◆第一話 箱庭
――箱庭某所
鬱蒼とした森の中に二つの人影があった。一つは少年くらいの背丈をしていて、特におかしな所は無いのだが。
もう一つの方の影。
少年より頭二つか三つ分大きなそのシルエットには、ある一点、おかしな所があった。
「ではジン坊ちゃん。召喚された方々を迎えに行ってくるのですよ! 超特急で行ってまいりますので、ジン坊ちゃんは街の前で待っていてくださいな!」
「うん。よろしく、黒ウサギ」
名は体を表すと言う。ならば、『黒ウサギ』の頭に『ウサギ耳』がくっついていようとも、別におかしくは無いのだろう。
――まあそんな訳ないのだが。
少なくとも。『この世界』において、それは別段珍しいことではない、という事は確かなのだ。
「はい、任されたのですよ!」
やる気いっぱいの様子の黒ウサギは、両手を胸の前でムン、と握りしめ笑顔でそう言う。
しかし、対する少年――ジンの表情は優れなかった。不安そうに黙り込んでいる。
「……黒ウサギ。……その人たちは本当に、僕たちを、――コミュニティを救ってくれるのかな?」
不意にジンは、ポツリとそう零した。だが直後、はっと目を見開くと、腕を振って訂正を始めてしまった。
長い間胸に抱いていた不安が、ふと表に出てきてしまったのだろう。そんなジンに黒ウサギは微笑みながら、
「大丈夫です!
……だからジン坊ちゃん。きっと、大丈夫なのですよ」
優しくそう告げ、黒ウサギは駆けだしていった。
◆◆◆◆◆
所変わって、――時代も世界も丸ごと変わったある夏の日。
ある一人の少女は、浜辺を歩いていた。
周囲の人はそんな彼女を見て目を見開き、皆一様に驚愕の表情を浮かべる。だが少女は、そんなこと我関せず、といった様子で歩き続けている。
少女がおかしな格好をしているわけではない。
むしろ顔は綺麗に整っていた。
腰のあたりまでのばした艶やかな黒髪は、太陽の光に負けない漆黒。
身長に比例して幼い顔と、その幼い外見に合わない蠱惑的な肢体。それらは見る者の目を釘付けにすること間違いないだろう。
さらには彼女が自分の身体に無頓着なことが、なんとも言えない危うさを醸し出していた。
――話がそれたが、周りの人はそんな彼女を見て、驚愕の表情を浮かべていた。彼女はちょっとした有名人だったりするのだ。
「……暑い、地球温暖化進みすぎでしょ……。ま、だから海きたんだけどさ」
だが、物心着いた頃から注目されてきた彼女にとって、それらは既に日常茶飯事。慣れたものだ。
彼女を有名にしたのは、産まれ付き使えた魔法のような力。掌から色々なものを生み出す力。
それを使えばこの暑さも解消される、……のだが。
「でもあれ目立つんだよね……。あぁー退屈、退屈すぎてどうにかなっちゃいそう。――――ん?」
大きく伸びをしたその時、空からひらりと何かが落ちてきた。
「なんだこれ? ……手紙? 私の名前が書いてあるってことは、……見ていいのかな……?」
明らかに不自然な現象。
彼女は不思議そうな顔をするも、とりあえず開けて見ることにした。
そこには――――
『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。
その才能を試すことを望むならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの〝箱庭〟に来られたし』
「――――⁉」
その瞬間、グルンと視界が百八十度回転した。
ほんの一瞬で、地上まで何百mあるかという空中に――投げ出された。
「はあっ――――⁉ な、何よこれぇぇぇぇぇぇぇええええええ‼︎‼‼」
彼女――――「柊 華蓮」は、そんな叫び声をあげながら落下していった。