***第5話***
身構えたアリシアは一つ小さく深呼吸をして、足元に虹色の魔方陣を展開する。その術式が古代ベルカ式だった事にヴィータは少し驚いたが、こちらも攻撃と防御の両方に対応できるよう魔方陣を展開した。
「此処で負ける訳には‥‥‥!」
両方の腕に魔力を纏わせる。平静を装ってはいるものの内心は穏やかでないアリシアは、いかにしてこの状況を打開するか思考を巡らせていた。
元々魔法の才能は無いに等しいアリシアの身体にオリヴィエの大きな魔力が宿っているのだ。日々鍛練を繰り返しているとは言え、完全なコントロールにはまだまだ時間が必要。それに未発達の小さい体。全盛期の力には遠く及ばないだろう。背中にヒヤリと嫌な汗が流れる。
「‥‥‥過去の罪が消える訳じゃねぇ。これからもそれは背負って行くつもりだ。それに今のあたしは管理局員だ。犯罪者を見逃す訳にはいかねえ‥‥‥行くぞ、アイゼン!!フォルム、ツヴァイ!!ラケーテン‥‥‥」
ヴィータはグラーフアイゼンを起動させ、アリシアに向かって飛び出す。
アリシアは両手足を外部操作に切り替え、ヴィータの方へ向かい走る。
2人は丁度お互いがスタートした位置の中間地点で交錯する。アリシアの左側から横に凪ぎ払われたアイゼンを、左手で衝撃を逃がすように流す。右側に体を倒しながら捻り、一歩踏み込んで顎をめがけ右フックを繰り出す。アイゼンの回転の勢いを逆利用したその一撃をまともに受けたであろうヴィータは川へと吹き飛ばされる。
しかしながら、ヴィータはすぐに水中から上がってきた。シールドが間に合い無傷。「チッ」と舌打ちして改めてデバイスを構えるヴィータ。
一方、一筋縄ではいかないであろう事は分かっていたアリシアも、すぐに構え直しヴィータと対峙する。再び両者が激突する直前、2つの影が間に割って入った。
「時空管理局本局執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。そこまでです」
「落ち着け、ヴィータ」
フェイトはアリシアの拳を受け止め、シグナムはヴィータのアイゼンをレヴァンティンで受け止めている。
「邪魔すんなよ、シグナム!」
「落ち着けと言ったのだ。ロストロギアもある。此処は一先ず引け」
アイゼンを構えたまま興奮冷めやらぬヴィータだったが、仕方無くアイゼンを収めた。
***
「それで、キミ、お名前は?どこから来たの?」
フェイトは目の前の、自分ソックリな少女にできる限り優しく話しかける。この子は自分と同じくプレシアの生み出したクローンなのか、それとも別の人間によるものなのか。願わくばプロジェクトFとは無関係の、普通に生まれた少女であって欲しい。
「……アリシア。 アリシア・テスタロッサ、です」
少女の返事に胸が締め付けられる。自分と同じ。アリシアの、姉さんのクローンだ。ならばこの子は、自分の妹も同然。この子にも人並みの幸せを知ってほしい。保護して、何なら自分が引き取って。そう考えていたフェイトは、ふと少女の瞳に視線を移す。
紅と翠の虹彩異色。何かの実験の副作用だろうか?辛い、実験の。そう思うとフェイトは無意識に少女を抱き締めていた。
***
ヴォルケンリッターに襲い掛かられ、執務官に仲裁され。そして、その胸に抱き寄せられ。思考が絶賛停止中のアリシアは、自分を抱いている執務官を見る。フェイト執務官‥‥‥。
(フェイト執務官‥‥‥フェイト・テスタロッサ・ハラオウン‥‥‥テスタロッサ?まさか、この人が?けれど‥‥‥)
フェイト・テスタロッサ。母が、プレシアが教えてくれた妹と同じ名前だ。そう言えば自分に似ている気がする。でも、妹にしては大きすぎる。どう見ても自分の姉か母親くらいの年齢差。
よくよく考えてみたら姉である自分が妹であるフェイトを頼れ、というのはおかしい話だ。アリシアが6歳。ではフェイトは5歳以下ということになる。この違和感は何なんだろう。プレシアに聞けば分かるのかも知れない。けれど……。
望みがかなり薄いのは分かっていた。プレシアはどう見ても余命幾ばくも無い状態だった。そんな状態だと分かっていて、命を削って転移魔法を使ったのだ。生きているとしたら、奇跡。あのとき管理局は駄目だと言っていた事は気になるが、やはり未だに自分を抱き締めたままの執務官を頼ることにした。それで妹に会えるなら。母プレシアにもう一度会えるのなら。アリシアは覚悟を決めて切り出す。
「あの、執務官さん。私、妹を探しているんです。会った事はありませんし、名前を聞いただけなんですけれど」
「そうなんだ。妹さん名前は何て言うの?」
「妹の名前は‥‥‥フェイト。フェイト・テスタロッサ、です」
「……私と同じ名前なんだね」
辛うじてその言葉だけをひねり出したフェイトに、アリシアは一つのデバイスを手渡す。
「ママ‥‥‥プレシア・テスタロッサからこれを預かってるんです」
それは、虚数空間からの転移直前にプレシアから預かったデバイス。リニスの杖であった。
「リニスの杖!どうしてこれを!?」
「リニス‥‥‥?リニスって」
プレシアの杖だと思っていたアリシア。まさかと思いながら、フェイトの方を見る。
「山猫素体で母さん……プレシア母さんの使い魔。私の魔法の先生だったんだ」
フェイトの言葉にアリシアは息を飲んだ。
ここまで来たら認めざるを得ない。仮にアリシアがどんなに察しの悪い人間だったとしても、もう想像がつく。目の前の執務官こそが、恐らく妹だ。
虚数空間から無理矢理転移してきたのだ。もしかしたら時間も飛び越えて来てしまったのか。前世なんてものが存在するのだ。発見されていなかっただけで、時間移動だって存在してもおかしくはない。そう考えたら意外とアッサリ納得できた。
「ママは‥‥‥ママは私だけを転移させて‥‥‥」
瞳に涙を浮かべたアリシアは、言葉に詰まる。溢れそうになる涙を必死に堪えている。
「いいんだよ?アリシア。今だけは我慢しなくても」
そう囁いたフェイトに優しい母プレシアの姿を重ねたアリシアは、その胸に抱かれ、声をあげ泣いていた。
***
ロストロギアの封印を終え、一息ついているフォワード陣は、先程の少女とフェイトを見ていた。
「ティア、あの子凄いね!ヴィータ副隊長と渡り合ってたよ!」
「そうね、まだあんな小さいのに副隊長と1対1で負けてなかった」
興奮しているスバルと驚きを隠せないティアナ。
「でもヴィータ副隊長だって小さくて可愛いよね!」
余計な事を口走っているスバルの背後から、赤い影が忍び寄る。ティアナから血の気が引き、真っ青になった顔がひきつる。「ん、どしたのティア?」とまだすっ惚けているスバルのすぐ後ろまで来たそれは、眉間にしわを寄せて2人を睨みながら口を開く。
「だーれが小さくて可愛いって?お前等、隊舎に戻ったらすぐ訓練場に来い!」
「ヴ、ヴィータ副隊長!?わ、私達は別にそんな……」
「うるせえ!分かったら2人とも返事だ!」
「「ハイ……」」
ティアナの言い訳もそこそこに、2人の模擬線という名のシゴキの決定した瞬間。
一方エリオは考えていた。フェイトに写真で見せてもらった事のあるアリシアに瓜二つの少女。
(もしかしてあの子、プロジェクト、Fの)
「エリオ君、どうかしたの?」と心配してきたキャロに「何でもないよ」と返事を返した。
***
「保護するのにそれなりの確証が必要。それだけやから。な、フェイトちゃん?」
不機嫌です、と顔に書いてあるかのような友人を宥め、今頃色々調べられているであろう保護対象の少女の検査結果をはやては待つ。なのはとヴィータはフォワード陣と教導。シグナムとリインは別件で聖王教会。そんな訳で隊長室ではやてとフェイトは二人っきり。微妙に居づらい。フェイトの視線が痛い。
あの子は自分と同じ。すぐ保護して引き取って、自分が育てる。隊舎に戻るなりそう言って引かないフェイトに、はやては少女の『一応』の検査を提案した。ちゃんと結果を見てからでも遅くはない、と。
だがそれは表側の話。本当の理由は別にあった。
聖王教会騎士団騎士カリムの預言。
『古い結晶と無限の欲望が集い交わる地。死せる王のもと聖地よりかの翼が蘇る。死者たちが踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る法の舟も砕け落ちる』
ロストロギアをきっかけに始まる管理局地上本部の壊滅と、管理局システムの崩壊を意味するであろうそれこそが、機動六課設立の真の理由。
その予言のカギの部分。古い結晶はレリックを指すのであろう。死せる王と聖地より蘇るかの翼が何を意味するのか。はやてなりに情報の収集と考察を進めてきた。恐らく、意味する所は、聖王オリヴィエとその戦舟『ゆりかご』。ゆりかごは解体、破壊したという記載はどこにもなく、今もどこかに眠っている可能性がある。では、聖王は?
オリヴィエを記した文献どれにも、共通して書かれている彼女の特徴がある。紅と翠の虹彩異色の瞳に、虹色の魔力光に、類い稀な格闘技の達人。保護した少女と余りにも一致し過ぎている。瞳の色や魔力光が一致するなど、天文学的確率。彼女が現れたタイミングも良すぎる。本人以外などほぼ考えられない。それに。
(それに、何や、あの子‥‥‥何処かで会ったような。気のせいやろか。前にもこんな事があったような気が‥‥‥?)
だからはやては、要検査をさせた。アリシアのではなく、オリヴィエのクローンなのではないか。そう考えていた。
「ほら、もう検査も終わる頃やからもう会えるよ?な?」
そんな2人の所へシャマルは検査結果を持ってやって来た。何とも言い難い複雑な表情をして。
「シャマル、お疲れや。検査結果はどうだったん?」
「はやてちゃん!フェイトちゃん!大変なの!その結果なんだけど……あの子、アリシアちゃんなの。オリジナルの」
シャマルの言葉を聞いた2人は、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
「どういう意味や?シャマル?」
「それってどういう事ですか?シャマル先生?」
はやてとフェイトは疑問を同時に発した。それはそうだ。オリジナルのアリシアが生きてる訳がない。確かに公式な死亡記録もあるし、何より生きていたらプレシアはあんな狂喜には走らなかっただろう。
「ですから、アリシアちゃんのオリジナルなんです。魔力光とか、波長とかは記録が残ってないから分からなかったんだけど遺伝子鑑定が……何回やってもその結果しか出なかったの」
結果を伝えに来たシャマルでさえ、信じられない。といった表情。3人は鑑定書を食い入るように見る。
『-鑑定結果-検体Aにはクローンの技術等の痕跡はなく、検体B(フェイト・テスタロッサ・ハラオウン)のオリジナル遺伝子であると結論』
「それから、リニスの杖なんですけど」
言葉も出ない2人に、シャマルは話続ける。
「デバイスの中から、アリシアちゃんとプレシアの写った映像データが出てきたの。フェイトちゃんに確認して欲しいんです」
それから、と続けて1つの画像データを映すシャマル。そこにはロストロギア、ジュエルシードが映し出されていた。
(嘘‥‥‥そんな、まさか‥‥‥あれは夢じゃなかったの?)
フェイトは先刻見た夢の内容を思い出していた。
オリジナルとは別視点からサウンドステージを見てみました。
なのはさんは目立たない所で地味に仕事をこなしています。
リインには悪いですが、出番はまだ考え中です。