「……………………」「……………………」
無言で。
ただただ向かい合い、畳の上に座り続ける二人がいた。
夕暮れ時、作為的に華蓮と凛は再開した。
今回は特に荒事にはならなかったが、互いに口を開くことなく――言葉を交わすことなく今に至る。
「…………凛……さん」
口火を切ったのは華蓮だった。
だが本意では無いのだろう。浮かべたその苦い顔がすべてを物語っていた。
「凛さん。今日は、何の目的があってここに来たんですか」
「ふん。なんだ、目的が無ければ来てはならぬのか?」
「えぇそうです。――
「そうか。まぁ、
両者、お茶を一口。
この二人、絶望的に相性が悪いらしい。主に性格が。――ファーストコンタクトが最悪だったこともあるだろうが、ここまで顕著なのも珍しい。
「……おふざけはこの辺にして。そろそろ聞かせてくださいよ。どうせまた、あの人絡みなんでしょうけど」
「……そうだな。――我は今日、あの女の使いとして此処に来た」
「使い? ってことは、あの人から何か言われてるんですか?」
「そうだ。……と言っても、あまりにも意味不明で我自身理解していないのだがな」
それはまためんどくさそうな……
うげぇ、とうんざりした顔をする華蓮。仕事の疲れもあってか、今日は一段と露骨だ。
凛は特に気にした様子もなく続ける。
「それでだ。この指示を実行するにあたり、どうしてもお前に被害が及ぶため、我がこうして出向いたというわけだ」
「…………あれ? 意外にちゃんとした理由だ。もしかして私、凛さんのこと悪く思い過ぎてた?」
「ふん。我にも通すべき筋はある。……まぁ、お前が我のことをどう思ってようが勝手だが」
「ふーん…………ほんの少しだけ見直しました」
「そうか。――ふはは」
「そうですよ。――あはは」
そして。
凛は、羽織っていたジャケットの裏に手を入れ、
「それでは早速、用事を済ませるとしよう。お前、ピンと背筋を伸ばせ」
「はいはーい。了解しましたー」
手を入れ――
「良し。では――――
「お断りだバカ!」
パッ、と極小の音と共に飛来した鉄の塊を、華蓮は首を振って避ける。
凛が取り出したのは――――武骨な、黒い自動式拳銃だった。
回避されることを予測していたのか、凛は構うことなく引き金を引き続ける。だが、亜音速――減音のため速度が落ちている――の銃弾程度、白封の二層目を開放している華蓮にとっては止まっているのと同じだ。
そして。
装弾数全てを撃ち尽くした凛は――懐から新たな銃を取り出した。
「バッカじゃないの⁉」
撃たれる前に取り上げる。
眼の端に涙を浮かべた華蓮は、そこでやっと、ふぅと息を吐いた。
「ちっ」
「……
それで? なんでこんなことをしたのか、もちろん教えてもらえますよね?」
「…………まぁいいだろう。どうせ我は失敗した身だ。問題はあるまい」
そう言って座布団の上で胡坐をかく凛。どうやら話す気になったようだ。
だが華蓮は後始末に追われていてそれどころではない。
「うっわぁ……凛さん貴方、少しは後のことも考えてもらえます?」
壁一面に突き刺さっている銃弾。
全てを取り除くのには骨が折れそうだ。――罅の入った壁、という問題も残っているが。
「あーもー! 凛さん、絶対に撃たないで下さいよ!
命令を受け、白封に再び膜が張られる。
それと同時に霊力の放流もなくなり、華蓮の髪と眼の色が元に戻った。
「『
華蓮が口に出した瞬間、その言葉は
手と壁の接点から、まるで水面を波紋が伝わるように変化が及んでいく。時間が巻き戻り、突き刺さっていた銃弾が排出されていく。
それだけではない。罅の入った壁が、元の綺麗な状態へと戻っていった。
「ほぅ……面白いギフトだな。物体に干渉することで、間接的に現実を歪めているのか? ……いやそれでは説明が」
「さて壁も元に戻ったことですし、凛さん、どうぞ」
凛の言葉を遮って言葉を発する華蓮。
それに対して目じりをピクリと動かす凛だったが、特になにも言わずに話し始めた。
「ふん。話すといったが、我の受けた指示は一つ――『
「殺す気マンマンじゃないですか!」
「いや、それは違うだろう。あの女はお前を大層気に入っている。故に何らかのセーフティがあったはずだ」
その凛の言葉を、華蓮はどうも信じきれないでいた。
鳴ならやりかねない事だから。
あの遊び人なら、娯楽提供ヨロシク! とか軽いノリでやりかねない。
「――まぁ、そう信じておきますよ。
それと、この銃弾貰ってもいいですか? 調べたいんで」
「構わない。好きにするといい」
言うことはこれで全部なのか、凛は部屋から出ていこうとする。
華蓮はその背を見つつも、特に声をかけることはなかった。
「さてと…………」
落ちていた銃弾――計12
それら全てをギフトカードに収納して、華蓮は自室へと向かうのであった。
バーゲンセールに凛との再開、そして――動き出す鳴。
ざわざわとした嫌な空気を感じつつ、華蓮は眠りについた。
こうして、いつにも増して慌ただしい一日は終わりを迎えた。
◆◆◆◆◆
その夜、華蓮は夢を見た。
◆◆◆◆◆
見覚えのない景色。見覚えのない人たち。
幼い自分を抱きかかえる一人の女性の姿。
華蓮は見た。
懐かしいと思った。理由はよくわからない。
それでも多分、幸せだったんだなぁと――――
炎に包まれている屋敷。
逃げ惑う人たち。
幼い自分は、炎のなかで一人きり。
目の前には黒い塊が転がって――――
赤い光。
赤い髪。
赤い人。
赤い人が私を抱きかかえた――――
誰かが泣いている。
どうして泣くのだろう。
悲しいから泣くのだろうか。
それとも――――
――――オマエハ、ウマレテキテハイケナカッタ――――
◆◆◆◆◆
「――――――――っっっ‼」
悪夢より目覚め、跳ね起きた華蓮は荒い息を吐く。体中が汗でじっとり濡れていて気持ち悪い。
掛け時計によると、まだ三時。仕事のある日の起床時間より早い。
まして今日は休日。いつもなら二度寝コースだが、眼が冴えてしまって眠気は欠片もない。
(……着替えよ)
布団から這い出ると、着替えが仕舞ってある箪笥の方へ向かう。
その途中、普段身支度で使っている大きな姿見の前を横切って、
「ん?」
ふと、何か違和感を感じた。
確認のため、姿見の前に立って全身を映してみる。
「……………………」
鏡に映る自分に、特に変わった点は無い。
強いてあげるなら、汗で髪がべっとり張り付いていることだろうか。髪の長さもあってか、妖怪の様な雰囲気が漂っている。
(……気のせいかな)
そう結論付け、着替えに取り掛かった。
華蓮が普段寝間着として着ているのは、ワンサイズ大きな着物。
帯を解いて前をはだけ、汗をぬぐっていく。
(……それにしても、何だったんだろ
――違和感。
(……あれ? なんで私、あの赤ちゃんが私だってわかったんだろ。
背筋がすうっと冷えていくのを感じる。得体のしれない存在が、足元からぞわぞわ上ってくる感じだ。
それだけではない。
華蓮は夢の中でこう感じた。――懐かしい、と。
ならばあの夢は、華蓮――あるいは四神の誰かに関したものだろう。
(……それにしても唐突過ぎる。あんな夢、今まで見たことないのに)
ならば、つい最近の出来事が原因なのだろう。
そんなもの、一つしかない。華蓮は無言でギフトカードを取り出した。
無言で確認。
――銃弾×7
五発も減っていた。
(――結局あの人の仕業か!)
がっくりと肩を落とす。
張り詰めてた緊張――は流石に消えなかったが、それでも、原因が分かったことは大きい。
行動指針が出来たことは――大きい。
(明日……じゃなくて今日、あの人の所へ行こう。行って、
掴んでいた着物を手放す。
夏とはいえ、流石に明け方は冷える。
(着替えないと。風邪ひきそう)
華蓮は、ブルリと体を震わせた。
◇◇◇◇◇
夜が明けて。
華蓮は一路、鳴のコミュニティへと駆けていた。
当然の如く眼は白い。
『スピード』に特化しているため仕方ないのだが、なんというか、そろそろ過労が過ぎるのではないかと感じる。
――まぁ、霊体の彼女たちに『疲れ』があればの話だが。
駆けること数十分。華蓮の眼前に、巨大な赤鳥居が見えてきた。
――背筋が震える。
いつもの反応をする体に安心感を覚えながら、華蓮は徒歩に切り替えた。
扉の前に立ちノックを二回。顔を出したのは――意外なことに凛だった。
「…………何の目的で此処に来た」
華蓮を視認した瞬間、仏頂面になる凛。
「あれ? 目的がないと来ちゃいけませんか?」
「……そうだな。お前の顔なんぞ、出来る限り視界に収めたくない」
「偶然ですね、私もです。――
途端凛の表情が強張る。まだ苦手意識は消えていないようだ。
「あの女に用……
「えぇ。で、あの人はどこに?」
「…………それが……だな」
「?」
突然渋い顔をした凛は、そのまま黙り込んでしまう。
その様子に、なんとなく華蓮も嫌な予感を感じ始めた。――十数秒後、その予感は現実のものとなる。
「……あの女なら、今朝早く出かけていった」
「…………どこに?」
非常に言いにくそうにしながら告げられたのは、おおよそ予想通りの場所だった。
――考えられる中で、最も恐れていた場所だった。
◆◆◆◆◆
――時を同じくして。
《ノーネーム》本拠に鳴はいた。
「~~~~♪」
綺麗に整えられた客間で、出された紅茶を上品に楽しみながら、鼻歌交じりにくつろいでいた。
正面に座っているのは、華蓮の従者である十六夜と、メイド長のレティシア。
リーダーであるジンはどうやら出かけているらしく、同伴したのか黒ウサギ達数名の気配もなかった。
「アポなしで訪れた目的を聞かせてもらおうか」
警戒心を現しながら十六夜が問う。だがそれも仕方のないことだ。
前情報からしてろくな噂がなく。以前あった時は箱庭を壊しかけていたのだから。
そしてその鳴が、早朝戸を叩いた。何をたくらんでいるかは知らないが、ろくなことではないのは確実だった。
「目的……あぁ目的か。そうだったなぁ。俺は此処に、目的をもって来たんだったな。
いやすまん。あまりにも居心地がいいものだから、つい」
てへっ、と舌を出す鳴。
なんというか、鳴のようなかっこいい系の女性がすると、何とも言えない気分になる。ギャップ萌えという奴なのだろうか。
「で……あぁそうだ目的だな。――俺の目的は一つだけだ」
姿勢を正す。
そして、いつになく真剣な表情で話し始めた。
「俺には、命より大切なものが三つある。
一つが『娯楽』
二つ目に『旦那』
そして三つ目。今日の用事はこれに関係することだ」
結婚していたのか……! 静かに、心の中で衝撃を受ける二人。
それに構うことなく、鳴はどこからともなく一冊の本を取り出した。赤い皮で装丁され、金糸によって表題が縫い付けられている豪勢なものだった。
「三つ目――それがこの本だ。
この魔道書の名は――『人類史書』
その名の通り、人類の誕生から繁栄、そして絶滅までが全てつづられている一点物だぜ」
「「――――⁉」」
二人は言葉を失った。そして、同時に納得する。
――なるほど。だから
箱庭で最も恐れられるその所以を、理解した。
何故ならば、彼女の持つ『人類史書』。それに人類史の全てがつづってあるならば――人類の功績、軌跡がつづってあるならば、当然これも載っているはずなのだから。
それすなわち――
あるいはザックリ簡潔に、『元ネタ』とでも言えばいいのだろうか。
人類の歴史は神仏の歴史とイコールで結ばれる。
ならば人類の歴史を全て知れば、あらゆる修羅神仏の攻略法を知ることが出来る。
『打倒』出来るかは別問題として、これは驚異的なアドバンテージだ。
「――だが一つだけ問題があってな。この本の唯一の欠点なんだが……
箱庭から影響を受けた歴史――つまり、一度箱庭を経験した者が改変した歴史。
それは考えるまでもなく希少で、無視しても問題は無いように思えた。――少なくとも、二人はそう思った。
「俺はそれが
ほんの一瞬。
鳴から濃密な殺気が噴出した。
「――そしてなにより、
――と、そこまで話して、唐突に鳴の纏っていた空気が弛緩した。
「とまぁ色々話したけどさ。結局のところ、俺の目的は『歴史蒐集』なんだよ。歴史コレクターってわけさ。
その点で見ると、このコミュニティは面白い面子が揃っている。俺の知らない
「……つまり目的は、俺たちの知る歴史なのか?」
「いいや」
話の流れ的に肯定が返ってくると思っていたのだが、鳴の返事は否定だった。
「確かにお前たちの歴史には興味がある。だがそれは、優先順位的には下なんだよ。最優先は別にある」
「…………! まさかお前!」
「……俺も長いこと蒐集してるが、あれほど歪んだ
そう言って。
鳴は十六夜に向けて人差し指を突き付けた。
「お前が知っている範囲でいい。