我思う、故に我有り   作:黒山羊

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千日の稽古をもって鍛とし、万日の稽古をもって錬とす

 休日の全てと平日の夕方は何やら『秘密特訓』等という名目で遊びに来る三人組と戯れ、平日の午前中は彼らから聞いたことを元にどうすれば最強になれるのかと考えたり、何となく魚を食べてみたりして過ごす。そんなまったりとした彼の生活が二週間と少し続いた頃。

 

 第三新東京市にけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

--只今、東海地方を含んだ関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。速やかに落ち着いてシェルターへ避難して下さい--

 

 繰り返される警告、それが示すのはつまり。

 

『……私以外の使徒が現れたか』

 

 そう判断したサキエルは、ゆっくりと浮上する。芦ノ湖の水面にぷかりと浮かぶ白い仮面。その虚ろな目は、静かに第三新東京市を見つめていた。

 

 

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「目標を光学で捕捉! 領海に侵入しました!!」

「了解! 総員、第一種戦闘用意!!」

 

 ミサトの号令と共にコンソールを動かすネルフの職員達。その中に、碇ゲンドウの姿はない。不運なことに、彼は現在南極視察に出ていた。

 

「しっかし、15年ぶりに現れたと思ったらその三週間後にもう一体来るとはね……。相手の都合を考えないのは、女性に嫌われるわよ」

 

 そういうミサトが見つめるモニターに映るのは、赤紫の茸のような使徒。円筒型の胴体に涙型の平たい頭、突き出した二本の腕と首もとに無数の脚。挙げ句の果てに背中に目玉模様と来れば、本当にサキエルと同類だとは信じがたい。

 

 第四使徒シャムシエル。未知の存在であるそれは、現在海面より少し上をゆっくりと飛行していた。

 

 

「……さてと。シンジ君、準備は良い?」

「いつでも大丈夫です、ミサトさん」

「戦う前に怖がらせる訳じゃないんだけど、多分前回の使徒とは何もかも別物だわ。くれぐれも油断しないでね」

「了解です」

「その意気よ、シンジ君。……エヴァ初号機、射出口にて待機!」

「了解、機体運送開始!!」

 

 オペレーターの操作で射出口へと移動するエヴァ。その最中にも、地上では国連軍によるミサイル攻撃が行われているが、足止めすら出来ていない。前回のサキエルと違って飛行しているため、バランスを崩すことが無いのだ。

 

「……税金の無駄遣いだな」

 

 そう冬月が零すと同時に、発令所に一本の電話がかかってくる。その電話を取った青葉シゲルは短い会話の後、すぐさまミサトに報告した。

 

「委員会からエヴァンゲリオン出撃要請です!!」

「言われなくても出撃させるわよ。……エヴァ初号機、出撃!!」

 

 ミサトの号令と共に射出されるエヴァ初号機。そのエントリープラグの中でシンジは大きく伸びをする。

 

 この二週間の秘密特訓が、漸く実を結ぶ日が来たのだ。

 

 

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「……あぁ、うん、ワシはもう逃げとるで? サクラは……あぁ、分かったわ。ほな切るわ」

「トウジ、親御さんからの電話か?」

「いや、爺ちゃんやな。妹と一緒に逃げたらしいわ」

「サクラちゃんって、妹の名前?」

「せや。……言うとらんかったか?」

「聞いてないよ」

「さよか」

 

 第三新東京市防災課所有施設第三百三十四地下避難所、通称「334シェルター」。現在トウジ達は第一中学校の避難場所であるここに避難していた。

 

「……センセは大丈夫やろか?」

「大丈夫だよ、何の為の秘密特訓だったのさ」

「しかしやな、そりゃあワイらは本気でセンセと特訓したで? しかしいざとなったら中二の考えた特訓が意味有るんかが不安でなぁ……」

「まぁ、分からなくはないけど……」

 

 そう言って少しだけ考えたケンスケは、トウジに向けて言葉を紡ぐ。

 

「でもさ、トウジ。僕ら毎日汗だくで特訓したんだぜ? まぁ、作戦はダメかも知れない。けど、最近は碇もだいぶ良い動きをしてただろ?」

「……それはまぁ、そうやな」

「……父さんのパソコンちょっと見たんだけどさ。エヴァはパイロットが自分の身体を動かすイメージを読み取って動くらしいんだ。じゃあ、シンジが乗ってるエヴァはシンジと同じ動きが出来るんだろ?」

 

「……そうか、そうやな。センセなら大丈夫か」

「そうだよ。……というか、一緒に特訓してた僕らは碇を信じるべきだと思うな」

「……ケンスケ、お前偶にええこと言うわな」

「偶にで悪かったな」

 

 そんな風に談笑する二人は当然ながら委員長の洞木ヒカリに怒られる。

 

 だが、彼女のありがたいお説教を右から左へ聞き流す二人の頭にあるのはシンジに対する応援だけだった。

 

 

--------

 

 

 地上へと射出されたシンジはパレットライフルを構えつつ、手近なビルに身を隠していた。移動する使徒の無数にある脚がカタカタと音を鳴らしていることを頼りに、使徒が十分に接近した事を確認した後、シンジは素早くビルの陰から機体を半分だけ出してATフィールドを中和しながら使徒にライフルを放つ。

 

 タタタン、タタタン、タタタンとリズムを刻んで放たれたその弾丸は正確に使徒へと命中し、確かなダメージを与えた。だが、シンジはそれを確認する前にその場を素早く離れ別のビルの陰へと移動している。

 その姿を見た発令所のスタッフ達はシンジの成長に舌を巻いていた。常に重心は少し前、若干膝を落とし、ビルの陰に潜伏。対象を見つけ次第、射撃設定を三点バーストモードにして数回射撃、素早く潜伏場所を変更。

 

 その動きは確かにぎこちない所は有るものの、明らかに初心者の行動ではない。

 

「……ミサト、シンジ君に何か吹き込んだの?」

「……アタシじゃないわよ? リツコじゃないの?」

 

 顔を見合わせてそんな事を言い合うミサトとリツコに、答えを与えたのは手元の書類をパラパラとめくっていた冬月だった。

「……ふむ、諜報部の報告では彼は此処最近芦ノ湖付近の雑木林で友人二名と『サバイバルゲーム』をして遊んでいたとのことだ。諜報部が言うことにはゴーグルなどはしっかり着用していたため危険性は無いとしているな」

「……ねぇ、リツコ。『さばいばるげーむ』って何なの?」

「そうね。簡単に言えば、エアーガンを使って戦うスポーツよ。ルールは簡単。弾が当たったら死亡扱いで負け」

 

「……本格派の戦争ゴッコってことね」

 

 そう言って画面へと視線を戻したミサト。その視線の先ではシンジがヒットエンドラン戦法で使徒相手になかなか上手く立ち回っている。

 

 シンジ達の秘密特訓。その正体は先程冬月が言っていた通りサバイバルゲームだ。ケンスケが幾つか持っている電動ガンで、暇さえあればトウジとケンスケ相手に遊んでいたシンジ。

 

 彼はサバゲーの先輩であるケンスケの丁寧な指導と、『一番最初に撃たれた奴が一番最後まで残った奴にアイスを奢る』という飴とムチが合わさったルールによって発生した緊張感でメキメキと腕を上げ、ミリタリーオタクのケンスケ程ではないものの最近では手早くフルオート、セミオート、三点バーストを切り替える程度ならば見ないでも出来るようになってきている。

 

 

 

 だが、いつまでもそんな彼の快進撃をただただ黙って受け続ける使徒ではなかった。

 

 

「目標に高エネルギー反応!!」

 

 そのオペレーターの警告に反応して全力で後退するシンジ。その直後立ち上がった使徒はその腕から発生させた光の鞭で周囲のビルを悉く切り裂き、瓦礫の山へと変貌させる。

 

 遮蔽物が失われ、使徒の前にその身を晒したエヴァ初号機。

 

 それに対して威嚇するように光の鞭をうねらせる使徒。

 

 

 

 第四の使徒との第二ラウンドが始まろうとしていた。


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