第二章最終話です。
風を生み出し宙を舞う華蓮。その周囲には述べ二十にもなる球体が浮かんでいた。
「――それじゃあ、終わらせてくるよ」
「おう、やってこい!」
十六夜と短く言葉を交わすと、華蓮は一気に飛び上がった。影を恐れずに、真っ直ぐ。
そして、影にだいぶ近づいた時だった。認識されたのか知らないが、周囲の影が一斉に襲いかかってきた。四方八方から――実際は後ろからは来ないので、半分位。二方四方から(語呂悪い)――華蓮目掛けて一直線に。
「さすが暴食、欲望に――食欲に忠実だね。そんなに私が食べたいの?――なんて言ってみたり、……食わせねぇよ!」
そう叫び、華蓮はなおも上を目指す。影の隙間を縫うようにして、時々ナイフで切り裂いて、上へ上へと。
まあ、そんな曲芸を見ている十六夜にしてみれば、たまったものではないのだが。見ているこっちが怖すぎる。
「――よっと、この辺でいいかな」
そんな曲芸を続けしばらく進んだ華蓮は、不意にピタッと止まった。暴食が一斉に襲いかかるも、風で一気に散らす。
そして華蓮は、通信用のギフトを取り出すと言った。
「あーあー、みんな聞こえてる?
様々な返事が聞こえてくる。止めようとする声が多いのは気のせい。華蓮もそれは無視した。
それでも、
『思いっきりやれ!華蓮!』
『任せたわよ!柊さん!』
『華蓮、がんばって』
『ほどほどにお願いしますよ、華蓮さん!』
十六夜、飛鳥、耀、黒ウサギの声。そして、
『華蓮、怪我しないようにね!』
『マスター、あとはお願い!』
「――二人は言ってくれないのかな?」
華蓮がギフトにそう問いかけると、
『――ふん、仕方ないな。――華蓮、お前ならできる。自分を信じろ』
『まっ、まままマスター!がんっ、がんばゅ、…………ふぁ!ファイトですっ!』
「ありがと、二人とも」
仲間達の声。それは、雑多な音声の中でもしっかり聞こえた。それだけで迷いは消え、思いっきりやれる。
と、そんな時だった。
『――だぁああああ!お前ら騒がしいんじゃコラ!俺が喋れねぇだろうが、ああッ‼︎』
ギフトの向こうから、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
ビャクレイにとっては因縁の相手。そして、華蓮にとっては憧れの人の声だった。
(この声!――そりゃそうだよね。あの人が、こんな面白そうな祭りに参加しないわけ、ないよな――!)
『――……おっし、静かになったな!――よっす、ひーちゃん、久しぶり!』
やっぱりあの人は、こんな状況でも相変わらず、マイペースだった。
どれだけマイペースかと言うと、何でそんなにマイペースなんですか?って聞いて、生きてるから、って答える位マイペースだ。
もう一度だけ言おう、あの人はとにかくマイペースだ。話の流れとか場の空気とかを一切読まない。そして、そんな人の話は
――とにかく長い。
『――聞いてくれよひーちゃん。なんかさー、起きたら魔王来てたんだよ、参ったねー。んで、寝起きでぼーっとしてたら、なんかでかい笛持った男が襲って来てさー。俺としたことがビックリしちまったぜ、はっはっは。――まー、イラッと来たからぶっ飛ばして武器壊しといたんだけど。あいつ、敵だったんだよな?それでさー、ついでに魔王も倒そっかなー、とか思って歩いてたらでっかいクレーターがあってね、その中心に女の子が倒れてたわけだよ。――これがもうボロボロでさ!女の子がだよ⁉︎めっちゃ小さい幼女がボロボロに痛めつけられてたんだよ⁉︎もう見た瞬間、大変だ!って思ってさ、急いであり合わせのギフトで治療したんだ。そしたら、「何をしている!」って言われて囲まれちゃってさ、「治療に決まってんだろうが!」って言い返したんだよ。そしたらさ、そいつらいきなり襲いかかって来たんだよ、もうビックリ。だからさ、ちょっとイラッと来ちゃって全員倒しちゃった、てへぺろ♪一応生きてるけど、あれってどっち側なの?まあ、どうでもいいけどさ。それで、治療を続けてたらその子元気になったんだよ!もう俺嬉しくなっちゃって、つい抱きしめちゃったんだ。そしたらその子、ほっぺたとかマジでプニプニだったんだよ!もうたまんなくなっちゃってさ!ずーっとずーっと頬ずりしてたわけ!……そしたらさ、なんか空が暗くなったんだよ。まあ、そん位なら気にしないんだけどさ、……その空を作ってんの、暴食とかいうギフトなんだってな。ん?誰に聞いたのかって?そりゃあ、そこらへんにいた人に聞いたに決まってんだろ。まあそいつ、狂ったみたいに笑ってて気持ち悪かったから、何発かぶん殴って聞いたんだけど。まあ、死んでないならセーフだよね!――……で、ここからが本題』
(話、なっげぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ‼︎‼︎)
――ていうか前置きなげぇ!マジでお喋りしてただけですかあの人⁉︎……ってか、なんか色々重要なこと言ってたよね⁉︎――ああ、くそっ!話長すぎて忘れた!
『――聞いてる?ひーちゃん』
「ああ、はい!もちろん聞いてます!私があなたの言葉を聞かないなんてことは、この箱庭が滅びてもあり得ません!」
『――ん、ならいいけど』
(あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ‼︎‼︎)
――危うくあの人を怒らせるとこだった!あの人、自分の話を無視されるとマジギレするからな……。――ふう、やれやれ、
『――でさ、本題なんだけど』
「は、はい!」
『ひーちゃん、あれ壊すんだってねぇ。ん、頑張ってね、応援してる、ファイト。――はい、終わり』
『……へ、それだけ?』
――それだけ、って言ったやつ出てこいやぁ!
ギフトの向こうから怒号と破壊音が響いてくる。ついにはギフトも壊れてしまったようで、通信も切れてしまった。
「…………まったく、あの人は」
話をしている間に囲まれたのか、辺りは暗闇に包まれていた。音さえも喰らっているのかと思うほどの無音の空間で、華蓮は一人呟いた。
「――勝手に来て、場を荒らして行って……はは、魔王より魔王らしいや。でもなんでだろう……憎めないんだよね、あの人のこと。――ははっ、超かっこいい!」
華蓮の気持ちに呼応するかのように、漂う球体――エネルギーの塊も光出す。
「――そんな人に、憧れの人に頑張れって言われたんだ!もう大丈夫、やれる!――ぶっ壊してやる‼︎」
そして華蓮は、改めて黒い壁を――暴食を見つめる。今は風で押さえつけているものの、一定より勢いが弱くなると喰われて終わりだ。
「…………よし」
と、華蓮がそう言った瞬間だった。
押さえつけていた風がピタッと止んだ。途端、影は一斉に華蓮の元へと殺到する。
だが、華蓮の元へと影がたどり着くことはなかった。その頃には、もう終わっていた。
――
「ストックより十を
廻る球体が十、空気に溶けるかのように消えた。と同時に、華蓮の周りが歪み始める。
「……形成――!」
影の動きが止まった。ちょうど華蓮を囲むように、球体の壁があるかのように。
「エネルギー五つで形成し、五つで強化し造られた球体のバリア。規模は小さいが、その分、強度は折り紙つき――残念だったね」
といっても、数千の影に喰らいつかれたらじきに壊れる。華蓮は間髪入れずに次の行程へと移行した。つまり、影を破壊し尽くす行程だ。
「ストックより十を使用――
残っていた球体が全て消える。そして今度は、華蓮の持つナイフ――《断刀・獄》が淡く光始めた。
華蓮はそれを居合のように、腰の高さに構えた。
「――さあ……行くよ!」
そしてナイフは振り抜かれた。
――その瞬間、四方八方に何かが飛んで行き、
進行上の影を全て切り裂いた――!
「まだまだ行くぞ!」
華蓮はそう叫びながらも、ナイフを振るい続ける。そして振るうたびに影は切られ、消えていった。
華蓮がしていること、それは至極単純で、断刀によって熱せられた超高温の空気を超高速で飛ばしているのだ。まるで斬撃が空気を伝わっているかの如く、ナイフの動きとリンクして敵を切り刻む斬撃。
ビャクレイはこの技のことを――風刃と呼んでいた。しかし、《断刀・獄》を使用し、風が熱風に変わった今、この技はまるっきり別の技となる。
《断刀・獄》限定剣技――断刀断罪
だが、もちろんこの技にもデメリットは存在する。
それは、自分の意思とは関係なく、全方位に斬撃が飛ぶことである。
もともと、広範囲の敵を殲滅することを目的として造られた技なので、仕方ないといえば仕方ない。
だが今回は違う。大勢の敵に加えて、それと同じかそれ以上の味方がいるのだ。流れ弾が当たる可能性も高いこの技は、ビャクレイならば使わなかっただろう。
しかし華蓮は使った。仲間を信じているから――みんなを守ってくれると信じているから。
(頼んだよみんな――あと少しだけ、頑張って!)
◇◇◇◇◇
そして地上、仲間たちは奮闘していた。
十六夜、黒ウサギは広範囲への攻撃手段を持たないため参加者の救出へ。ブーストのついた十六夜と黒ウサギは、今まで以上のスピードでフィールドを駆け回っていた。
飛鳥、レイラはタッグを組んで、集まった参加者を守っていた。レイラが斬撃を燃やし、飛鳥はディーンを使役し参加者たちの盾となった。もちろんディーンも無傷とはいかない。しかし、すぐさまレイラの炎で修理されるため、鉄壁の陣と化していた。
そんな二人から遠く離れたところ。十六夜たちでも間に合わないだろう場所。
青髮の青年は、参加者たちを背に立っていた。
空から降ってくる斬撃を見ていた青年は、めんどくさそうに頭をかくと、ヒュンッ、と持っていた刀で空間を一薙ぎ。瞬間、見える範囲全ての斬撃が切り裂かれた。
参加者たちが唖然とする中、青年はめんどくさそうに頭をかいた。
所変わって街の中心。
黄緑色の髪をした少女は、本を両手で握りしめながら立っていた。オドオドしていて見るからに気弱そうな少女。
そんな少女のところにも、いよいよ斬撃が飛んできた。それを見て、少女はビクッと肩を震わせる。
――ガァァァァァン‼︎‼︎と、音がしたのはその直後だった。
見て見ると、斬撃が何かにぶち当たったかのように宙で止まっていた。続けて二つ、三つ、とんで数百もの斬撃がぶち当たっても、透明な壁はびくともしない。広範囲の斬撃を止めているところから、縦横に広く広く広がっているのも分かった。
そんな壁を創り出した少女は、オドオドしながらも、一歩も引かなかった。
街の外れ。
稲妻の走った服を着た一人の女性がいた。その女性は整った顔立ちをしており、髪は短く揃えられていて、美しいとかかわいいよりも、かっこいい、という言葉が似合っている。
そんな彼女に声をかける人影があった。このゲームで魔王と呼ばれた少女だった。
「……なんで助けたの……?」
「んー?かわいいから」
即答。
唖然とするペストを尻目に、その女性は面白いものを見るかのように言った。
「ほら見て見なよペストちゃん、みんな頑張って守ってるぜ。――ほら、特にあの壁とかすげぇよな!この街を二つに分けてやがる!」
彼女は子供のように笑いながら言った。
「……あなたは行かなくていいの?あなたの力ならあの程度のこと、容易く処理出来るんでしょ?」
「んー、ご希望に添えなくて申し訳ないんだけど、いくら俺でも容易くとはいかないぜ。――ペストちゃん、
それに、と言葉を切ってペストの方を向く。そして改めて言い放った。
「――ここで俺が出張ったらさ、あいつらの努力が無駄になるだろ?そういうことだよ。つまり俺はな、圧倒して圧勝するのは大好きだけど、物語終盤でチートキャラがでてきて敵をなぎ倒すってのは大嫌いなのさ。分かるかい、ペストちゃん」
「……そう、ね。そうだったわね。よく分かったわ。――……あなたはそういう人だったわね」
分かってるなら良し、とそこで会話は終わった。そしてこれから後、二人の間で会話がおきることはなかった。
◇◇◇◇◇
ゲームは終わり、参加者側が勝った。
黒装束の企みも失敗に終わった。
怪我人はでたものの死者は出ず。
問題児たちもこの戦いで力を付けた。
失ったものもあるけど、それ以上のものを手に入れた。
――そう。概ね普通な終わり方だった。
今、この時までは――――
あと一話で二章も終わりです(多分)。
もふもふもしますよ(多分)。コラボ作品の次に投稿予定の番外編をお楽しみに!
ではでは。