果たして、戦い続けて何時間が経っただろうか。空には2つの月が浮かび、大地を薄明かりで照らす。照らされた大地からは、夥しい数の黒煙が立ち上っている。ガジェットや私達に破壊された管理局の兵器と、管理局に破壊されたガジェットの上げる煙。一体この戦いでどれほどの人間が傷つき、あるいは死んだのか。それはわからないが……ひとまずこのエリアに私以外の動く物は何一つとして存在しなくなった。それは事実だ。
「クアットロ」
『何でしょうか、トーレ姉様』
高速での移動を止め、ゆっくりと。空を散歩するように飛びながら連絡を取る。
「エリア制圧完了。敵反応はなくなったから、ガジェットの追加を頼む。私は一度休憩させてもらう」
『わかりました。すぐに追加を向かわせてエリアの維持をさせますわ。どうぞゆっくり休んでください』
「ああ……さすがに疲れた」
本当に。こんなに長時間、連続して戦闘を行うのは初めてだ。いくら機械が身体に入っていてもさすがに疲れた。一度アジトに戻ってシ食事をとって、軽くメンテナンスをしてもらって。それからまた出撃しよう。休んでいる暇はない。
「しかしハンクは、どうしてるか……」
あいつのことだから、痛みを感じないのをいいことにまた無茶をしているんじゃないだろうか。殺しても死なない奴だから死んではいない、それでもまた重傷くらいは負ってそうだ。もしケガをして戻っていたら、また怒ってやろう。無茶をするなと言っただろう、と。
「ふふ……ッッ!!??」
そう笑っていたら、突然腹に強烈な熱と衝撃を感じ、身体のコントロールを失ってそのまま地面に真っ逆さまへ落ちていく。
状況がわからない。一体何がどうなっているんだろう、そう思って落ちながら腹を触……れなかった。腹が、なかった。腹から下が消えて、肉と機械とハラワタが、覗いていた。
「あっ……?」
脳が状況を理解しきれていない。目から入ってくる情報を処理することを拒否している。その後遅れて聞こえてきた銃声で、何が起こったのかをようやく理解した。遠距離からの狙撃。ハンクの得意とする戦法……ハンクが元いた場所は管理局……ならば、管理局に同じ方法が使える人間が居てもなんら不思議じゃない、か。
『お姉さま何があったんですか!? 姉様!!』
身体が地面に打ち付けられ、衝撃で視界が黒く染まる。全身が今まで感じたことのない痛みに襲われている。傷ついた器官から遡ってきた血が気管に入り、新たな苦痛を生み出す。しかしそれを吐き出せる空気は肺に残っていない。クアットロの心配する声に返事をすることもできない。
最後まで油断をしてはいけない。基本を怠った結果がこれだ。この有り様じゃ人のことを言う死角はないな。
「ドクター……皆、ハンク……すまない」
意識が急速に薄れていく。身体が深い水の底へと落ちてゆく。
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「……?」
毛布に包まって眠っていると、誰かに呼ばれたような気がして目が覚めた。目を擦って周りを見るが、看守以外に誰もいない。その看守もこちらは見ておらず、私を呼んだようには見えない。だがこの場で誰かが私の名前を呼ぶとしたら、看守以外に誰もいない。
「看守、さっき私の名前を呼ばなかったか」
「いや、呼んでないぞ。夢の中で呼ばれたのを勘違いしたんじゃないか?」
「そうか……」
なら、気のせいだったのか。それにしてはやけにハッキリと聞こえたような。ならば幻聴だろうか。それとも念話だろうか。しかしそれを確かめる術はない。念話だとすればナンバーズの内の誰かだろうが、そもそも囚われている私に伝えなければならない事はなにもないはずだが。
『ハンク……すまない』
今度ははっきりと聞こえた。聞き慣れた仲間……と言っていいのだろうか……の声。戦場で何度も聞いた、瀕死の兵士が上げる弱々しく、未練や恨み、後悔の念をこの世に残して散っていく最期の声。それを蛇が拾ったのだろう。封印で目が使えなくなったので感情は拾えないと思っていたが。強い思いなら拾ってしまえるようだ。
「……」
できれば傷ついてほしくないと思っていたが、どうやら彼女は私の手の届かないところで散ってしまったようだ。無念、といえばそうだろう。失いたくないものをまた失ってしまったのだし。だが意外なことに悲しみや怒りは湧いてこない。目の前で失ったわけではないからやや現実味に欠けるからだろう。しかし蛇が拾ったあの声は死ぬ寸前の兵士のそれ。そして声は彼女が死んだか、あるいは死ぬ寸前の重傷を負ったのは間違いない。
トーレには何度か助けてもらった恩がある。しかしその恩を返してやることはできないらしい。まあ、進んで返そうとも思っていなかったが。それでも、少し悪いとは思う。
「看守、こっから出してもらうってわけにはいかないよな」
ならせめて、弔いには参加してやるべきだろう。
「ん? 当たり前だろ。あんたを逃したら俺のクビがっ!?」
看守の顔がこちらを向いたその瞬間。両腕を蛇にして伸ばして看守の首と腕に巻きつかせ、抵抗されるよりも早く。声を出させず、銃も撃たせずにその首を締めあげて、気絶させる。
「すまんな」
一言詫びてからその身体を引きずり寄せ。腰についた鍵を奪い取って檻を開く。枷の鍵は持っていなかったので、小さな蛇を潜り込ませてこじ開け……看守から服を奪い取り、私はそれに着替えて。看守には私の着ていた服を着せる。そして枷をはめ、身代わりに仕立て上げ。ポケットに入っていたハンカチを口の中に押し込んで、布団をかぶせて。
今度は鏡を見て、自分の表情も薄ら笑いに固定して。声の調子を整えれば……
「あー、あー……よし……全く、封印するなら完全に封印してくれないと困る」
これで完璧。もし封印が完全だったなら、ロストロギアと一体化した私の意志も封印されていたはず。なのに私自身の意志があるということは、それは封印が不完全だったということだ。おそらくはかけた魔導師の術式が不完全だったか、そもそも生体という常に流動し続ける存在を完全に封印するのは無理があったのか。そのせいで死に際の女の声を聞いてしまって、らしくもない事をしなければならない。全く面倒極まる。
そして堂々と、階段から廊下へ。廊下から各棟をつなぐ通路を歩き、そのまま玄関ホールへ。服装のおかげですれ違っても誰にも怪しまれない。そしてそのまま外へ。主戦力が出払っているのと、戦争で普段とは異なる空気のおかげで、いつもは厳重なはずの警備も全くザルだ……
「おいお前!」
が、さすがにこの夜中に外へ出ようとすれば当然警備員から声をかけられる。普通この時間帯に外へ出る局員はあまり居ないから仕方ない。そこで、懐に入っていたタバコケースを取り出し、一本差し出す。もしこの警備員が喫煙者ならばよし。そうでなく、見逃してもらえないならここで気絶させてそのまま逃げる。
「夜勤の合間にちょっとタバコを吸いに出るだけさ。あんたも一本どうだ?」
「今は勤務中だぞ」
「いいじゃねえか。どうせバレねえよ」
さあどうだ。
「……仕方ねえな」
手を出してきたところで、スッとタバコを引いて、肩をすくめて小馬鹿にするような声を出す。
「おうおう、警備員ともあろう者がそんな不真面目でいいのかい?」
「誘ったのはそっちだろ」
手からタバコを奪い取られる。これでいい、思い通りだ。
「ははっ、それもそうだ。優しい警備員さんで助かったぜ」
「褒めるなよ」
陽気な声を作りながら会話をし、その警備員と外に出て、喫煙所へ。喫煙所には監視カメラが設置されているが、その死角となるカメラの真下に立ち、さっそくタバコを咥えて火を付けながら息を一つ吸い込む。煙が喉を通り肺に入ってくる。なれない異物が肺に入ることで咳き込みそうになるが、耐えて煙を吐き出す。
警備員はライターを持ってないのか、私の隣までやってきてたばこを咥え、火をねだる。
「んじゃ火ぃくれ」
「ほらよ」
ポケットにしまわずにおいたライターを取り出して、彼のタバコに火をつける。そして紫煙を吸い込んだ瞬間、鳩尾へ左手でのの貫手を食らわせる。刺さった感じではよく鍛えられている腹筋だが、顎から力が抜けている状態では内蔵を守る防壁の役割を果たすことはできない。咥えられていたタバコが、口が大きく開かれたことで地面に落下を始める。タバコが地面に落ちるよりも早く、顎に右フックを当てて完全に意識を刈り取る。
「本当に、優しい人で助かった」
落ちたタバコを拾って火を消し。自分の銜えていたタバコも火を消して、タバコ専用のゴミ箱へ放り込む。これで看守のところへ誰かが行くか、この警備員が起きるまでの時間は稼げた。顔の筋肉を揉み解して、表情を戻す。ガラスに映る自分の顔はいつもどおりに、ヒトの形の肉に皮を貼り付けただけという無愛想ないつもの『私』だ。
喫煙所から出て、夜のクラナガンへと駆け出す。
トーレさんが好きな皆さんにはごめんなさい。かなり強引かついきなり退場しちゃいましたが、こうでもしないと話が進まなかったんです。ごめんなさい。