オリ主が逝くリリカルなのはsts   作:からすにこふ2世

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第75話 失敗

 高度四千メートルの夜空。二つの月が照らす雲の海は、人によっては絶景と感じられる光景なのだろうが、風情を理解できるような感性など持ち合わせていない私がその景色を見ても、刺すような寒さと、息苦しさ。そして地上から視認されないという結果しか感じない。息苦しさは問題ない。そして、視認されないからと言って安心はしていない。スカリエッティがステルス塗料を縫ってくれていたのでこうして管理局に察知されずに飛んではいるが、哨戒の魔法使いといつ出くわすとも限らないので安心などできるはずがない。

 

『もしもし、こちらセイン。地上本部地下に到着したよ。倉庫の場所はわかんないから誘導お願い』

 

 出るときにスカリエッティから押し付けられるようにして持たされたデバイスから、セインの音声が聞こえる。目の前の空間に浮かぶスクリーンには地上本部の俯瞰写真と、光点が一つ示されている。点の位置がセインの居場所。倉庫は西側の外れ。彼女が今いるのが、正面玄関付近。

 

「北西へ三百メートル。それで倉庫の真下に出る」

『はーい了解。にしても同じ手が二度も通じるかなー、どうも嫌な予感がするんだけど』

「罠だと思うか?」

 

 地上本部には大した戦力は残っていないが、施設防衛機能は最低限の人員さえいれば動かせる。だがそれの心配をしているのなら、ほぼ杞憂だろう。私達が狙うのは倉庫の中身だけ。質量兵器保管庫は所謂弾薬庫だ、防御用の攻撃スフィアなんて置けれない。あったとしてもせいぜい監視装置くらいなもの。目的のものだけ頂いて手早く帰れば、地上本部に空を飛べるような奴は居ないし見つかっても逃げられるはずだ。

 移動する光点を見つめながら、自分も高度を下げる。雲の上から、雲の中、そして雲の下へ。気圧の変化による不快感を耐えながら、セインからの通信を聞く。

 

『どうだろう。でもまあ、ここまで来たなら罠でも行くしか無いよね』

「……セイン、止まれ。そこが倉庫の真下だ」

『ういー』

「目的のものはすぐに見つかるはず。わかりやすいマークがついてるからな」

『じゃ、行きますよー』

 

 その声が聞こえた直後に、通信機からブザーが聞こえ、眼下の施設からは赤色の光が。まあこの程度は想定内。高度を二千まで落として、武装のロックを解除する。

 

『あれ、ひょっとしてヤバイ?』

「気にせず探せ」

『そんな無茶を、ってしかも目的のブツが無いよ!?』

「そんな馬鹿な。もっとよく探せ、どこかにあるはずだ」

『いやいや、周りスキャンしたけど本当に無いんだって!』

 

 ……これは、想定外だ。いや、だがこれはよく考えれば簡単に想定できた事態じゃないか。核兵器は強力だ、威力や質の悪さはロストロギアにも引けをとらない。ならばロストロギアと一緒に危険物として別の倉庫に移してあるということも、普通に考えられる。

 

『どうする!?』

「……撤退しろ」

『うん、了解! うげ、ヤバイ……』

「どうした」

『ディープダイバーが使えない! これじゃ逃げらんないよ!』

 

 またしても想定外。失敗しても逃げられるとタカを括っていたが、そういう方向で対策を取ってきたか。私が管理局を辞めてからまだそれほども経っていないのに、いつの間に倉庫に仕掛けを施したのか。

 さてそれはともかく、ディープダイバーが使えないとなると、セインをどうにかして助けないといけない。

 

『扉も開かない! 閉じ込められた!』

 

 しかし拾いに行くとなると、地面近くに降りなければならないから私が狙われるリスクも当然有る。武装局員程度ならなんとかなるだろうが、もしものためにボードに固定していた対物ライフルを構え、高倍率の暗視スコープを覗いて地面を見下ろして索敵してみる。

 

「……」

 

 警備の武装局員が十数人程度、デバイスか銃を構えて倉庫入り口を包囲しているのが見えた。そのどれもが統一されたバリアジャケットか防弾衣を着ている。他には居ないかと一旦目を切り替えて探してみると、集団とは少し離れた場所に二つの色が見えた。イレギュラー。スコープで観察してみる。距離が距離なのと、暗視スコープで視界があまりハッキリとしないため誰なのかはわからないが、髪の長さとシルエットから女性というのは辛うじて分かった。

 セインを見捨てて撤退すべきか、非常に悩むところ。もし見捨てても殺されることはないだろうが、替えの効かない駒を切り捨てておいて何の成果もなしに帰ったとしよう。それをスカリエッティが許すだろうか。許すわけがない。それなら私自身を囮にしてセインを逃すほうがよほどいい。

 

「理想は二人で戻ること。最悪は両者とも捕まること」

 

 その中間が現実的。とりあえずボードに抱えている二つの爆弾を、そのイレギュラーとセインの居る倉庫の天井に着弾点を設定して、切り離す。倉庫に落とす方の爆弾は信管を切ってあるため爆発はしない、ただ貫通するだけ。そしてもう片方は何もいじっていない。炸裂した周囲に居る人間を物言わぬ肉塊に変えるだけの威力がある爆弾が、地上へと落下を始める。

 そして、ボードと地上の中間地点で、爆弾の片方が何かに貫かれ、炸裂した。

 

「ッ!?」

 

 爆風に煽られ、ボードがバランスを崩す。なんとか落ちないようにしがみつくも、貴重な武器であるライフルが地上へと落ち始めていた。慌てて右手を蛇に戻して伸ばして掴むが、その瞬間にまるで剣で刺すような敵意が私に向けられた。

 だがもう片方の爆弾はちゃんと倉庫の天井に着弾し、天井に大穴を開け、その穴からセインが飛び出してきた。一瞬遅れてそれを追うように、イレギュラーの内一名が空に舞い上がる。そして、私に敵意を向けるもう独りのイレギュラーも同じく。

 

『やば、追ってきた』

「こっちもだ」

 

 ライフルを構えて、クロスヘアの中心に敵を置いてトリガーを引く。しかし外れる。当然だ、相手は動いているし距離もある。着弾するときには敵はその場所に居ない。第二射を放とうとしたが、自分よりもずっと下の高さで魔法陣が輝きを発したので、ボードをスライドさせて移動する。が、予想していた魔力砲撃は来なかった。その代わりに、移動する速度を上げてイレギュラーが近づいてくる。相手との距離が近づくにつれスコープの中の像がはっきりと見えてきて、イレギュラーの正体を明かす。

 

「八神はやてか」

 

 スコープから一度目を離して、ため息を吐く。一体こいつは何度私の邪魔をすれば気が済むのか。敵意は感じられるものの殺意は見えないので、様子を注視しながら高度を維持する。相手の出方がわかるまで動く訳にはいかないのだ。一発撃った後ならすぐに第二射は撃てないから、さっさと移動してセインを追いかけることもできた。一度動き始めた相手を正確に狙い撃つのは、魔法でも銃でも同じく困難だからだ。しかし、動き始めを狙うのは容易い。今逃げようとすればその動き始めを狙われる。

 だからここはあえて動かず、相手の出方を見る。いきなり撃ってこないということは少なくとも警告くらいはするはず。一つでも言葉を交わせば相手の調子を崩せるから、それを待つとする。セインについては心配いらないだろう。イレギュラーの片割れはおそらくシグナム。そうでなくとも髪の長さからして教会のシスターではないことは確定。であれば地面に潜りさえすれば簡単に逃げきれるはずだ。

 だから私は、目の前の相手から逃げることに集中する。

 

「久しぶりやな。ハンク君。てっきり死んだもんやと思っとったけど生きとったか」

 

 しばらく待つと、私と同じ高度まで八神が上がってきた。そしてこのまるで気の知れた友人に話しかけるかのような軽い口調。声からはとても私が憎まれているとは思えない。しかし目に見える色は声とは裏腹に負の感情で染まっている。それでまああれほど、なんでもないという風に声を出せるものだ。やはり彼女には演技の才があるのだろう。その才を活かせる仕事をしているかというと否だが。

 それはともかく、話しかけられたのならこちらも隙を作るための足がかりを作るための返事をする。

 

「昼間に会ったはずだから、その言葉はおかしいんじゃないか」

「ああ、そうやったな。でもま、そんなことは重要じゃ無いやろ?」

「そうだな」

 

 確かに、いつ会ったかなど些細なことでしかない。何をしたか、という話ならそれなりの事をしでかしているから些細とは言わないが。

 

「うん。それじゃ重要な事を言わせてもらうわ。ここで死ぬか、死なないけど死ぬより酷い目に遭うかどっちか選ばせたるわ」

 

 またも軽い口調。しかし、感じられる敵意はさっきからずっと大きくなり続けている。それほどまでに私が憎いか。まあ憎いだろう。家族を傷つけられ、仲間を傷つけられ、挙句の果てには隊舎とメンツまで潰された。これで憎むなという方が無理な話だ。立場が逆なら私もきっと憎んでいたはずだ。

 気持ちはわかる。わかるが、私もやらなければならないことがある。償いはしてやれないし、復讐も受け入れられない。

 

「まるでマフィアの脅しだな。とても管理局員の口から出てきた言葉とは信じられん」

 

 心にも無いことを、呆れの感情を混ぜて、動作と一緒に吐き出す。挑発だ。

 

「マフィア……ね。それをアンタが言うか? マフィアも真っ青な殺し屋のくせに。何人殺しとんねん」

「そういうお前も、その歳で二佐まで上り詰めるために何人の男に股を開いた。演技と能力と後ろ盾だけで昇進できるほど温い組織でもないだろう」

「生憎とまだ清い身やわ。死ねセクハラ野郎。で、どうすんの。抵抗するならぶっ殺す。せんのなら死ぬほど痛い目見るだけで済ましたるけど……中将からは殺すな言われとるからできれば抵抗せんといてほしいわ。そしたらこっちが今まで散々被らされた汚名もちっとは返上できるし」

 

 最後の一言で、彼女がどれだけ苦労しているかがよくわかった。きっと私が散々暴れたせいで、その余波が彼女を襲ったのだろう。一時は機動六課に身を置いていたのだ、多少の責めも向けられるだろう。

 しかし同情してやるつもりはない。そんな情けなど持っていない。脇に置いていたライフルを拾って構えて、トリガーを引く。しかし避けられる。当然だ、撃たれるのがわかっていてジッとしている馬鹿など居ない。

 

「警告はした。そして攻撃してくるってことは死にたいってことやな」

 

 敵意が膨らみ、爆発する。殺意もまた同様に、その色の濃さに目が眩む。

 

「死にたいわけじゃないがな」

 

 そう返事をするように呟いてから、ボードを動かす。その後に自分の居た空間を魔力砲撃が飲み込み、さらに雲を割って月を晒した。リミッターがかかっているはずなのに、恐ろしい出力だ。あれに巻き込まれたら生きていられる自信がない。

 だから、早く逃げる。

 ボードの頭を一度大きく上に向けた後に下に向け、一度飛行制御を切って重力落下に身を任せる。砲撃の余波でボードが故障したかのように、見せかけるために。そして、相手の追撃の第二射の用意が整う。2つ目の魔法陣が輝きを放ち、そこから私を殺すための、殺意の乗った砲撃が放たれる。

 

「獲った!」

 

 その声が聞こえた直後、ボードにつけていたロケットエンジンに点火する。重力に加えて、さらに後方へ向けて強力な炎の噴射による二段加速により一瞬で砲撃の範囲から外れ、地面が迫る。このままでは地面に墜落するだけなので、機首を上げ水平飛行に移る。既に速度は最高まで達している、このまま何事もなければ逃げ切れるはず。

 だが、残念なことに何事かあってしまった。砲撃から逃れ少しだけ気が緩んだ瞬間に、正面から殺意を感じたと思うと、もう目の先に剣の刃が迫っていた。ボードは既にスピードが乗っていて回避は不可能。真っ直ぐ進めば頭を真っ二つに割られてしまう。

 

「くそ」

 

 一瞬の判断でライフルを間に挟んで刃を防ぐ。受け止めることにはなんとか成功したが、そのせいでライフルの銃身が切り飛ばされてなくなって、さらにボードに足を固定するための器具も衝撃で外れて。慣性のままボードが夜空を飛んで行き、己の体は空に投げ出される。高さは以前ヘリからパラシュートなしでの降下を敢行したときよりも低いが、それでもこのまま地面にたたきつけられれば体は持たない。かといって蛇を使って降りるのはあまりに隙だらけ。使いたくなかったが、仕方なく持ってきたデバイスを使う。

 

「セットアップ」

 

 ライフルが銃身を切り飛ばされた時と同じように、一瞬でバリアジャケットを纏う。そのまま防御魔法を使いながら地表に衝突、四肢を地面につけて衝撃を分散させ、さらに防御魔法とバリアジャケットに吸収させて、体に損傷はないまま着地に成功する。問題はここから。ボードがない以上ライフルは壊れたから、取れる手段は近接戦闘しかない。しかし相手はシグナムと八神はやて、のんびりしていたら他の連中もやってくる。苦戦は必須。しかし苦戦していては負けが確定する。素の状態なら詰みだが、今はスカリエッティからもらったデバイスがある。その性能の如何でどれほど苦戦するかが変わってくるのだが、あろうことか私はデバイスの中身を知らない。武器の把握は基本中の基本だというのに、なんという初歩的なミスか。

 とりあえず上から降ってくるナイフの形をしたデバイスをキャッチして、これから襲い掛かる困難を打ち破るべく構えを取る。相手の手の内はわかっていて、どう対処すればいいかも考えてある。問題はそれが実戦でどこまで通用するか。


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