちゃり、と音をたてて大地を汚す塊。赤黒いシミを残したそれは、朱雀の身体の一部だったもの。
胴より分離した頭部。――朱雀の生首だった。
「……フェニックスは灰より再誕する。ならば――」
主を失いぐらりと傾く肉塊。生命反応の感じられないそれは、だがすでに再生を始めていた。
それを滅多切りにする。
一瞬の内に朱雀の身体は無数の肉片と化した。
白夜王は攻撃の手を緩めない。
黒刀を右手一本に持ち返ると、左手に炎を生み出し放つ。肉片を、焼き尽くす。
その圧倒的膨大な熱量は灰すら残さない。
そして灰が残らないならば、伝承による不死性を発揮することは出来ない。再誕することは不可能。
――だがしかし。
そもそもの大前提。フェニックスの
「……いい加減にしろ。灰など、一切出ていないだろうが」
「そんなこと言われてもね」
白夜王の眼前、何もない空間に突如として炎が出現。直後には朱雀が再誕していた。
「私は朱雀だからさ。そんな分かりやすい縛りなんて無い訳」
「…………はぁ」
うんざりとした様子で白夜王がため息をついた。初日の緊迫感はもうどこにもなかった。
数千通りの殺害方法を百回ずつ試して倒しきれないのだから仕方ない。その殺害方法には、白夜王の知る限りの神鳥殺しを詰め込んだにも関わらず。
「
故に、白夜王が疲れの滲む声音でそう問いかけるのも仕方のないことなのかもしれない。
朱雀が目を見開く。
「急に何よ。……降参するってこと?」
「降参ではない、
不毛な戦い。無限再生と無限霊格の衝突は、正にこの言葉通りの状況を生んでいた。
このまま戦い続けても決着はつかないだろうし、二人は永遠にこの白夜の世界から出られないだろう。
故に『講和』は、朱雀自身思考の片隅に置いてあった。にも拘らず驚いたのは、それを白夜王の方から言いだしたから。
朱雀を倒しきれないにしろ、
「私は一つの戦いに固執していい立場にない。予想以上に時間がかかったからな、仕方ないので私から提案してやる。――お前のことだから、どうせあと数ヵ月は続けるつもりだったんだろう? そんなに待ってられん」
「全部お見通しってわけね……。いいわよ、受ける」
朱雀がそう言った瞬間、お互いの手元に一枚の書類が出現した。
「それに同意の印を押せ。サインでもいいぞ。
それは所謂
「へぇ……初めて見るわ」
言いつつ、白夜王はサラサラと書類にサインしてしまう。
(何をそんなに急いでいるのかしら……?)
そういえば最近、他方位地区に自分と似た魔王が出てきたらしいが……それ関係なのかしら。
そうぼんやり考えながら、朱雀は手元の書類にサインして――
世界が暗闇に塗りつぶされた。
◆◆◆◆◆
――目を開ける。世界は様変わりしていた。
まず目に飛びこんでくるのは朱。一面の朱い液体。
次に鎖。四方八方から伸び、身体に巻き付いている冷たい鎖。
(ここは何処……⁉)
思い出そうと集中する。
突如、頭が割れるように痛んだ。
(……ダメ、何も思い出せない。あの書類にサインしてからが、何一つ思い出せない)
……眠い。たまらなく眠い。力が入らない。
だがなんとなく感じていた。この眠りは危ないと。
(……やっばいな。知らないうちに厄介な事になってる……)
抗えない。落ちていく。
意識が、暗く深い水底へと沈んでいく。
◆◆◆◆◆
意外なことに浮上は早かった。
バシャン、と水面より飛び出し、宙に浮かぶ。相変わらず鎖は巻き付いたままだが、久しぶりの外界に歓喜の想いが強かった。
外界と言ってもそこは、白い空(?)と四色に色分けされた水面しかなかったのだけれど。
周りを見渡してみると、かなり遠くに自分と同じようなものが浮いていた。
三方向に一つずつ――計四つの浮遊物だ。
(なにかしら……? 私と同じような扱いっぽいけど……)
そんなことを考えていた時だった。
再びの浮遊感が朱雀を襲い、その身体を白い空へ運んでいった。他の三つも同様だった。
雲など他の浮遊物は一切存在しない平坦な空。天井の様なそれを突き破り、朱雀たちは更に上っていく。
――と、何かが見えてきた。
(…………え?)
困惑。
見えてきたのは、先ほどまで沈んでいたはずの
しかもいつの間にか、世界が上下反対になっている。さっきまで上っていたのに、今は頭から下りていた。
朱雀の困惑をよそに水面はどんどん近づいていき――着水。
途端襲いかかる強烈な睡魔。
抗うことの出来ないそれに、朱雀の意識は薄れていく。
(なんなの一体……⁉)
理解の及ばない世界で、ただただ状況だけが進んでいく。言いようのない不安感がそこにはあった。
そして再びの暗転。
意識は深く沈んでいった。
まぁ、といっても――
――次の浮上にも、それほど時間はかからないだろう。
○朱雀の記憶(欠落:有)
・黒装束とは会っていない(面識:有)
・全てを開放すれば、全盛期の力を出せるらしい
・最後の戦いはグダグダだったようだ
天動説の霊格と同意書はオリジナルです。
独自解釈というよりは、独自設定。