担い手も異世界から来るそうですよ?   作:吉井

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第二話 黒ウサギ

「――――わぷっ‼」

 

 遥か上空に投げ出された後、華蓮はいくつもの水の幕を通って勢いを殺しながら――落ち続けた。落下地点には都合の良いことに湖があったが、そのおかげで水浸しである。

 水浸しのまま、華蓮は同じく落ちてきた三人(+一匹)を観察し始めた。

 

 まず、一人目。

 一緒に落ちてきた赤いリボンの少女と何か話している(口論?)ヘッドホンの少年――――【逆廻 十六夜】

 その会話から、結構特殊な力を持っていることがわかった。

 

 次に、二人目。

 その十六夜と話している赤いリボンをつけた少女――――【久遠 飛鳥】

 傲慢な態度と特徴的な口調から、典型的なお嬢様タイプと判断――というより、本物のお嬢様なのだろう。……なら仕方ない(?)

 

 最後に、三人目。

 その二人の会話を、我関せずと言った様子でスルーしている、三毛猫を抱えた少女――――【春日部 耀】

 クールというよりは、単に人付き合いが苦手といった印象を受ける。

 

「――それで? あなたの名前は…………あ、」

「どうかした?」

 

 話が振られたのだが、そこまで言って飛鳥は顔を背けてしまった。若干顔が赤い。

 原因ははっきりしているが、その張本人に自覚はないようだ。

 

「…………服」

 

 華蓮がぼんやりしていると、飛鳥が絞り出すような声で言ってきた。

『服』という端的かつ、全てが詰まった言葉に従い、華蓮は視線を下に向ける。――するとそこにはびしょ濡れの服。そう、所謂濡れ透け状態である。

 

 加えてタイミングも悪かった(良かった)

 

 華蓮がついさっきまでいた世界は夏。

 しかも、海辺にいたため彼女はTシャツにショートパンツという、かなり涼しい格好だったのだ。

 水難事故訓練として、プールに服を着て入った人ならわかると思うが――ピッタリと張り付いていた。それはもう、ピッタリと。

 

 華蓮の蠱惑的な肢体のラインが、下着の線もろともくっきりと浮き出ていた。

 水に濡れた黒髪が肢体にまとわりつく姿はとても艶めかしく、同性愛思想のない飛鳥でも直視できないものであった。

 

「あー湖に落ちたからね。――気にしないで、すぐ乾かすから」

 

 飛鳥の言いたいことの半分も理解していない返事。

 一般的に濡れ透けイベントと呼ばれる事件も、華蓮にとっては「風邪ひきそー」くらいの意味しか持たないようだ。

 なんて常識人。……いやそもそも、恥じらいの無い人間とは常識人なのだろうか。

 

「いや、そうじゃなくて。……はぁ、もういいわ」

 

 諦めたように肩を落とし脱力する飛鳥。

 それを華蓮は不思議そうに見ながら、とりあえず自己紹介をすることにした。

 

「私は柊華蓮。歳は十六。……子供扱いはNGだから。冗談でも普通に怒るからね」

「……そう、よろしく柊さん」

 

 まだ少し顔の赤い飛鳥。

 

「それじゃ、服乾かしちゃおうか」

 

 そう言って華蓮は、掌から火を生み出した。

 その炎は生き物のように四人の服に絡みつき、そしてどういう原理か水分だけを蒸発させていく。

 

「熱くない……」

「どういうこと?」

「――へぇ、面白いなお前」

 

 十六夜たちは三者三様の反応をする。

 

「お前、他にもなにか生み出せるのか?」

「それは内緒。十六夜の力も見てないし、私だけネタバレってのも面白くないしさ」

 

 質問する十六夜を軽くあしらう華蓮。性格はともかく、なんだかんだで仲良くやっていけそうである。

 

「……それで俺としては、ここに呼びだした奴から説明をもらいたいところだが」

「そうね。呼び出しておいて出迎えもなしっていうのもどうかと思うわ」

「全くだよ。……でもまあ仕方ない。いないんじゃあね。……とでも言うと思った? バレバレだっての!」

 

「――――⁉」

 

 ガサッ、と華蓮の大声に反応するように茂みが揺れた。

 

「あら、あなたも気づいていたのね」

「もちろん。二人も気づいていたんじゃない?」

「当然! かくれんぼじゃ負けなしだぜ」

「風上に立たれれば嫌でもわかる」

 

 匂いで識別とはまるで犬である。

 華蓮がジッと見ていると、ばっちり目があった。

 

「や、やだなぁ皆々様。そんな狼みたいな顔で睨まれると黒ウサギは死んでしまいます。ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵にございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

 

 冷や汗をかきながら現れたのはウサ耳をつけた人間だった。

 それを見た瞬間華蓮は一言。

 

「コスプレ? ……いや……風俗?」

 

 その瞬間、黒ウサギはその場に崩れ落ちた。ゴーン、という効果音が幻聴として聞こえてくる。

 地面に手をつきうなだれる黒ウサギ。かなりショックだったようだ。

 

「酷いわよ柊さん」

「そうだな。今のは柊が悪い」

「皆様……‼︎」

 

 それを見た十六夜達が華蓮を叱り始める。黒ウサギは感動の涙を浮かべていた。

 

「本職の人にそんなこと言っちゃダメよ」

「そうだ、傷つくだろ」

「って……本職ではありませんよ!」

「なるほど!」

「なるほど! ではありません! 納得しないでください!」

「ごめん、黒ウサギ。私が悪かった」

「謝らないでください! 謝らないでください‼︎」

 

 しかし一転して黒ウサギを弄り始める。上げてから落とす、これこそ問題児の基礎スキル。

 

「――それで結局、このうさ耳って本物なのか?」

「触ってみればわかるんじゃない?」

「それもそうだな。ならば失礼して」

「触らせませんよ⁉ この問題児様方‼︎」

 

 逃げるように問題児達から離れる黒ウサギ。それを追う問題児達。

 だがいくら黒ウサギの脚が速くても、この問題児四人から逃げるのは不可能だった。

 

 このあと、森に黒ウサギの叫びが響き渡ったことは言うまでもない。

 

 


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