二章終了まであと少し。
――――最近こういうのばっかり見ますね。
暴走する銀ウサギを前にして黒装束の男は思う。自分から引き起こした惨状を前にして気楽なものだ。
「――それにしても、今日は風が強いですね」
北の街、本日の天気、曇り。
北の街全域にて、暴風警報発令中。高濃度の霊風が吹き荒れます。
強い霊力を含む風に当たりすぎると、霊障を引き起こす危険がありますので――
「――ぅあッ、ぁぁあぁぁぁあああァァァァアアああああァァ――――‼‼︎」
皆様、御気を付けください。
◇◇◇◇◇
――――ぁぁぁぁあああああああ‼‼
「――……⁉」
失意の十六夜の元に聞こえてきたのは、少女の絶叫だった。
その声の持ち主を、十六夜はよく知っていた。
「――黒ウサギ⁉」
一転、十六夜は駆ける。
遮る建物はすべてなぎ倒し、ただただ真っ直ぐ一直線に。
そして十六夜はたどり着き、
「――っな、なんだ……これ……⁉」
そこにいたのは黒ウサギだった。
ただし、アレを黒ウサギと呼べればの話だが。
いや、アレでは分かりづらい、もっと正確に言おう。
銀髪と銀の眼は変わらない。だが、それ以外の部分がかなり変化していた。
まず目につくのは巨大な手。と言っても黒ウサギの手が変化したわけではなく、長大な爪が生えた半透明の物体が手を覆っている、という感じだ。
そしてそれと同じものが、両手両足に計四つある。
次に目につくのは、表情の変化だ。
まずは眼、大きく開かれた両の眼は血走り、爛々と光っている。
次に歯、大きく開けられた口。その丁度犬歯にあたる部分が、長く、鋭く伸びていた。
最後に、イメージ――雰囲気だ。
どれだけ強くても、草食獣の印象しかなかった黒ウサギ。だが今はどう見ても、肉食獣。
第三層を解放するというのは、これだけのリスクを負うことと同義なのだ。
しばらくの間絶句する十六夜だったが、不意に横から声をかけられた。
「こんにちは。今日はいい風が吹いてますね」
その言葉を聞いた瞬間、十六夜は直感する。
――――こいつが原因だ。
「――てめぇ‼これはお前の仕業か‼」
断定するような十六夜の口ぶりに、黒装束の男は薄く笑った。
瞬間、十六夜は殴りかかっていた。
腕が折れていることも構わずに――それ以上の怒りを胸に。
不意を突き、相手が油断しているすきに――
「――くっ……。……いきなり殴りかかるなんて、酷いじゃないですか」
ダメージは少量。
どうやら、思っていた以上に丈夫そうだ、と十六夜は思う。
そして、思いながらも殴り続ける。少量だろうと、数の前では関係ない。
流石に黒装束も避けるが、当たるたびにその動きは鈍くなっていった。
「――ぐっ、貴方は自分の価値を分かっていない。……貴方は歴史上、類を見ないほどの逸材なのですよ!」
「知らねぇな、そんなこと‼――今その話が、なんか関係あんのか‼」
勿論ですよ、黒装束は笑い、そして言う。
「――私としては、あなたほどの逸材……
「――――ッ⁉」
ゾォッ、と十六夜の背筋を悪寒が走り抜けた。
一跳びで距離をとる十六夜。
顔を上げると――
――空間が抉れていた。
丁度、十六夜の右腕があった場所。そこが陽炎のように揺らいでいた。
おそらく、避けなければスッパリといっていただろう。
「…………」
そんな超常現象を前にして、さすがの十六夜も声が出ないようで。
しばしの沈黙。
次に動いたのは黒装束だった。
スゥ、と自然な体さばきで姿勢をただし、十六夜が警戒する中――
――ペコリ、と。
深く腰を折り、十六夜に向かって頭を下げた。
今日何回目になるであろう呆け顔の十六夜。だが、黒装束は全く気にせず――顔が下に向いているのだから、結局見えないのだが――続けた。
「問答無用の一撃だったことをここに謝罪します。私としたことが、怒りに身を任せてあんなことを――。本当に申し訳ない」
「え……いや、気にすんな……よ?」
突然の謝罪に面食らう十六夜。
「いえ、それでは私の気が済みません。……そうですね。では、二つほどあなたに教えるとしましょう」
「なんだと?」
――まず一つ目、
「先ほどの現象は私の持つギフト、
「――七大罪だと⁉︎」
七大罪――高慢、強欲、嫉妬、憤怒、暴食、色欲、怠惰からなる、人を罪悪に導く特性や欲望。
――暴食を使うとなると、こいつの正体は――
「お前……まさかベルゼブブか⁉︎」
七大罪――暴食に対応する大悪魔――ベルゼブブ。
いつもなら嬉々として挑むところだが、今は魔王との戦いの真っ最中。正直なところ、そんなめんどくさい相手となんか関わり合いたくなかった。
すると、十六夜の考えが伝わったのか、黒装束は笑いながら言った。
「ははは、そんなわけないじゃないですか。暴食を使ったからって、私がベルゼブブだとは限らないでしょう?……ここは箱庭の世界なんです、才能さえも奪うことができるんですよ」
つまりこの男は、ベルゼブブを倒した、と言っているのだ。
(
「それと――」
「――?」
続く言葉が十六夜を凍り付かせた。
「勘違いしないでくださいね?私は
「――……‼⁉」
初めは意味の分からなかった十六夜だったが、だんだんとその意味を理解し同時に恐れた。
「つまりお前はベルゼブブだけではなく、他のやつらも倒したってのか‼」
「さあ、どうでしょう……?――では、二つ目です」
一つ目はこれで終了のようだ。
十六夜はまだ言いたいことがあったが、そんな場合では無いと思い直し、二つ目の情報に集中した。
「私の目的について話すとしますか」
「――ッ⁉」
思っていた以上に重要な情報だった。
「と言いましても、全部は言えませんがね。……私がなぜこの状況を作り出したのかわかりますか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
そういえば何故だ。
何故、わざわざ敵の力を強化するようなことをするのか――。
……一つ、思いついた。
「器を――黒ウサギを壊すためか」
間違っていてほしい。
そう思う反面、十六夜にはこれが正解だろうという予感があった。
いや、予感なんてものじゃない――確信が、あった。
「おお、素晴らしい」
だから、黒装束の言葉を聞いてもそれほど狼狽えなかった。
しかし、だからこそ、続く言葉に衝撃を受けた。
「半分正解です」
「――これで半分だと?」
これだけでも最悪だというのに、まだ足りないのか。
「そう、半分。――私がこの状況を演出した真の理由、それはシンプルに一つだけ――
「――くっ‼」
突然、十六夜は台風の目に向かって駆け出した。
そして当然、黒装束によって止められる。
真後ろからの暴食。
威嚇を目的としたためか、直撃することはなかった。しかし、進行ルート上の空間を丸ごと喰われたことにより十六夜の足が止まった。
しかし、その程度で十六夜は止まらない。一跳びでそれをこえ黒ウサギの元へと走る。
その姿を見ながら、黒装束はそれ以上追撃をしなかった。
◇◇◇◇◇
――あと少し!
黒ウサギの元へ駆ける十六夜だったが、その胸中は自分を責める気持ちでいっぱいだった。
(あいつの目的はあくまで時間稼ぎ!くそっ、おもわず聞き入っちまった!)
と、自分を叱咤し続ける。
といっても勿論、この現象は黒装束の巧みな話術によるものではない。
いくら語りがうまかろうが、人の意識を集め続けることなど並の人間にできることではない。特に今回の相手は十六夜、しかも警戒中だ。難しいどころの話ではない、不可能である。
ならば何が起きたのか。
もちろんギフトを使ったのだ、決まっている。
使用されたギフトは七大罪の内の一つ――怠惰。
その効果は、保持者に触れているもの、声を聴いているもの、見ているもの――とにかく、
変化の範囲は広く、浅く微睡む程度から深く眠らせることまで自由。最大まで下げれば昏睡させることも可能だろう。
黒装束はこれを使って十六夜の意識に靄をかけたのだ。
肉体が起きていても、精神が敏感になっていても――意識が熟睡していたのではいくら警戒していても意味などない。
「くそっ、足ひっぱってばっかじゃねぇか!」
しかしそれを十六夜は知らない。よって十六夜の自己嫌悪は続く。
このゲーム中にミスを重ねていたのも大きかった。それは運悪く偶然が重なって起きたことなのだが、他の人がどう思おうと、十六夜の気は晴れない。
「――黒ウサギ!いま俺が何とかしてやるからな!」
――焦り。
それは十六夜から冷静な判断を奪っていく。
加えて今は、黒装束のギフトの追加効果を受けていた。
怠惰のギフトをその身に受けたものは全て、意識レベルを操作される。
それによって、十六夜は先ほどまで
もっと簡単に言うならば――寝起きなのだ。そんな状態で細かな計算や思考ができるはずが無い。
「くそっ!どうすれば……あいつを黒ウサギから出すためには――」
そして時間だけが過ぎていく。
このまま何も起きないかに思われたその時、一つの声が――十六夜を叱咤し、活を入れるかのような声が――聞こえた。
そこにいたのは――
◆◆◆◆◆
――白封、第三層の解放を確認――
――至急対策を――……おい――
――外部からの介入⁉︎対策を――……悪いけど、無理だよ――
――最優先コード⁉︎まさか、
(――まあ、そういうことね。で、早速で悪いけど、私の体今すぐ覚醒させて、できる?)
――可能。命令一つでいつでもいけます――
(――よしオッケー。んじゃ、ちょっと暴れてくるかな)
――……程々に――
(――努力するよ。じゃあ、行って来ます)
――……ご武運を……――
疾風の隼さんの作品
『箱庭の家族物語』とコラボ中です。
主人公なのに出番の少ない華蓮が、とても可愛く書かれています。
●補足説明
七大罪――『怠惰』ですが、十六夜はそういった精神系は効かないのではないかとご指摘を受けました。
確かに原作でもラッテンの魔笛が効かない描写がありました。十中八九、十六夜には効かないのでしょう。
ですが本作では、『効かない』を『効きづらい』に改編しています(今決めました)。
よって、十六夜に対する『怠惰』は効果を十分に発揮せず、『熟睡』ではなく『霞』程度になったわけです。
以上、強引な補足でした。