***第8話***
「ようこそ、はやて。それにアリシア」
アリシアの予想していたお決まりの堅物オジサン説は見事に外れた。椅子に腰掛け優雅に紅茶を飲んでいた騎士カリムは、はやての少し歳上、くらいの女性であった。
「あら、アリシア。意外だったかしら?」
「いっ、いえ!そんな‥‥‥」
心の中で思っていたのと大きく違った結果に驚いたアリシアは、狼狽したのを指摘されて少し焦って答えた。
「はやて、私のこと言ってなかったの?」
「アリシアちゃんがどういう反応するのか見てみたかったんよ」
そう言ってイタズラに笑うはやて。「どうして教えてくれなかったのですか!」と隣で抗議するアリシアの事などどこ吹く風である。
カリムは脱線していきそうな2人に対してコホン、とわざとらしく咳をする。
「はやて、その辺にしましょう。あなたも忙しいでしょうし、先に本題を済ませてしまいましょう。シャッハ、2人に紅茶を」
「どうぞ」と言ってシャッハによって運ばれてきたそれは、芳しい香りと上品な味わい。
「翠屋のケーキに合うものを探すのはけっこう大変なのよ?」
「せやからちゃんと翠屋に寄ってから来る言うたやん?」
カリムとはやてはお互いを見てクスリと笑う。そうしてカリムは再びコホン、と咳をして話す。
「ではそろそろ。先ずアリシア。あなたに聞きたい事が3つ有ります。1つ目は確認ですが、あなたは聖王女オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、で間違いないのね?」
少しだけ間を置いて「はい」と答えたアリシアは「正確には」と付け加える。
「正確には『アリシア・テスタロッサ』の前世が『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』という事です。魂は同一人物、肉体という器が別物と考えれば分かりやすいかも知れません。前世の記憶と知識も、聖王としての力も、この通り有ります」
言いながらアリシアは左手の人差し指を立てて、そこに魔力を込めた。指が虹色に輝く。カイゼル・ファルベと呼ばれる聖王の魔力光。
「それは『ゆりかご』を動かせる、ちゅうことでええんやね?」
はやての単刀直入な質問に躊躇したアリシアだったが、俯いたまま「はい」と一言だけ発した。
それを聞いた2人は眉をひそめる。やはり予言は進行しつつあるのか。アリシアが自らの意思でゆりかごを動かすとは考えにくい。ならば、聖王の力を悪用しようとしている輩がいる、と考えるのが妥当か。
「やっぱり、保護と護衛の必要があるわね」
「そうやね。それから、その瞳を隠しておく必要性も、やな」
同意見のはやてとカリム。はやては見た目は眼鏡のデバイスを取り出してアリシアに渡す。
「シャーリーが作った眼鏡型ストレージデバイスや。通常の眼鏡型とアイガード型の2種類に変形できるよ。あの子が一晩で仕上げたのにはビックリしたわ」
イマイチ飲み込めないアリシアに、はやては更に説明を続ける。
「これは何処から見ても瞳が両方紅、フェイトちゃんと同じ色にしか見えへんように調整されとる。つまり、瞳の色ではオリヴィエと判断できへん、ちゅう訳やね」
「『ゆりかご』起動の阻止、の為ですね?」
はやてが説明を終えると、合点のいったアリシアが話し始めた。当時の事を思い、伏し目がちに。
「『ゆりかご』は‥‥‥戦争を終わらせた聖王家の剣、と言えば聞こえは良いでしょう。あの時は、それで戦争を早く終わらせる事が出来るなら‥‥‥そう思っていましたが、あれは、危険な力。平和なこの時代に起動すべきでは有りません‥‥‥」
あの時の別れの場面を思い出し、アリシアの瞳の奥に熱いものが込み上げる。
カリムはそんなアリシアの頭を撫でて、優しく語る。
「ゆりかごの力は解放するわけにはいかない。だからオリヴィエの力を悪用しようとする輩からその存在を守る」
「そして機動六課が護衛役。そういう事やから、その眼鏡なるべく掛けてな」
そう言われ、アリシアは眼鏡型のデバイスを掛ける。鏡に写った瞳は、ヒュードラ事件以前の見慣れた紅色の瞳。当たり前だった筈の瞳の色は、何故か今では違和感がある。
(眼鏡姿も、悪くはないですね)
そんな事を考えているアリシアの隣で「眼鏡萌えやな~」などと不穏な言葉が聞こえた気がしたのだが、今は気にしないことにした。
「では2つ目の質問です。アリシアは『ゆりかご』が何処に在るか知っていますか?」
「分かりません、としか言えません。オリヴィエとしては『ゆりかご』の中で息を引き取りましたので。その後どうなったかまでは‥‥‥」
それはそうだ。役目を終えたゆりかごが何処に降り立ったのかは生体コアとしてその生涯を終えたオリヴィエには分かる筈もない。聖王連合の居城の場所も諸説あり、現在ではそれは分からない。仕方無くカリムはアリシアに最後の質問をする。
「3つ目です。レリックは何に使うのか分かりますか?」
「あれは、兵器です。リンカーコアと融合させる事によって爆発的力を得る。自身に無尽蔵のカードリッジシステムを付けているようなもの、と考えて下さい」
***
「じゃあシグナム迎えに行ってくるよ。敷地の奥に共同広場があるから少し身体を動かしてきたらええ。終わったら迎えに来るよ」
カリムと別れて。はやてはそう言って検査に来ているシグナムを迎えに行った。「ちゃんと作動しとるな‥‥‥」と何やらよく分からない事を呟いていたようだったが、考えても仕方ない。一人になったアリシアは共同訓練広場に向かって歩く。
広場では、学院に通う子供達が各々の練習をしていた。ちょこんと端のベンチに座り、暫くは全体を眺めていたが、その広場の端で一人鍛練を行う少女に注目する。アリシアよりも2、3歳上であろう少女の動きはキレがあり、なかなかの実力のようだ。
そうして見ていると、ある事に気が付く。少女の動きには見覚えがある。遠い記憶の中の、あの人の動きによく似ている。少女は最後に足元から力を練り上げていき、それを突き出した右拳に集め打ち出して見せた。
「断空拳!‥‥‥クラウス!?」
思わず声に出してしまったアリシア。両手が震え、鼓動が高鳴るのが分かる。自分だってこうして生まれ変わっているのだ、もしかしたら‥‥‥。そう思ってしまったアリシアはゆっくり少女に近付く。正しくは足も震え、ゆっくりしか近付けなかったというべきか。よく見れば少女の髪は碧銀に輝き、瞳は紺と青の虹彩異色。クラウス・イングヴァルトのそれと同じ。高鳴る鼓動を押さえ、恐る恐る、しかし出来る限り自然にその少女に話しかけた。
「綺麗な瞳。虹彩異色なんて珍しいね」
***
アリシアは逸る気持ちを押さえ、アインハルト・ストラトスと名乗った少女に問いかけた。
「アインハルトはどうして『覇王流』を?」
アインハルトは迷った。見ず知らずの少女に、果たして真実を伝えていいものかどうか。仮に真実を伝えたとして、目の前の少女はそれを受け入れてくれるだろうか。気味悪がって離れていく可能性だってある。
「ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト」
「えっ?」
「私のフルネームです。その……末裔なんです、イングヴァルト家の。ですから『覇王流』を知っている、という事です」
アインハルトは迷ったが、クラウスの記憶の事は伏せた。これでも充分知ってる理由にはなる。何故かは分からないが、アインハルトは目の前の少女、アリシアを失う事が怖かった。
「そっか。子孫なんだね‥‥‥クラウスの」
アリシアは力が抜けるのが分かった。違った。クラウスではない、別人。絶望にも似た虚無感が、アリシアを覆う。
(クラウスでは‥‥‥無いのですね)
固まったままのアリシアに、アインハルトが焦り語りかける。
「あっ、あの、私なにか気に障るようなこと言ったんでしょうか?」
「‥‥‥どうして?」
「その、アリシアさんが泣いてるから」
アリシアは自分では気づかなかったが、無意識のうちに泣いていたようだ。「な、なんでもない」と涙を拭う。その時アインハルトには眼鏡の下の右目が一瞬、翠色に見えた気がした。
《アリシアちゃん今どこや?シグナムの検査も終わったし、そろそろ帰るよ》
と、丁度その時。はやてからの念話。
「私、そろそろ行かないと」
「じゃあね」とアインハルトに笑顔を作って手を振り、180度向きを変え歩き出そうとしたその時。
「また、会えますよね?私は、放課後この時間は大抵ここに居ますので」
「うん。また、会いに来るから」
そう言って笑ったアリシア。アインハルトにはその姿がオリヴィエと重なって見えた。
聖王教会敷地内から出ませんでした。アインハルトさんは無意識(本能)でアリシアさんの中にオリヴィエを感じてます。
フェイト×アリシア、はやて×アリシア、ときたので、次はあの人とアリシアさんの絡みです。
次回こそはきっとアグスタ編。