これは魔法少女ですか?~はい、ゾンビです~   作:超淑女

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12「もう、離さないから」

 いつの間にやら暁美ほむらは消えている。

 倒れているさやかに抱きついたまま泣いているまどか、杏子はキュゥべぇを掴んで持ち上げた。

 もう、マミは止める気などない。

 友達と言ったその生き物を今回ばかりは助ける気になれないのだ。

 

「君たち魔法少女が身体をコントロールできるのは、せいぜい100m圏内が限度だからね」

 

 あっけからんと言った様子で言うキュゥべぇ。

 その感情の込められていない声にも、反応できない。

 この中で反応できるのは杏子だけ。

 

「100メートル? 何のことだ、どういう意味だ!?」

 

 頭では理解できているはず。

 もちろんマミには理解できている。

 まどかはただただ泣いていた。

 

「普段は当然肌身離さず持ち歩いてるんだから、こういう事故は滅多にあることじゃないんだけど」

 

 しかし、顔を上げて泣き顔のまま叫ぶ。

 

「何言ってるのよキュゥべえ! 助けてよ、さやかちゃんを死なせないでっ!!」

 

 まどかのそんな叫び声を聞くのはマミも初めてだ。

 しかし、それに驚くような余裕も無い。

 

「はあ……まどか、そっちはさやかじゃなくて、ただの抜け殻なんだって」

 

 キュゥべぇの言葉に、まどかは驚いているようだった。

 まったくと言っていいほど理解が追いつかないのだろう。

 魔法少女であるなら大体、今の展開でわかる。

 

「さやかはさっき、君が投げて捨てちゃったじゃないか」

 

 まったく疑問だという様子のキュゥべぇの声が、煩わしい。

 手にマスケット銃を出そうとするマミは、やめる。

 ここでどうこう言う“権利”が、自分には無い。

 

「ただの人間と同じ、壊れやすい身体のままで、魔女と戦ってくれなんて、とてもお願い出来ないよ。君たち魔法少女にとって、元の身体なんていうのは、外付けのハードウェアでしかないんだ……君たちの本体としての魂には、魔力をより効率よく運用できる、コンパクトで、安全な姿が与えられているんだ」

 

 杏子も、手の力が抜けたのだろうか?

 彼女の手からキュゥべぇが抜け落ちると、もう一度キュゥべぇは柵の上に乗った。

 

「魔法少女との契約を取り結ぶ、僕の役目はね。君たちの魂を抜き取って、ソウルジェムに変える事なのさ」

「テメェは……何てことを……ふざけんじゃねぇ!!それじゃアタシたち、ゾンビにされたようなもんじゃないか!!」

 

 まどかが、ビクッと跳ねてマミを見る。

 彼女の眼に映るのは一番身近な“ゾンビ”だ。

 前髪で表情が隠れているマミ。

 キュゥべぇは話を続ける。

 

「むしろ便利だろう? 心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、その身体は魔力で修理すれば、すぐまた動くようになる。ソウルジェムさえ砕かれない限り、君たちは無敵だよ。弱点だらけの人体よりも、余程戦いでは有利じゃないか」

 

 効率的……なのだろう。

 これが彼のやり方。魔法少女と呼ばれるものとは程遠くある。

 マミは、吐き気すら催す。

 

「ひどいよ……そんなのあんまりだよ……」

 

「君たちはいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする―――訳が分からないよ。どうして人間はそんなに、魂の在処にこだわるんだい?」

 

 不思議で仕方がないというように言うキュゥべぇ。

 まったくこの生き物には会話が通じないのかもしれないと思わされるような言葉。

 マミ自身はとてもどうでも良い会話だ。

 別に今更、体が死んでいると言われてもなにも問題ない。

 

 それよりも、さやかと杏子のことだ。

 おそらくほむらは知っている。根拠は無いがそんな気がした。

 しかし杏子はなんだかんだ言って平気かもしれない。

 それでも、さやかが心配だった。押しつぶされてしまうかもしれない。

 

 ふと、さやかの手にソウルジェムが置かれた。

 マミが見上げると、そこにはほむらが居る。

 肩を上下させている所を見ると、急いで走ったというのがわかった。

 

「……あっ!?」

 

 起き上がるさやか。

 泣いているまどかと、複雑な表情をしているマミ。

 息を切らしているほむらと、明らかに怒っている杏子。

 

「なに? なんなの?」

 

 まったくわからないと言うように言うさやか。

 キュゥべぇが再び話を始める。

 それを止めようというものは誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 黙ってさやかが話を聞いていたのは意外だった。

 全てを話し終えたキュゥべぇを見ながら、さやかは震える声でつぶやく。

 

「えっ、つまり……なに、私も……」

 

「君たちで言うところのゾンビだね」

 

 キュゥべぇにハンドガンサイズのマスケット銃を構えるマミ。

 溜息をつくキュゥべぇが口を紡ぐ。

 言いたいことを理解できたようで、マミは銃を下ろした。

 

「さやか。マミに君が言っていた言葉の数々、ボクに性格があったら“滑稽だと笑っていた”だろうね」

 

 じわじわと、さやかの手に握られたままのソウルジェムが穢れていく。

 マミが急いで身を乗り出すとさやかのソウルジェムを奪い取る。

 反応するさやかだが、それより早くマミは自身の持っていたグリーフシードでさやかのソウルジェムを浄化した。

 

「あっ……」

 

「ソウルジェム、濁っても危険な気がしたから」

 

 マミは感で動いて、さやかの危機を回避。

 ソウルジェムをさやかの手に戻すと、息を吐く。

 立ち上がったマミが背中を伸ばす。

 

「おいキュゥべぇ、なんであたしたちをゾンビ“なんか”にした!」

 

 ゾンビ“なんか”の“なんか”がやけに強調して聞こえたのは、マミやほむらやまどかの気にし過ぎだ。

 あまりにゾンビに対してのそう言う言葉は無神経だが、杏子は、マミのことを考慮する余裕も無かった。

 仕方ないこととと言えばそうなのかもしれないが、マミが苦笑いをする。

 

「マミよりはマシじゃないかな?」

 

 そんな言葉に、杏子の表情が無くなった。

 ただ一言『どういうことだ?』とつぶやく。

 

「そう言えば杏子はマミがどういうゾンビなのか知らなかったね……彼女のことを説明してあげようじゃないか」

 

 そして、今度は杏子の知らないことをキュゥべぇが説明する。

 その間さやかは俯いたまま聞いていた。

 一時よりはソウルジェムの濁りも進んでいないので今は安心できる。

 

 杏子に全てを語り終えるキュゥべぇ。

 ネクロマンサーのこと、巴マミという“ゾンビ”のこと……。

 

「んなもんを信じろってのかよ!」

 

 叫ぶ杏子。しかし事実だと、本当のことだと全員の眼が言っている。

 知らなかったのは自分だけだと、柵を殴った。

 歪む柵だが、キュゥべぇは音も無く歩道橋の上に降りる。

 

「あたしたちはゾンビで、マミは二回ゾンビになったっていうのかよ!?」

 

 杏子が地面に膝をつく。それほどショッキングなことだ。

 一度はマミが死んだと言うことが……。

 

「で、アタシたちの方がましってのはどういうことだ?」

 

「マミには魔法少女としての優位性が多少損なわれている。一つが痛覚さ……マミにはわかるだろう?」

 

 そんなキュゥべぇの言葉に、マミは頷いた。

 困ったように笑うと柵に背中を預けたマミ。

 

「ゾンビになってから痛覚が跳ね上がった……いえ、元に戻ったと言うべきね」

 

 全員が驚愕する。戦いでの痛みはセーブされた痛み。

 それでもあんなにも痛いのにと、下手に反応できない。

 マミは両肩を上げて『まぁ慣れてるけどね』と言う。

 

「そして君たちの命には終わりはもちろある。ソウルジェムが破壊された時とかね」

 

 そんな言葉に、背筋がぞっとするさやかと杏子。

 

「だけどそれと違ってマミには無いんだよ。彼女のソウルジェムはすでにただの変身アイテム程度でしかない……本物のゾンビは魂なんてものどこにあるかボクにもわからないからね」

 

 驚愕。自分たちは死体でありながらも魂、命というものがある。

 しかし彼女には本当に無いのだ。

 

「君たちに比べればマミは“動く死体”程度なんじゃないかな?」

 

 拳を握りしめて、俯くマミ。

 キュゥべぇが何かを喋ろうとするが、それより先に音が響く。

 槍が、キュゥべぇの体を貫いていた。

 

「っ……はぁっ……はぁっ、はぁっ……」

 

 息を荒くして、眼を見開き殺気に満ちた姿。

 そんな杏子が敵を貫いていて、相当苛立っているのがわかった。

 だが、それも無駄な行為にすぎない。

 

「まったく、体なんてただの器にすぎない。君たちにできないことがボクにはできるんだよ」

 

 そう言って、現れたのは忌々しき生き物。キュゥべぇ。

 

「わかったかい? マミに比べれば君たちなんて遥かに人間に近い生きっ―――」

 

 今度はほむらが―――撃った。

 

 冷たい瞳だ。いつもよりずっと冷たい。

 いつも無表情の鉄仮面を付けているほむらよりもずっと無表情。

 それはきっと“マミを傷つける”キュゥべぇが許せなかったからだ。

 

「しつこいなぁ」

 

 現れた新しいキュゥべぇ。

 呆れたように言うが、それがまた周囲の苛立ちを募らせる。

 こうして、何人の少女たちを陥れてきたのだろうか?

 

「魔法少女は便利さ……慣れてくれば、完全に痛みを遮断することもできるよ。もっとも、それはそれで動きが鈍るから、あまりオススメはしないけど」

 

 ただ純粋に、戦闘を指南するように言う。

 さやかがつぶやく。

 

「何でよ。どうして私達をこんな目に……っ!」

 

「戦いの運命を受け入れてまで、君には叶えたい望みがあったんだろう? それは間違いなく実現したじゃないか」

 

 当然と言うキュゥべぇ。

 だれも反論する気にすらならない。

 殺してもダメとなれば、もう黙る以外の方法も見つからない。

 そもそも、会話が成立しないのだから、これ以上話しを続ける必要性も見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 結局、なんとなくで五人揃って公園へとやってきてしまう。

 全員その場の勢いで一緒だった。

 今日離れれば、それぞれ潰れる気がしただろう。

 一種の防衛本能だ。

 

 しばらくして、マミが居ないその場に、ビニール袋を両手に持ったマミが帰ってきた。

 

 公園のベンチに座るさやかとまどか、少し間をあけてベンチに座る杏子。

 そして木に寄りかかるほむら。

 傍にはユウとセラまでいる。

 全員集合と言ったところだろうか?

 

「ただいま。自己紹介は済ました?」

 

 セラとユウの方を見ると、二人が頷いた。

 事情なども話したのだろう。

 

「さて、どのへんから始めましょうか……そうね。大体の話はしてしまったのよね」

 

 明るくそう言うマミ。

 さやかは俯いていて、まどかはさやかをフォローすることで一杯一杯。

 杏子はそんな気分でも無いようで、ほむらも無表情。

 ユウも無表情であるし、セラは目を閉じて黙っていた。

 

「(こ、これは強敵ぞろいね)」

 

 ビニール袋からパンやらおにぎりやらを出してそれぞれの膝の上に置いていく。

 立っている面々には手渡しだ。 

 そして配り終えたマミ。

 最初に口を開いたのは―――。

 

「ねぇ……」

 

 ―――さやかだった。

 

 ぽつ、としたつぶやきだが、全員がそちらに目をやる。

 その視線の先はユウだ。

 

「根暗マンサーだかネクロマンサーだか知らないけど、なんでマミさんをゾンビにしたの? そのせいでマミさんはこんな体なんだよ?」

 

 少しもたじろぐところを見せないユウ。

 きっと夕方までだったらたじろいでいただろうけれど、今は決してそんなことは無い。

 マミが側にいるのに、何の恐怖も無いと言うことだろう。

 メモ帳を出すユウ。

 

『なんでゾンビにしたかは、ただ死んでほしくなかったからというだけ。後悔は無い』

 

 そんな字を見て笑うさやか。

 

「結局マミさんも私たちも人間じゃないんだよね……」

 

 つぶやいたさやか。

 

「違うでしょう」

 

 否定したのは、セラだった。

 初対面のセラにその言葉を否定されたさやか。

 魔法少女のなんたるかを知らなかったセラにそんなことを言われる筋合いはないと、さやかは鋭い瞳でセラを睨んだ。

 

「私たち吸血忍者は自分たちを人だと思っています。純粋な人間ではないものの、別に人間だとか人間じゃないだとか思っている者は誰もいません」

 

「なにが言いたいの?」

 

 その言葉に、セラは目をつむる。

 これ以上自分で言う気は無いと言うことだろう。

 困ったような表情をするマミが引き継ぐ。

 

「貴女は人間ってなんだと思う?」

 

 そんな言葉に、さやかは少し考える。

 

「そんなもの……そんなもの……」

 

 定義を考えているのだろう。

 人間の定義とは『感情がある。話ができる。知恵が使える。見かけが人間らしい』など様々だ。

 しかし、この場にいる魔法少女たちは一度でも人間の定義に“魂”を持ち出したことがあっただろうか?

 答えは否。断じて否だ。

 

「ようは魔法少女程度の違いなら、思い込みなんじゃないかしら?」

 

 笑うマミ。

 そんなマミを見て、微笑した杏子とほむら。

 彼女の言いたいことがわかったのだろう。

 

「貴女が魔法少女は人間だと思えば人間だと思うわ。私のように何度体をばらばらにしても蘇ると言うわけでは無いからね」

 

 そんな言葉だったが、決して自分がゾンビだということに後悔を感じない。

 むしろ自分がゾンビだということが普通だと言うように語る。

 

「少し脱線しわね。ようは何が言いたいかと言うと―――人間なのよ。魔法少女なんて……少し人のためになれる力があるだけ」

 

 スッと、さやかは自分自身にとりついていた重荷が消えるような感覚に陥った。

 少しずつ、さやかに近づいていくマミ。

 さやか自身、すでに抵抗なんてなくなっている。

 

「ごめんね美樹さん。貴女たちを信用してなかったから“ゾンビ”だということが言えなかったわけじゃないのよ? ただ私も臆病だったのよ。一度は近くにやってきてくれた人が遠ざかるのは……」

 

 そっとさやかの手を取るマミは、その表情に笑みを浮かべた。

 人間となんらかわりないその少女の頭をそっと撫でる。

 マミがさやかの眼に映る。

 すでにその眼に敵意も殺意も無かった。

 

「恐かったのよ」

 

 その言葉に、そっと頷くさやか。

 まどかは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「貴女も恐い?」

 

 マミの質問に、頷くさやか。

 

「当然よね、今まで平和に暮らしてた貴女が、突然魔法少女になったのだもの……」

 

 俯いて、ただスカートの裾を握りしめるさやか。

 肩が震えているのがわかった。

 マミがさやかの隣、まどかとは反対の方に座る。

 

「マミさんっ……ごめんなさいっ……」

 

 うつむくさやか。スカートを握る手の上に滴が落ちていく。

 笑みを浮かべるマミが彼女の頭の頭を撫でる。

 

「謝ることなんてなにもないのよ」

 

「だってっ、マミさんのことを……わらひっ、うっ……」

 

 ポケットからハンカチを出し、さやかの顔を片手で上げさせた。

 涙で濡れたその顔を困ったように笑うマミ。

 さやかが袖で涙を拭う。

 だがマミはハンカチでさやかの涙をぬぐった。

 されるがままのさやかは、すでにマミに対しての抵抗は無い。

 

「今一番つらいのは、美樹さんだものね」

 

 そう言ってさやかの涙をぬぐうマミ。

 先輩として、なにより年上の“友達”として……。

 

「さて……」

 

 立ち上がるマミ。その体に黄色い光を纏い、マミは魔法少女へと変わる。

 見上げる空には巨大な影。それはどこからどうみてもクジラであった。

 違うのは学ランを着ているということだろう。

 

「あれがメガロってやつか」

 

 杏子がつぶやくと、マミが頷いた。

 

「グリーフシードも何も出さないから興味ないでしょ?」

 

 そう聞くマミ。何も答えず、顔を逸らす。

 肯定ということだろうと頷くと、マミは辺りに銃を配置する。

 その姿を見て動こうとするさやかとほむら。

 

「二人共休んでいて……あのメガロは私たちが倒す」

 

 セラがマミの隣に立った。

 メガロは魔力に吸い寄せられて現れる。

 魔法少女に吸い寄せられるメガロ、そのメガロが反応するのは魔力。

 強すぎる魔力。ユウに吸い寄せられてきたメガロとは、マミとセラの敵だ。

 

「攻撃来るわ!」

 

「わかっています」

 

 セラとマミが、地を蹴った。

 背中に翼を展開させて、空を飛ぶセラ。

 同じく跳んだマミだったが、足場が無い。

 自由飛行などマミにできるはずもなかった。

 

「けどね!」

 

 マミが落ちて行きそうな瞬間、マミの足元に黄色の魔法陣が浮かんだ。

 それは空に固定されているかのように固まっていて、マミが乗っても決して揺れ動かない。

 

「足場ぐらいは作れるのよ?」

 

 つぶやくと、その場でマスケット銃を二挺もち、撃つ。

 銃弾はメガロに直撃するも大したダメージにはなっていない。

 舌打ちをするマミだったが、その瞬間、メガロが背中から潮を吹く。

 完全なクジラだ。だが、その潮は水の弾丸となってマミとセラを襲う。

 

「セラっ!」

 

「言われるまでもありません!」

 

 セラは空を飛びながら避けていくが、水の弾丸は何度でも向きを変えて襲い掛かる。

 マミも足場を次々と作ってよけていくが、その足場を作るのにも魔力は使う。

 

「ちぃっ!」

 

 どういう原理かわからないが、避けていると水の弾丸同士がぶつかって爆発。

 街に被害が無いようにと戦っているが、見つかってもまずい。さっさとつぶさなければと焦る。

 

「ちょっと無茶だけどやるしかないわね! セラ!」

 

 そんなマミの大声に返事をするセラ。

 何か案があるのかと、少し期待しているようでもある。

 あんなに大見栄を切っておいて今さらあの魔法少女たちに助けを求めるわけにはいかないマミ。

 

「その刀、大きくできたりする!?」

 

「可能です。しかし、どうするつもりですか?」

 

「アレの首に軽く切れ込みを入れてちょうだい……そうしたら後は私がなんとかするわ」

 

 そんな言葉に疑いすら持たず頷くセラ。

 

「わかりました。貴女の力は信用に値します」

 

 魔法陣に乗ったマミがマスケット銃をあたりに配置。

 銃口は全てメガロに向いていた。

 セラのマントがはためく。刀を両手で持つ。

 彼女の翡翠色の眼が、赤く煌めく。

 

 沢山の葉が集まり、セラの刀は長く大きく変わった。

 

「あっ」

 

 飛び立とうとするセラが止まり、マミの方を見る。

 マミはそんなセラを不思議そうに見た。

 

「無駄に見栄を張るコスプレ趣味のあるキイロ虫ですが、貴女の力は信用に値します」

 

 そう言い放つと、素早く飛んで行くセラ。

 微笑したマミがそっと立ち上がる。

 彼女の周囲に黄色―――いや、その輝きは黄金。

 

 金色の魔力が彼女の周囲に集まる。

 

「200……300……400……」

 

 力を上げているマミ。

 一方でセラはメガロに近づいていた。

 潮を吹くメガロの水の弾丸、いやミサイルがセラへと向かう。

 目を閉じ体を強化しているマミが腕を振ると、配置されていたマスケット銃が火を噴く。

 そのマスケット銃の弾丸が水のミサイルを撃ち落とす。

 セラはよそ見もせず、真っ直ぐとメガロへと飛ぶ。

 

「秘剣燕返し! 行きます!!」

 

 巨大な刀を振りかざし、メガロの頭頂部を一閃。

 クジラに頭頂部があるのかどうかはさだかではないが、上部が引き裂かれた。

 

 マミの周囲には金色の魔力が集まっていく。

 

「750……800っ……」

 

 魔法少女姿のマミの衣装。その腰裏に大きなリボンが装飾される。

 服の肩を隠す部分は消えて、コルセットも外れた。

 

 

 地上の面々は、その姿を驚いた様子で見ている。

 今にも跳びだしそうだったほむらは魔法少女姿のまま止まった。

 勝てると悟ったのだろう。

 

 

「850……900っ……もうちょっと!」

 

 衣装はまだ変化する。

 マミの胸元のリボンがほどけると、谷間が見える。

 頭のソウルジェムが外れるとマミの胸の上に浮いた。

 マミの胸の上に装着されたソウルジェム。

 

 

 地上のまどかが、巨大なメガロを忘れてか口を開けたままだ。

 いや、忘れていないのかもしれないがマミが負けるビジョンが見えないのだろう。

 

「マミさんの衣装、どんどん綺麗になってく……」

 

 まどかがつぶやく間にも、マミは『950……980』と上げていく。

 全員がその姿に見惚れていた。

 

 

 マミの眼が、開かれる。

 それと共に金色の魔力が散った。

 

「1000パーセントォッ!!」

 

 だいぶ変わっているマミの衣装。

 手の甲や足にもリボンの装飾がされている。

 自分の姿を見て目を見開き驚くマミ。

 

「急いでください! このクソ虫!」

 

「わかってる!」

 

 マミが足を曲げると、飛びあがる。

 上空に飛びあがったマミは雲の上にまで跳んだ。

 どういうわけか帽子は決して外れない。

 手の甲についたリボンがほどけると、螺旋状に回転する。

 

「トッカ・スピラーレ!」

 

 手を囲むように螺旋を描くリボンが、マスケット銃を作るように形を作った。

 マミの腕についたそのリボンは、ドリルのような形に変わる。

 まるで、マミの二つのロールのような螺旋を描いてドリルへと変わったリボンが高速回転をはじめた。

 

「ギガ・トリヴェラ・スグラナーレ!!」

 

 叫びと共に、マミは重力に従い落ちていく。

 腕をまっすぐ下に伸ばして、ブレることなく真っ直ぐと落ちる。

 雲を引き裂き、風を引き裂き―――マミは真っ直ぐとメガロの傷口を、貫いた。

 地上、公園へと着地するマミは膝と両手をついて勢いが付きすぎた体を止めた。

 ドリルはすでにリボンへと変わっていて、ゆっくりと空を舞っている。

 

 立ち上がると、振り向くマミ。

 

 頭に穴が空いたメガロは光の粒となって、空に消えた。

 

 地上へと降りてきたセラ。

 戦いが終わったと悟ってか、傍へとやってきたユウがわずかにほほ笑んで頷いた。

 マミはそっとユウの頭を撫でる。

 だが、全部が終わったわけじゃない。

 問題はまだ一人居た。

 

「みんな、帰っていてもらえる?」

 

 変身を解くマミがそうつぶやいた。

 わかっているのか、ユウとセラが先に帰路へとつく。

 まどかとさやかが立ち上がった。

 明るい表情とは言えない二人。

 

「美樹さん、あまり思いつめないでね?」

 

 そんな言葉を聞くと、さやかはぎこちない笑みで頷く。

 まだ完全に整理はできないということだろう。

 ほむらに眼をやると、頷いて二人の後を追っていった。

 

 そして残ったのは―――マミと杏子の二人だ。

 

「マジで人間じゃないんだな」

 

「そうね。私も“私だけは”人間じゃないと思ってるわ」

 

 そう言うと笑うマミ。杏子はあまり良い顔をしていなかった。

 大体の理由は察しがつく。彼女はあまりにも優しい。

 

「さっきの姿どうだったかしら?」

 

「お前にはお似合いだったよ」

 

 そう言うと、ベンチに座る杏子。

 膝の上に置いてある棒付きアイスをくわえる。

 

「今のアタシじゃマミになんど挑んでも勝てるわけないね」

 

 負けず嫌いの杏子だが、そこは認めるようだ。

 というより非情な現実とでも言った方が正しい。

 決して死なない相手に挑むのは負け決定だ。

 

「勝ち負けなんてどうでも良いわ」

 

「良くないね」

 

 そんな言葉に、マミは困ったように笑みを浮かべた。

 ベンチに座っている杏子が立ち上がる。

 アイスは既に半分ほど食べ終わっていた。

 

「正義の味方だとか言って、全部を守れる気でいるなら大間違いだよ。守っていきたいものから……無くなってくのが魔法少女さ」

 

 経験談なのは、マミも知っている。

 希望を求めた分だけ、絶望が降りかかると彼女は言った。

 希望と絶望の差し引きはゼロ。

 だから、彼女は他人に奇跡を分け与えることなどしない。

 

 曰く“徹頭徹尾自分のために使う”ということだ。

 

 だが、マミは全てを見透かしたように言う。

 

「恐いんでしょ?」

 

「……あ?」

 

 マミの言葉に杏子は怒りを露わにした。

 鋭い視線がマミを射抜く。

 だがその程度はどうということはない。

 見滝原をテリトリーにする魔法少女であるマミにとって魔法少女とのぶつかり合いは少なくない。

 だからこそ、くぐっている修羅場の数が違う。

 

 今更、その程度の殺気ではピクリともしない。

 

「なにかを失うのが恐いから、なにも求めない」

 

「言ってることがわからないよ?」

 

 鋭い瞳は、マミだけを捉えている。

 

「だからこそあの時、私を拒絶した」

 

 実年齢以上の落ち着いた素振り。

 中には戸惑う者もいるかもしれないが、杏子にとって彼女は変わっていない。

 当然のように“正義の味方”をして当然のように皆を“助けよう”とする。

 

「自惚れるつもりもないけれど、私が貴女を拒絶するのが貴女は恐かった」

 

 そんな言葉に、杏子が変身した。

 マミは変身することはない。

 

「それは自惚れって言うんじゃないのかい?」

 

「違うわね。自分を過大評価しているつもりは無いわ……」

 

 それは絶対の自信。

 マミ自身もどこからそんな自信が出てきたのかわらかないけれど、彼女が自分を拒絶するとは思えなかった。

 他人の感情には、多少敏感なつもりだ。

 あの時、杏子と別れるあの時にこう言えていたらだいぶ状況は違ったはず。

 

「でも私もあれ以来、恐かった。また佐倉さんのように誰かが私を拒絶するんじゃないかって」

 

 そんな言葉に、杏子が目を見開いて驚く。

 苦虫を噛んだかのように顔をする杏子。

 

「正義の味方のアンタと自分のことだけを考えて戦うアタシ、共闘できないのは当然じゃない?」

 

「そうかもしれないわね。確かにあの頃は……私も本気で正義の味方になれると思ってた」

 

 そんな言葉に、眉にしわを寄せる杏子。

 疑問に思った。正義の味方であるマミしか杏子は知らない。

 

「結局、私が守れるのは私の周囲だけだった。この手が届く範囲だけだった……それを痛感したわ」

 

 どこか遠い目をするマミに、杏子はやきもきとした気分になる。

 なにか落ち着かない。どこか落ち着かない。

 焦りを感じているのも事実だ。

 

「私が守れるのは所詮見滝原という小さな箱庭一つ。隣町なんかには手が回るはずもなかったわ」

 

 何が言いたいのか杏子には理解できなかった。

 

「だから……私は貴女の家族を救えなかった」

 

 杏子は槍を召喚するとマミの首筋に槍を添える。

 腕を少し動かせば、頭と体は別たれることになるだろう。

 しかし眉ひとつ動かさないマミは、杏子の言葉を待つ。

 

「父さんたちは関係ないだろ」

 

「いいえ、あるわ」

 

 断言するマミ。

 

「私がもう少し強ければ良かった」

 

 それは心の意味も含めている。

 一人で戦うのが心細くて、マミは杏子と共に見滝原の魔女を優先して狩っていた。

 かつて弟子だった杏子は、いや、今の杏子もそのことを疑問に持っていない。

 

「そうすればきっと、佐倉さんのお父さんもお母さんもモモちゃんも……それに佐倉さんだって助けられたわよ」

 

「あれは父さんが勝手に一家心中しただけだ! マミには関係ないだろ!」

 

「あるって言ってるでしょう!」

 

 大声を上げるマミ。杏子がわずかにたじろいだ。

 そんなマミは見たことが無かったからだろう。

 過去でも現在でもマミはおとなしい優等生タイプという印象しかない。

 

「貴女の家族と一緒にご飯を食べた日のこと、今でも覚えてるわ。モモちゃんが私のエビフライを食べて、お姉ちゃんの貴女が私に謝って、お母さんがコーヒーを出してくれて、お父さんに貴女のことをよろしくされて!」

 

 事細かに話すマミ。その瞳にはわずかに涙すら見える。

 

「嬉しかったのよ。家族がいるみたいで……」

 

「やっぱりアタシが家族を殺したせいだろ?」

 

「違うわよ……」

 

 つぶやくマミが、眼をこすった。

 こぼれそうになる涙をこらえるためだ。

 

「かつて“貴女の気持ちはわかる。自暴自棄になってはだめよ”って言ったのを覚えてる?」

 

「あぁ、一部始終全部覚えてるよ」

 

 そう言う杏子は、やはりマミのことを気にしていた証拠だろう。

 やはり優しい子なのだろうと思うマミ。

 

「貴女の気持ち、やっぱりわかるわけないわ」

 

 そんな言葉に、杏子の眼が見開かれた。

 ショックという言葉が一番あっているだろう。

 やはり自分で思っていても相手に言われるのとでは違った。

 自分の魔法で家族が死んだ。マミの家族は事故死。

 

「私、本当はあの場で家族を助けることができたのよ?」

 

 そのつぶやきに、杏子の考えていることが全て消える。

 

「それにもかかわらず私はただ“自分だけが助かる”ために自分のためだけに願いを使った」

 

 遠くどこかを見ているマミ。

 

「貴女は言ったわ―――」

 

『事故で家族失うのと、自分のせいで家族が死んだんじゃぜんぜん違うだろ!』

 

「でもね、私は“家族を見捨てた”のよ」

 

 こんな深い話。当時では考えられなかった。

 両親のために戦い続けるマミ。

 事故の時、両親が死んだと言っていたが、そういうことだったのかと納得できた。

 なぜか杏子の心は穏やかだ。

 

「佐倉さんも美樹さんも、きっと暁美さんすらも元を正せば自分のため。屁理屈をならべれば全ての願いは自分のためになるのだけれど、結局貴女たちは他人のための願いでもある」

 

 心がなぜか落ち着いているのは、きっと目の前の少女のせいだ。

 わらいながら、マミは杏子の槍を掴んで自分の腹にずぶずぶと刺していく。

 

「でも私だけは違う。ただ自分のために願った……私が生きてて本当の意味で喜んだ人なんて誰も居なかったわ。身内も、学校の人も、誰もね」

 

 槍の刃が、マミの背中から突き出た。

 杏子は槍を離そうともしない。

 マミはゆっくり自分の方へと歩いてくる。

 

「だから私は“罪滅ぼし”のために戦ってるの、この手の届く範囲で良い。自分の助けられる人を助けるために……私は正義の味方でも博愛主義者でもない」

 

 槍に貫かれたまま、ゆっくりと歩を進めるマミ。

 決してひるむことが無い杏子の眼が揺らぐ。

 それはきっと、マミが泣いているからだ。

 見たことのないマミの表情。

 

「結局アンタは何が言いたいんだよ!」

 

 大声を上げる杏子。このままでは崩れてしまう。

 ずっと彼女に傍に居て欲しかった。傍に居たかった自分が出てきてしまう。

 目の前のか弱い先輩から、離れられなくなる。

 

「ごめんね。貴女のことを否定して……貴女は魔女しか倒さない。それでも良い……」

 

 少しずつ歩くマミだが、腹に刺さっている槍を動かすのだ。

 並大抵の痛さではないだろう。

 ただ純粋に刺さるのとでは格が違う。

 

「だからお父さんの言ったことを、守らせて……貴女を私に守らせてよっ」

 

 マミにとって、敵対する信念を持つ魔法少女である杏子。

 だが過去に一度でも友達として過ごせた日々。

 それがある。過去のことを思いながらその相手を許すマミ。

 だからこそさやかとも再び仲直りできた。

 

 彼女にとってはユウもセラもほむらもまどかもさやかも……もちろん杏子も……彼女にとっては手の届く範囲。

 自分が守るべき、手を差し伸べるべき友人たちだ。

 

「私と一緒にいてよ!」

 

 槍が―――消えた。

 倒れかけるマミだが、その体を正面から支えて、抱きしめる。

 柔らかい体をギュっと両手で抱きしめる杏子。

 

「マミっ……」

 

 一瞬、驚いた顔をするも、すぐに笑みを浮かべるマミ。

 安心したような嬉しいような、そんな笑みだ。

 ただ純粋な笑み。

 

「ごめん、あたしっ……マミのこと……本当にごめんっ」

 

「ふふっ……」

 

 二人がそっと顔を離す。

 お互いの顔がお互いの視界に映された。

 昔の記憶が杏子とマミの中に鮮明に蘇って、再生されていく。

 

『ゆるしません』

 

 これは必殺技を馬鹿にした時だ。

 

「ゆるします」

 

 笑顔のマミ。

 瞳一杯に涙を溜める杏子は、マミの体に回した手にさらに力を込める。

 少し強すぎる気もしたがマミは全く苦になっていないようだ。

 

「勝手に出て行って、また帰ってきて……あたしって図々しいかな?」

 

 笑顔を浮かべるマミは昔のことを思い出したのだろう。

 それは杏子も同じことだった。

 

『図々しいついでと言ったらなんだけど、あたしをマミさんの弟子にしてもらえないかな?』

 

「図々しいついでだよね……あたしを、マミの友達にしてくれよ」

 

 そんな言葉にマミは杏子の首に腕をまわした。

 支えられるようになっているマミが笑顔を浮かべ頷く。

 

『離せ!』

 

 かつて杏子が言った。

 

「離さない」

 

 そして今、杏子が言う。

 

「うん」

 

 マミは素直に頷く。

 他人に甘えるマミなんていうのは、早々見れるものでもないのだろう。

 こんな彼女を一面を知っているのは杏子だけ。

 

『今の貴女を放っておくことなんて、私には絶対にできない』

 

 かつてマミはそう言って杏子を止めようとした。

 けれどそれは叶わなかったのだ。

 杏子がマミを倒したから、マミが杏子を攻撃できるはずもなかった。

 嗚咽が漏れる。それは杏子からだ。

 

 腹部の痛みがすでに治まっているマミ。

 傷ももう治ったのだろう。

 だから、泣いている杏子を両手で抱きしめる。

 

『まったく、どこまでも手のかかる後輩ね』

 

 かつて、一戦を交えた時の言葉。

 笑みを浮かべたマミが杏子を抱きしめた。

 自分の胸の中で泣く杏子の頭をそっと撫でる。

 甘えていたのがすっかり“逆”になってしまっていた。

 

「まったく、どこまでも手のかかる後輩ね」

 

 そう言って笑うと、マミは幸せそうにほほ笑んだ。

 自分の大好きな少女たちが一緒に、同じ場所に立てるようになるだろうか?

 それは、マミにもわからないけれど、一緒になれればと願望は抱く。

 

 みんなが仲良しなら、それはとっても嬉しいなって―――。

 

 




あとがき

最近は感想をもらえるのが嬉しくて執筆速度が天元突破!!

さて!これで一通り和解。と見せかけてまださやかのことが全部すんだわけじゃありませんね。
まだ面倒ごとはたくさん残ってます。
ちなみに、杏子がメインヒロインみたいになってますけど、そのつもりはありませんよ?w

では、次回をお楽しみに!
感想お待ちしております♪

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