担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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二章最終話。
こういう展開しか書けない呪いでもかかっているのだろうか……


第二十二話 浮き上がる異常性

 ――医療区画

 北の街を揺るがした魔王のゲームが終了し、そこでは負傷者の手当てが行われていた。その中には、ボロボロの耀や片腕を失った十六夜の姿も見られる。

 華蓮はその光景を、様々な思いの入り混じった暗い瞳で見つめていた。何せ自分のせいで、二人が重体になってしまったのだから。――傷つく必要のなかった二人が、だ。

 

「……二人ともごめん。巻き込んで……ごめん」

 

「――ごめんごめんって……何をそんなに落ち込んでいるのかしら? 柊さんらしくもない」

 

 と、隣に立った飛鳥がそう聞いてきた。

 比較的軽症だった彼女は、包帯こそ巻いているものの元気そうだ。

 

「飛鳥……」

 

「『巻き込んだ』なんて筋違いなこと言わないでよね。私たちは、好きで巻き込まれたんだから。自分の意志で、巻き込まれに行ったんだから。――だから柊さん。そんなに自分を責めないでちょうだい」

 

「……責めちゃうよ、どうしても。飛鳥も見たでしょ、あの二人の傷」

 

 沈黙。

 飛鳥はすでに、重体の二人を見ていた。

 

 逆廻十六夜――右腕の消失と、肋骨数本の骨折。出血多量。臓器も軽く痛めていた。

 春日部耀――両腕両足、肋骨に肩骨……と、あちこちの骨が折れていた。特に酷いのがヴェーザーの一撃を受けた両腕で、粉砕骨折と診断された。

 

 ――と、これが身内にでた重体者の現在である。

 黒ウサギは重度の霊障と診断されたものの、浴びた霊力と同質の霊力の持ち主――白虎を所有している華蓮によって、今は鎮静化されている。

 

「あれらが全て、私や――私の身内が関係した被害なんだよ? どうしてもさ……考えちゃうんだよ。――もしも(・・・)私がいなかったらどう(・・・・・・・・・・)なっていたのかって(・・・・・・・・・)

 

 少なくとも――

 十六夜は片腕を失わずに済んだし、耀も重体にならずに済んだ。

 北の街での被害も小さくなっていただろう。

 

「…………」

 

「……ほら、誰も不幸になんない。私がいないだけでこれだけ状況が良くなる。……だからさ、私――」

 

「黙って」

 

 華蓮の言葉を遮ったのは、短くも力のある一言だった。

『威光』が使われていないにも拘らず、その言葉は華蓮の口を閉じさせる。

 飛鳥は、厳しく強い口調で――そして、怒りを混ぜて、華蓮へと言葉をぶつける。

 

「それ以上は聞いてられないわ。――柊さん。責任を感じることは、別に悪いことじゃないわ。反省して、次に生かすための大事なことですからね。でも」

 

 そこで飛鳥は華蓮の目をまっすぐ――強く見た。

 強く。それこそ、『睨みつけた』と言い換えることが出来るほどに。

 

「でもね、柊さん。間違っても――冗談でも、『いなかったら』なんて言わないでちょうだい。そんな仮定に意味なんてないのだし、なにより――聞いてるこっちが不快になるわ。馬鹿にしているのかって、そう感じるの」

 

「…………でも……」

 

 まだ何か言いたそうにしている華蓮だが、飛鳥の一睨みで押し黙る。

 そして飛鳥は、はぁ、とため息を一つついて、

 

「――分からないようならもう一度だけ言うわよ。意固地で頑固な柊さんが理解できるように、分かりやすくね。

 柊さん。

 ――私たちは、私たち自身の信念(せいぎ)に従って動いただけよ。

 何か事件が起きて、誰かが困っている。仲間が傷つけられ苦しんでいる。――そんな当たり前の理由で動いてただけ」

 

「…………」

 

 華蓮は黙って俯いている。飛鳥は構わずに、最後の一言を口にした。 

 

「だから柊さん。あなたが責任を感じる必要はないのよ。――我慢する必要なんて(・・・・・・・・・)どこにもないのよ(・・・・・・・・)

 

 そう言って飛鳥は、微笑みながら、華蓮をギュッと抱きしめた。優しく、守るように。

 

「……飛鳥……」

 

「柊さん、貴女は少し溜め込み過ぎ。少しずつ出していかないと、いつかパンクしちゃうわ」

 

「――――」

 

 華蓮はしばらく何も言わなかった。黙って飛鳥に体を預けていた。

 華蓮が、大切な友人たちや《ノーネーム》のメンバーに隠していること。隠し続けること。――その行為。

 それは華蓮の精神に、予想以上の負荷を与えていたのかもしれない。

 

「――ありがと、飛鳥」

 

「……もう、大丈夫かしら?」

 

「うん。……もう、大丈夫」

 

 そうは言ったものの、数分程度の慰めでそれが解消できるとは思えない。事実、華蓮の精神はすり減ったままだった。

 おそらく飛鳥にもばれているだろう。

 それでも――

 

「……あのさ。もし飛鳥が嫌じゃなかったらでいいんだけど……。またいつか、今みたいに抱きしめてもらっても……いいかな?」

 

「ええ……もちろん。いつでも歓迎するわ」

 

 自分を心から心配してくれる人の存在は、すり切れそうな糸を繋ぎ止めるには、十分だった。

 華蓮は、飛鳥に「ありがとう」と礼を言うと、一目散に駆けだした。

 向かう場所は、決まっている。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「…………」

 

 逆廻十六夜は、病室のベットの上に横になっていた。何をするでもなく、ただ天井を見続けていた。

 普段の彼からは想像つかない異常な光景だが、それを心配する声はない。それもそのはずで、ここには彼しかいないのだ。

 《サラマンドラ》本拠の一室。無駄に広いそこが、彼に与えられた病室(・・)だった。

 

「……あぁ……暇だ……」

 

 十六夜はそう呟くと、左腕を枕にするように体の向きを変える。それだけでも体に痛みが走った。今回の戦いで負った傷は予想以上に重いらしい。

 まぁ、だからと言って動けないわけではないのだが。その気になればいつでも脱出できる。――すぐ捕まるだろうけど。

 そう、つまり意外なことに。意外で異常なことに、ベットの上でごろごろ暇しているこの状況は、全て彼が自分の意志で作り上げていたのだった。

 

 ――それで。

 そんな『らしくない』ことをしてまで彼が何をしているかと言えば、それはもう、これまた『らしくない』ことだった。

 

「……華蓮……」

 

 呟く。その名を。

 ――この病室で目を覚ましてから幾度となく口にしたその名を。

 彼は、一言目から変わることのないトーンで、誰に聞かせるわけでもなく――呟いた。

 

『らしくない』

 十六夜は今、不器用に気持ちの整理をしているのだった。

 次に華蓮にあった時、どんなことを話せばいいのか。どんな顔をして会えばいいのか。――彼なりに真剣に。

 

「――――」

 

 理由は単純にして明快。――『右腕の喪失』

 人体の一部が欠損するというのは、なかなかショッキングなものだ。十六夜自身、この事実には情けなくも絶叫してしまったほどである。――思い返した瞬間、過去の自分を殴り飛ばしたい衝動が。

 

 この姿を華蓮に見せたくないのだ。

 仕事柄いつもクールぶってるアイツに――実は人一倍責任感や感受性の強い優しいアイツには、どうしても。

 だがそんなことは不可能で、もうすでに一度見られている――銀腕が代わりにあったとはいえ、その程度で騙せる奴ではないだろうから――

 だからこそ、

 ――気まずいのだ。

 

(俺が傷つく分には構わない。だが、それを見た奴の顔が曇るのは――気分が悪い。……さて、どうする)

 

 こうして十六夜はある意味無駄な思考に没頭するわけだが、その時、唐突に部屋の扉が開け放たれた。

 思考に没頭していて全く気付かなかった十六夜は反応が一瞬遅れる。その間に侵入者は一気にベットの傍まで接近してきた。……いや、速すぎるだろ。

 

「誰だ! …………ってお前か……」

 

「……あのさ、私の顔見て脱力しないでもらえるかな?」

 

「(力抜けるに決まってんだろ)……で? 何の用だよ――――華蓮(・・)

 

 侵入者――柊華蓮に向かって、十六夜はぶっきらぼうにそう問いかける。――まぁそれも、内心の乱れを隠すための物なのだが。

 そんな十六夜の努力に気づくことなく――気づかれないようにしているのだが――華蓮は俯きがちに答える。

 

「……十六夜と話したいな、って思ってさ」

 

「っ……そうか」

 

 遂に来たかと、十六夜は覚悟を決める。考えがまとまらなかった以上、アドリブで乗り切るしかない。

 華蓮は、部屋に備え付けられていた椅子を一つ持ってきてベット脇に座る。

 

「――話っていうか、『提案』なんだけどさ」

 

「……『提案』?」

 

 華蓮は一つ頷き、躊躇いながらも――それを口にした。

 

「単刀直入に聞くよ、十六夜。――白虎と契約して(・・・・・・・)…………私のものになってくれ(・・・・・・・・・・)ないかな(・・・・)……?」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 稲妻の走った赤い着物を着崩し、北の街から徒歩で離れていく女性の姿があった。

 鳴宮鳴。

 先ほどまで行われていた魔王のゲームにおいて、詰めの一手を打った張本人だった。――本人にその自覚はないだろうけれど。

 そしてその事実を、おそらく誰も知らない。だが『鳴宮鳴』という存在は、すでに誰もが知っている。……まぁ、いきなり回線に割り込んできて、そのあと魔王並に暴れまわったのだから当然なのだが。

 

 ――とまぁ、この一件で随分と有名になった鳴だが、彼女とて慈善活動(ボランティア)でゲームに参加していたわけではない。目的は彼女にもあった。

 と言っても、それは大抵『娯楽探し』である。……時々、極たまに芸術品や希少品を勝手に頂戴したりするが……

 彼女曰く、「乱戦で壊れるよりは、俺の手で保護(・・)したほうが良いだろ」……ということで。

 ――そして今回も、しっかりと良いもの(・・・・)を手に入れていた。

 

「――――♪」

 

 ご機嫌にハミングしながら歩く鳴の右手が、小さな手を握っていた。一緒に歩くというより、手を引いているといった感じだった。

 手を引かれているのは、黒斑の服を纏う少女――ペスト。

 ――つい先刻、北の街で行われていたゲームの主催者(ホスト)だった少女で――つまり、魔王だった。

 

「……ねぇ、ちょっと……! 歩くの速い!」

 

 流石に苛立ったのか、強い口調で鳴に声がかかる。すると意外なことに鳴は素直に立ち止まった。

 傍若無人の暴君にも、例外(・・)というものは存在するのだ。

 

「あ、ごめんごめん。あんまり嬉しかったから、つい」

 

「謝るくらいなら、最初からゆっくり歩けばいいじゃない……!」

 

「疲れた?」

 

 ――そんなわけないでしょ!

 ペストは喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、頭を軽く振って意識を切り替える。

 

(危ない。あやうくまた流されるところだったわ)

 

 どうやら、鳴のマイペースな会話を聞いていると、知らず知らずのうちに論点を見失ってしまうらしい。

 いわゆる『会話術』だが、相手に聞かせるだけの一方通行で行うなど尋常ではない。

 

「話を逸らさないでいい加減教えてくれないかしら。――あなた、私をどうするつもり?」

 

「どうもしないさ。俺はただひとつだけ、ペストちゃんに『提案』するだけだ」

 

 そう言って鳴は体の向きを変えると、ペストと真正面から向き合う。膝を曲げ、目線も同じ高さになるよう調節した。

 そして。

 鳴は、満面の笑みで――それを口にするのだった。

 

「――俺のものにならないかい、ペストちゃん」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「は? 何言ってんだ……お前」

 

 華蓮の表情が、ビキリ、と凍り付いた。

 十六夜のソレは当然の反応だろう。まともな感性と冷静な判断能力を持っていれば、『私のものになれ』などという馬鹿げた誘いに乗るわけがない。

 分かりきったことだ。

 だが――

 

「え……あの、えっと……なんで(・・・)……?」

 

『提案』した張本人である華蓮は、本気(・・)で狼狽えていた。

 そもそもまともな感性をしていれば、こんな馬鹿げた『提案』するはずがない。する以前に、『考えない』。

 そして何より、華蓮自身がそんな考えを当たり前(・・・・)だと認識している。――異常だった。

 華蓮の感性はまともではなく、そしてそれ以上に――ズレていた。

 

なんで(・・・)じゃねぇよ。当たり前だろ。――逆にこっちから質問だ。何故こんな『提案』をした」

 

「……そっか、そうだよね。まず初めに言っとかないといけなかったね。理由」

 

「…………」

 

 ――理由を聞いたら(・・・・・・・)考え直してくれる(・・・・・・・・)

 十六夜に心を読む力はないけれど、今の華蓮が考えていることを察することくらい余裕だった。というか、誰にでもできるだろう。

 額に汗を浮かべ、焦点のブレた目をしている――そんな表情を見れば。

 

「えっと、理由だけどさ、一つだけだよ。――失った右腕の『代替品』。つまりは義手を提供しようかなって」

 

「……それがどうやったら、俺がお前のものになる、なんて突飛な言葉につながる? それに義手も、白夜叉が用意するらしいじゃねぇか」

 

「ふぅん……でもねぇ、足りるの? ――耐久力」

 

 言葉に詰まる十六夜。実はこの問題、右腕の惨状を見た白夜叉からも言われていた。

 

 

 

『地を砕くほどの剛力に耐えうる義手。

 あることにはあるが……如何せん値が張る一品でな。現状の《ノーネーム》では手が出せんじゃろう。

 ……それにな、今回はちっとばっかし複雑な状況なのじゃ。どうやらゲーム中に、第三者――それも魔王クラスの大物が暴れたそうでな。お主の傷も、そいつによるものじゃろう?

 魔王クラス――といっても正体不明じゃ。褒美の与えようがない(・・・・・・・・・・)。基準が分からんからな。

 ――つまり、「逆廻十六夜」に与えられる報酬は限りなく少ない。

 以前の「ギフトカード」のように、「建て前」がない。……タダで譲ることが、出来ないということなのじゃ……すまない』

 

 

 

 ――と、この話題には既に決着がついていたはずだったのだが、そこに、狙ったかのようなピンポイントな提案。

 これには十六夜の心も揺らぐ――

 

(力のセーブも覚悟しといたんだが、これは渡りに船…………なわけねぇ(・・・・・)

 

 ――ことはなかった。どこまでも用心深い性格である。

 

(あまりにも俺にとって都合がよすぎる。警戒するに決まってんだろうが。――下げて(・・・)上げる(・・・)ってのは、詐欺(セールス)の基本だからな)

 

 そんな十六夜の考えに気づくことなく、華蓮はさらに言葉を並べたてる。

 

「どうかな……? 私の義手なら耐久力も十分だろうし、それに今なら、オマケで特別な(・・・)ギフトもついてくるよ!」

 

「――――」

 

 オマケにちょっとだけ揺れる。でも関係ない。

 まだ、全然足りない(・・・・・・)

 

「……そ……それじゃあさらに、このナイフもあげる! 性能は十六夜も知ってるでしょ⁉」

 

(違う、それじゃない。俺が求めてるのは(・・・・・・・・)、そんなんじゃない!)

 

 気づけ……!

 これは自分で気づかせないといけない。だから十六夜は、言葉ではなく視線を送り続けた。

 そして、これほど見つめられれば流石に気づく。

 

「…………そっか。十六夜がどうしてもっていうなら……いいよ」

 

 そう言って、

 

「ん……ぷは……」

 

 華蓮は、着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。

 途端、豊かに発育した双丘がその姿を現す。大人っぽい黒のブラに包まれたソレは、より一層蠱惑的に見えた。

 

「……………………」

 

 あまりにも唐突な状況変化に言葉を失う。

 盛大に勘違いしている華蓮は、恥ずかしそうに頬を染めて――決定的な言葉を口にした。

 

 

私の身体を好きにして(・・・・・・・・・・)いいよ(・・・)……。そうしたら、私のものになってくれるんだよね……?」

 

 

「――――ッ‼」

 

 プツン、と。

 その言葉を聞いた瞬間、十六夜の中で何かが切れた。

 華蓮の細腕を掴むと、そのまま、自分が寝ていた寝台に引き倒した。

 ――否、正確には。

 

 華蓮の細腕を掴み――力いっぱい、全力で、加減することなく、寝台に叩きつけた(・・・・・)

 

 ミシミシッ、ときしむ寝台。

 圧倒的な力で叩きつけられた華蓮の口から空気が吐き出される。

 

「かは…………っっっ‼⁉⁇」

 

 苦しそうに呻く華蓮。十六夜はその四肢を押さえ拘束すると、痛みで涙の滲む両目を真っ直ぐ見据えた。

 見据えて――叫ぶ。

 

「ふざけんじゃねぇ‼」

 

「っ‼」

 

 間近からの怒声に、ビクッと華蓮の体が跳ねる。その目には恐怖の感情が――一切なかった(・・・・・・)

 存在していたのは困惑の色だけ。

 ――何に対してそこまで怒(・・・・・・・・・・)っているのか理解でき(・・・・・・・・・・)ない(・・)。そんな思いだけだった。

 

「いざ……よい……?」

 

「何考えてんだお前! 自分の恩恵を切り売りするような真似しやがって――終いには自分の身体を差し出すだと⁉ 対価を払えば、俺がお前のものになるとでも思ってんのか⁉ 舐めんじゃねぇ! いくら積まれようと(・・・・・・・・・)今のお前には絶対に靡(・・・・・・・・・・)かねぇよ(・・・・)‼」

 

「っ……そんな……」

 

 華蓮の目に困惑以外の感情が映った。

 絶望。

 まるでこの世の終わりの如く濃密な絶望の色。

 十六夜の口から吐き出された拒絶の言葉をトリガーに、ソレは一気に華蓮を染めつくしていく。何もかもを、ありったけ。

 

「……じゃあ、何をすればいいの……? 何をすれば、十六夜は私のものになってくれるの? 教えて。私、何でもするから……!」

 

「…………」

 

「お願い……お願いだから何か言って……! 私に命令して……! じゃないと十六夜が離れちゃう……!

 ――私には、十六夜が必要なのに……‼」

 

 大粒の涙をこぼしながら華蓮は必死に懇願する。第三者が見れば、可哀想と誰もがそう思うだろう。

 だが十六夜は思わない。

 その異常性を知った今、欠片ほども情が生まれない。

 

 それどころか、気持ち悪くさえ思えた。

 まるで、精巧につくられたロボットを見ている気分だった。

 この涙も、プログラムされたとおりに流されたものにしか見えなかった。

 

「…………言えよ」

 

 どれだけ時間が過ぎただろうか。

 十六夜の口からポツリとこぼれた言葉が華蓮の涙を止めた。

 

「言えよ、お前の本音を! 俺が必要だとか、自分のものになれとか、そんな『飾り』なんてとっぱらった、お前が心から望んでいることを‼」

 

「私が……望んでいること……?」

 

 十六夜の想像通りなら、これは華蓮にとって相当な難題であり――そして、苦痛でもあるはずだ。

 想像通りならば――

 

「わ、私は……」

 

 そして数分後。

 額に脂汗をにじませながら、華蓮は苦しげに言う。

 

「私は……十六夜を自分のものにしたいって――望んでない。

 十六夜が絶対必要とも――思ってない」

 

「それで?」

 

「……私が本当に、心の底から望んでいることは――」

 

 長い沈黙。十六夜は黙って、辛抱強く待った。

 そして、

 華蓮は苦しそうに喘ぎながら、その言葉を――望みを、伝えた。

 

 

十六夜を(・・・・)笑顔にしたい(・・・・・・)

 

 

 呼吸が止まった。

 それほど十六夜が受けた衝撃は大きく。そして深く――響いた。

 

「十六夜に笑っていてほしい……。十六夜に喜んでほしい。悲しむ姿なんて見たくない……! 辛そうにしてる姿なんてありえない……‼ 十六夜のためならなんでもする!

 ――私は、十六夜に尽くしたい‼」

 

「――――‼」

 

 聞いていられなかった。

 気づけば十六夜は、ギュッとその矮躯を抱きしめていた。慰めるように、そして――守るように。強く、強く。

 

「それが、お前の本心なんだな。お前の――望みなんだな」

 

「……うん。多分、そうだと思う……」

 

「――――っ‼」

 

 痛々しかった。

 十六夜への献身こそが自分の『望み』だと、そう本気で告げた彼女は、どうしようもなく歪んでいた。

 純粋に――歪み切っていた。

 

(『献身の一族』……か)

 

 十六夜はふと思い返す。

 あの時、耀の身体に憑いていた白虎は、『柊』のことを、皮肉交じりにそう評していた。

 

 曰く――四神をその身に宿し、生涯を捧げる一族だと。

 災厄と不幸をその身で担い続ける一族だと――

 

(こいつが今代の担い手。……どうやら自覚はないみたいだが……)

 

 だとしたらこいつも、歴代の担い手同様……最期は……

 

「……華蓮」

 

「っ……なにかな……」

 

 ――ふざけるな。そんな運命など認めない。

 異常な思想に異常な理念。それが当たり前だと? 今まで誰も、お前に教えなかったのか。

 お前は――お前の一族は、間違っていると。そんな簡単なことすら……

 

「お前の義手を貰うぞ」

 

「……それって……!」

 

「ああ」

 

 ――だから華蓮、俺が教えてやる。

 間違いを認めさせてやる。

 完膚なきまで更生させてやる。

 

「お前のものになってやるよ」

 

 俺がお前を――救ってやる。

 

 




この後ろに、ステータスが入る予定です。

『鳴サイド』は外伝で書きます。
華蓮と十六夜の『契約』が見たい方は、活動報告へ。
それでは。

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