一月前のあの夜。
透き通った銀髪、西洋の鎧を身に纏った少女に―――私は目を奪われてしまった。
コンビニエンスストアの前で、座り込んでいた少女。
むしょうに小腹がすいたマミは買い物のためにそこに来た。
見惚れていたマミと、少女の眼が合う。
マミは照れながらも声をかけてみることにした。
「すみません、UFOとか信じますか?」
言って、失敗したと気づくまで数十秒。
何を言っているのかと自分でも自分を疑うが、時すで遅し。
顔はそらされた。
「(やっちゃった~! 一世一代の突飛な行動で相手の気を惹く作戦失敗~!)」
変な空気を作ってしまい焦る。
マミは何をすればいいか考えて、考えて、考え付いた結果は―――歌って踊ることだった。
必殺のマミステップ。自身が名付けた華麗なステップと共に歌を歌う。
「サールティー ロイヤーリー」
ステップしながら少女に視線を向けるマミ。
すでに何をしているかなど考える余裕もない結果だ。
「タマリ―エーパッセアラーさ―――っ!?」
片足をひねらせて、体勢を崩したマミは後頭部をコンクリートの床に直撃させた。
普通なら重傷だろうが、マミにとっては軽傷で済んだ。
あまりの痛みに頭を抱えているマミ。
「(ふうぅぅっ!? やってしまったわっ、慣れないのに知らない子に話しかけてあまつさえ友達になりたいなんてのが間違いだったのよっ)」
仰向けに倒れているマミ。服が引っ張られる感じがして上体を起こす。
そこには白い髪の少女がしゃがんでいた。
一つのメモ帳を見せてくる。
『おもしろかった』
それを見て少し驚くも、マミの顔に笑顔が戻った。
『だから、二度とするな』
「(なんでよ)」
どんよりとした雰囲気をマミが包む。
少女がメモ帳の一ページをやぶって、再びマミに見せる。
『あなたは、何者?』
普通に応えるのも楽しくないだろうと、マミはしっかりと体を起こして少女に微笑を見せる。
その微笑に少女は頭を傾げた。
「どんな人間に見える?」
マミの問いに、少女はいろいろな角度からマミを見た。
少し気恥ずかしくなるマミだが、少女はペンを片手メモ帳を片手に考えている。
考えついたのか、すぐにメモ帳にペンを走らせる少女。
そして―――
『どう見ても怪しいバカ』
―――帰ってきたのは手厳しい評価だった。
マミは、つい声を上げて笑う。
ここ数年で一番の笑いだった気もする。
「アッハハハハっ、それもそうよね」
そのまま笑い続けると、少女も少しだけほほ笑んだ―――気がした。
結局、彼女はその後も一言も声を出さなかったわ。
けれど、右手はとても“おしゃべり”だった。
友達……ではないけれど、可愛い女の子と会話するのがこんなにも楽しいなんて……私は、ユウと出会ってその楽しみを知った。
コンビニの前で一時間以上喋っていたマミが立ち上がる。
ビニール袋片手に立ち上がったマミが片手をあげた。
「それじゃ、こんな時間に一人でいるとナンパされちゃうからね?」
マミは歩いていくも、視線はユウの方に向けている。
もう一度片手を振ると視線を前に向けて歩いて行った。
ユウは少し急いだようにメモ帳を持つとマミに向ける。
『気を付けて』
見えてはいないだろうけれど、気持ちは伝わっていたはずだ。
その帰り道、マミは上機嫌だった。
鼻歌を歌いながら夜道を歩くマミ。
「すごいわ!私ったら知らない子に話しかけちゃった!しかも超電波!」
自画自賛しながらビニール袋片手に歩く。
上機嫌で歩いていると、そばの家からガラスが割れるような音がした。
疑問に思い、少し近づいてみる。
そして家を見上げて気づいたのは、二階の窓にべったりとついた血。
「血っ……これって……」
気づいたのは連続殺人の記事。
金銭や貴重品が盗まれるわけでもなく、ただ殺されると言う事件。
それらがマミの頭の中には渦巻いている。
「(救急車っ……いや、警察っ)」
―――助けて!いやぁっ!
家の中から悲鳴が聞こえた。
顔を顰め葛藤するマミ。
「(どうする……魔法少女だもの、大丈夫よね)」
自分の身体能力をもってすれば犯人を捕まえることも容易い。
他人の体を治すことだってできるはずだ。
マミはその家へと走った。
ドアを開けると、家へと入る。
「(魔法は正義の力。人を助けるために使うんだもの)」
そっと、土足で上がると忍び足で家の廊下を歩いていく。
バレるわけにもいかない。
ふと、横の壁を見て気づいた。
階段横の壁にはべっとりと血がついている。
血飛沫を上げても、マトモに刺されただけれはこうはならない。
「(なっ……なに、これ……)」
魔法少女であり、残酷な現場をたくさん見てきたマミが驚愕で言葉も出ない。
そこでふと我に返る。片手にソウルジェムを持つ。
「(悲鳴は二階からだったわよね)」
二階に行こうと、歩き出す。
一応先に変身しておこうとし、足を踏み出そうとした時―――マミは止まった。
「(なっ、体が……動かな―――っ)」
瞬間、背中に焼きつくような痛みが奔る。
背中からじわじわと進んでくる痛みが、胸あたりまで来た時。それはマミの胸の間から突き出た。
銀色の刃。見るとそれは日本刀の刃。
鮮血は刃が突き出た場所から流れ出る。
お気に入りのシャツも血でよごれてしまった。
「(なにこれ……さっさと変身すれば良かったの……かし、ら?)」
刀が引き抜かれると同時に、マミはその場に突っ伏しそうになる。
だが、立っていた。魔法少女になったことによる痛覚のせめてもの弱化。
それにより立っていることができた。
「(苦しぃ……息が……あっ、なんだかこの感じ、懐かしい)」
背中からの衝撃。それにより前のめりに倒れるマミ。
その手にあったソウルジェムは転がり、マミから離れて行ってしまった。
必死にソウルジェムに手を伸ばすが、それは目前で叶わなくなる。
マミの意識は―――闇に消えた。
―――死なないで……
眼を開くと、そこには銀髪の少女。その背後に見える満月はその少女の美しさを引き立てていた。
マミがハッとして地面に手を付き起き上がる。
胸がわずかに痛むが大したことでは無い。
魔法で復活すれば何の問題も無いのだ。
「貴女……っ、私、生きてるの?」
自分に言い聞かすように、少女に問うように言う。
少女はそっとメモ帳を持ち上げて見せてきた。
『死んでる』
少し悩んで、考えれる限りの設定を考えてみる。
「貴女は死神?」
少女は首を横に振った。
違うという意。
『私が“絶対”に死なないようにした』
その意味がわからないが、わかる気がする。
今のマミは死ぬ気がしなかった。
魔法少女の時ですら怯えた死というものとは、自分が遠縁に感じる。
「貴女は、一体……」
つぶやくように問うと、少女は両手でメモ帳を見せた。
そこに書かれた文字はカタカナであり、見覚えがある単語。
「ネクロマンサー!?」
それを復唱して頭を抑えるマミ。
頭の中の引き出しを前回にしてそれに関する情報を整理する。
出てくるのは死霊使いの魔術師。
「ちょっと待って、それじゃ……私の体ってもう」
『心配ない、私が一緒にいる』
その文字がマミの視界に入った。
現金な話だが、それでマミはどうでも良くなってしまってきたのだ。
“生きてても一人”なのが“死んでても二人”になる。
それだけで、マミの心は穏やかになっていく。
少女は、そっと頷いた。
―――こうして私は、ゾンビになりました。
~~~~~
鹿目まどか、美樹さやかと出会った翌日。
こんな危険なことに二人を巻き込むのも気が引けると思い、あまり会話をしないようにした。
きっとユウがいなければ一人の寂しさをまぎらわすために魔法少女の友達を作ろう。とか思ったのだろうけれど、今は一人じゃない。
朝に一度念話で二人+一匹とは話をした。
暁美ほむら。昨日キュゥべぇを襲った少女がもし二人を襲ったならすぐ助けに行くと、約束。
それでも仕掛けてこなかったのだから心配ないだろうと、マミはいつも通り下校しようと思ったのだが……
「マミさん!」
校門前で声が聞こえた。駆け寄ってくるのはキュゥべぇを肩に乗せたまどかとさやか。
なぜ?と思ったがすぐにそれはわかる。
「こ、これから行くんですよね?」
その言葉に頷く。
「私たち、見ちゃだめですか?」
驚いたという顔をするマミ。
しかし、それにしても一度帰る必要がある。
昔なら暇ということもあり学校が終わりしだいすぐ魔女退治だったのに、自分も変わったと実感させられる。
マミは今一度二人を見た。その眼には折れない、という意思。
「わかったわ。じゃあ一度帰って昨日の喫茶店で会いましょう?」
二人は元気よく返事をする。
それを見てほほ笑むと、マミは歩き出す。
誰かと一緒に話をしながら帰るなんてことが新鮮で、少し嬉しく思うマミだった。
家に帰ってきたマミ。
リビングに行くと、いつも通りユウがお茶を飲んでいた。
困ったように笑うマミが、素早く私服に着替える。
「水っ腹になるわよ?」
『問題ない』
そんな風に返されて、苦笑。
マミは少し急ぎ足でキッチンまで行くと、冷蔵庫からケーキを出して包丁で切る。
残りのケーキをラップでつつむと再び冷蔵庫にいれ、切ったケーキはユウの前へと出した。
ユウはそのケーキをジッと見る。
「昨日作ったの、帰ってきたら感想聞かせてね?」
『面倒』
その瞬間、マミの頭の中が染まる。
煩悩の象徴ともいえる存在、妄想ユウが口にクリームを付けながら言う。
「お姉ちゃんのケーキはいつもおいしいから……ユウの気持ち、伝わってるよね?」
妄想のせいで、マミの顔はだらしなくゆるむ。
こんな顔は美樹さやかにも鹿目まどかにも、ましてや暁美ほむらになんて絶対に見せられない。
その顔を見て、ユウはメモ帳を上げる。
視界に映ったから、妄想から帰ってきてメモ帳を見た。
『急がなくても良いの?』
見て、読む。マミは焦ったような表情で財布をポケットに入れるとハンカチとティッシュも用意してポケットに入れる。
準備ができたのか、髪の毛を軽く払う。
「じゃあ行ってくるわね、なるべく早く帰るわ♪」
マミはウインクをすると走って家を出ていくのだった。
もう一度、ユウはお茶を飲む。
マンションを出ると、マミは走って喫茶店へとやってきた。
店内に入ると、さやかが手を振ってきたので席に着く。
「ごめんなさい、お待たせしてしまったかしら?」
「いえ!我儘言っちゃったのは私たちだから……」
まどかがそう言うが、マミは気にしないでと言って席につく。
表情をひきしめて二人を見る。
「さて、準備はいい?」
聞かれる二人。さやかがテーブルの下から布につつまれた何かを出す。
布を取るさやか。金属バットが鈍い光を放つ。
「準備になってるかどうか分からないけど、持って来ました!何もないよりはマシかと思って」
「(最近の子って恐い)
内心思いながらも、そういう覚悟でいてくれた方が良いと言っておいた。
金属バットを下ろすさやか。
さやかはまどかの方を見た。
「まどかは何か、持って来た?」
「え、えっと。私は……」
カバンを出して、その中から一冊のノートを取り出したまどか。
恐る恐ると言った様子でそれを開いて、テーブルの上に広げる。
そこにはマミと思われる少女とまどかと思われる少女。
二人とも魔法少女の衣装である。
「と、とりあえず、魔法少女になったときの衣装だけでも考えておこうと思って」
笑い出すさやか。
まどかは、どうしたの?とでも言いたげに狼狽えてる
「うん、意気込みとしては十分ね」
我慢するが、くすくすと笑いが漏れてしまう。
「こりゃあ参った。あんたには負けるわ」
二人に笑われながら、まどかは戸惑ったように声を上げている。
可愛い後輩だなぁ、と思いながら、マミは頷いた。
昨日の使い魔が現れた場所の魔力の痕跡を使い歩く。
国道沿いの道を歩いているが、さやかは暇そうだ。
10分は歩き続けているから、だろう。
「(それにしても……暁美ほむら、彼女は一体……)
新たな魔法少女。
今まで見滝原を狙う魔法少女とは何度も戦ったけれど、キュゥべぇを狙う魔法少女なんて見たのは初めてだ。
それに、彼女の眼が気になる。なんとなくだけれど虐待したいだけ、というわけでもないようである。
すぐ考えを放棄してさやかとの会話。
考え終えてすぐに暁美ほむらの話題かと、ため息をつきそうになる。
「あの転校生、ほんとムカつくなぁ!」
後ろにいるまどかが憂鬱そうな顔をしていた。
彼女はまだ信じたいのだろう。
しかしマミとて信用できないのは確かだ。
キュゥべぇを攻撃したし、あまつさえ他の場所からきた魔法少女なんて信用できない。
目を見るからにベテラン。新人ならともかくベテラン魔法少女なんて大体は利益しか考えないから信用なんてできるはずがない。
これも経験上理解したことの一つだ。
ふと、マミが気付いた。
「かなり強い魔力の波動だわ。近いかも」
走り出すマミを追う二人。
廃ビルの近くへとやってきた三人。
「間違いない。ここよ」
「あ、マミさんあれ!」
さやかが指さした先は廃ビルの屋上。
屋上には一人の女性。OLかなにかだろう。
六階、数十メートルはあるだろう廃ビルの屋上から飛び降りる女性。
まどかとさやかの小さな悲鳴が聞こえ、マミは変身せずに走り出す。
「(250%!)」
跳びあがると、女性を腕の中に抱えて着地する。
一見綺麗に着地したように見えたが、ゴギンッと音がした。
両足がヤバいと気づくマミだが、二人の手前痛がって悶えることもできない。
幸い音は二人に聞こえていなかったようだ。
「マミさん、生身で―――」
「魔法の応用よ!」
さやかの問いに答える。
その力強い目に、頷くさやか。
マミは折れた―――というより砕けているであろう両足をこれ以上痛めつけないために女性をアスファルトの床に寝かせた。
「魔女の口づけ…やっぱりね」
女性の首元には、派手なエンブレム。
「この人は?」
まどかが心配そうに女性を見る。
見た通り怪我はしていないが心配なのだろう。
「大丈夫、気を失っているだけ。行くわよ」
両足が再生したのを感じるマミが言うと、二人も頷く。
さやかは金属バットを両手で握りしめる。
人を連れて魔女との戦闘など初めてだ。油断するわけにはいかない。
―――ゾンビってバレるわけにもいかないものね。
マミは深く頷き、立ち上がり歩き出した。
二人もしっかりとマミの後を追う。
あとがき
はい!過去編。ここから頑張っちゃいますよ!
まどか☆マギカの方はここから話がだいぶ変わってきます。
いや、もともと違うけれども……
さて、ゾンビなマミさんはこれからどうしていくのか!
お楽しみにしていただければ幸い。
感想をいただければもっと幸せだなって、思ってしまうのでした♪