担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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三章開始。
分かっていると思いますが、オリジナルです。


第三章 追憶編
◆Prologue:とある夏の日


黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)』との戦いから一か月。

 とある日差しの強い日のことだった。

 

 ――サウザンドアイズ支店、正面。

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ‼‼‼」」」

 

 熱狂。

 炎天下の昼下がり、気温湿度がここだけ跳ね上がっていた。

 

「よくぞ集まったぞ同志諸君‼ もう一度言う、よくぞ集まったぞ同志諸君‼‼‼」

 

 例の櫓の上で仁王立ちし、集まった群衆に向けて演説するのは、我らが愛すべき最高の(駄)神様――白夜叉様。

 

「見たところ、常連の他にもかなりの新参がいるようじゃが――構わん! 大歓迎じゃ! 志を同じくする者が――仲間が増えるということは、何物にも代えがたい幸福じゃからな‼ 私は今、とても感動しておるぞ‼」

 

 最ッ高にハイなテンションでそう述べた瞬間、群衆から更なる歓声が轟き出でた。

 うおおおおォォォォッ‼ と大気が、大地が震える。

 

「睡眠はしっかりとったか⁉ 朝食はちゃんと食べてきたか⁉ もちろんベストコンディションであろうな‼」

 

 そう問いただすと、白夜叉はその場でくるりと一回転した。

 その途端。

 シャラーン、というサウンドと共に、

 

 白夜叉の着ていた着物が――ツーピースタイプの水着(・・)へと、一瞬で変わった。

 

【挿絵表示】

 

「――では皆の衆、準備はよいな‼ これより、全サウザンドアイズ系列店舗一斉、夏のバーゲンセールを開始する‼

 キャッチフレーズは――‼」

 

 ガラガラ、と店のドアが開く。

 集まった男たちは皆、声を揃えてソレを叫んだ。

 

「「「夏だ‼ 海じゃなくても良いじゃない‼ 少し早めの水着回だ――――‼‼‼」」」

 

 引きつった笑みを浮かべている華蓮と割烹先輩。その姿もまた、見間違うことなく――水着であった。

 

 どんだけシリアスしても、結局サウザンドアイズ所属である以上、白夜叉(コメディー)からは逃れられないのだ!

 というわけで水着回!

 よく晴れた真夏日なのだった!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 今回の思い付きは過去最大規模らしい。

 全サウザンドアイズ系列店舗一斉とか、頭おかしいでしょ!

 

 右へ左へてんてこ舞いの華蓮は、そう思いながら黒幕(しろやしゃ)へと呪詛を飛ばす。

 現在ここサウザンドアイズ支店は、イベント開催に伴ってやや特殊な対応となっていた。

 

 一言で言うならば――アイドルの握手会。

 

 整理券が配られ、『お一人様十分十品目まで』とキッチリ定められている徹底ぶりなのだ。

 

 ――だが何というか、予定調和というか、ルールはキッチリ決められているくせに、客をもてなすそこらへんの規定は緩いのだった。

 (しろやしゃ)がそうさせた。

 

 で、他の幹部たちが、どうせなら店舗ごとの売り上げで勝負しませんかと悪ノリ。

 妙なテンションとなった一同は、その場のノリと雰囲気だけで話し合いを進めていき――今に至る。

 

 というわけで、各店舗ごとにサービスが違ったりするのだ。

 因みにこの店は、何故かカフェっぽくなっていた。

 

「すいませーん。注文良いですかー!」

 

「はーい!」

 

「えっと、このギフトとこれと……あと、この後どこかお茶でも……」

 

「お気持ちだけ受け取ってご遠慮させていただきます。――はーい、ご注文承りましたー!」

 

 このように、いつもは店番と応対――営業スマイル――だけだった看板娘たちが、注文を取りにすぐ傍までやってくるのだ。当然、運動量は跳ね上がる。

 そしてそのあまりの忙しさに、ついつい仮面(営業スマイル)が剥がれてしまう。その素の表情を楽しむというのが、この店のコンセプトだった。

 ――因みに、『息を切らせる姿ってエロいよな』が裏コンセプトだったりする。

 

「注文良いですかー!」

 

「はーい!」

 

「こっちも注文いいですか!」

 

「はいはーい!」

 

「華蓮ちゃんって何カップー?」

 

「ぶっ飛ばしますよお客様ー」

 

 ……まぁ素なんてこんなものだ。セクハラ発言をしようものなら、即ドスの利いた声が眼光と共に返ってくる。

 それでも客足が途絶えないのは、まぁ……そういうことなのだろう。

 

 白夜叉の策はまだまだある。

 カフェ、ということで、特別に飲食物までメニューに載っている(これも含めて十品目)。

 そのため、看板娘たちは皆エプロンをつけてたりする。フリルのあしらわれた可愛らしいデザインのものだ。

 普段は無口で愛想のない割烹先輩が、そんな可愛らしいエプロンを着けている。

 つまりはギャップ萌え狙いなのだ。そう説明しておいた。

 

 ――だが、あの白夜叉の策がその程度で終わるはずがない。

 

 営業を開始して数秒で気づいた。

 布地が少なく、肌にピッタリ張り付いている水着の上からエプロンを着用する。

 

(((――――‼⁉⁇)))

 

 すでに手遅れ。

 水着の部分がエプロンによってきれいに隠れてしまい、まるで裸体の上から直接エプロンを着けているかのような――ぶっちゃけ、裸エプロンっぽくなっていた。

 

「ほほほほほほほほほほほほほほ! 今更気づいても遅いわ! 既に客は大勢詰めかけておる! この状況で延期など出来んじゃろうて! さぁ! 覚悟を決め大人しく裸エプロごはぁ‼」

 

 女性店員全員からの容赦ない一撃が駄神を貫いたのは言うまでもない。

 これが、開店三十分前の出来事。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 で。

 

 ――慣れた。

 華蓮の、うそ偽りない感想だった。

 

(だって別に裸ってわけじゃないからねー。これの狙いはあくまでも第一印象だろうし。入店して数秒で客も理解するから、恥ずかしがることなんて何もないじゃん)

 

 そう考えながら、セクハラ客を店外にたたき出す華蓮。

 その瞳は澄んだ青に染まっていて、その細い両腕には、人間どころか並の幻獣を凌駕する膂力が宿っている。

 

「すいませんねーお客様。当店、店員のお触りは禁止となっておりますので」

 

「なっ……なんのことだか。ただ、偶然手が当たっただけだろうが! 事故だ事故! ……お前こそ、客にこんなことしてただで済むとでも思ってるのか‼」

 

 セクハラ犯が何やらギャアギャア言っている。

 事故事故言ってるが、被害報告がたった三分間で五件。盛ってるどころの話ではない。ここまで露骨な犯行というのも珍しい。

 

(うわー久々にめんどくさい客だ。仕事の邪魔だからさっさと消えて欲しいんだけど……

 ……仕方ないなー)

 

 表面上は相手を威嚇するにこやかスマイルを浮かべながら、華蓮は意識を内面に向ける。

 青封から流れてくる『霊力』を一定量掬い取る。そしてそれに自分自身の『生命力』を混ぜ――効率の良い『呪力』に変換。

 精製した呪力を封印に向けて真っ直ぐ伸ばす。

 

(――第二封解放(セカンドシフト)

 

 心の中でコマンド入力。

 その瞬間、青封の二層目が解放された。

 

 この一ヶ月の成果、その一つ――『無声開封』

 呪力の腕を伸ばし直接封印に干渉することで、無声での開封を可能にしたのだ。

 

「――何とか言ったらどうなんだ! いいか、これはサウザンドアイズ全体の信用に関わるぞ! コミュニティに迷惑をかけたくないのなら、さっさと謝罪を」

 

「はぁ…………」

 

 ため息を一つつき、喚いていた男を黙らせる。

 そしてその直後、青い霊力の放流が頭髪を青く染め上げた。

 華蓮はそのまま、相変わらずの威圧スマイルで言い放つ。

 

「お帰りください。貴方がまだ、『客』と認識されているうちに……ね」

 

 男の顔がサァッと青ざめた。

 おそらく今、彼は華蓮の背後に龍の幻影を見ているのだろう。

 硬直は十秒ほどだった。男は顔面蒼白のまま、慌ててどっかに行ってしまった。

 

「ふぅ……やっと消えた……」

 

「お疲れさまです。……すいません、貴女に任せっきりで」

 

「いえいえ、気にしないでください。こういうの、慣れてますから。――それはそうと、白夜叉様は何処に行ったんですか? 確かキャンペーン中はずっといるはずですけど」

 

「あぁ……白夜叉様なら」

 

 割烹先輩が脱力してそう言った直後のことだった。

 

 ――ピッシャァァン! と雷鳴の音が、ドカァァン! という破砕音とまじって聞こえてきた。

 

「……察しました。皆が来てるんですね」

 

「えぇ……貴女が表で対処している時に裏から。何やら大事な要件みたいでしたけど」

 

「ふむ、面白そうな気配がする……。でもまぁ、いいです。今はこっちに集中しましょう!」

 

 そう言って華蓮は仕事に戻っていく。

 というのもここ一ヵ月、例の封印専門コミュニティで修業なりなんなりしていて店の仕事を休むことが多く、かなりの負担をかけてしまっているからだ。

 ……流石にそろそろ『上』からお叱りが来そうなので、真面目に――現状が真面目かはともかく――仕事をしている。

 

(――でもどうせ、近々『南側』で開催される『収穫祭』関係の話なんだろうなぁ)

 

 青封を一層だけ解放し、その吹き出す霊力で総体力をブーストしている華蓮は、復活した仮面の裏で思う。

 どこか他人事のように――思う。

 

(『収穫祭』……かぁ。あー面白そうだなぁ。催し物とかいっぱいなんだろうなぁ……)

 

 ため息が漏れそうになる。

 華蓮の脳内は完全ブルー、雨でも降りだしそうなくらいどんよりしていた。

 

「留守番……かぁ……」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「華蓮。今回の『火龍誕生祭』の一件で『上層』が動き出した」

 

「――――‼」

 

 ――一ヵ月前、白夜叉は開口一番そう言ってきた。

 

(遂にばれたか……)

 

 私の中にあったのは、緊張感と恐怖心。

 それと六割ちょっとの――物悲しさだった。

 

「……やっぱり、あの時ですか?」

 

「そうじゃな。白虎の力のほとんどが噴出した――あの時じゃ」

 

「――――っ!」

 

 悔しい。

 あの時――私は何もできなかった。意識を失っていたなんて言い訳でしかない。私がもっと強ければ、こんなことにはならなかった……!

 そして、私のいないところで話が進んでいって、結果……

 

「……私の処遇について、『上』は何て言ってますか?」

 

 質問の体をとっているけど、答えは分かりきっていた。

 火のついた『爆弾』を自爆覚悟で持ち続けるなんて、何も意味もないのだから……

 

「ふむ。まぁ、あれじゃな。――『現状維持』じゃ」

 

「…………は……?」

 

 今……何て言った……?

 現状維持……だって⁉

 

「華蓮。上層が動いたとはいえ――危険度が増したとはいえ、お主は有用(プラス)じゃと判断されたのじゃよ。――つまり、お主はまだサウザンドアイズ所属ということじゃ」

 

「ちょっ……ちょっと待ってください! 現状維持って、何考えてんですか! 上層が――天軍が動いたんですよ⁉ サウザンドアイズ全体に被害が及ぶんですよ⁉」

 

「そんなことくらい百も承知。お主の存在が如何に危険であるかくらい、幹部の誰もが理解しておる。――じゃがな。

 それでもじゃよ(・・・・・・・)

 それでもお主は有用(プラス)な存在なのじゃ。孕んでいる危険(マイナス)を差し引いてもまだ余りあるほどに……な」

 

 なにそれ……有用?

 私のどこにそんな価値が……

 

「……有用って…………私のどこら辺がですか」

 

「いや、お主自身の能力ではない」

 

「…………?」

 

 私ではない?

 ということは――人間関係か? 力をつけてきたとはいっても《ノーネーム》の皆じゃないだろうから、あとは……

 

「……まさか」

 

「そのまさかじゃ。

 お主の有用性(プラス)は――鳴宮鳴に対する抑止力じゃよ」

 

「…………納得です」

 

 そういえば私、あの人に気に入られてたっけ。……あぁもう……どんどん貸しが増えていくな……‼ そろそろ返せなくなりそうだ。

 

「お主があの女の『お気に入り』である間、サウザンドアイズはお主を受け入れ続けることになった。……つまり逆に言えば、『お気に入り』でなくなった時、お主は…………分かるな?」

 

「理解してます」

 

 話はこれで終わりなのか、白夜叉はもう何も言わない。

 私は一言「失礼します」と告げて立ち去ろうとして、

 

「……すまない」

 

「……………………」

 

 私は何も答えなかった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

(――で、継続して所属出来るようになったんだけど……流石にもうこれ以上の迷惑はかけられないからね)

 

 収穫祭の間の留守番要員に立候補したわけなのだ。……数日後、猛烈に後悔したが。

 

(交代制とはいえ、オープニングセレモニーに出席できないとかさー。一番盛り上がるところに出られないとかさー)

 

 ――ホント、うんざりするほど無計画。

 華蓮は、仕返しに来た例のセクハラ犯(+その他大勢)を撃退しながら思う。

 

「何故だ! この人数差で何故押し負ける!」

 

「囲め! 包囲して全方位から押し潰せ!」

 

「……………………はぁ」

 

 一斉に跳びかかってきた獣人たち全員に、適量の水をぶつけていく作業。ストレス解消にもならない一連の動作を、華蓮は幾度となく繰り返す。

 

「ごぼっ……! ごぼぼぼぼぼ…………‼」

 

 水をぶつけられた奴は例外なく溺れる。酸欠で意識を失うまでソレは続く。

 鬼畜の所業だが、陸上生物はコレが一番効くから仕方ない。

 

「いい加減にやめましょう? これ以上やっても私には届きませんよ?」

 

 流石に面倒くさくなり、警告らしきものを言ってみる。

 だが相手は聞き入れず、遂には、自棄になったのか無策で突っ込んでくる始末。

 

「ほいっと」

 

 特に苦戦することなく一撃で沈める。

 そして、ずしっとくる倦怠感を肩に感じながら、華蓮はボソッと呟くのだった。

 

「……本日の業務、しゅーりょー」

 

 なんなんだろうコレ。

 今日、接客よりこっちの仕事の方が多かった気がするんだが。

 

(……なんだかさ、此処での私の立ち位置的なものが決まりつつある気がする(所属二ヵ月))

 

 ――と、華蓮が肩を落としていた時だった。

 

「あの女……我を使いに出すなど、何を考えている……。まったく面倒極まりない。――おいそこの店員、サウザンドアイズ、ペリベット支店というのは此処か?」

 

「(なんか偉そうな客来たよ……)はい、そうです。ですがすいません、もう閉店時間なので…………って」

 

「ん? ……お前は」

 

 華蓮の頭髪が、反射的に白く染まった。

 反射的に。

 ――前に、それで行動不能にされたから。

 

「そういえば、サウザンドアイズ所属だったなお前」

 

「……何しに来たんですか…………?」

 

 そこにいたのは、仏頂面のナイスミドル。

 鳴宮鳴のコミュニティ所属の――凛と呼ばれていた男だった。

 

 




過去話の巻。

さて……誰が誰に話すのか……

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