***第16話***
六課隊舎の隔離区画の一室、有り体に言えば牢屋(六課は遺失物管理部なので厳密には牢屋はなく、あくまでも隔離部屋)。電気も着けず、暗い部屋の中。アリシアは今も尚、両膝を抱え、体育座りのままでいた。
危うく殺人者になる所だった。平穏をつくる処か、命を奪う所だった。アリシアの心は深く沈んだまま。
そこに、コンコンと形ばかりのノックをして、はやてが心配そうに入ってきた。
「アリシアちゃん、ちょう付き合うてや。いつまでも籠っとらんで少しお出かけしようか?」
「‥‥‥はい」
どこか投げやりな中途半端な返事を返し、アリシアはゆっくりと立ち上がった。はやてはホコリやら泥やらでボロボロだったアリシアを取りあえず風呂に入れる。
「この胸が、フェイトちゃんみたいにあんなになるんか‥‥‥揉んどくなら今やろか?」と、その脳内の思考駄々漏れでアリシアの身体を洗うはやてにもツッコミを入れる気力もなく、なすがまま。
着替え終わると、部屋の外にティアナが待っていた。彼女ははやてに心配そうに問いかける。
「アリシアは、もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫、って訳やないみたいやけど。まあ、何とかなるやろ」
「どこに、行くんですか?」
ようやく口を開いたアリシア。それに「クロノ君に会いに、な」と答えるはやて。
そう。クロノとの会談に行く。聖王のクローンが出てきて、敵も本格的に動いてきた。今後の対策を練らなくてはならないし、今のアリシアも何とかしたいし、聖王女オリヴィエとしての意見も聞きたい。気分転換も兼ねて、アリシアを連れていくことにしたのだ。
***
「やっぱりと言えば、やっぱりか」
陸士108部隊部隊長、ゲンヤ・ナカジマ三佐。自身の妻でスバルとギンガの母、クイントを8年前の『戦闘機人事件』で亡くしている。はやてが協力を求めてきた時は何故かと思ったが、今回の件に戦闘機人が絡んでいる、と分かった今ではそれも納得できた。
「始めっから戦闘機人絡みって知ってやがったな、あのチビダヌキめ‥‥‥」
「チっ」とゲンヤは舌打ちし、送られてきたデータを再度眺める。そこに映る、3人の戦闘機人。まだ何も終わってはいない。これからが正念場か。
「やりにくいだろうな‥‥‥ギンガも、スバルも」
ゲンヤ・ナカジマは机に飾られたクイントの写真を見ながら、呟いた。
***
クロノははやてとの会談を終えた。フェイトやなのはにもそろそろ六課設立の真の理由を伝えるべきか。結局のところ、フェイト、なのはを交え、カリムと再度話し合う必要があった。
「さて、アリシア。少し散歩でもするか?」
「‥‥‥はい」
やはりまだ投げやり気味のアリシア。あまり外に出る機会のない普段のアリシアなら嬉々として付いていくのだろうが、そんな様子は見られない。
「アリシア、余り気にかけるな。お前がみんなの危機を救ったのは間違いないんだ」
「でも、約束したんです。みんなが平穏に暮らせる世の中を造るって。なのに、私あんなこと‥‥‥」
あからさまに落ち込んでいるアリシア。こんな時は、口下手な自分が恨めしい。クロノは言葉を探す。
「アリシア1人で、じゃなくてもいいんだろう?その約束は。みんなで作っていけばいいさ」
「‥‥‥うん。ありがとう、クロノ。ごめんね」
少しは機嫌が晴れたようで、バツが悪そうに笑うアリシア。
と、目の前をSt.ヒルデの初等科の子達が大勢歩いている。下校時間にぶつかったようだ。
クロノは後ろから聞こえる声に振り返る。
「アリシアさん?」
碧銀のツインテールに、虹彩異色の瞳に、St.ヒルデの初等科の制服。最近アリシアと教会で見る、という少女か。
「アインハルト‥‥‥?」
アリシアも振り向く。アインハルトはアリシアの隣にいるクロノが気になったようだ。
「あの、アリシアさんのお父様、でしょうか?初めまして。アインハルト・ストラトスと申します」
クロノは苦笑いした。お父様、か。義理とはいえ兄妹なのだが。
「クロノ・ハラオウンだ。話はアリシアから聞いてる。彼女は僕の末の義妹だよ。いつもアリシアが御世話になってるようだね」
クロノの言葉に、アインハルトは少し焦った様子で「すっ、すいませんっ」と謝った。兄妹なのに『お父様』なんて失礼だったからか。主に年齢的な意味で。
「余り気にしなくていいよ。実際子供も2人いるしね」
隣でクスクスとアリシアが笑い、釣られてアインハルトも笑う。
「此方こそ、いつもアリシアさんには御世話になっています」
笑顔で返したアインハルト。アリシアがアインハルトといつもの練習に行きたいというので、クロノはそのまま送り出してやった。やはり大人が介入するよりも、友達同士のほうが立ち直りも早いか。そういえばフェイトもそうだったと思い出して、少し寂しさを覚えるクロノだった。
***
次の日。なのはは聖王教会の病院にいた。先日の事件の報告書の作成と、保護した少女に会うために。途中の売店のウサギの人形が目に入り、あの子のお土産に、と購入。
庭を歩くなのはの目に、先日の少女がフラフラと歩く姿が入る。大方、病室が退屈で抜け出したのだろう。それに近づき、優しく問いかけた。
「どうしたの?」
「ママ、いないの」
予想と違う答え。今にも泣きそうな少女の様子にどうしたものかと少し考える。
「それは大変。じゃあ、一緒に探そうか」
「うん」と涙目で答える少女。「お名前は?」というなのはの問いに少女は
「ヴィヴィオ」と答え、なのはに渡された人形を抱き締めた。
「ヴィヴィオか。いいお名前だね」
それが、なのはとヴィヴィオの、運命の出会いだった。
***
「うぇぇぇん!!」
なのはにしがみつき、盛大に泣くヴィヴィオ。近くでその惨状を見て苦笑いを浮かべるフォワードの四人、さらにそれに微笑ましいものを見つめるような視線を送るはやて。
「エースオブエースにも勝てないものがあったんやね」
「何か、なつかれちゃったみたい」
一向に離れないヴィヴィオ。《助けてよ、みんな》というなのはの救援要請にも、答えられるメンバーは無く、全員苦笑いを浮かべている。
「‥‥‥ヴィヴィ」
アリシアがゆっくりと近付き、ヴィヴィオの頭を撫でる。涙を浮かべてはいるものの、ヴィヴィオが泣くのを止めてアリシアを見る。
「なのはが困ってるでしょ?なのははね、これから大事なお仕事なんだよ。お姉ちゃんが遊んであげるから、少しだけ我慢、出来るよね?」
「‥‥‥うん」と答えてアリシアの右手を握るヴィヴィオ。アリシアは左手でその頭を撫でつつ優しい笑みを向ける。
漸く解放されたなのはが「ごめんね、アリシアちゃん」と謝りながら教導へと向かう。他のメンバーも各々の仕事へと戻っていく。
「お姉ちゃんが‥‥‥‥‥‥必ず守ってあげる」
ヴィヴィオを抱き締めて、アリシアは囁く。何処まで理解しているかは分からないが、「うん!」と笑顔で頷くヴィヴィオに、アリシアはもう一度笑顔を向ける。その胸に固い決意を秘めながら。
(ヴィヴィオ、貴女のことは必ず守ってみせます。例え‥‥‥‥‥‥あの時と同じ結果になったとしても)
ヴィヴィオ登場。
全体を読み返してみたらキャロが只の質問キャラになってる……