担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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今回は、過去話というより事前情報です。
それなりに重い……かもしれません。


Scene2:四神の担い手

「断る。なんで俺がそんなことしないといけねぇんだよ」

 

 確かに十六夜の言う通りだ。このまま鳴に話したとしても十六夜達に利益は無いし、鳴がその情報をどう使うかも不明なのだから。

 その考えを読んだのか、まぁ待てと手を上げる鳴。

 

「もちろんタダでとは言わないさ。対価はきっちり払う」

 

「…………具体的に」

 

 対価。つまり報酬を払うと鳴は言った。

 考え込む十六夜。悪名と同時にその功績も名高い鳴ならば、支払われる報酬も期待できる。

 内容次第では取引を考えても良い。十六夜はそう考えをまとめた。

 鳴は、両腕を大きく広げてこう宣言した。

 

「俺が払う対価は――――何でもだ。

 金でも、人員でも、食糧でも、名誉でも、恩恵でも。

 ――死んだ土地の復活でも、奪われた仲間の情報でも、何でも良い。

 一つだけ――――お前たちの願いを(・・・・・・・・)叶えてやる(・・・・・)

 

「「……………………………………………………………………………………は?」」

 

 二人はしばらくの間呆然としていた。

 そのあまりのスケールの大きさに圧倒され、思考が追いつかなかったのだ。

 そしてだんだんと我を取り戻していき――――その対価内容を理解して、再び言葉を失った。

 

 ――何でも願いを一つ叶える。

 そう言い放った鳴の言葉に偽りはないだろう。

 何故なら目の前の女は、箱庭に存在するあらゆる修羅神仏から恐れられる『最強』なのだから。

 

「…………おい。例えばだ。例えば、土地を元に戻してくれ、と言ったら、お前はどうやってそれを叶える?」

 

「んー? そうだな……それなら、『元凶を潰す』か『なかったことにする』か、このどちらかだな」

 

 その言葉で。

 その暴論で、十六夜の考えは決まった。

 

「…………オーケーわかった。少し考えさせてくれ」

 

 ――華蓮(マスター)と話し合いたい。

 お前の世界の歴史を、交渉材料にしてもいいか、と――――

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 あれからしばらく。

 血相を変えて跳びこんできた華蓮に事情を説明して、

 

「――ふーん。何でも願いを、ねぇ」

 

「ああ。ノーネーム(俺たち)にとって、この取引は実の入りが大きい――大きすぎる。話し合いもなく、おチビに話を通すことなく、俺が独断するくらいにはな」

 

 今は説得の時間。

 事情を理解したとはいえ、華蓮の了承なく話すことは出来ないからだ。こういう時、主従関係は本当に面倒くさい。基本上下関係のない二人だが、いくつかの例外があるのだ。その一つが、『柊華蓮に関係のある情報は、許可なしに口に出せない』。

 そういうわけで十六夜が説得に動いている。説得(それ)は、上手く進んでいるように見えた。――少なくとも、表面上は。

 

「私としては話してもいいんだけど……。その位しかみんなの役に立てないしさ」

(――っていうか私自身、小さい頃のことなんて覚えてないんだけど……誰が話すの?)

 

「そんなことねぇよ。お前は十分頑張ってる」

(そうだな…………朱雀(レイラ)に頼んでみてくれ)

 

「…………ふーん」(照れ笑い)

(りょーかい。…………、任せてってさ)

 

 内面。十六夜と華蓮を繋ぐ契約線(リンク)を通して、テレパシーの如く会話が行われていた。

『表と裏で会話を同時並行させる』なんて曲芸も、幾度となく繰り返した二人は難なくこなす。……その結果、『二面性』なんていう胡散臭い属性が付いたが気にしない気にしない。華蓮に限っては今更だろうし。

 

「わかった。いいよ、話しても」

 

「――おおっ、マジか! ありがとうひーちゃん!」

 

 遂に華蓮が了承。やったー! とはしゃぐ鳴は本当に嬉しそうだ。その姿はとても子供っぽく、ギャップ萌え再びだった。

 

「レイラ」

 

 呟く。

 途端華蓮の胸の痣が淡く赤く光り出し、一つの影を現世へ投影した。

 赤く長い髪をツインテールにし、全身を赤いロリータで包んだ朱い幼女の影――――朱雀(レイラ)を。

 

「あとはよろしくね、お姉ちゃん(レイラ)

 

「了解よ華蓮。ま、不本意だけどね。なんでこいつなんかに…………」

 

「まあまあそんなこと言わないでさー。よろしく頼むよ――――レ・イ・ラ・ちゃん(・・・)!」

 

 うがー! と全身で怒りをあらわにするレイラ。どうも精神年齢が肉体年齢に引っ張られているらしく、沸点が若干低い。知識量や普段の態度が大人なだけに、こういう時違和感を覚えてしまう。――まあ違和感と言っても、俗に言うギャップ萌えなのだが。

 

 …………ギャップのある個性的なメンバーが揃ったところで、いよいよその時がやってきた。

 客間の机を全員で囲んで、レイラの言葉を待つ。

 

「――こほん。じゃあ始めるけど――(『担い手』のことだけ(・・)でいいのよね? 十六夜)」

 

「ん…………?」

 

「(それでいいぞレイラ。『担い手』のことだけ(・・)でいい)」

 

「んんん…………?」

 

 隣に座る十六夜に向けて、レイラがそっと呟く。そういえばそこら辺を決めていなかったなと、十六夜も小声で返事をした。

 鳴はそれをジロリと見ていたが、レイラが話し始めるまで――遂に何も言わなかった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「中国における四神の伝承。朱雀、青龍、白虎、玄武。これら四体の神獣が四方を守り、中央の主――麒麟を守護する。――これくらいは知っているでしょう?

 

 

 

 

 

「侮ってなどいないわ。これはただの確認。

 担い手――正式名称『四神の担い手』を知るためには、絶対必須のことだもの。

 

 

 

 

 

「……どうやらみんな知っているみたいね。話をつづけるわ。

『四神の担い手』っていうのはその名の通り、四神――つまり、先に述べた四体の神獣をその身に宿す者(・・・・・・・)のことを指すの。

 

 

 

 

 

「そう、四神相応(ふういんじゅつしき)を使ってね。

 ――担い手は代々、一族の女性が封印ごと四神を体内に宿すことで継承していったの。…………女性の方が、宿すのに適した造りだったからね。

 

 

 

 

 

「当然だけど害はあった。いくら封印しているからって、体内に神獣を宿して平気でいられるわけがない。……担い手はみんな短命だった。寿命は代々伸びていってるけど、初めの頃は十歳未満(・・・・)だったのよ…………

 

 

 

 

 

「……非人道的なのはみんな理解してた。それでも……それでもね、何も言えなかったの。担い手は、国――いえ、世界が守っていたから。下手に騒いで眼を着けられれば、消されるから。実際に消された人もいるらしいし。――だから誰も何も言わなかった。誰も、教えてあげなかった(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「……まあ、世界(あちら)の言い分も理解できなくもないよ?

 ――何百年もの間、何も不満を言うことなく、ただただその命を捧げてきた一族。

 だけどね。もし仮に、一族の誰かが疑問を持って、それが担い手に伝わってしまったらどうする? 彼女たちは、どんな行動に出ると思う?

 ……いたのよ。過去に何人か…………ね。

 

 

 

 

 

「――彼女たちは『自由を求めて行動(クーデター)』を起こした。

 想像してみて? 神獣を宿し、得体のしれない呪術を使い、人間の域を超えかかっている存在が、自由を求めて外に出てくるのよ? ――恐ろしいでしょ?

 世界は一斉に襲いかかったわ。担い手なんて業を押し付けられた、憐れな一人の――女の子に。

 

 

 

 

 

「もちろん担い手が死ねば私たちは復活する。……だから殺さない。生きたまま彼女は捉えられたわ。

 ……そして――処理をされた。

 記憶の消去(・・・・・)。彼女がおぼえた疑問を消すために、薬品とかで脳をいじくったの。

 

 

 

 

 

「……そんなわけないじゃない。そんな都合よくピンポイントで消せないわ。だから――――全部消したに決まって(・・・・・・・・・・)いるじゃない(・・・・・・)…………

 

 

 

 

 

「……それからの彼女は、毎日をただぼぉっと生きるだけの存在になってしまったわ。やっぱり、脳への負担が大きかったのよ。

『世界平和のために、一つの一族を――一人の女の子を犠牲にする』

 これが世界の意志だった。

 

 

 

 

 

「えぇ最低ね。私もそう思う。…………でも、私たちはもっと最低なの。

 あなた達も、もう分かっているんでしょ? ……私たちは四神(・・)――彼女たちに担われている存在。

 

 ……担い手を生み出す原因を作ったのは、他でもない私たちなのだから」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 レイラが言葉を切った時、客間の空気はズンと重くなっていた。既に知っていた十六夜を含めた全員。あの鳴すらも軽口を叩こうとしなかった。

 

「……よ、予想以上に壮絶なもんだったんだな……」

 

 それでも。

 この空気の中、一番初めに声を上げることが出来たのは鳴だった。慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと話し始める。

 

「レ、レイラちゃん。因みに……その、記憶を消された女の子は……その後どうなった?」

 

「知りたいんですか?」

 

 レイラが言う。

 言葉が詰まる鳴。レイラの眼が言外に告げていたから――本気なんだな、と。

 たっぷり数十秒黙り込んで、鳴は首を縦に振った。

 

「彼女は…………

 

 

 

 

 

 次世代の担い手を(・・・・・・・・)産んで死んだわ(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 一同はしばらくの間、レイラの言った言葉の意味を測り兼ねていた。だが段々と違和感に気づき始める。その裏に隠された悪意に――気づく。

 これは初耳だったのか、十六夜が問いかける。

 

「……ちょっと待て……。確かソイツは、脳にダメージを受けて廃人同然になってたんじゃあ……」

 

「えぇそうよ。でもね、脳が死んでいたとしても――――生殖機能(・・・・)は無事でしょう?」

 

「ッ…………‼ クソ野郎どもがッ……!」

 

 人権を完全に無視した行為に、憤りをあらわにする十六夜。

 自分たちの思い通りに管理し、反逆すれば記憶を消し――廃人と化した女の子を母胎としてしか扱わない…………

 

「そんなことが許されるのかよ…………ッ!」

 

「許されたのよ。華蓮の世界ではね。――十六夜、貴方はもう知っているでしょ?」

 

「――――ッ! だが、それでもこれは!」

 

 ――許せることじゃない。

 そう続けようとして、十六夜はやっと気づいた。

 俯いたまま、華蓮が一言も言葉を発していないことに。

 

「っ…………」

 

 担い手のことを話すと決めた時、十六夜は同時に覚悟も決めていた。

 

 ――今代の担い手である華蓮を、傷つける覚悟(・・・・・・)

 

 華蓮自身、少なからず衝撃を受けることは予想していたのだろう。それでもこうして言葉を失っているのは、衝撃が予想を上回っていたからに他ならない。

 

 やがて。

 数分が経過したころ。

 

「レイラ…………質問」

 

 ゆっくりした口調で、華蓮が言葉を発した。その声はズンと重く沈んでいて、華蓮の現状を暗に表していた。

 

「私は…………柊華蓮(・・・)は――――何代目なの?」

 

 その、問いに。

 レイラは――ハッキリと答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華蓮。あなたは――――百七代目(・・・・)、四神の担い手です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃく……なな……?」

 

 想像を絶した。

 ――というより、絶しすぎている。担い手がいつの時代から存在していたか知らないが、これでは、平均寿命が二十歳前後(・・・・・)ということになってしまう。

 ……あまりにも。

 あまりにも、酷な話だった。

 

「っ……はぁ……! はあ…………っ!」

 

 動悸が早くなり、呼吸が荒くなる。

 百七代目ということはつまり、華蓮の足元には、積み上がっているということだ。――百六もの、少女の骸が。

 

 それを理解した時、華蓮は声を聞いた。

 女性の声。――考えるまでもない。何代目かの、担い手の声だろう。

 

 

 

 

 

『どうして…………』

 

 

 

 

 

「――――っ⁉」

 

 

 

 

 

『どうして…………? 嫌なのに…………。嫌なのに…………胸が、熱い…………‼』

 

 

 

 

 

「…………やめて…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……嫌…………嫌…………‼ いやああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――‼‼‼』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やめてっ‼」

 

 断末魔の如き絶叫が脳内に響き渡った時、華蓮は無意識に声を上げていた。――直感的に、『如き』ではないと察したから。

 

 あの叫びは間違いなく、少女の断末魔だった。

 死の間際に放たれる、絶望の混じった悲痛な叫びだった。

 

 同じ担い手の少女の最期を聞いて、華蓮の動悸が一層早まった。更に喉が詰まり、呼吸が出来なくなる。段々と視界が霞みはじめ――

 

 

 

 

 

「華蓮!」

 

 

 

 

 

 強く名前を呼ばれ、ガッと肩を掴まれる。華蓮は夢中でその腕に縋り付いた。そしてそのまま、しばらくの間荒い呼吸を繰り返していた。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……いざよい…………っ!」

 

 目の端に涙を浮かべた華蓮を慰めるように、優しく頭をなでる十六夜。華蓮も嫌がることなく、黙ってそれを受け入れていた。――子供をあやしているように見えるのは仕方ないだろう。

 

「…………ありがと十六夜。もう、大丈夫だから……」

 

「そうか。無理はすんなよ?」

 

 そう言って、十六夜はレイラの方を向いた。アイコンタクトで、『続行』の意志を伝える。

 それはしっかり伝わったようで、レイラは一つ首を振ると話を再開した。

 

「――それでは、今話した事前情報を踏まえて、『四神の担い手』の歴史を話していきたいと思います。

 まず最初は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四神(私たち)の罪かしらね」

 

 




次回より過去話。
実際の語り手はレイラですが、三人称で書いていきたいと思います。

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