***終話***
「ハッキリ言うよ?今のヴィヴィじゃ、なのはに勝つのは無理。それでもやるの?」
「勿論!」と答えたヴィヴィオ。瞳を閉じてうーん、と唸ったアリシアは暫し考えた後モニターを開いた。相手はノーヴェ。
「ノーヴェ、ちょっといい?」
《ん?何だ、アリシア?》
幾ら協力するとは言ってもノーヴェの断り無しに勝手な真似は出来ない。教育方針もあるし、強化骨骼を持つ戦闘機人の為にDASSに出場出来ないノーヴェは自身の想いをヴィヴィオに託している所もある。彼女の意見を無視して話は進められない。
《‥‥‥‥‥‥はぁ!?なのはさんと試合だぁ!?》
事情を聞いたノーヴェが驚くのも無理はない。今や過去の出来事となった『ゆりかご』の時とは全く違う。あの時はヴィヴィオには『聖王の鎧』が有ったし、何よりレリックでドーピングした状態だった。今のヴィヴィオではなのはには敵わない。それだけなら未だしも、ヴィヴィオが『何時の日か追い付こう』と目標にしているなのはとの差をハッキリ認識しそれがどうしようもない物だと感じてしまったら。今後のヴィヴィオの士気にも関わってくる。ノーヴェとしては本当は反対したい所ではあるのだが、ヴィヴィオの気持ちも尊重してやりたい。極めて難しい選択だ。
《所でアリシア、そこまで言うって事は‥‥‥》
‥‥‥と、此処までは全て『ヴィヴィオがミウラに勝つ』事が前提条件。つまり、アリシアにはヴィヴィオが前回寸での差で負けた相手であるミウラに勝つ算段はある、という事だろう。
「うん、勿論有るよ。その為にルーフェンに行ったんでしょ?」
ルーフェンから戻ってきて、ヴィヴィオの雰囲気は少し変わった。何かを掴んで来たのは明らかだ。今なら‥‥‥否、今しか無いのかも知れない。アリシア自身の事を考えれば、時間は惜しい。今後は一層コロナに時間を割く必要がある。いつ朽ちるとも分からない自分の身体が動くうちに、コロナにオリヴィエの持てる全てを渡さなくては。‥‥‥だから、ヴィヴィオと向き合えるのはこれが最後かも知れないのだ。
《はぁ》とモニターの向こうで溜め息をついたノーヴェ。やれやれといった表情で《わかった》と答えてくれた。アリシアの口元が緩む。
《そのかわり、アタシも一緒に見るからな?いいな、アリシア?》
「うん、それでいいよ。ありがとう」
戦技披露までの日数は限られている。暫くはハードな日々になりそうだ。
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パシンッ、と頭の上でハイタッチを交わしたコロナとアリシア。
あれから、6年。DASS世界大会決勝後の控室。汗だくで頭からタオルを被ったコロナは笑みが溢れている。
「証明したよ。私は此処に居るんだって。聖王の愛弟子なんだって!」
「おめでとう、コロナ」
確りと抱き合った二人。結果は言うまでもなくコロナの勝利。連覇だ。今後はより一層追われる立場になるが、臨むところ。ごく平凡‥‥‥いや、平均以下だと思っていた自分が此処まで登って来れたのだ。どんな相手だろうと負けない、どんな障害だろうと跳ね除けてみせる。今のコロナにはそんな思いがある。
「ねえ、アリシア」
しかし、それは‥‥‥アリシアがいてこそ。今やコロナとアリシアは一心同体も同じ。アリシアが居たからこそ此処まで来れたのだ。だから。
「なに?あっ、そうだ!優勝したし今日は私が御飯奢ってあげ‥‥‥」
「アリシア、ねえ」
コロナは先程迄の表情とは違う。アリシアから視線を逸らし、何かを必死に抑えているように見える。その次に口から流れたコロナの言葉で、アリシアの表情も固まった。
「アリシアは‥‥‥どうして外部操作展開したままなの?」
気付いていた。それはそうだ。何せコロナの五体の完全外部操作はアリシアによって完成したのだ。アリシアと同じ魔法なのだ。そのコロナが、アリシアの異変に気付いていない訳はなかったのだ。
「何‥‥‥言ってるの?そんな訳無いじゃない」
アリシアも明らかに動揺はしている。しかし、心配を掛けまいと嘘をつこうとしている。コロナがDASSを連覇したこの祝いの席で言うのは憚られたのだろう。
コロナにとってはその逆だった。連覇したからこそ、心を乱しても大丈夫になったからこそ聞かなくてはならない事だったのだ。随分前から‥‥‥アリシアは外部操作を展開したまま解いていないのだ。それも、五体全て。
「動揺して試合に影響したら、って思って聞けなかったの。お願いアリシア、本当の事言って」
その向けた真剣な眼差しに、アリシアは遂に折れた。コロナに控室備えのベッドに座るよう促したアリシアが、座ったコロナの膝の上に座る。今や瞳の色以外は嘗ての、六課以前の執務官の頃のフェイトと同じ容姿のアリシア。その彼女はフゥッ、と息を吐き、呟くような声を出した。その表情はコロナからは見えない。
「今から魔法、解くから。その‥‥‥確り抱いててくれる?」
アリシアから魔法の気配が消える。それと同時に、アリシアの身体は力無くコロナにもたれ掛かった。まるで糸が全て切れた操り人形のように。
「アリ‥‥‥シア?」
驚愕だった。アリシアから聞けた言葉は。
「動かないんだ。私の身体。もう自分じゃ全く動かせないの」
外部操作でなければ動かせない程に、アリシアの身体は蝕まれていたのだ。それも、全身。まだ内蔵機能と頭が無事なので生きてはいるが、自分では指一本たりとも動かせないのだ。
「‥‥‥シャマル先生にはさ、『今すぐ入院して』って言われてるんだけどね」
「そんな‥‥‥そんなのって」
つまり。今の今まで無理をしていたのだ。それも全て、コロナの優勝を見届ける為。ポロポロと涙が溢れて出てくるコロナに、アリシアは弱々しく笑みを向けてくる。
「泣かないでコロナ。立派に成長してくれて、私は嬉しいから。思い残す事が無い訳じゃないけど、凄く良い思い出になったよ。ありがとう」
‥‥‥まるで。まるでそれは別れの言葉だ。何となく分かる。恐らく、アリシアは長くない。だからそこ、無理をしてコロナと此処に来たのだと。‥‥‥アリシアには、次は恐らく無いのだと。
「そんな‥‥‥嘘だよね?‥‥‥嘘なんだよね?ドッキリなんだよね?」
コロナの言葉を否定するように、微かに、本当に微かに首を横に振るアリシア。勿論、それは敢えて微かに振った訳ではなくて‥‥‥魔法無しではそれしか首を動かせないから。
「シャマル先生の見立てではね、もってあと半年。ううん、もっと早いかも知れない」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。あと半年?それより短い?アリシアが‥‥‥死ぬ?コロナの頭は、その言葉の受入れを拒否していた。涙は止まらず、身体は震える。アリシアを抱くコロナの身体を通じ、その振動がアリシアにも伝わる。
「満足はしてるから。今度の生は、愛する人達を守れたから。私は平気だから」
どうして。どうしてアリシアは笑っていられるのだろうか。もう余命幾ばくも無いというのに、どうして。
ちょうどその時、ガシャン、と部屋の外から何かを落とした音が聞こえた。力無く開かれた扉から姿を現したのは‥‥‥もうシェイプシフトを使う必要もない、成長したファビアだった。床には先程落としたであろうドリンクのグラスが三つ転がっている。
「‥‥‥オリヴィエ、今の‥‥‥話」
「おいで、クロ。ごめんね」
呼ばれるままにフラフラと、吸い込まれるようにアリシアとコロナの右隣に座ったファビア。力無く太股の上に置かれたアリシアの左手に触れて恐る恐る持ち上げてみると、力が入れられていない事が分かったようだ。
「そんな‥‥‥」
唇を震わせ、涙を溜めて見つめるファビアに、アリシアは努めて優しい表情で語る。
「何時か言おうとは思っていたのですが。ごめんね、クロ‥‥‥‥‥‥私は、もう充分生きました。あの時とは違う。今度は、言葉を伝えられる」
「私が!私が何とかするから!だから!」
ファビアの思い付いた事なら、何となく分かる。何時かの歳を若返らせる魔法だろう。研究を重ねればもしかしたら若返らせた状態で固定することも出来るようになるかも知れない。そのファビアの思いは嬉しいのだが、アリシアはもう摂理をねじ曲げようとは思っていない。運命は、受け入れる気でいた。
「嫌だ!嫌だ‥‥‥」
アリシアに抱き付いて泣きじゃくるファビアに「聞き分けてください、ね?」とその優しい表情を変えないアリシア。コロナに強く言われて、その日本来なら打ち上げ兼祝勝会の筈だった席で、親しい友人達に病状を伝える事になった。その言葉を受け止める者、泣き出す者、ショックで座り込んでしまう者、反応はそれぞれだったが、アリシアは暗い表情は見せず、終始笑みを見せたままだった。
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それから。4ヶ月が過ぎようか、という頃。
アリシアは聖王教会付属の病院のとある個室に居た。勿論、重病人としてベッドに寝かされて。
「アリシアさん‥‥‥お昼御飯どうされますか?」
「いらない‥‥‥かな」
今日はアインハルトが面会に来ていた。アリシアは既に話すのもやっと。お昼、といっても流動食。もう長くはないのは誰が見ても明らかだった。
リニスの契約は、クロノが引き継いでくれた。暫くの間落ち込んでいたフェイトの事はなのはとリニスが見てくれているし、コロナの事はジークに頼んだ。今回はファビアにもお別れは言えたし、ずっと悲しそうではあるがヴィヴィオには聖王の鎧を渡した。聖王教会にイクスとヴィヴィオの事は任せた。後は‥‥‥。
「アリシアさん、私は‥‥‥私は、貴女が好きです。だから‥‥‥だから、行かないで下さい‥‥‥」
漸く。こんな事になって、余命幾ばくも無くなってやっと聞けた言葉。けれど、勿論応えられない。今にも泣き出しそうなアインハルトに、途切れ途切れながらも想いを伝える。
「知ってたよ。凄く、凄く嬉しいよ。でもね、それはきっと‥‥‥貴女があの人の記憶に縛られていたから。だからね、アインハルト。私の事は‥‥‥私への想いは、忘れて」
‥‥‥‥‥‥アリシア・テスタロッサ・ハラオウンはその1ヶ月後、眠るように亡くなった。その表情は穏やかだった。
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気が付くと、真っ白な空間に居た。何となくだが、それが何なのかは理解できた。何せアリシアとして再度生を受けたくらいだ。魂はあるんだろうな、という事は何となく思っていた。
ゆっくりと、真っ白な空間を進む。その向こうに誰かが立っていた。いや、誰か等という曖昧な存在ではない。懐かしい、優しいその相手は『早かったのね、アリシア』と笑いかけてくれた。
『‥‥‥うん、 ママ。ちょっと早かったかも』
そのままプレシアに手を引かれ、先へと進む。『何処へ行くの?』と聞いてみると、プレシアは『待ってる人達の所よ?』と笑みを見せる。
『陛下、此方ですよ』
居たのはヴィルフリッド・エレミア。その傍にクロも居た。懐かしい二人に背中を押されて連れて行かれた先に、愛しい人の姿。
『待っていました、オリヴィエ』
『‥‥‥私もです、クラウス』
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あれからどのくらいの年月が過ぎたか。ヴィヴィオは久しぶりに聖王教会の中庭に居た。そのヴィヴィオに手を引かれていたのは、ヴィヴィオの幼少期そっくりな、紅と碧の虹彩異色の瞳の少女。ヴィヴィオの娘だ。
「ままー!」
「うん?」
娘の示した先にいたのは、男の子に何かを教えている女性の姿。その女性が誰かはヴィヴィオには直ぐに分かった。
「アインハルトさーん!」
気付いて、男の子と共に此方に向かってくるアインハルト。アインハルトは未婚の筈だし子共は居なかった筈、などと考えていたヴィヴィオを察したらしく、アインハルトから言ってきてくれた。
「この子は親戚の子なんです」
アインハルトに依れば、親戚から『息子を見て欲しい』と頼まれたのだそうだ。既に有名な格闘家となっていたアインハルト。その彼女から見て、この男の子がどうであるのかは理解できた。自身と同じだ。碧銀の髪、虹彩異色の瞳。クラウス・イングヴァルトの容姿を色濃く継いでいる彼が無意識に行っていた格闘技は、覇王流だった。
「そうなんですか」
アインハルトは暫くこの男の子を預かるらしい。つまり、暫くはまたヴィヴィオ達の近くに居るという事だ。「遊びに来ますね?」というヴィヴィオに「はい」と微笑むアインハルト。
「まま?」
そう言って首を傾げたヴィヴィオの娘。ヴィヴィオの結婚式には出席した(エースオブエースの娘で聖王のクローンのヴィヴィオの結婚式は桁違いだった)が、娘とは初めて会った。しかし‥‥‥その首を傾げた娘の姿に、アインハルトは驚愕し固まっていた。同じだったのだ。その傾げた姿がアリシアと寸分違わずに重なる。
(アリシア‥‥‥さん‥‥‥?)
「アインハルトさんだよ?ママの親友なの」
娘の名はアリス、だそうだ。やはり聖王の血統は濃いらしく、このアリスも虹彩異色の瞳、魔力光も虹色なのだそうだ。
「ままー!ありすね、このひととけっこんする!」
突然の愛娘の宣言に、ヴィヴィオは苦笑い。この歳で果たして意味が解っているのだろうか?というか、結婚という言葉はいつの間に覚えていたのか。そのアインハルトの親戚の男の子と手を繋いで離さないアリス。
「ごめんね、娘が無理言っちゃって」
「いえ」と答えた男の子は、「良ければ、少し僕がこの子を見ておきますので」と、手を引いて少し離れた。よく出来た子だ。
「私達に気を使ってくれたんでしょうか?大人びた子ですね、アインハルトさん」
「はい。よく出来た子です」
ヴィヴィオとアインハルトがそんな会話をしている傍で、手を繋いで散歩している男の子とアリス。アリスはニッコリと微笑むと、拙くはあるが囁くように口を開き、男の子もそれに答えた。
「こんどこそ、いっしょにしあわせになりましょうね」
「はい、勿論ですよ‥‥‥オリヴィエ」
fin.
散々悩んだ最終話。
いやー、3年も書いてたんですね。今読み返すと恥ずかしい所や拙い表現も‥‥‥。今回をもってこの作品は終幕となります。処女作ながら此処までお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
セイン、ウェンディ、イリヤの三人もまた何処かでお会いできるかと。それでは短いながらも挨拶に代えさせて頂きます。
また別の作品でお会い出来ましたら幸いです。
作者より