「お疲れ様。やっぱり帰ってきてばかりで戦闘は厳しかったか」
「敵を倒したのはほとんどガジェットだ。疲れてるわけじゃない」
「おや、じゃあなんで帰ってきたのかな?」
「死人の声がうるさすぎて吐き気がしたから帰ってきた」
戦場から離れた今はかなりマシになったが。それでもこのアジト近くにまで敵が寄ってきて、そしてガジェットにやられているのか声が聞こえてくる。この調子ではすぐにまた吐き気に悩まされることになる。やはり戦闘機人とエース級魔導師でも二人だけでは、戦線を支えるには少なすぎるようだ。いくら個人が強くとも戦況をひっくり返すには数が足りない。他のメンバーが帰ってくればその数も少しはマシになり、戦線を維持する位はできるだろうが……果たしてそれまでここが陥落せずに持つだろうか。
「……声? ああ、ひょっとして蛇の使い過ぎか」
今の言葉だけで、スカリエッティには今の私の状態が伝わったらしい。
「そうだ……動くのがやっとでな。しばらく戦力にはなれない」
「まあ構わないよ。君には今まで十分すぎるほど働いてもらったしね」
「なら、もう戦わなくていいのか?」
「そうだね」
「そうか……」
戦わなくていいのなら、この吐き気だって気にしなくていいだろう。戦わなくていいのなら、戦えなくても問題ないだろう。子供もさらって機動六課を爆破して兵士を適当に蹴散らして、これで私の役目は終わり。
そんなわけがないだろう。
まだ仕事は残っている。だが、ここ最近まったくといっていいほど休んでいないので少し疲労がたまっている。
ソファーに半ば倒れるように座り込み、一度だけ完全に脱力する。
「ところでスカリエッティ」
「なんだい」
「エリーの手術はいつするんだ。アレの様子を見たが、術後それほど経っていないのにずいぶんと元気そうだったが」
「手術につかった機材の消毒がまだ済んでいない。しかしそれさえ済めばいつからでも始められる。いつがいい」
「ああ……そうだな」
少しだけ考えてみる。出来る限り早く治してもらいたいという気持ちは確かにある。しかし手術はかなりの集中力が必要になるものだ。脳の移植ともなれば尚更。事が落ち着いてからでないと、もし手術の最中にドンパチしてその余波で施設が揺れて、そのせいで失敗して死なれては今まで私が今までやってきたことが全て無駄になる。
今度は逆に考えよう。計画が全て終わってから手術にとりかかった場合。計画が失敗してしまえば手術もできない。完全に元の木阿弥だ。こちらも全てが無駄になる。
もしナンバーズ全員が集結したとしても、これほどの事態だ。今は陸の戦力しか出ていないが、そう遠くない内に空と海からも援軍が出るだろう。そうなれば、いよいよ物量で押しつぶされておしまいだ。
失敗する可能性がわずかにあるが、なんとか食い止めつつ手術をやらせるか。計画が失敗すれば手術そのものが不可能になるリスクはあるが、確実に成功する方を選ぶか。
「……計画が成功してから」
「失敗する可能性もあるが。いいのかい?」
手段を選ばなければ一つだけ確実に計画を成功させられる方法がある。ゆりかごが空に上るのを待つまでもない。一流、天才を自負するスカリエッティの反感を買うことが絶対条件となる手段なのであえて言わなかった手段なのだが。
「質量兵器保管倉庫には核弾頭がいくつかある。もちろん厳重に管理されているが、セインの能力なら盗むのは簡単だ。二つを盗んで、一つはクラナガンの上に。もう一つはここを包囲する連中に落とすぞと脅そう。空中での爆発は地表はなぎ払えるが地下への効果は薄いから、ここにはそれほど影響がないはずだ」
最悪の手段。人の命を盾に兵を引けと管理局に命令すること。しかし最良の手段でもある。一応は民主主義的な面も持つ組織だ。一人二人ならともかく、百万単位の民間人の命は無視できないはず。もし無視したなら、その時はエリーは助からず、管理局の権威が失われるだけだ。民の命を見捨てる非情な組織として非難され、支持を失い、テロリストがより一層活気づいて世界の安定は失われる。管理局がそれを良しとするか否とするかで結果は変わるが、賭けとしての分は悪くないはずだ。
「……」
だが、最大の問題はスカリエッティがこの提案を受けるかどうか。こいつの協力なくして現在の包囲を突破し、地上本部へ侵入することは不可能だ。おそらくは受けないだろう。この天才が自分のシナリオを、相手に突破されるのではなく身内の手でねじ曲げられるのを許すはずがない。
「素晴らしい案だ。今すぐ実行しよう……とでも、言うと思ったかい?」
「いや全く」
むしろ反対するだろうと思っていた。予想通り。
「私の専門は生体工学。実験の過程や、研究を続行するために命を奪うことはあるとも。だが無駄な殺しは好きではない。せっかく殺すなら死体も解剖して実験して研究して……跡形もなく消し去るなんてもったいないじゃないか」
「現在進行形で外で行われてる戦闘の中には、ミンチになったのも居るが」
主に私がガジェットに仕込んだパターンのせいで。少ない戦力で圧倒的多数を相手にするのなら、容赦をしてはいけない。相手の戦意を挫く意味でも死を眼の前にぶら下げるのは重要だ。だれだって死ぬのは怖い。
「それは自分を守るため。最小限の無駄として受け入れよう。まあそれは一旦置いておくとして。君の案はあまりに不安定だ。確かに今の包囲はセインの能力ならば秘密裏に突破できるだろう。施設への侵入も可能だろう。だがほんのすこし前に同じ手を使っておいて今度もまたうまくいく可能性は非常に低い」
「地上本部はこの施設の攻略にほとんどの戦力を割いているから相当手薄なはずだ」
「娘たちが戻れば殲滅できる。それからでも遅くはないはずだ」
「殲滅スピードが早すぎてゆりかごが起動するより早く海と空から増援が送られてくる。いくら個々の能力が優れていても物量にはかなわない」
高町なのはほどの殲滅力があればまだ話は変わるが、我々にそんなものはない。なら代用品を使う。これは間違っていないはずだ……
「だがやはり認められない」
「この期に及んでまだ手段を選ぶつもりかスカリエッティ」
私はもう手段を選ぶつもりはない。この段階になって形振り構っていてはエリーを助けられない。それは即ち、私の人生の全てが無駄になるということ。今まで殺してきた犠牲が無駄になる。それは申し訳ない気がする。
「これは私のためだけじゃない。君のためでもある。娘たちは君のことを、君自身が思うよりも高く評価している。そして君は自分のことを好いていてくれる者が傷つくのをあまりよしとしない。そうだろう」
「それは確かにある。だが私が一番に優先するのは常に血の繋がった家族だ。家族を救うためには手段も選ばない」
「自分が傷つくのも?」
「私が傷つくだけでエリーが助かるなら安い。最悪死んでもいいと思ってる」
「私が傷つくのが嫌なら、傷つかずに帰ってくればいいんだろう」
「できるのかい?」
「やってみせる」
「……そうまで言うのなら任せよう。私は傷つくなとは言わないが、くれぐれも死なないように頼むよ。でないと治す甲斐がない。あとこっちもこっちで迎撃は続けておくからやるなら早くしてくれたまえよ」
あくまでも同時進行。自分のシナリオを完全に放棄するわけではないということか。
「感謝する」
身体を起こしてソファから立ち上がる。吐き気はもうすっかりナリを潜めた。
妹のために、あと少しだけ頑張るとしよう。